2019.02 隙間読書 泉鏡花「海の鳴る時」

二月十日、鏡花記念館講座「鏡花と親しむ」第三回の課題本が「海の鳴る時」だった。講座の前、後で何回読んだろうか? みじかい作品ながら、五回くらい読んだのではないだろうか?

 わたしの読解力のなさ故に、分からないところが多々生じ、何度も繰り返して読むことになった。でも、なぜ分からなかったのかと考えてみれば、その分かりにくいところに鏡花の魅力がひそんでいるいるように思う。

 まず白山颪(おろし)のなか、粟生の橋のたもとの茶店に、颪から避難してくる男「予」、茶店の爺さん、爺さんの息子「嘉造」、嘉造の人力車の客の四人が集まって、彼らの語りで話が進められていく……のだが、わたしには誰が誰なのか途中で曖昧模糊としてきてしまう。

 注意深く読めば加賀の言葉の爺さんやら、少し若い「予」とか、東京からきた客とか、会話の区別がつくのかもしれない。

 でも、ここでは誰が誰なのかということは多分どうでもいいことなのかもしれない。この茶店にいる四人の男たちは、かつての召使であった義理の父親に迫害されている元三千石の御姫様「お絹」に同情し、何とかしてあげたいという気持ちでつながっている。その連帯感がおそらく大事なのだから。

 四人の男たちがいる茶店の描写もあまりない。そのかわり、茶店の外の凄まじい雪風の描写は迫力がある。茶店がその嵐から逃げ込める場所ということが分かるだけで、具体的な描写は少なくてもいい。茶店が心地よい、安心できる場所だということが伝わってくる……そう思えばよい筈なのに、具体的に頭のなかで茶店を思い浮かべようとしていた。

大事なのは、茶店が雪風から守ってくれる心地よい場所だということ。外の雪風のすさまじさを感じ、茶店の心地よさを感じれば、もうそれでよいのではないだろうか。

最後の部分も、鏡花はすべてを明瞭に書いていない。あくまでほのめかすだけで、読者の想像力にゆだねている。最初、読んだときは、どう解釈すればよいのだろうかと戸惑って分からなくなった。

お絹が恋人のことを旅客に伝えるやりとりはなく、おそらく……と想像するだけである。恋人からもらった釦を「操が守れそうにない」と返しに雪道を素足でやってくるお絹の釦への思いも、旅客が語る「此の婦人の魂」という言葉で想像するだけである。

何回も繰りかえし読んでいるうちに、この書かれていない鏡花の思いを想像する過程が楽しくなる。すべてが書かれていないゆえに、最初は分からなかった部分が、だんだん考えるのが楽しい、鏡花の魅力に思われてくる。

最後の箇所もどう解釈すれば……と戸惑いつつ繰り返し読むうちに、それまでモノトーンに見えていたお絹が、ここで生き生きとした存在に見えてくることに気がついた。なぜだろうか?

腕をあげたこと、頬に血の色が浮かんで見えたこと、初めて肉声で語ったこと……描写は短いながら、そうした言葉が、お絹を生き生きとしたものに見せているのではないだろうか?

最後の行近くまで、旅客の語りをとおしてしか、お絹の声は聞こえてこない。最後の行で「あい」と返事をすることで、わたし達の耳にお絹の肉声が届くのである。お絹の肉声を届けて「海の鳴る時」を終えることで、鏡花は運命が変わっていく一歩に踏み出したことを伝えようとしたのではないだろうか?


女(むすめ)は夢中ながら、其の手を追ふが如く、玉のやうな腕(かひな)を上げた。炎先(ひさき)はぱっと立つて、片頬に血の色が浮んで見えた。

「お絹さん、お絹さん。」

 女(むすめ)は唇を結んだまま、眉を顰(ひそ)めたまま、声も微(かすか)に応じたのである。

「あい。」


すべてを語り尽くすことなく、読者の心にゆだねる部分がある鏡花は、だから難しくもあり、楽しくもあると思いつつ本をとじる。

2019.2.19読了


PDF
カテゴリー: 未分類 | コメントする

アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.16

そのあと、作業が順調に進んだので、わたしたちは庭園を横切って大災害の様子をながめに出かけた。道は、家から木々の生い茂る高台へとのびていた。その高台をこえると、湖へとつづいている広々とした湿地があらわれた。この湿地に踏みいれたとき-ウォルステンホルムはしゃべり続け、この出来事を笑い飛ばそうとしていた-、長身の、やせた少年が、肩に釣り竿をかついで、脇の小道から右手の方へとあらわれた。そして長い坂の途中にある広々とした場所を横切ったかと思うと、むかいの木々の幹のあいだに消えた。すぐに彼のことを思いだした。先日、草地で校長に出くわした直後に見かけた少年だ。

