サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章 61回

暑い日の午後四時頃、フランチェスカはピカデリーサーカスに近いボンドストリートにある店の玄関から出てくると、マーラ・ブラスリントンに飛びついた。その日の午後は、いちだんと暑くなりそうだった。マーラは人間の姿をした蠅で、混み合った通りや市場、暑い気候のもとでぶんぶん音をたてていた。レディ・キャロライン・ベナレスクがかつて予言して、自分は別の世界に適応するために、新聞という特別な蠅を一匹飼っていると言ったことがあった。しかしながら中には、彼女が将来、不思議なことに力を増すだろうと考える者もいた。そこでマーラ・ブラスリントンは4箇所以上、功に準じて、いつまでもひっきりなしに地獄におちた魂をまわっていたのだ。

 

「さあ、着いたわ」彼女は嬉しそうに、熱心にぶんぶん音をたてながら言った。「兎のように出たり入ったりね。もっとも兎なら、こんなに広い範囲で店に出たり入ったりしないけど」

 

たしかにアオバエのような一日だった。

 

「ボンドストリートが好きじゃないの?」彼女はまくしたてた。「この通りには、他とは違って独特のものがある。他の通りには、どこにもこうしたところがないわ。こうした通りのイコンや絵画がヨーロッパのあちらこちらにばらまかれて、いわば聖ルカやザキアスという類の人たちの手によるもののように、描かれたり、彫られたりしたのよ。私はいつも思うけど、この時代の高貴な人たちがボンドストリートをつくったよ。たぶん聖パウロよ。だって随分と旅をしているから」

 

「ミドルエセックスには来ていなかったと思うけど」フランチェスカはいった。

 

「わからないわ」マーラは言い張った。「あちらこちらさすらっていると、混乱してきて、どこに行ったのかわからなくなるもの。私も自分がチロルに二回行ったのかサンモリッツに一度行ったのか、それとも逆なのか思い出せないわ。いつも女中に聞いている有様よ。ボンドストリートという名前にも、聖パウロを示唆するものがあるわ。縛り(ボンド)と自由について、たくさん書いていたじゃない?」

 

「ヘブライ語かギリシャ語で書いていたと思うけど」フランチェスカは反論した。「言葉はまったく似ていないわよ」

 

 

 

 

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