クルーグマン「まもなく黙示録がひらかれる」NYTコラム

012年 5月17日 The New York Times

Apocalypse Fairly Soon – NYTimes.com.

ユーロとは政治的な連合体ではなく、巨大で、ひびがはいった通貨連合の実験体なのだが、これから急激に、ユーロが失敗していく様を目にすることになるかもしれない。遠い先のことを話しているのではない。数カ月以内に、もろもろのことがすごいスピードで崩壊するかもしれない。これは数年後のことではないのだ。その犠牲となるのは経済はもちろん、政治も論じられている以上に大きな犠牲となり、莫大なものが失われていくことになるのかもしれない。

こうしたことは絶対に起きてはいけない。ユーロを(あるいは、せめてユーロ圏のほとんどを)守らなくはならないだろう。しかし、これはヨーロッパの指導者に、とりわけドイツとヨーロッパ中央銀行に要求されるものであり、過去数年間とは違うやり方で行動を始めないといけない。説教をするのは止めて、現実と向かい合わなければいけない。すなわち時間かせぎの論議はやめ、一度曲がり角のむこうに飛び出してみる必要がある。

楽観主義者でありたいと願うのだが、現実にはそういかない。

話は過去に遡る。ユーロが誕生したとき、ヨーロッパには楽観主義の大きなうねりがあった。しかし後から判明したことだが、そのうねりは想定したなかでも最悪の事態だった。金はスペインや他の国に流出した。そのときは、そうした国が安全な投資と見なされていたからだ。こうした資本の流出が、過剰なまでの住宅のバブルと巨額の貿易赤字をあおることになった。やがて2008年の財政危機のせいで、資本の流出が枯渇し、それまで勢いづいていた国では深刻な暴落が起きた。

この時、ヨーロッパには政治的な連合が欠けていたせいで、ひどい負債が生じた。フロリダとスペインはどちらも住宅がかつてバブル状態にあった。フロリダのバブルがはじけたとき、それでも退職者たちは社会保障やワシントンから送られてくるメディケアの小切手に頼ることができた。スペインでは、それに相当するものを受け取ることができなかった。そこでバブルがはじけ、財政上の危機が生じた。

ヨーロッパの解答は、緊縮財政だった。ボンド市場を保証しようとして野蛮人が財政削減を行った。しかしながら思慮あるエコノミストなら言うだろう(そう、何度も繰り返し指摘してきたことだが)が、財政削減のせいで、ヨーロッパの混迷した経済はますます不況が深刻化した。こうした事態は投資家の自信を傷つけ、政治的な不安定さにつながった。

そして今、真実に直面するときだ。

ギリシャは、しばらく嵐の目となる。有権者たちは22パーセントもの失業率をだした政策に明らかに腹をたてている。若者の失業率にいたっては50パーセントに至っているからだ。そして、こうした政策を実施した政党を非難してきた。ギリシャ政権が実際にしてきたのは、経済はこうなる運命だったのだと正当性を主張することだが、かえって有権者が急激に反動する結果となり、急進左翼連合の力を上昇させることになった。投票結果が過半数に足らなかったため、連立政権が再選挙で議席を補うことになるが、基本的に試合はもう終了している。ギリシャは、ドイツやヨーロッパ中央銀行が要求しているような政策をしようとしないだろうし、また出来ないだろう。

そして今から何が起きるのだろう。もうすぐ、ギリシャはいわゆる「バンク・ジョグ」を経験することになる。ややゆっくりとした銀行の取り付け騒ぎのことで、ギリシャのユーロ離脱の可能性を予期した預金者が、これからますます現金を引き出す。ヨーロッパ中央銀行は実際、ギリシャに必要なユーロを貸すことで、こうした銀行への取り付けに融資していることになる。もし(おそらく)中央銀行がこれ以上貸せないと判断したときには、ギリシャはユーロをあきらめて再び独自通貨を発行せざるをえないだろう。

ユーロは実際には取り消し可能なのだという意思表示は、そのまま順番にスペインやイタリアの銀行にまわっていく。ふたたびヨーロッパ中央銀行は、上限のない融資を行うかどうか選択することになるだろう。もし融資を断るようなことになれば、ユーロ全体がだめになるだろう。

イアリア、それから特にスペインには希望を与えなければいけない。希望とは、経済的な環境を整えることであり、緊縮財政や不況という状況においても無理のない見通しをもたせることである。現実的にそうした環境を整えるには、ヨーロッパ中央銀行が価格の安定という強迫観念を捨て去り、毎年、ヨーロッパで3パーセントか4パーセントのインフレになるようにするしか方法はない(ドイツでは、それ以上のインフレが必要だ)。

ヨーロッパ中央銀行も、ドイツも共にこの考えを嫌っているが、これがユーロを救う唯一の手だてなのだ。過去2年半、ヨーロッパの指導者たちは危機に対応するにあたって、その場しのぎの手段でごまかし、時間かせぎをしてきた。でも、もう時はむだに出来ない。今や、時は残されていないのだから。

ヨーロッパは最終的には危機に対応するのだろうか。そうであると願いたい。ユーロの崩壊が、世界中に負の波及効果を及ぼすからだけではない。ヨーロッパ政策の失敗のせいで最も犠牲になるのは、おそらく政治的なものだからだ。

こんなふうに考えて欲しい。ユーロの失敗とは、より広大なヨーロッパという試みの完全な敗北に等しいと。すなわち陰惨な歴史が繰り広げられてきた大陸に、平和と繁栄と民主主義をもたらそうとする試みの失敗なのである。ユーロの失敗はまた、緊縮財政の失敗と同じ影響をギリシャに与えている。すなわち政治面で与党を疑い、極端主義の急進左派連合に公的権限を与えようとしているのだ。

確かに私たちの誰もが、ヨーロッパが成功するかどうかについては利害関係がある。それでもユーロを成功させるのは、ヨーロッパの人間の義務なのだ。その仕事がなしとげられるかどうか全世界が見守っている。(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

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