サキ「耐えがたきバシントン」Ⅸ章 100回

昼食はすべてが首尾よくいった。楽団さながらの努力をすることにより、会話に夢中になりながらも、会話に溺れることはなかった。それというのも、ヨールは思慮深くて、すばらしい相手であったからだ。戸口が開いていたので、読書室を兼ねた喫茶室がエレーヌの目に入ってきたが、その喫茶室には人目をひくやり方で、ノイエ・フライエ新聞、ベルリン日報、その他にも異国の新聞が壁の書架にならんでいた。自分のむかいに腰かけている青年を見やったが、その青年が人々にあたえてきた印象といえば、頭脳をつかって真剣に努力していることは身なりと食べ物だろうというものだった。だが、そこで彼女が思い出したのは、最近の演説について新聞が書いたもので、喜ばしい指摘だった。

「あなたはうぬぼれたりしないのかしら、コートニー」彼女はたずねた。「壁のところに置いてある新聞をみれば、そのほとんどが、あなたのペルシャいついての演説をとりあげているのに」

ヨールは笑った。

「そこにある新聞のいくつかに、自分の写真がのっていると考えると、気持ちがひきしまって、自分が矯正されるような気がする。たとえばマタン紙に大急ぎで印刷された自分の肖像を見たなら、残りの人生は、ヴェールをかぶったトルコの女のように過ごしたいと思うだろう。

それからヨールは手近なところにある鏡にうつる自分の姿を、長いこと時間をかけ、入念に見つめたが、その様子は写真が展示され、名声がただよう部屋で、できるだけ謙虚になろうとしているかのようであった。エレーヌはこの青年に甘美な満足をおぼえた。それというのも、中東の知識においては質疑や論争のときに大臣たちを狼狽させるほどの知識を持った青年が、自分の台所について好き嫌いについても、同じようによく知っているからだ。もしスゼットがこの場に立ち会ってくれたら、いっそうエレーヌは幸せを感じただろう。

「給仕頭から婚約したかと訊かれたのかしら」コートニーが勘定を払ってくると、エレーヌはたずね、従順な従者の手から、日よけの傘や手袋、他の手荷物をあつめおえた。

「ああ」ヨールはいった。「でも、ぼくが『婚約してないよ』と言ったら意気消沈したようだった」

「あれほど気をつかってもらったのに、がっかりさせるなんて感じが悪いわ」エレーヌはいった。「婚約したと言って」

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