「不連続殺人事件」
作者:坂口安吾
初出:昭和22年(1947年)から昭和23年(1948年)
青空文庫
探偵巨勢博士について、安吾はこう語る。この言葉に安吾がつくりたかったミステリーの世界があるように思う。
奴の観察の確実さ、人間心理のニュアンスを 繊細に突きとめ嗅ぎ分けること、 恐ろしい時がある。 彼にかかると、犯罪をめぐる人間心理が ハッキリまぎれもない姿をとって 描きだされてしまう。 すべてがハッキリ割切られて、計算されて、答がでてくるのだが、 それがどういう算式によるのか、変幻自在、 奴の用いる公式が我々には呑みこめない。
でも僅か数日のあいだに29人くらいの人物がでてくる「不連続殺人事件」、登場人物は安吾のまわりにいたと思われる文学者仲間、くせの強そうな女性、田舎のひとたち…と読む側にすれば人間心理を思い描くのが難しいひとたちばかり。
「高木家の惨劇」について「この小説はピンからキリまで人間性をゆがめ放題にゆがめている」と非難した安吾だから、登場人物の人間性は筋をとおして書いたのだろうと思いつつ再読用に登場人物一覧をメモ。安吾が登場人物をどう語っているのかメモした。
メモを見返したら発見、「安吾は筋をとおして書いていた!」。
ただ犯罪をおかした心理を説明しようとしたら、安吾も言葉が多くなり過ぎたのだろうか? 安吾がとおそうとした筋は、犯人が分かりやすくなるという欠点につながっているかも…という気もする。
【歌川多門】
酒造家。好色家。一馬の父。
【歌川一馬】
年齢四十、立派な文学者で詩人
一馬は別人のようだった。色々抑えていたものが、時代の変転、彼に発散の糸口を与えたものか、オレだって女房(秋子)を寝とられているんだ、何かそんな居直り方のアンバイで、全くもう女に亭主のあることなど眼中にない執拗さ、ひたむき、(あやかに)食い下った
【私(矢代)】
【巨勢博士】
【坪田平吉と内儀テルヨ】
平吉は歌川家の料理番。テルヨは多門のお手つき女中。
【持月王仁】
持月王仁という奴は、粗暴、傲慢無礼、鼻持ちならぬ奴。
【丹後弓彦】
丹後弓彦の奴がうわべはイビリス型の紳士みたいに丁重で取り澄ましているけれど、こいつが又傲慢、ウヌボレだけで出来上がったような奴で、陰険なヒネクレ者。
【内海明】
内海明だけは気持のスッキリしたところがあるけれども、例のセムシで姿が醜怪
【土居光一】
画家。あやかと同棲していたが、見受け金を一馬から「あやか」の見受け金15万円をもらう。
なアに、あの女はオレでなきゃアだめなんだよ。俺の肉体でなきゃね。オレの肉体は君、ヨーロッパの娼婦でも卒倒するぐらい喜ぶんだからな。
【宇津木秋子】
秋子は本能の人形みたいな女で、抑制などのできなくなる痴呆的なところがあるから
女流作家宇津木秋子は今はフランス文学者の三宅木兵衛と一緒にいるが、もとは一馬の奥さんだった
宇津木さんは、淑徳も高く、又、愛慾もいと深き、まことに愛すべく尊敬すべき御婦人でしたよ。あのような多情多恨なる麗人を殺すとは、まことに憎むべき犯人だ
【三宅木兵衛(秋子の夫)】
フランス文学者
木兵衛という奴、理知聡明、学者然、乙にすまして、くだらぬ女に惚れてひきずり廻されて、唯々諾々
【明石胡蝶】
明石胡蝶は劇作家人見小六の奥さんで、女優だ。満身色気、情慾をそそる肉感に充ちている。胡蝶さんは王仁のような粗暴な野生派が嫌いで、理智派の弱々しい男が好き
【人見小六】
人見小六などはネチネチ執拗で煮えきらなくて小心臆病、根は親切で人なつこいタチなのだが、つきあいにくい男だ。
【あやか(一馬の妻)】
詩はあやかさんには附焼刃で、実際は詩などに縁もゆかりもない人だ。だから女学校を卒業すると、もう一馬を訪れはしなかった
あやかさんは土居光一という画家と同棲していた…彼(土居光一)はただ実に巧みな商人で、時代の嗜好に合わせて色をぬたくり、それらしい物をでっちあげる名人だ。
あやかさんは美しい。飛び切りという感じがある。あやかとはうまい名をつけたもので、遊び好きで、くったくがない。しかしシツコイことが嫌いなようで、一馬の執念深さ、柄に合わない居直り方にシカメッ面を見せる気配も見受けられたが、こういう人を天来の娼婦型とでもいうのか、つまり貧乏が何より厭なのだ
あやかさんという人は一人の男ぐらい屁とも思っていないので、世界中の男が、つまり自分のよりどり随意の品物に見えるというような楽天家じゃないかと私は思う
