隙間読書 澁澤龍彦 「初期作品集」より『人形塚』

『人形塚』

著者:澁澤

出版社:河出書房

初出:1962年12月双葉社「推理ストーリー」

澁澤のたった一つのミステリー短編ということで読むことにした。

だが澁澤唯一のミステリーという看板文句は、澁澤本人が作品中で「彼女を殺した者は誰か、というような疑問は、おれの心に一向に浮かばなかった」という調子で語り、話を進めていくから、この作品はミステリーとは言えない…気はするが、それでもこんなミステリ?なら、もっと読んでみたいと思う。

 

冒頭の文が時期にあっている。まるで今の私の気持ちを代弁してくれているよう、私がいえば「暑い、蒸す」だけなのに…と澁澤が語ればと惹きつけられる。

 

「六月某日―

毎日毎晩、ひっきりなしに雨が降りつづいている。いやな季節だ。蒸し蒸しする空気のなかで、家々の壁や塀はじっとり黒い汗をかき、カタツムリやナメクジの這いずりまわった粘液の跡が、鈍い銀色に光って見える。きたないもの、不潔なものの種子が、いっせいに、ぱあっと芽を吹き出したような感じだ。

人間の頭のなかにも、じめじめしたカビや菌類の花が咲き、まだ形をなさない胎児のような、ぐにゃぐにゃした、気違いじみた下卑た欲望の塊りが、うごめき出すのだ。

こんな季節になると、おれは無性にいらいらしてくる。」

 

澁澤の場合、汚描写も華があると言うべきか、どこかユーモラスと言うべきか、読ませてくる。なぜだろう。

この短編は、私が筋だけ語れば顰蹙物のホラーである。でも澁澤が語るとそうはならない。なぜか?

澁澤の世界と離れてしまうのを承知で筋をまとめる。ネタバレになる筋ではないが、ここからは一応ネタバレ。

主人公の小学校教師「島谷」はクラスにいる不自由なところのある生徒達にイライラして意地悪をしてしまうような教員である。その姿が世間体を取り繕わない、子供の無邪気さに思えてくるから不思議だ。

島谷は小学生の雨傘を眺めてれば

「小さな雨傘の氾濫を眺めて、(あれはみんな、毒キノコのお化けではなかろうか)などと、たわいもないことを考えてみたりする」

 

「(これだ。近頃の子供たちには、子供らしいところが少しもない)とおれは思った、(おれが子供の頃なんぞは、片輪の少年や知能のおくれた少年に対しては、あからさまな嘲弄と軽侮とを浴びせかけてやったものだったが…)

 

島谷は体が不自由なクラスの生徒には

「おれは舌打ちをして

『いつもみんなに助けてもらっているからと言って、それが当たり前だというような顔をするのはよしなさい』と、強く言った」

なぜかこの言葉が非情に聞こえないから不思議である。

 

さらに島谷は

「子供が可愛いなんて、どこのどいつが考え出した迷言だろう…」とも語る。

 

今までこんな小学校教師を描いた作家はいただろうか。澁澤のこの世間の常識に屈しないストレートなところも好きである。

 

粗筋に戻るが、島谷は人形塚にその気に入らない生徒が死体で転がっているのを発見、自分のアパートに持ち帰る。さらにもう一人の気に入らない生徒も、人形塚で死体となって転がっているのを発見、同じように持ち帰り、人形として扱う。

アパートの部屋で読書会をする羽目になり、困った島谷は二人の遺体を切断、ビニール袋にいれて蒲団の下に隠すが、読書会の仲間に見つかってしまう。

 

ホラーそのものの筋だが、怖がり屋の私が読んでも、ぜんぜん気持ち悪くもならないし、怖くもならない。なぜ?

澁澤の場合、語る対象と語る澁澤のあいだに不思議な距離感が生み出されている。その言葉が紡ぎあげる距離感が、澁澤ワールドを生み出しているからではないだろうか。

 

人形塚で女の子の死体を発見する場面も、なんとも不思議なテンポである。

「(おや、今日の人形は莫迦に大きいぞ)とおれはぼんやり見ていたが、どう考えたって、こんな大きな人形があるわけはなく、明らかにそれは人間の女の子なのだ。

(今日はよほど頭が疲れているな)と思って、しばらく息をつめるようにしていると、その人形はみるみる小さくなった。

(やっぱり人形だ)と思うと、今度は逆にぐっと大きくなって、また元の子供の背丈ぐらいになった。」

 

死体のある部屋で読書会をする場面も黒いユーモアが利いている。

「部屋に入ると同時に、隅の方にうず高く盛りあがった奇妙な夜具の存在に、気がついたようだった。」

「会話の途切れるたびに、種村は思い出したように、部屋の隅のこんもりした夜具の方に、ちらりちらりと視線をやった。」

「どうしてもあの夜具の存在が邪魔になってくる。といって片づけるにも、あの大きなものを客の目の前ではどうすることもできない」

ドキドキしながら、時にクスリと笑ってしまう…こんなミステリをもっと書いてもらいたかった。

 

そして読書会の仲間が夜具の下にあるバラバラの死体に気がつく場面も何ともとぼけた味がある。

「ややあって、五人の男の圧し殺したような、

『ほう!』

という嘆声がもれた。

たしかに、ビニール包みの中味は、五人の男の好奇心を十分満足させる態のものであったらしい。しばらくは言葉もない。

やがて、峰岸が堪りかねたように、

『これはすごいや! 完全なばらばら事件だ…』と叫ぶ」

 

「ちがう!殺したのは、ぼくじゃないんだ。ぼくは犯罪には関係ない。ぼくはただ…落ちていた屍体を…」

「落ちていた屍体? ははは。島谷さんが、こんなに芝居がうまいとは知らなかったよ。落ちていた屍体…まるで探偵小説の題みたいじゃないか」

 

澁澤がミステリを書きつづけていたなら、笑いにみちた不思議な世界が展開されていただろうに…と残念に思う。

 

読了日:2017年7月7日

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