「もし、あの少年が君の湖で釣りをするつもりなら」わたしは言った。「自分の失敗に気がつくだろうね」

「どの少年のことか?」ウォルステンホルムは訊ねながら、うしろを振りかえった。

「そこを横切った少年だよ、一分くらい前に」

「そこだって? ぼくたちの前ということか?」

「そうだとも。君も彼を見たはずじゃないか?」

「いや、ぼくは見ていない」

「彼が目に入らなかったのか? 背の高い、やせた少年だよ。灰色の服を着て、肩に釣り竿をかついでいたじゃないか。アカマツのむこうに消えてしまったけど」

 ウォルステンホルムは呆気にとられ、わたしを見つめた。

「君は夢をみているんだ!」彼は言った。「生きているものは何も、兎一匹と言えども、ぼくたちが庭の門をくぐってからは横切っていないよ」

「目をあけたまま夢をみる習慣なんかない」わたしは即座に言い返した。

 彼は笑い声をあげると、わたしの肩に手をまわした。

「目をあけていたのか、それともつぶっていたのか知らないが」彼は言った。「今回、君は幻想を見ていたんだよ」

幻想。あの校長もつかっていた言葉ではないか! これはどういうことなのだろうか? 実際のところ、わたしの感覚にもとづく証言はもう頼りにできないのだろうか? つきぬ不安がわきあがり、わたしの胸中にひろがった。本屋のニコリーニの幻想を思い出したり、よく似た他の視覚的幻想の例を思い出しりした。突如として同じような苦しみを味わう羽目になったのかと自問した。

「おや! これは奇妙な光景だ」ウォルステンホルムは叫んだ。その声で、わたし達が湿地をぬけ、昨日まではブラックウォーターの湖だったところの湖底が眼下に姿をあらわしていることに気がついた。

Later on, when the work was fairly in train, we started off across the park to view the scene of the catastrophe. Our way lay far from the house across a wooded upland, beyond which we followed a broad glade leading to the tarn. Just as we entered this glade-Wolstenholme rattling on and turning the whole affair into jest-a tall, slender lad, with a fishing-rod across his shoulder, came out from one of the side paths to the right, crossed the open at a long slant, and disappeared among the tree-trunks on the opposite side. I recognized him instantly. It was the boy whom I saw the other day, just after meeting the schoolmaster in the meadow.

‘If that boy thinks he is going to fish in your tarn,’ I said, ‘he will find out his mistake.’

‘What boy?’ asked Wolstenholme, looking back.

‘That boy who crossed over yonder, a minute ago.’

‘Yonder!-in front of us?’

‘Certainly. You must have seen him?’

‘Not I.’

‘You did not see him?-a tall, thin boy, in a grey suit, with a fishing-rod over his shoulder. He disappeared behind those Scotch firs.’

Wolstenholme looked at me with surprise.

‘You are dreaming!’ he said. ‘No living thing-not even a rabbit-has crossed our path since we entered the park gates.’

‘I am not in the habit of dreaming with my eyes open,’ I replied, quickly.

He laughed, and put his arm through mine.

‘Eyes or no eyes,’ he said, ‘you are under an illusion this time!’

An illusion-the very word made use of by the schoolmaster! What did it mean? Could I, in truth, no longer rely upon the testimony of my senses? A thousand half-formed apprehensions flashed across me in a moment. I remembered the illusions of Nicolini, the bookseller, and other similar cases of visual hallucination, and I asked myself if I had suddenly become afflicted in like manner.

‘By Jove! this is a queer sight!’ exclaimed Wolstenholme. And then I found that we had emerged from the glade, and were looking down upon the bed of what yesterday was Blackwater Tarn.


PDF
カテゴリー: 怪談, 英国怪談 | コメントする

アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.15

翌日、わたしをもてなすためにつくられた予定にしたがって、原野で七時間ほど雉撃ちをした。その翌日は、朝食前にカーショルトン鉱山に降りていき、朝食後はピクト・キャンプと呼ばれている十五マイル離れた場所まで乗馬することになっていた。そこにはストーンサークルや先史時代の遺跡の跡など見るべきものがあった。

野外スポーツに慣れていないものだから、銃をかまえて七時間過ごしたあと、わたしはぐっすり熟睡した。翌朝、ウォルステンホルムの召使いが寝台のかたわらにやってきても、なかなか起きることができなかったが、その召使いは、わたしがハデスの国へと下りていくときに身につける防水服を手にしていた。

「ウォルステンホルム様からのことづてでございます、サー。戻ってきてから入浴をされた方がよいと伝えてくれとのことでございました」召使いはそう言いながら、椅子の背にかけてある上品さに欠けた衣服を片づけたが、最上の夜会服を並べているかのような手つきであった。「それから防水服の下は暖かいものを着込んだほうがよかろうとのことでした。炭鉱のなかは凍える寒さでございますからね」

 わたしは不承不承、防水服をたしかめた。その朝は霜が降りていた。地球の内部に沈んでいる採鉱地は寒く、審査会も、不潔さも、魅力的とは言いがたいものだった。どちらかと言えば、行きたくないのだと打ち明けるべきだろうか? わたしは躊躇した。だが躊躇っているあいだに、礼儀正しい召使いの姿は消えてしまい、わたしが言い出す機会は失われた。ぶつぶつ文句を言いつつ、身を震わせながら、わたしは起き上がると、冷たく輝いている服を身につけて階下へ行った。

