サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅷ章 81

彼はハンガリーの馬市をふらふらし、人気のないバルカン半島の丘陵で、臆病だけど悪賢い野獣を猟でしとめては、人でよどんでいるかのようなブルガリアの修道院の溜め池に丸石のように自ら飛び込み、人種のモザイクのようなギリシャのサロニカをすすんでいき、ロシアの町では舌鋒するどい編集長の、先端的だけれど浅い意見を面白がって丁寧に耳をかたむけ、たまたま入った居酒屋では仲間から知恵を学び、大勢にさからう男たちを構成する元素や黒海沿岸へ倦むことなく運ばれる商品について知るのだった。はるかかなたまで歩きまわり、かなりの頻度で、ハプスブルク家の華やかな首都でひらかれる舞踏会や夕食会、あるいは劇場に出席したり、お気に入りのカフェやワインの貯蔵室に姿をあらわしたりして、新聞をざっと斜め読みしたり、大使から靴の修繕屋にいたるまで社交上の範疇における旧知の人や親友に挨拶するのだった。彼が自分の旅の話をすることはめったになかったが、旅が彼を語っていると人々はいった。ドイツの外交官がかつてこのような言葉にまとめた雰囲気が、彼にはあった。「狼がにおいをかぎまわる男」

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