アダム・スミス 道徳感情論 1.Ⅱ.26 悲しみや喜びを音楽で伝えることは可能だけれども、怒りを伝えることは難しい

悲しみや喜びの抑揚を音楽が模倣するとき、こうした情熱で実際に意気昂揚としたり、少なくとも心に情熱をいだきたい気分になる。しかし音楽が怒りの調子を模倣するとき、私たちの心には恐怖が芽生える。喜び、悲しみ、愛、憧れとは、もともとが音楽的な情熱なのである。その本来の調子はすべて優しく、明確であり、心地よく聞こえてくる旋律であり、定期的に休止をいれることではっきりする楽節で表現される。こうした説明によれば、その休止は、調子を同じような雰囲気で、規則的に繰り返していくことに適したものである。反対に、怒りの声、それから怒りと質を同じくする情熱とはすべて過酷なものであり、不調和なものである。怒りをあらわす楽節とは不規則なものであり、ときに長く、ときに短く、定期的な休止がはいってはっきりすることはない。そのため音楽が、怒りのような感情を模倣することには困難をともなう。しかも怒りを模倣した音楽が、もっともよく伝わるというわけではない。(1.Ⅱ.26)

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