 不平の声が耳に入ってきたのは、朝食をとる部屋に近づいたときだった。中に入ってみると、目に飛びこんできたのは十人くらいの、逞しい炭鉱労働者たちが扉のところにたむろしている姿であった。そしてウォルステンホルムはどこか深刻な表情をうかべ、炉辺の火に背中をむけていた。

 「この有様だよ、フレイザー」彼はそう言うと、短く笑った。「何ともうれしい知らせが入ってきた。ブラックウォーター湖の水底がひらいたんだ。湖は、夜のうちに消えてしまった。鉱山は大洪水だ。今日、カーショールトン鉱山見学の予定はご破算だ。」

「ジュークの鉱山には、水が七フィートも。北と南の古い坑道には八フィートも。」うなり声をあげた赤毛の大男は、どうやら親方のように思えた。

「それにしても夜に起きたのは神様のお慈悲ってもんだ。もし昼間なら、みんな今頃、死人になっているだろうよ」別の男が言った。

 「そのとおりだとも」ウォルステンホルムは言うと、その男に相槌をうった。「おまえたちは、罠にかかった鼠のように溺れていただろうよ。だから運命に感謝しないとな。これはそれほど酷いわけではない。さあ、だから今からポンプで汲み上げるんだ。さいわい、どうすればいいかということも、どのようにすればいいのかということも承知している。」

 そう言いおえると、彼は愛想よく頷きながら男たちを追い立て、何度も何度も際限なくエールを注文した。わたしは耳をかたむけながらも驚愕していた。湖が消えただと! 信じられない。しかしウォルステンホルムの説明によれば、けっして他にない現象というものでもないらしい。鉱山のある地域では、河も消滅したことがあった。そして時々、地面は裂けるだけではなく、しばしば崩れ落ち、家ばかりか村をまるごと埋めつくして廃墟として名高いものになった。だが、こうした家屋の基礎は、よく知られていることだが、破壊力がおしよせる直前まで持ちこたえることはなかった。だから、こうした災害がおきても、人々の命が失われる事態にはあまり至らなかった。

 「さあ、もういい」彼は何気ない口調で言った。「君の変わった服を脱ぎたまえ。今朝は、僕もずっと仕事をするしかない。まあ、湖が消えるのは毎日というわけではない。とにかく水汲みを再開しないといけない」

 朝食が終わると、わたしたちは鉱山の口まで行って、男達がポンプを固定する様子をながめた。

Next day, according to the programme made out for my entertainment, we did some seven hours’ partridge-shooting on the moors; and the day next following I was to go down Carshalton shaft before breakfast, and after breakfast ride over to a place some fifteen miles distant called Picts’ Camp, there to see a stone circle and the ruins of a prehistoric fort.

Unused to field sports, I slept heavily after those seven hours with the guns, and was slow to wake when Wolstenholme’s valet came next morning to my bedside with the waterproof suit in which I was to effect my descent into Hades.

‘Mr Wolstenholme says, sir, that you had better not take your bath till you come back,’ said this gentlemanly vassal, disposing the ungainly garments across the back of a chair as artistically as if he were laying out my best evening suit. ‘And you will be pleased to dress warmly underneath the waterproofs, for it is very chilly in the mine.’

I surveyed the garments with reluctance. The morning was frosty, and the prospect of being lowered into the bowels of the earth, cold, tasting, and unwashed, was anything but attractive.

Should I send word that I would rather not go? I hesitated; but while I was hesitating, the gentlemanly valet vanished, and my opportunity was lost. Grumbling and shivering, I got up, donned the cold and shiny suit, and went downstairs.

A murmur of voices met my ear as I drew near the breakfast-room. Going in, I found some ten or a dozen stalwart colliers grouped near the door, and Wolstenholme, looking somewhat serious, standing with his back to the fire.

‘Look here, Frazer,’ he said, with a short laugh, ‘here’s a pleasant piece of news. A fissure has opened in the bed of Blackwater tarn; the lake has disappeared in the night; and the mine is flooded! No Carshalton shaft for you today!’

‘Seven foot o’ wayter in Jukes’s seam, an’ eight in th’ owd north and south galleries,’ growled a huge red-headed fellow, who seemed to be the spokesman.

‘An’ it’s the Lord’s own marcy a’ happened o’ noight-time, or we’d be dead men all,’ added another.

‘That’s true, my man,’ said Wolstenholme, answering the last speaker. ‘It might have drowned you like rats in a trap; so we may thank our stars it’s no worse. And now, to work with the pumps! Lucky for us that we know what to do, and how to do it.’

So saying, he dismissed the men with a good-humoured nod, and an order for unlimited ale.

I listened in blank amazement. The tarn vanished! I could not believe it. Wolstenholme assured me, however, that it was by no means a solitary phenomenon. Rivers had been known to disappear before now, in mining districts; and sometimes, instead of merely cracking, the ground would cave in, burying not merely houses, but whole hamlets in one common ruin. The foundations of such houses were, however, generally known to be insecure long enough before the crash came; and these accidents were not therefore often followed by loss of life.

