M.P.シール「音のする家」5回

彼のその感覚はまさに、確かな直感によるものながら、神によって動かされた結果であり、心に浸透させていくあいだに、心の本質や物事の動きを理解するようになるためのものだ。そして彼が理解したところでは、罪、いわゆる私たちが罪と呼ぶものは、物事の揺れや心の動きにすぎないもので、不快な思いや、痛みがおしつけられる場面であらわれるものである。そうした苦痛が生じるのは、神による、細心の注意を要する複聴という行為をしているときだが、複聴とは一つの音が幾通りにも聞こえるものである。ヨハネの黙示録の掟は、彼の目には、耳の痛みから己を守ろうとする渦中において、自分たちの神に命じられた掟となる。神からの罰がどのようなものかといえば、たとえば殺人に対する罰は、神のせいで、耳の知覚が引き起こす不安が報復となるもので、特定の時に、思いがけない場所で生じる不安であり、お決まりの短剣と弾に襲われるかもしれないというものだ。彼もまた、天上高く、ギリシャ神話の女面鳥ハルピュイアにさらわれたのだ。

 

that precisely such a sense as his was, according to his certain intuition, employed by the Supreme Being in his permeation of space to apprehend the nature and movements of mind and matter. And he went on to add that Sin — what we call sin — is only the movement of matter or mind into such places, or in such a way, as to give offence or pain to this delicate diplacusis (so I must call it) of the Creator; so that the ‘Law’ of Revelation became, in his eyes, edicts promulgated by their Maker merely in self-protection from aural pain; and divine punishment for, say murder, nothing more than retaliation for unease caused to the divine aural consciousness by the matter in a particular dirk or bullet lodged, at a particular moment, in a non-intended place! Him, too, I say, did the Harpies whisk aloft.”

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