チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第207回

「署名したひとたちは、大学改革でしばしば論議される類似の問題について触れる必要はないと考えている。すなわち教員の目に二重に見えるのは、彼らが酔っぱらっているからだ。あるいは酔っぱらっているのは二重に見えているからだ。署名したひとたちにすれば、奇妙で、有益なテーマを追いかけることができれば十分だというものだろう。そのテーマとは水たまりのことである。水たまりとは何か、と署名したひとたち自身が問いかけている。水たまりは無限を繰り返し、明かりに充ちている。それでも客観的に分析すれば、水たまりとは、泥の上にうすくひろがった汚い水のことである。英国における歴史ある二つの素晴らしい大学には、こうした広々とした、平らな、輝きを反射するすべてがある。それにもかかわらず、いやむしろ、一方ではそうした大学とは水たまりなのである。水たまり、水たまり、水たまり、水たまりなのである。署名したひとたちが皆さんに乞うてきたものとは強調することで、それは確信する気持ちからは切り離すことができないものなのです」

 

“The undersigned persons think it needless to touch on a kindred problem so often discussed at committees for University Reform: the question of whether dons see double because they are drunk, or get drunk because they see double. It is enough for them (the undersigned persons) if they are able to pursue their own peculiar and profitable theme—which is puddles. What (the undersigned persons ask themselves) is a puddle? A puddle repeats infinity, and is full of light; nevertheless, if analyzed objectively, a puddle is a piece of dirty water spread very thin on mud. The two great historic universities of England have all this large and level and reflective brilliance. Nevertheless, or, rather, on the other hand, they are puddles—puddles, puddles, puddles, puddles. The undersigned persons ask you to excuse an emphasis inseparable from strong conviction.”

 

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