「遊女物語」 9回 大正2年 和田芳子

僕が先頭第一だ

 

同じ晩(二十五日)の十一時も(なか)ば過ぎた頃、おばさんに呼ばれたので、行つて見ると、初會(しよかい)の客で私を名指(なざ)しだと云ふ。

 年齢は二十八九、中肉の丈高く、長顔(ながかほ)の色白、眉は太いけれど薄く、目は大きくて凄味があり、鼻は高いが、口元が悪い。髪はハイカラ。

 (あか)(じま)の糸織の着物に、銘仙(めいせん)(かすり)の羽織を引掛け、縮緬(ちりめん)兵児帯(へこおび)を締めてる。眼鏡は金縁、帽子は茶の中折(なかおれ)

 大分(だいぶ)酔つてるらしく、酒はもう飲まないと云ふ。親子(おやこ)(どんぶり)を通した後で、

「君、面白い本を書いたってね。()れを聞いて、君を訪ねたのは、僕が先頭第一だらう」

「おや、(そう)でしたか。有りがたいのね。御苦労さま!!」

(しか)し、悪意があつて、君を訪ねたんじやない。本の売れるやうにしてあげるから、何でせう、一部(ゆづ)つて呉れませんか、本屋では、まだ売出(うりだ)してないやうだから。」

生憎(あいにく)一冊も、持合せが御座(ござ)いません。」

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