‘And now,’ he said, lightly, ‘you may doff your fancy costume; for I shall have time this morning for nothing but business. It is not every day that one loses a lake, and has to pump it up again!’

Breakfast over, we went round to the mouth of the pit, and saw the men fixing the pumps.


PDF
カテゴリー: 未分類 | コメントする

2019.02 隙間読書 橋本治「義太夫を聴こう」

義太夫の魅力について、誰も語ったことがないような魅力的な表現をつかいながら、それでいて的確に語りかけてくる本である。この本を読めば、義太夫を聴いたことがない人でも、聴いてみたくなるだろう。

たとえば三味線と義太夫節の違いについてはこう説明する。この文を読みつつ舞台を思いだすと、たしかにそうだなあと納得してしまう。

三味線の音は、最早「物語を進めるための合の手」なんかではなく、語られる物語の情景や人の心理、物語全体の流れまでも「音」で表現します。それが「音楽」であるような義太夫節ですが、ぼんやり聞いていると、それは「音楽」ではなく、「時々音楽にもなるような不思議なもの」です。
(「義太夫を聴こう」34頁)

 でも、義太夫節は「時々音楽にもなるようなもの」ではなくて、「”音楽でなくなっている”と思えるような間でも、ずっと”音楽”であることを持続させている音楽なのです。そういう「音楽」は他にあまりありません。(「義太夫を聴こう」34頁)

そして橋本がとらえる歌舞伎と人形浄瑠璃の違いの何と魅力的なことか!

人形浄瑠璃で表されているものは、たしかに「運命に翻弄される人間」だなあと思う。その翻弄される姿に、わたしたちは涙することもあれば笑うこともある。そうするうちに自然と頭をたれる気持ちになる。

人形浄瑠璃は韻文的で、歌舞伎は散文的です。喋らない人形に代わって、床の太夫が終始語り続けて、その横には三味線弾きがいます。そういう人形浄瑠璃は、終始音楽の中にいますが、人間が演じる歌舞伎は、人形浄瑠璃ほど、言葉をメロディアスに謳い上げることが出来ません。その点で散文的なのです。
(「義太夫を聴こう」134頁)

人形浄瑠璃、あるいはそれを語る義太夫節は、「運命」というものに翻弄される人間を語るもので、床の太夫と三味線は「人間のドラマを語る運命」です。歌舞伎の義太夫狂言にも、床の太夫と三味線は登場しますが、これは「運命に翻弄される人間」を演じる役者の動きを助ける補助的なものです。はっきり言ってしまえば、歌舞伎の舞台に「全体を統括する神」はいないが、物語進行すべてが太夫と三味線に委ねられた人形浄瑠璃の場合に「神」はいるのです。
(「義太夫を聴こう」135頁)

その他にも勉強になることが多々。最後、寛也さんとの対談で、「寺子屋 」で「忠義心のために自分の子供を殺すのには理由があるという橋本さんの言葉もそのひとつ。「江戸時代は、自分の子供に死なれた親がいっぱいいるから、共感できる」という橋本さん、寛也さんの説明が心に残る。

時間をかけて詞章をじっくり読んで義太夫を聴いてみたいと思いつつ、頁をとじる。

2019.02.15読了


PDF
カテゴリー: 未分類 | コメントする

アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.14

彼はランプをさっと手にとり、家具のない、細長い部屋を次々に案内してくれたが、床にはあらゆる大きさと形の荷箱が積み上げられていた。その箱には、いろんな異国の港の荷札や、外国の代理店の住所がたくさん貼られていた。なかの荷は何なのだろうか? イタリアやギリシャ産、小アジア産の貴重な大理石。古代の、現代の画家が描いた絵画。ナイル河やチグリス河、ユーフラテス河産の置物。ペルシアのほうろう製品。中国の陶器。日本の青銅器。ペルー産の奇妙な彫刻。武具甲冑。モザイク画。象牙。木彫り品。皮革細工。古期イタリアの飾り棚。彩色された婚礼箱。エトルリアのテラコッタ。ありとあらゆる国の、様々な年代の宝物が、この戸口をくぐりぬけてから、荷ほどきもされないまま放置されていた。主の足もまたこの戸口をまたいだことはあるのだが、それは買うのに要した十年間のうち、わずか二度ばかりのことだった。

 荷箱をあけて整頓して、中身を楽しむべきなのだろうか? たぶんそうだろうが、そうするのは放浪の身に嫌気がさしたときか、結婚をしたときか、陳列する美術館を建設したときだろう。もしうまくいかなくても、美術館を見つけ、寄付してしまうか、買いつけた品を国に任せてしまえばいい。なんの問題があろうか? 収集の楽しみは狐狩りの楽しみのようなもので、喜びは追い求めることにあり、追い求めてしまうと喜びも終わってしまう。

