アダム・スミス 道徳感情論 1.Ⅱ,22 侮辱そのものに憤って共感するわけじゃない、侮辱をうけて耐えている人の性格に好ましさを見いだすから共感するんだ

人間は怒りを感じると同時に、他の人への侮辱についても強く意識する。悲劇や小説における悪役が憤りの対象となるように、英雄は共感や愛情の対象となる。イアーゴを憎むのと同じように、私たちはオセローを尊敬する。またイアーゴへの罰を喜ぶように、オセローの失意を悲しむ。しかし自分の兄弟がうけた侮辱については仲間として強く意識するが、受難者が憤るよりも更に強い調子で、侮辱に憤るわけでもない。ほとんどの場合、受難者は忍耐強くなり、穏やかさも、親切心も増すが、熱情を求めているようにも、また恐怖が慎み深さの動機になるようにも見えない。だが、受難者を侮辱をした人への怒りは強まっていく。受難者の好ましい性格に、侮辱という暴虐行為をうけているのだという人々の思いが増すからである。(1.Ⅱ.22)

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