NYTコラム「復員兵がニューヨークでホームレスとなり、挫折の日々からつかんだ希望」 アレックス・ミラー

In Need, in New York – NYTimes.com.

2012年6月12日

生まれも育ちもシカゴ南部だが、わたしは貧困のなかで育った。母と私は幾度となく見知らぬ宿泊施設に避難したり、時には保護施設に身を寄せることもしばしばあった。18歳で海軍に入隊したときには、これで訓練と教育が受けられる、これで私の人生も良い方向に変わって家族を助けることができると思った。

しかしながら2008年、私は名誉ある除隊をすることになった。勲章をもらって表彰されたが、足首から下にはボルトが7本入った状態だ。社会は不景気であり、私に可能な仕事は残されていなかった。場末のピザ屋で働いたり、小売店で販売の仕事をしたりした。しまいにはブロンクス地区にある元兵士のための病院で保守管理の仕事をした。ブロンクスの病院での仕事があるうちにフルタイムで働いておくべきだったと思うが、もっと給料が高い仕事が見つかるような気がしていた。私には誇りというものがあったのだ。でも、それは間違っていた。長い間、私は復員兵援護法で切り抜けることになり、奨学金のおかげでコミュニティカレッジに通い、最近ではニュー・スクールに通っている。けれど、とうとう私はもう切り抜けることが出来なくなってしまい、家賃すら払えなくなってしまった。

ホームレスの七人に一人が、軍隊で働いていた経験がある。25歳になったこの歳、私はこうしたホームレスの元兵士の一人となった。

ニューヨークで鮮明に記憶に残っていることのひとつに、黒人の元男性兵士が自分自身と熱い論争をしている姿がある。奇妙なことに、一言も発することなく、その兵士はつばをはき、口からあわをとばし、胸をこぶしでたたき、そのあいだ唇を動かすだけだった。それはまるでパントマイムの役者が、怒りを経験したことがない観客にむかって、荒々しく怒りを表現しているかのようだった。

その元兵士の姿は、インド洋の真ん中で交わした会話を思い出した。2ヶ月以上かけて陸地に近づくのをうんざりし待ちながら、仲間と私はゲームを考えて過ごした。そうしたゲームのひとつに、わたしたちが「ウィッシュ・リスト」と呼んだものがあるが、そのゲームはとても簡単なものである。海軍から除隊したときにすることのなかで、もっとも贅沢なことを予想するのだ。こう言った男がいた。気ちがいのふりをすると。変なものを食べてみたり、ハーベーへの忠誠を誓っているあいだにズボンをおろし、アメリカ兵士のかわりに妖精プーカのまねをする。その話に笑ったものだ。

しかしながらシェルターのあの元兵士のことを笑うことは難しい。さらに他の兵士はもっとひどい有様だった。シェルターのシステムの欠点とは、すべての人間をいっしょに生活させるということにある。情緒不安定な復員兵のとなりのベッドには健全な元兵士が眠り、その隣には前科がたくさんある前科者が眠っている。隣のベッドで寝ている男が、罪のない人間なのか、それとも罪のある前科者なのか知らないまま、夜寝ることは難しかった。どのシェルターにも、ギャングの一員がいたり、元ギャングがいたり、暴力沙汰の話もあれば、窃盗の話もあった。悲しいことに、人の命を奪ったことがあるという人間が、もしかしたらそう話しているだけなのかもしれないが、人の命を奪ったことがあるという人間がかならずいたのである。性犯罪者が、こうしたシステムをすり抜けてきているということも考えられた。

復員兵がシェルターで毎日耐え忍んでいるストレスを、私は身を持って体験した。ソーシャルワーカーは忍耐に欠け、私たち復員兵はとるに足りない存在なのだと話すばかりで、最近シェルターに入所した兵士と向き合う訓練を積んでいることもなく、公的な援助の申請を受けさせようと無理矢理に話をすすめていった。私が望んでいるのは仕事であり、福祉ではないのだ。しかしフードスタンプを受給していなければ、ニューヨーク市のシェルターに入ることが出来ないと告げられた。そして仕事を見つけることは出来ないと警告をうけた。

こうした挫折感にもかかわらず、私は知り合いになった幾人かに感謝している。以前働いていたメンバーにはNASAで働いていた男もいるが、彼はクラック中毒のせいで泥棒をしてしまい、有罪判決をうけ、ホームレスになったということだ。ベトナム戦争に従軍した軍医とも知り合いになった。ドクと私たちは呼んでいたが、彼は戦争中に正気をなくしてしまい、人間を殺すことを楽しむようにすらなっていたと語ったが、ドクの魅力あふれる人柄と忍耐強い性格からは信じられない話だった。別の海軍にいた男は私と同じ天文ファンで、すぐに意気投合した。

最初、私は自分の運命を政府のせいにして非難していた。高度な技能を授けるべく私たちを訓練しておきながら、その技能は軍隊の中でのみ役にたつものであり、社会で役にたつ保護手段ではなく、復員兵を路上に放り出すものであった。大学に通っていた頃のことだが、私の世界が崩壊しかけているのに、食べ物を少しと交通手段を与えているだけだと非難した。私は自分の母まで非難した。私を残して死んでしまい、兄弟たちが母親の葬式代と埋葬料を払わなくてはいけなかったからだ。

しかし最終的に自分の経験から理解したのだが、私自身にも自分で考えている以上に、こうした状況に責任があるのだ。酒を過度に飲み過ぎてしまう習慣に加え、助けを求めなければいけない時でも困難に耐えてしまう超人的な能力、この二つが大きな犯人だろう。今、私は自分への教育に重点をおいている。先月、シェルターから出た後、今ではニュージャージーのきれいなメゾネット形式のアパートに住んでいる。私はこうしたことすべてに意義が見いだせるようになった。自分を向上させようとする強い決意、それこそ8年前に入隊してから、皮肉にも海軍が私に吹き込んでくれた教えなのである。

アレックス・ミラーはニュー・スクールの2年に在籍している。(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

Lady DADAのつぶやき・・・生活保護を受けている人たちと話をしていると、やはりこの復員兵のように、望んでいるのは福祉でなく、仕事なのだということを強く感じる。ただ仕事につくためにステップアップしようとすると、生活保護を受けられなくなる。すると生活できない。あきらめて生活保護に頼る。この悪循環を感じる日々である。

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