チェスタトン「マンアライヴ」一部五章第170回

僕には分かり始めたよ、古代の芝居や野外劇のことが。今なら分かる、なぜ葬式の供人が無言でいるのかが。それからパントマイムの役者がなぜ無言なのかということも。ほかの冗談はすべてうるさいものだけど。たとえば、うるさいグールドのように。沈黙につつまれている冗談はただひとつ、行動をともなった冗談にある。可哀想なスミスだけど、適切に解釈するなら、行動をともないながら冗談を言う人間の寓話だと考えればいいんだよ。彼がこの家で実際に引き起こしたことは、インディアンの踊りのように気違いじみているけれど、でも絵画のように静かでもあるんだ」

 

I begin to understand the old plays and pageants. I see why the mutes at a funeral were mute. I see why the mummers were mum. They MEANT something; and Smith means something too. All other jokes have to be noisy—like little Nosey Gould’s jokes, for instance. The only silent jokes are the practical jokes. Poor Smith, properly considered, is an allegorical practical joker. What he has really done in this house has been as frantic as a war-dance, but as silent as a picture.”

 

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