アーサー・モリスン倫敦貧民窟物語「ジェイゴウの子ども」 1章17回

「父さんの帰りを待っているから。もうおやすみ」

 ディッキーはしばらく黙りこんだ。だが頭はさえわたり、目もしっかり覚めていた。やがてもう一度いった。「おもての部屋に、あたらしい人たちがはいったね」彼はいった。「あの男のひとは、奥さんのことを鞭でぶったりしないの?」

「しないよ」

「男の子のことも鞭でぶたないかな、いらいらするような子でも?」

「大丈夫だよ」

「とっても気難しい人たちに見えるよ。近所の人にはよく見せかけているけど。ピジョニー・ポールが言うのを聞いたんだ。ポールの話だと・・・」

「ピジョニー・ポールの話なんか聞いたらいけないよ、ディッキー。そう言ったのに、忘れたのかい? もう、おやすみ。父さんが帰ってくるから」すると本当に、階段の方から足音がした。だが、その足音は踊場をとおりすぎ、そのまま上の階へ行ってしまった。ディッキーは目をあけたまま横になり、無言で上の方を凝視し、やがて頭上の汚れた窓へと視線を戻した。とても暑かったので、不快さに耐えかねて体をもそもそ動かすのだが、それでも赤ん坊が起きて泣かないように用心しながら、寝返りをうったり、足をほうりだしたりするのだった。空の色に変化があらわれていた。寝台から見える範囲だが、色が変わっている部分を観察していると、朱色はわずか数か所に収縮していき、やがていっせいに薄くなって小さな点となった。そのとき、ようやく階段から足音が聞こえた。足音は扉のところでとまった。そう、父親が帰ってきたのだった。ディッキーはじっと横になったまま耳をすました。

‘Waitin’ for father. Go to sleep.’

He was silent for a little. But brain and eyes were wide awake, and soon he spoke again. ‘Them noo ‘uns in the front room,’ he said. ‘Ain’t the man give ‘is wife a ‘idin’ yut?’

‘No.’

‘Nor yut the boy—’umpty-backed ‘un?’

‘No.’

‘Seems they’re mighty pertickler. Fancy theirselves too good for their neighbours; I ‘eard Pigeony Poll say that; on’y Poll said—’

‘You mustn’t never listen to Pigeony Poll, Dicky. Ain’t you ‘eard me say so? Go to sleep. ‘Ere comes father.’ There was, indeed, a step on the stairs, but it passed the landing, and went on to the top floor. Dicky lay awake, but silent, gazing upward and back through the dirty window just over his head. It was very hot, and he fidgeted uncomfortably, fearing to turn or toss lest the baby should wake and cry. There came a change in the hue of the sky, and he watched the patch within his view, until the red seemed to gather in spots, and fade a spot at a time. Then at last there was a tread on the stairs, that stayed at the door; and father had come home. Dicky lay still, and listened.

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