 わたしたちは夜遅くまで腰かけて最初の夜を過ごしたが、会話とよべるものを交わしたとはあまり言い難い。ウォルステンホルムが話しをしていた。一方でわたしは、相手の話を楽しもうとするあまり、彼が大陸をわたり、海を横切る放浪の旅物語らしい話に耳を傾けるだけだったからだ。

 そうして冒険物語を聞くうちに時が過ぎていった。その冒険物語で、彼は危険にみちた頂きを登頂したり、砂漠を横断したりしながら、知られざる廃墟を冒険して、ついに氷山や地震や嵐から危機一髪で脱出をとげた。とうとう彼が葉巻の端を暖炉の火に放り込んだとき、もう寝床にいく時間だと気がついた。マントルピースの置き時計は明け方を指していた。

He snatched up a lamp and led the way through a long suite of unfurnished rooms, the floors of which were piled high with packing cases of all sizes and shapes, labelled with the names of various foreign ports and the addresses of foreign agents innumerable. What did they contain?

Precious marbles from Italy and Greece and Asia Minor; priceless paintings by old and modern masters; antiquities from the Nile, the Tigris, and the Euphrates; enamels from Persia, porcelain from China, bronzes from Japan, strange sculptures from Peru; arms, mosaics, ivories, wood-carvings, skins, tapestries, old Italian cabinets, painted bride-chests, Etruscan terracottas; treasures of all countries, of all ages, never even unpacked since they crossed that threshold which the master’s foot had crossed but twice during the ten years it had taken to buy them!

Should he ever open them, ever arrange them, ever enjoy them? Perhaps-if he became weary of wandering-if he married-if he built a gallery to receive them. If not-well, he might found and endow a museum; or leave the things to the nation. What did it matter? Collecting was like fox-hunting; the pleasure was in the pursuit, and ended with it!

We sat up late that first night, I can hardly say conversing, for Wolstenholme did the talking, while I, willing to be amused, led him on to tell me something of his wanderings by land and sea.

So the time passed in stories of adventure, of perilous peaks ascended, of deserts traversed, of unknown ruins explored, of ‘hairbreadth ‘scapes’ from icebergs and earthquakes and storms; and when at last he flung the end of his cigar into the fire and discovered that it was time to go to bed, the clock on the mantel-shelf pointed far on among the small hours of the morning.


PDF
カテゴリー: 未分類 | コメントする

2019.02 隙間読書 泡坂妻夫「毒薬の輪舞」

「死者の輪舞」につづく個性派刑事・海方刑事シリーズ二作目、そして悲しいことに、なぜか海方刑事シリーズは本作品が最終巻である。

「死者の輪舞」につづいて「毒薬の輪舞」も病院が舞台である。なぜ泡坂妻夫は病院という舞台を好んだのだろうか?

入院するまではまったく知らない者同士が同じ部屋となり、寝食を共にするなかで生まれる不思議な関係、しかも互いにどこか不調をかかえている……そんな環境に物語になる魅力を感じたのだろうか?

病院には毒薬も、メスも、凶器はそろっているし、人の出入りも激しいし、考えてみれば、ミステリの舞台としては面白い。

「毒薬の輪舞」の舞台は精神病院。そこに臍をなくしてしまった海方刑事が入院してくるという設定。入院患者も海方刑事と同じくらいに個性的。ただ精神科の入院患者のなかにいると、海方のアクの強さが薄らいでしまってやや残念な気が。

登場人物全員が個性的だと、個性が凡庸に見えてきて、だんだん登場人物が錯綜してくる。。

「毒薬の輪舞」というタイトルだけにカタカナの毒薬もたくさん出てくるし……

そのようなわけで目くらましに見事ひっかかり、最後の展開に思いもよらぬ驚きを感じた。ただ物語でも、犠牲者がああいう人物であるのは好きではないけれど。

泡坂氏には、医療ミステリではない、こうした笑いと温かみのある病院ミステリをもっと、もっと書いてもらいたかった。

それにしても病院ミステリを書こうと思ったきっかけは何だろうか? ご自身の入院体験なのだろうか……来月、ご遺族を招いての読書会でお話を伺うことが楽しみである。

2019/02/09読了


PDF
カテゴリー: 未分類 | コメントする

アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.13

陰気で古色蒼然とした、大きいけれど人気のない建物が高々と、周囲が六、七マイルほどの鹿狩猟苑の中央に姿をあらわした。葉を落とした樫の木の通りがその建物につづいていた。苑地のなかでも、最もわびしい地にいる悲しみにしずむ鷺や憑りつかれたアジサシが、その領地のブラックウォーター・チェイスという名の由来になっていた。実際のところ、その場所は英国北部のマナーハウスというよりは、国境の要塞という方がふさわしかった。

ウォルステンホルムは、昼食後、絵画陳列室と居間に案内してくれ、さらにそのあと苑内を馬で乗りまわした。夜、わたしたちは上階の端にある樫の木でできた大きなホールで夕食をとった。そこには鹿の角がかけられ、戦で使用した時代遅れの鎧や武器、娯楽の品の類が飾られていた。