あやかさんは衣の下から身体の光りが輝いたという衣通姫の一類で、全身の輝くような美しさ、水々しさ、そのくせこんなに美しく色っぽく見える人は御当人は案外情慾的なことには無関心、冷淡、興味がすくないのか、浮気なところは少い。ただ上京のたびに豪奢きわまる買物をして、大喜び、お気に入りの衣装や靴ができてくると、喜び極まり第一夜はその衣装をつけ靴をはいてしまうというテイタラク、まったく定跡のない人物なのである。
万事につけてもひどく愛くるしいから、クレオパトラのようなツンとした女王性は微塵もないけれども、わがままであり、人の心をシンシャクしない。女房の義務など考えていないから、亭主へのサービスなどは思ったこともなく、したがって、亭主が何をしても平気の平左という様
【京子】
私の女房の京子は、一馬の親父の歌川多門の妾であった
【一馬の母】
うちの母(お梶)は二度目の母で、僕の母が死んだ後お嫁にきて、だから年も僕と三つしか違わない、去年八月九日に四十二で死んだのだ。然し僕がこの母を殺す何の理由があるだろう。この母は元々ゼンソク持ちだった。心臓ゼンソクという奴
【海老塚】
医者の当人が学究肌だから、それが非常に不服
ビッコで、そういう不具のヒガミからきたような偏屈なところがあって、お喋り嫌いの人づきの悪い男
【諸井】
諸井という看護婦、あれのことだ。変に色ッポイ女だからな
【南雲一松】
疎開の南雲一松という老人がここへ来てから中風で寝ついている
【お由良婆さま】
一松の妻女はお由良婆さまとよばれ、歌川多門の実の妹だ。この人も半病人で、生来の虚弱からヒステリーの気味で、お梶さんとは特別折合いが悪い
【千草(お由良婆さまの末娘)】
珠緒さんは美人だが千草さんは以ての外の不美人で、目がヤブニラミでソバカスだらけ、豚のように肥っている。肥っているのに神経質で意地悪でひねくれており、ヒガミが強いから、奔放な珠緒さんの意味のないことまで悪意にとって恨んでいるから、珠緒さんは腹に物をためておけないタチでガラガラピシャピシャやっつける。
【お梶さま】
お梶さまは和歌など物して短歌雑誌の投稿している人だから、オットリ奥さま然としているけれども、病的に潔癖な神経があって、嫌いだすと百倍嫌いになるようだった。
(危篤のとき)南雲一家の者はあっちへ行ってくれという意味のことを言った
【加代子さん】
加代子さん。これが大いに問題の人だ。この人の母親は死んでいる。お祖父さん、お祖母さんは歌川家の飼い殺しの下男と女中頭で、喜作爺さん、お伝婆さん、どちらも人の好い、いつもニコニコ、大へん感じのよい召使いだ。
加代子さんは言うまでもなくこの二人の老人の孫だけれども、実は多門の落しダネで、女中の母親が身ごもり生み落した娘だ…この娘がまことに美しい。清楚、純潔、透きとおるように冴え澄んだ美しさだ。 けれども十七の年から肺病で、女学校の四年の時、寄宿舎で発病して一時入院したが、退院後は女中部屋の一室で、寝たり起きたり、たいがい読書をしている。
母親の女中さんはお梶さまが来てから首をくくって死んだとか、
【神山東洋と木曽乃】
神山夫妻は戦争中、ちょッとばかり山へ顔を見せたことがあるが、弁護士で、八九年前まで歌川多門の秘書をやっていた男だ。木曾乃は元は新橋の芸者で、落籍されて多門の妾であったが、東洋と密通し、そのころから秘書をやめたが、時々訪ねてくるのだそうだ。弁護士という頭脳的な商売どころか暴力団のような見るからガッシリ腕ッ節の強そうな大男で、歌川家ではみんなに毛嫌いされて出てゆけがしに扱われ、どっちを向いても、女中にまで渋い顔を見せつけられ、誰に話しかけても、誰も返事もしないのである。
【南川友一朗巡査】
この南川友一郎巡査は探偵小説は愛読しているがほんものの事件にめぐり合ったのが始めてだから、全身緊張そのものにハリキッて
【荒広介(八丁鼻)】
刑事仲間で「八丁鼻」といえば一目おかれている敏腕家であった。
【長畑千冬(読ミスギ)】
ドイツ語などを齧っておって、医学の心得などがあるが、探偵のこととなると決して敏腕とは申されない。単純な犯罪を複雑怪奇に考えすぎ、途方もなく難しく解釈して一人で打ちこんでしまうから「読ミスギ」という綽名をとった。
【飯塚文子 アタピン】
本署の名物婦人探偵ですよ。田舎の警察じゃ役不足の掘りだしもので、飯塚文子と申しますがね。ちょッと小生意気な美人で色ッぽくて、なんですな、ちょッと、からかいたくなりますぜ
【富岡八重】
昨夜カイホーしたという女中、富岡八重という二十六の丸ポチャのちょッと可愛いい田舎娘
【下枝(多門の妾)】
下枝さんは、あどけないリンカクの美しくととのった顔をあげて、私を見た。その目は利巧で、よく澄んで、静かで、正しく美しいものだけをいつも見つめ
読了日:2017年9月10日