サキの長編小説 耐えがたきバシントン 10回

 

「ええ」フランチェスカは言った。「昨日、戻りました。あの子のことはもちろん好きだけれども、別れても我慢できるから大丈夫。あの子がここにいると、家の中に活火山があるようなものだから。どんなに静かな時でも、絶え間なく質問をして強い香りの香水をふりまく火山なの」

 「今だけの、束の間の安らぎだな」ヘンリーは言った。「一、二年もすれば学校を卒業することになるが、そのあとはどうする?」

 フランチェスカは目を閉じたが、その雰囲気は悩ましい将来を捨てようとする人のものであった。他人がいるところで、将来について子細に検討することは好きではなかったが、とりわけ、その幸運な色調が、疑わしさで覆われている時はなおさらであった。

 「さて、そのあとは?」ヘンリーは執拗だった。

 「そのときは、わたしの手に負えなくなるでしょうよ」

 「いかにも」

 「そこに座って批判がましい顔をするるのはやめて。どんな忠告でも耳を傾けるつもりはあるから」

 「ふつうの若者の場合なら」ヘンリーは言った。「適した職業につくことに関して、たくさん助言もすることだろう。だがコーモスについて知っていることからすれば、仕事をみつけてあげたところで、むこうにその気がないのであれば、我々が仕事を見つけても時間の無駄になるだろう。」

 「あの子も何かしないといけませんわ」フランチェスカは言った。

 「何かしないといけないことは私もわかっている。だが、あの子はしない。少なくとも、何事にも誠実に取り組まない。一番期待できそうなことは、財産のある娘と結婚することだ。そうすれば、あの子の問題のなかでも財政上の問題は解決される。おもいどおりになる金が限りなくあれば、どこかの荒野にでも行ってライオンでもしとめるだろう。ライオン狩りに何の価値があるかわからないが、あの社会不適格者の、破壊的なエネルギーをそらすのに役に立つだろう」

 ヘンリーは、鱒より大きくて荒々しいものを殺したことがないため、ライオン狩りの話題に関しては、蔑むように見下していた。

 フランチェスカは、結婚させるという提案に嬉しくなった。「財産のある娘さんかはわかりませんが」フランチェスカは慎重に言った。「エメリーン・チェトロフならいますわ。財産のある娘さんだとはあまり言えないかもしれませんが、あの娘には、ささやかながら気持ちよく暮らせるだけの、自分の資産があります。それに私が思いますには、あの娘には、おばあさんから頂けるものも少しあるでしょう。それから勿論ご存知のように、あの娘が結婚すれば、この家ももらえることになるのよ」

 「そうであるならば尚都合がいい」ヘンリーは言いながら、妹が今までに数百回も踏みならしてきた考えの流れをたどろうとしたのであろう。  「彼女とコーモスは仲良くやれているのか」

 「男の子と女の子としては十分いい方よ」フランチェスカは言った。「ふたりのためにお互いをもっと知る機会を、そのうちにでも、もうけなくてはいけないわね。ところで、あの娘がとても可愛がっている弟のランスローが、今学期からタルビーに入るの。コーモスに手紙を書いて、とりわけ親切にするように伝えるわ。それがエメリーンの心をとらえる確実な手になるでしょうから。コーモスはいつも完璧よね。神様のおかげだわ」

 「そんなのが重要なのは、遊びだけだろう」ヘンリーは馬鹿にした。「安全なところで思惑にけりをつけて、無難な行動をとったほうがいいかもしれないと思うのだが」

 コーモスは叔父に気に入られていなかった。

 フランチェスカはライティングビューローにむかうと、急いで息子にあてた手紙を書き、その中で新しく入ってくる少年の健康状態がきわめて敏感なものであり、性格も内気であるということやら、他にも変えられない性格があるので気遣ってほしい旨を伝え、面倒をみるように頼んだ。彼女が手紙に封をして印をおしたとき、ヘンリーが遅ればせながら注意をした。

 「おそらくだが、その少年のことは、コーマスに言わないでおいた方が賢明だろう。あの子ときたら、いつも望むような方向にすすまないから」

 フランチェスカもわかっていたし、兄の言うことも半分以上はもっともだった。しかし、きれいで汚れていない、一ペニー切手を犠牲にできる女が現れるのは、まだこれからである。

 

 


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