「さて明日」主が提案したのは、クラレットを口にしながら腰をおろし、燃えさかる炉の炎のまえにしたときであった。「明日、まあまあの天気なら、ムーアで一日猟をしよう。そして金曜日には、これはもう一日長く滞在することに同意してくれたならの話だが、君をブルームヘッドまで車で案内して、公爵の猟犬をつれて馬を走らそう。猟はしないって? そんな君、野暮なことを言うんじゃないよ。このあたりでは、だれもが猟をしているのだから。ところで炭鉱に行ったことはあるか? ないだと? それなら新しい体験が君を待っている。君をカーショルトンの立抗に連れて行って、子鬼とトロールの家を見せよう」

「カーショルトンも、君の炭鉱のひとつなのか?」わたしは訊いた。

「この炭鉱は全部ぼくのものだ」彼は答えた。「ぼくは死者の国ハデスの王で、地上と同様に地下も支配しているというわけだ。ムーアの下の至る所に鉱山がある。このたり一面が、立坑と坑道で蜂の巣のような有様だ。我が鉱層のなかでも、豊かな鉱層のひとつがこの家の下を走っている。 40人以上の男たちが作業に従事しているんだよ、わたしたちのこの足元、四分の一マイルのところで、 それも毎日だ。もうひとつ鉱層が、苑内の地下を走っているけど、それがどのくらいのものかは、神のみぞ知るだろう。父は二十五年前にこの事業をはじめた。それからずっと続けてきている。それでも炭鉱は衰える気配はない」

「君は、親切な妖精がついている王子様と同じくらいに金持ちにちがいない。」

 彼は肩をすくめてみせた。

「そうだね」彼は軽くいなした。「ぼくは十分金持ちだよ。どんな馬鹿げたことでも意のままにやれる。そういう身だから、話のたねはつきない。たしかに、いつも金をつかっている。いつも世界中をほっつき歩いている。いつもやりたいことは即座に満足させている。でも、それが幸せなものかなあ? それはさておき、ぼくはこの十年間、ある実験を手がけてきた。その結果とは? 見たくないかい?」

It was a gloomy old barrack of a place, standing high in the midst of a sombre deer-park some six or seven miles in circumference. An avenue of oaks, now leafless, led up to the house; and a mournful heron-haunted tarn in the loneliest part of the park gave to the estate its name of Blackwater Chase. The place, in fact, was more like a border fastness than an English north-country mansion. Wolstenholme took me through the picture gallery and reception rooms after luncheon, and then for a canter round the park; and in the evening we dined at the upper end of a great oak hall hung with antlers, and armour, and antiquated weapons of warfare and sport.

‘Now, tomorrow,’ said my host, as we sat over our claret in front of a blazing log-fire; ‘tomorrow, if we have decent weather, you shall have a day’s shooting on the moors; and on Friday, if you will but be persuaded to stay a day longer, I will drive you over to Broomhead and give you a run with the Duke’s hounds. Not hunt? My dear fellow, what nonsense! All our parsons hunt in this part of the world. By the way, have you ever been down a coal pit? No?

Then a new experience awaits you. I’ll take you down Carshalton shaft, and show you the home of the gnomes and trolls.’

‘Is Carshalton one of your own mines?’ I asked.

‘All these pits are mine,’ he replied. ‘I am king of Hades, and rule the under world as well as the upper. There is coal everywhere underlying these moors. The whole place is honeycombed with shafts and galleries. One of our richest seams runs under this house, and there are upwards of forty men at work in it a quarter of a mile below our feet here every day. Another leads right away under the park, heaven only knows how far! My father began working it five-and-twenty years ago, and we have gone on working it ever since; yet it shows no sign of failing.’

‘You must be as rich as a prince with a fairy godmother!’

He shrugged his shoulders.

‘Well,’ he said, lightly, ‘I am rich enough to commit what follies I please; and that is saying a good deal. But then, to be always squandering money-always rambling about the world—always gratifying the impulse of the moment-is that happiness? I have been trying the experiment for the last ten years; and with what result? Would you like to see?’


PDF
カテゴリー: 怪談, 英国怪談 | コメントする

アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.12

自分が何を言ったのか殆ど覚えていないが、簡潔な、ともかく厳めしい言葉だった。そんな言葉をいうと、ミスター・スケルトンと学校に背をむけて、村へと急ぎ足で戻った。

丘のふもとに近づいたとき、栗毛の気取った馬にひかれた二輪馬車が「グレイハウンド亭」の扉に駆けつけた。そしてその次の瞬間には、ベイリオル学寮のウォルステンホルムと握手をかわしていた。ベイリオル学寮のウォルステンホルムの端麗な顔立ちは相変わらず、何気なくお洒落なところも同じで、オックスフォードで会ったときより一日たりとも老いたようには見えなかった。彼は両手を握りしめてくると、これから三日間、わたしは客分であると宣言し、ただちにブラックウォーター・チェイスまで送ると言い張った。徒労に終わったが、明日、ドラムリーのなかでも10マイルはなれた二校を調べる予定だと説明した。ドラムリーでは、馬と馬車が待っている。それに「フェザーズ」では部屋が用意されている。だがウォルステンホルムは、辞退する言葉を一笑に付した。

