サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅺ章 119回

 いつになくエレーヌがかられているのは、いとこのシュゼット・ブランクリーを訪れたいという強い願いだった。どちらかの家で会うことはたまにあったが、よそで会うことはまずなかった。またエレーヌの方でも、彼女とつきあうときに適切さに欠けているという自覚に乏しかった。シュゼットは恩着せがましい関係にあわせていたが、それはいわば程よく裕福で、極端なまでに面白くない娘が、資産家であり頭もいいと思われている知り合いに対してとろうとする関係だった。それに返すようにして、エレーヌがとった武装とは、見せかけの謙虚さという優れた烙印だったが、それは適切にもちいれば当惑させるものなのだろう。なにかを述べて口論になるようなことは、ふたりのあいだにはなかったし、論理的に考えても敵として語られることもないのだが、相手を前にして武装解除することはなかった。相手にふりかかった不運に同情することはほとんどなく、また相手の些細な挫折をみて満足にちかい感情がわきあがった。人間は本質的に、つじつまの会わない不和をたくさん抱えているものであり、それらの不和は人種や政治、宗教や経済的理由から生じて栄えていき、盲目的なひどい愛他主義者に手がかりをあたえてしまう。そうした愛他主義者にとって憎悪とは、慈悲と同じように、この世に占め、目的をなしているものなのである。

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