僕が先頭第一だ
同じ晩(二十五日)の十一時も半ば過ぎた頃、おばさんに呼ばれたので、行つて見ると、初會の客で私を名指しだと云ふ。
年齢は二十八九、中肉の丈高く、長顔の色白、眉は太いけれど薄く、目は大きくて凄味があり、鼻は高いが、口元が悪い。髪はハイカラ。
赤縞の糸織の着物に、銘仙の絣の羽織を引掛け、縮緬の兵児帯を締めてゐる。眼鏡は金縁、帽子は茶の中折。
大分酔つてゐるらしく、酒はもう飲まないと云ふ。親子丼を通した後で、
「君、面白い本を書いたってね。其れを聞いて、君を訪ねたのは、僕が先頭第一だらう」
「おや、然でしたか。有りがたいのね。御苦労さま!!」
「併し、悪意があつて、君を訪ねたんじやない。本の売れるやうにしてあげるから、何でせう、一部譲つて呉れませんか、本屋では、まだ売出してゐないやうだから。」
「生憎一冊も、持合せが御座いません。」