サキ「耐えがたきバシントン」Ⅸ章91回

見物人が大勢いる小道で、平々凡々たる乗り手たちが群れながら馬に歩き方の練習をさせている最中に、とても楽しそうな姿が目にとびこんできた。その楽しげな人物とはコートニー・ヨールであり、粕毛色をした美しい去勢馬、アンヌ・ド・ジョワイユーズにまたがっていた。この優雅に、足をすすめていく動物は、イズドリンで賞をとったこともある馬だが、馬屋番が気に入らなければ、その命を奪いそうになることもあった。なかでも、違いを強く主張しているのは卓越した外見であり、自分に対するうぬぼれであった。ヨールはどうやら、馬と乗り手が完璧なまでに調和していると思いこんでいた。

「少し休んで話をしていきませんか」静かに招く声が向かい側の柵から聞こえてきたので、ヨールは手綱をひくとレディ・ヴーラ・クルーツに挨拶をした。レディ・ヴーラは堅実に商業を営む一族と結婚し、政治の絵空事に手をつけはじめていた。彼女には献身的な夫がいて、よく言いつけを守る子ども達がいるにもかかわらず、その目には言い表しようのない倦怠感がうかんでいた。贅をこらした庭の階段にたって夫の客を出迎える彼女の様子は、まるで動物がミュージックホールの舞台でショーを演じているようだった。

動物がそうしたがっているからといつも言い聞かせながらも、本当はちがうということを人はいつも理解しているものだ。「レディ・ヴーラは、熱烈な自由貿易主義者なんだろう?」昔、レディ・キャロラインに指摘した者がいた。

「不思議に思っているのだけれど」レディ・キャロラインは、穏やかに問いかけるような声でいった。「ドレスはパリで仕立てて、結婚は天国であげるような女ですからね、自由貿易に賛成するのも反対するのも、どちらも偏った見方じゃないかしら」

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