アーサー・モリスン倫敦貧民窟物語「ジェイゴウの子ども」17章121回

そういうわけで、オールド・ジェイゴウ・ストリートでの野宿暮らしをする人たちはいなくなっていった。その理由のひとつとしてあげられるのは、追放された人々のなかには、非生産的に仕事をしないで過ごすこともなければ、時間も無駄にすることのない人々がいたからであった。また戦いがダブ・レーンとのあいだに生じ、略奪がおこなわれていたせいでもあった。ダブ・レーンはけっして敬意に値するような場所ではなかったが、ジェイゴウのような場所ではなかった。その地区の言葉をそのまま使えば、ダブ・レーンの住民もひどく汚いけど、ジェイゴウの連中はヤニのように汚かった。ダブ・レーンの住人のなかには、運搬作業をしている者たちが大勢いた。そのため、金まわりのいい時期ともなれば、友達といっしょにミーキン・ストリートへくりだした。ユダヤ人の仕立屋が店をかまえていて、そこで風変わりな柔らかい外套や、上等なことでよく知られているズボンを買った。粋な仕立てのズボンには手の込んだボタンがついていて、両横が二重になってごまかせるようになっていた。だが、このあたりではジエィゴウの人々と出くわすことが多く、そのたびに大勢の手にかかってひっくり返され、思いっきり殴られ、身ぐるみはがされた。あるいは逃げ出して追いかけられても、ズボンや外套、ブーツを奪われてしまうのが常だった。ダブ・レーンとの戦いは折々の利益をもたらしてくれるものだから、安全な場所で怠けていることに忠義をつくすジェイゴウの住民はいなかった。

So the bivouac in Old Jago Street melted away. For one thing, there were those among the dispossessed who would not waste time in unproductive inactivity just then; for war had arisen with Dove Lane, and spoils were going. Dove Lane was no very reputable place, but it was not like the Jago. In the phrase of the district, the Dove Laners were pretty thick, but the Jagos were thick as glue. There were many market-porters among the Dove Laners, and at this, their prosperous season, they and their friends resorted to a shop in Meakin Street, kept by an ‘ikey’ tailor, there to buy the original out-and-out downy benjamins, or the celebrated bang-up kicksies, cut saucy, with artful buttons and a double fakement down the sides. And hereabout they were apt to be set upon by Jagos; overthrown by superior numbers; bashed; and cleaned out. Or, if the purchases had been made, they were flimped of their kicksies, benjies or daisies, as the case might be. So that a fight with Dove Lane might be an affair of some occasional profit; and it became no loyal Jago to idle in the stronghold.

さりはま の紹介

何かあればsarihama★hotmail.co.jpまでご連絡ください。★は@に変えてください。更新情報はツィッター sarihama_xx で。
カテゴリー: ジャェイゴウの子ども パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Time limit is exhausted. Please reload the CAPTCHA.