「まあ、君」彼はいった。「馬をやって、その馬に『フェザーズ』への伝言をつけておけばいいじゃないか。それから電報も二通、ドラムリーの駅から二つの学校へ急いで打つんだ。

『不測の事態が発生し、調査は来週に延期になりました』こう言うと、彼は主人顔をしながら、わたしの旅行かばんをマナーハウスに届けるように地主に言いつけた。それから二輪馬車にわたしをおしこみ、栗毛馬に鞭をあてた。するとブラックウォーター・チェイスにむかって、馬車はがたごと走りはじめた。

 

I scarcely knew what I said; something short and stern at all events. Then, having said it, I turned my back upon Mr Skelton and the schools, and walked rapidly back to the village.

As I neared the bottom of the hill, a dog-cart drawn by a high-stepping chestnut dashed up to the door of the ‘Greyhound’, and the next moment I was shaking hands with Wolstenholme, of Balliol. Wolstenholme, of Balliol, as handsome as ever, dressed with the same careless dandyism, looking not a day older than when I last saw him at Oxford! He gripped me by both hands, vowed that I was his guest for the next three days, and insisted on carrying me off at once to Backwater Chase. In vain I urged that I had two schools to inspect tomorrow ten miles the other side of Drumley; that I had a horse and trap waiting; and that my room was ordered at the ‘Feathers’. Wolstenholme laughed away my objections.

My dear fellow,’ he said, ‘you will simply send your horse and trap back with a message to the “Feathers”, and a couple of telegrams to be dispatched to the two schools from Drumley station.

Unforeseen circumstances compel you to defer those inspections till next week!’.And with this, in his masterful way, he shouted to the landlord to send my portmanteau up to the manor-house, pushed me up before him into the dog-cart, gave the chestnut his head, and rattled me off to Backwater Chase.


PDF
カテゴリー: 怪談, 英国怪談 | コメントする

アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.11

「見なかったのか?」わたしは訊いた。

彼はうなずいた。

「わたしは、わたしは、何も見ていません」彼はおずおずと答えた。「なにか見たのですか?」

彼の唇は血の気がひいて白くなっていた。ようやく立っているように見えた。

「そんな、君も見たはずだ!」わたしは声をはりあげた。「そこに映っていたじゃないか? ツタがはえているあの壁に。だれか男の子が隠れているにちがいない。あれは少年の影だった。まちがいない」

「少年の影!」彼はその言葉をくりかえすと、落ち着きを失い、怯えた様子であたりを見まわした。「そんな場所はないはず。少年が、身を隠すような場所は」

「場所があろうと、なかろうと関係ない」わたしは怒りをこめて言った。「もしその少年を見つけたら、その子の肩に感じさせてやろう、わたしの杖の重みを」

 後のほうを、それから前の方を、わたしはあらゆる方向を探してみた。校長は顔には恐怖をうかべ、足をひきずりながら、わたしについてきた。地面は凸凹していて平らでなかったけれど、うさぎ一匹といえども隠れることのできるほどの大きさの穴はなかった。

「では、あれは何だったのだ?」わたしは苛々しながらいった。

「おそらく……おそらく幻影でしょうよ。お言葉をかえすようですが、サー。幻影をご覧になったのですよ」

 彼は打ちのめされた猟犬のように、心底怯え、媚びへつらって見えたる有様なので、先ほど仄めかした杖で、彼の肩を叩くことができれば、わたしはきっと満足を感じたことだろう。

「だが、君は見たんだろう?」わたしはふたたび訊いた。

「いいえ、サー。名誉にかけて申し上げますが、わたしは見ていません、サー。なにも見ていません。何であろうと、なにも見ていません」

彼の表情から、その言葉が嘘であることが見てとれた。彼は影を見ただけにとどまらず、話したことよりも多くを知っているにちがいない。わたしの怒りは、そのときには頂点に達していた。少年の悪戯相手にされるのも、校長にごまかされるのにもうんざりだ。そういう態度は、わたしを侮辱することでもあり、わたしの協会を侮辱することでもある。

‘Did you not see it?’ I asked.

He shook his head.

‘I-I saw nothing,’ he said, faintly. ‘What was it?’

His lips were white. He seemed scarcely able to stand.

‘But you must have seen it!’ I exclaimed. ‘It fell just there-where that bit of ivy grows. There must be some boy hiding-it was a boy’s shadow, I am confident.’

‘A boy’s shadow!’ he echoed, looking round in a wild, frightened way. ‘There is no place-for a boy-to hide.’

‘Place or no place,’ I said, angrily, ‘if I catch him, he shall feel the weight of my cane!’

I searched backwards and forwards in event direction, the schoolmaster, with his scared face, limping at my heels; but, rough and irregular as the ground was, there was not a hole in it big enough to shelter a rabbit.

‘But what was it?’ I said, impatiently.

