サキの長編小説 「耐えがたきバシントン」 Ⅻ章140回

コーマスは嘲笑した。

「うるわしい話だし、説得力のある話ではあるけど、退屈な話だよ。聞いていると、聖書の中の詩とか会社の設立趣旨書を思い出しそうになる。正直に、ゴムや鉄道の事業計画から撤退したと告白すればいいのに。さて真面目な話をしよう、お母さん。ぼくが生活費をあさらなければいけないにしても、どうして英国のなかでやってみては駄目なのか。たとえばだけど、ビール醸造所をひらくこともできる」

フランチェスカはきっぱり頭をふった。コーマスに安定した仕事を考えてみたが、たしかにロンドンの磁力や競馬大会のささやかな魅力、それと似たようなお祭が手の届くところから合図していてくれるなら、コーマスもそうした仕事をやりとげることができるだろう。だが、そういう事情は別とはべつに、母国での仕事をおこそうとしても、財政的に難しいものがあった。

「ビール醸造所とかそうした類のことは、始めるにはお金が必要となってくるわ。事業をおこせば、給料を払わなくてはいけないし、資本を投資する必要もでてくるわ。今の借金も払うことだってほとんどできないのだから、そんなことを考えてみても無駄よ」

「何か売ればいいじゃないか」コーマスはいった。

 何を犠牲にすべきかについては具体的に示唆しないまま、彼はまっすぐヴァン・デル・ムーレンをみた。

 痛いところをつかれて、しばらくフランチェスカは窒息しそうな感覚をおぼえ、心臓がとまりそうであった。やがて身を乗りだすようにして椅子にこしかけると、気力をふりしぼって話しはじめたが、その有様は獰猛なものがあった。

「わたしが死ねば、わたしの品々も売られて散っていくでしょうけど。生きているあいだは、手元に置いておきたいわ」

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