チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第205回

「君はたぶん」ピムは辛辣な皮肉をこめて言った。「君の依頼人がなにかの鳥だと主張しているのだろう―たとえばフラミンゴであるとか」

「彼がフラミンゴであるという件については」ムーンはいきなり辛辣な口調で言った。「私の依頼人は、自ら抗弁することだろう」

 この発言をどう受け取ればいいのか誰も分からなかったので、ムーン氏は席に戻った。そしてイングルウッドがふたたび文書を読みあげ始めた。

「こうした反射からなる国というものには、神秘主義者にすれば、なんらかの喜ばしいことがある。神秘主義者とは、世界が一つしかないより、二つあるほうがよいと考えている者なのだから。より高度な概念にしたがえば、たしかに、すべての考えとは何かを反射している。

「再考が最上の策と言うなら、たしかに真実である。動物には、二度めの考えというものがない。人間だけが自分の考えを二重にして見ることができる。酔っぱらいの目に街灯が見えるように。人間だけが自分の考えをひっくり返して見ることができる。水面にうつる家を見るときのように。物の考え方における二重構造とは、鏡にうつすときのようなもの。くりかえすけど、人間の哲学の一番深い部分なのだ。神秘主義につつまれた、奇怪な真実ではないだろうか。双頭のほうが、ただひとつの頭よりいいという考えは。だが、その頭はともに同じ胴体からでているべきなのだ」

 

“Do you, perhaps,” inquired Pym with austere irony, “maintain that your client was a bird of some sort—say, a flamingo?”

“In the matter of his being a flamingo,” said Moon with sudden severity, “my client reserves his defence.”

No one quite knowing what to make of this, Mr. Moon resumed his seat and Inglewood resumed the reading of his document:—

“There is something pleasing to a mystic in such a land of mirrors.
For a mystic is one who holds that two worlds are better than one.
In the highest sense, indeed, all thought is reflection.

“This is the real truth, in the saying that second thoughts are best. Animals have no second thoughts; man alone is able to see his own thought double, as a drunkard sees a lamp-post; man alone is able to see his own thought upside down as one sees a house in a puddle. This duplication of mentality, as in a mirror, is (we repeat) the inmost thing of human philosophy. There is a mystical, even a monstrous truth, in the statement that two heads are better than one. But they ought both to grow on the same body.”

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