隙間読書 泉鏡花「海神別荘」

「海神別荘」

著者:泉鏡花

初出:大正2年(1913年)

青空文庫

(写真は岩波文庫)

 

閑な私ではあるけれど、なかなか読書に長い時間をさくのは難しい。

分厚い文庫上下巻(翻訳物に多いような)を読んで睡眠時間を削られて、読後感が「で、なにが言いたい?」だったときの空虚さ…は避けたい。

そこでと言うべきか、最近、日本の明治から大正にかけての日本文学を読むことが多い。

「何のためのフランス文学専攻だったのか?」

「何のための文芸翻訳の勉強だったのか?」

「何のために、今でも翻訳の勉強会をひらいているか、この裏切り者!」と言われてしまいそうではあるが。

でも、ようやく此の歳にして、明治、大正の作家さんのすごさー戯作、草双紙の文学からロマン派やらダダ・シュールを咀嚼して書こうとした―が分かるようになってきた、いや分かりたいと思うようになってきた。

それに明治、大正の作品は短いのに、上下巻の翻訳物よりも読後感もよし、文章もよし…隙間読書にはうってつけなのである。(翻訳物もいろいろ嗜好にあえば大好きなのだが)

この海神別荘も短い。内容をかいつまんでまとめれば

「父親が宝物と娘を交換するという約束を、海神(公子)とかわす。海神から宝物をごっそりもらった父親は家も立派な家にして、若い妾をもらうけど、最後に泣く泣く娘を海に沈める。娘は龍神の御殿につれられていき、龍神の夫人となり、自由の身になる。だが『父親の目には蛇にしか見えないから』という龍神の反対をおしきって父親のもとへ帰る。やはり父親の目に、娘は蛇としてしか映らない。龍神のもとへ戻った娘は龍神をなじって二人は喧嘩する。龍神は娘を殺そうとするが、その龍神の顔に娘は惚れ直し、あとは二人で互いの血の杯をのんでメデタシメデタシ」

短い。だが何と言っても公子(龍神)が格好いい。

父親のもとにリッチになった姿を見せに行こうとする娘に、公子(龍神)は諭す。


公子 それは不可(いか)ん。貴女は栄耀が見せびらかしたいんだな。そりゃ不可ん。人は自己、自分で満足をせねばならん。人に価値(ねうち)をつけさせて、それに従うべきものじゃない。人は自分で活きれば可(い)い、生命(いのち)を保てば可い。しかも愛するものとともに活きれば、少しも不足はなかろうと思う。宝玉とてもその通り、手箱にこれを蔵すれば、宝玉そのものだけの価値を保つ。人に与うる時、十倍の光を放つ。ただ、人に見せびらかす時、その艶は黒くなり、その質は醜くなる。


短い。でも言葉遣いが格好いい。猿真似でも使ってみたくなる。「紅宝玉」で「ルビイ」、「緑宝玉」で「エメラルド」、「闥」で「ドア」とルビをふる言葉遣い、いいなあ。

英国怪奇幻想小説翻訳会のブラックウッドの課題にエメラルドがでてきたら使うのに…と、勉強会の課題のことも気になってきたので鏡花を閉じる。

読了日2017年7月⒒日

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