‘An-an illusion. Begging your pardon, sir-an illusion.’

He looked so like a beaten hound, so frightened, so fawning, that I felt I could with lively satisfaction have transferred the threatened caning to his own shoulders.

‘But you saw it?’ I said again.

‘No, sir. Upon my honour, no, sir. I saw nothing-nothing whatever.’

His looks belied his words. I felt positive that he had not only seen the shadow, but that he knew more about it than he chose to tell. I was by this time really angry. To be made the object of a boyish trick, and to be hoodwinked by the connivance of the schoolmaster, was too much. It was an insult to myself and my office.


PDF
カテゴリー: 未分類 | コメントする

2019.02 隙間読書 近松門左衛門「大経師昔暦」


奥丹波隠れ家の段 平成15年11月公演(国立文楽劇場サイト)より

1715年初演。近松門左衛門が63歳のときの作品。 「大経師昔暦」を 読んでみて「近松さん、なぜ?」と問いかけたくなったり、「近松さん、すてき!」と感心したり。本を読むそばから忘れていく私だが、300年前の作品なのに近松作品には忘れることのできない毒と華があるような気がする。とりあえず「近松さん、なぜ?」と「近松さん、すてき!」の一部分をメモ。

経師とは経巻・仏画を表装する人。大経師は経師のチーフとして朝廷御用を受け、大経師歴の発行権をもつ。今でいえばカレンダー製作業者なのだろうが、そこは江戸時代のことである。暦をつくる大経師は、商家とはいえ格の高い家柄なのである。

この大経師は禁中の御役人、侍同事の町人。 「大経師昔暦」

大経師の 以春 は、女中おたまをつけまわす。

以春むくむく起き上り。後ろ抱きにひつたりと。サア美しい雌猫捕まえたと。乳のあたりに手をやれば。アア、こそばあ。またしては〱、抱付いたり手をしめたり。 「大経師昔暦」

こういう文で学べば古典嫌いも減るかも……というくらいにリアルな文である。この女中の名前は「おたま」、後に意味のない悲劇的な死をとげることになる。だから猫の名前をつけたのだろうか?

猫にも人にも合縁奇縁(あひえんきえん)。隣の紅粉屋(べにや)の赤猫は。見かけからやさしう、この三毛を呼び出すも。声を細めて恥づかしさうに見えて。こいつが男にしてやりたい。「大経師昔暦」

最初のほうでリアルな猫描写が延々つづく。隣の赤猫をほめて、自分の三毛猫の男にしてやりたい……どうでもいいように思えることに筆を巧みに走らせ、ヒロインの「あたしの三毛猫の男にしてあげたい」という気持ちに、ヒロインに共感させてしまう。

女中のおたまのもとに夫・ 以春 が夜モーションをかけに通っていることをしらされた妻・おさんは、おたまの寝床で寝て夫を待つ。男がきた。だが朝になってお互いに相手を取り違えていたことに気が付く。夫だと思っていた相手は手代・茂兵衛。おたまだと思っていたのは、おさんであった。

近松は簡潔に、でもリアルに状況を描写する。

旦那お帰り。はつと消入る寝所(ねどころ)に、汗は湖水を湛えたり。
「大経師昔暦」

おさんと 茂兵衛 は逃避行へ。おたまの叔父、講釈師・赤松梅龍内の家の近くへと逃げ、おさんの両親と会う。その最後、おさん、茂兵衛の影が物干しに映って磔のように見える場面はなんとも不気味である。

二人見送る影法師、賤(しづ)が軒端の物干し。柱二本に月影の壁にあり〱うつりしは。 「大経師昔暦」

さらに叔父の家から首をだした「たま」の影もうつる。

内より、玉は潜戸開け、顔差出すその影の。同じく壁にうつりけり。あれまたここに獄門が。あさましや、この首の、その名は誰としら露。
「大経師昔暦」

最後にふたりは捕まってしまうが、そこへ叔父の 赤松梅龍内 がやってきた。

咎人は一人。すなはち玉が首討つて参るからは。両人の命、お助けくださるべし。 「大経師昔暦」

ここが最大の謎、「なぜなの、近松さん?」とその意図を問いただしたいところ。叔父は玉を可愛がっているし、すぐれた人物。その 赤松梅龍内 がなぜ?と思う。玉の首をみた役人は、証人の玉が死んだ今、おさんと茂兵衛の無実を証明できないと言う。

肝心要、証拠人の首を討つて。何を証拠に詮議あるべき。
「大経師昔暦」

今回、国立劇場での上演はここまでである。原作では、史実と違って、おさんと茂兵衛の命は坊主によって救われる。

尽きせず万年暦、昔暦、新暦。当年羊の初暦、めでたく。開き初めける。
「大経師昔暦」

とめでたく終わるのだが、 赤松梅龍内になぜ可愛い姪「玉」の首を とらせてしまったのか……? 私には謎のままである。ただ、すっきりしないところがあると記憶には残るが。

2019.02.04読了


PDF
カテゴリー: 未分類 | コメントする