サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅹ章107回

しかしながら令嬢の願いは、聞き入れてもらえなかった。レディ・キャロラインは新たに到着した客に注意をむけてしまったのだ。

 「とても興味深い展示会ですわ」アーダ・スペルベクシーは言いかけた。「技法も申し分ないわ。技法について判断したかぎりですけど。ポーズのとり方にも素晴らしいものがありますわ。でも、彼の芸術がとても動物的なものであることに気がつかれましたか? 肖像画から魂をぬきとったようなものですわ。あのウィニィフレッドが、ただの健康的な金髪美人として描かれているのを見て、あやうく涙をこぼすところだったくらい」

 「見ておけばよかったのにと思うわね」レディ・キャロラインがいった。「世間をわかせたルトランド・ギャラリーの招待公演で、強くて勇敢な女性が涙をながす場面を。ドロリー・レーン劇場でもその次の公演で、きっと上演されただろうけど。でも私は運が悪かった。評判のその公演を見逃したのでね。知ってのように、虫垂炎になってね。ルル・ブラミンガードが、七年もの仲たがいのあとで、ウィンザー城での昼食会で、夫を許す劇的な場面だけど。歳老いた女王はそのことに怒り狂った。そうしたことを、そうした場で言うのは料理人に対して無礼だと言ってね」

レディ・キャロラインの記憶のなかでも、ヴィクトリア女王の裁判所で起きなかったような些細な出来事については記憶が鮮明であり、悪名が高いくらいだった。広まりつつある恐怖のひとつに、ある日、彼女が回想録を書いてしまい、あまねく尊敬されることになるのではないかということがあった。

 「レディ・ブリックフィールドの全身を描いた絵について言えば」アイーダは続けて、レディ・キャロラインの回想録を無視しようとした。「すべての表現が意図的に足に集中したかのように見えます。たしかに間違いなく美しい足です。でも、それがはっきりとした人の体であるとはとても言えないのです」

「人間を描いておきながら、まちがった方向に描くとは、ずいぶん変わっていること。きっと分別に欠けているのだろうね」レディ・キャロラインはいった。

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