アーサー・モリスン倫敦貧民窟物語「ジェイゴウの子ども」2章19回

 ジェイゴウの外縁東側のうち、三分の四マイルをしめているのが、イースト・エンド奉挙伝導団と全知協会のはいっている建物であった。どちらも素晴らしい成功をおさめていたので、新しい建物が建てられ、キリスト教における位も高く、産業界における地位も高い主教が、もうその建物が完成した旨を宣言した。

 

 イースト・エンド奉挙伝導団と全知協会の偉業は、ロンドン東部を遠く離れたところでもよく知られていて、アジアの無名な国々についてと同じ程度の知識しか、イースト・エンドについて持ちあわせていない者たちからも知られていた。たしかに、そうした人々からも、それなりに評価されていた。そこで、向上心にあふれるイース・エンドの住民がいつまでも求めているものとは、生活をよくし、物事について更によく学び、人間性をひろげることであった。しかも、そのような求めは、他の輝かしい幻想と同じ様に、比較して語られるべきことであり、上の位にたつ者をうみだすための特効薬となるものであった。こうした話題についての講義は、実にたくさんあった。たとえば絵画を借りてきて見せることで、知られていない事がらが明らかになったりするのだが、それは画家がわざわざ巧みに絵の中に隠したものなのであった。事情を知らされていない人たちは仕方なく、そのまま文学や政治上の問題について論争したり、文章に書いたりするのだが、つまらない知識のせいで妨げられることはなかった。それは人々が細かいところまでよく理解していたし、知性で武装していたからだ。だが、階級や社交クラブ、新聞、チェッカーのゲーム、音楽やブラスバンドの夕べというものがあった。そこでは、希望のない貧しい人々の生活は脚色され、悲惨さは隠されたものとなり、軽減された。援助をしようとこうした集まりにおしかけた哀れな者たちとは、商人の息子であったり、小さな店の経営者だったり、こぎれいな恰好をした事務員であり、敬われる商いについている若く、気の利いた職人だった。彼らが思うままに大切にしたのはクラブであり、音楽の夕べであり、つまらないチェッカーの盤であった。また自分たちを議論にまきこみ、たがいに向上するべきだと大声で主張する者たちも大切にした。

Three-quarters of a mile east of the Jago’s outermost limit was the East End Elevation Mission and Pansophical Institute: such was the amazing success whereof, that a new wing had been built, and was now to be declared open by a Bishop of great eminence and industry.

The triumphs of the East End Elevation Mission and Pansophical Institute were known and appreciated far from East London, by people who knew less of that part than of Asia Minor. Indeed, they were chiefly appreciated by these. There were kept, perpetually on tap for the aspiring East Ender, the Higher Life, the Greater Thought, and the Wider Humanity: with other radiant abstractions, mostly in the comparative degree, specifics all for the manufacture of the Superior Person. There were many Lectures given on still more subjects. Pictures were borrowed and shown, with revelations to the Uninformed of the morals ingeniously concealed by the painters. The Uninformed were also encouraged to debate and to produce papers on literary and political matters, while still unencumbered with the smallest knowledge thereof: for the Enlargement of the Understanding and the Embellishment of the Intellect. And there were classes, and clubs, and newspapers, and games of draughts, and musical evenings, and a brass band, whereby the life of the Hopeless Poor might be coloured, and the Misery of the Submerged alleviated. The wretches who crowded to these benefits were tradesmen’s sons, small shop-keepers and their families, and neat clerks, with here and there a smart young artisan of one of the especially respectable trades. They freely patronised the clubs, the musical evenings, the brass band, and the bagatelle board; and those who took themselves seriously debated and Mutually-Improved with pomp.

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