隙間読書 上田秋成『菊花の約』再読

「菊花の約」

作者:上田秋成

昨日読んだばかりだけれど、どうも違和感が残るので再度読みかえした。

「信義」と言っているけrど、その信義の話がひびいてこない。なぜだろうと気になり再読。

『菊花の約』を信義と幽霊の話として考えると違和感があったけれど、「ボーイズラヴ」と「幽霊」の話と考えると、言葉のすみずみまで納得がいった。真のテーマの「ボーイズラヴ」と「幽霊」をカムフラージュするために信義をもってきたのではないだろうか。

まずタイトルの菊は、「ボーイズラヴ」を意味する江戸時代の隠語。


青々たる春の柳  家園に種うることなかれ  交は軽薄の人と結ぶことなかれ  楊柳茂りやすくとも  秋の初風の吹くに耐へめや `軽薄の人は交りやすくして亦速なり  楊柳いくたび春に染むれども 軽薄の人は絶えて訪ふ日なし


『菊花の約』冒頭箇所である。意味は分からないながら、リズムがいいので流して読んでいたが。のっけから柳を女性にたとえ、これからボーイズラブの話がはじまるよ…とふっているのではないだろうか。

柳が女性のたとえだとしたら、「家園に種うることなかれ」は「女性と妻帯するものではない」の意味では?

「軽薄の人」も女性全般をさしているのでは?

「楊柳茂りやすく」は妻帯すれば子孫は増えていくけれど、「秋の初風の吹くに耐へめや」は「人生が落ち目になりはじめたら女で耐えられるだろうか」の意では?

 


なみの人にはあらじを  病深きと見えて面は黄に  肌黒く痩せ  古き衾のうへに悶へ臥す  人なつかしげに左門を見て 湯ひとつ恵み給へといふ  左門ちかくよりて  士憂へ給ふことなかれ  必ず救ひまゐらすべしとて  あるじと計りて薬をえらみ  自ら方を案じ  みづから煮てあたへつも  猶粥をすすめて  病を看ること兄弟のごとく  まことに捨てがたきありさまなり



病に伏せる赤穴を看病する左門。「兄弟のごとく」と言うよりも、薬を煎じたり、粥をこそらえたりと、このかいがいしさは一目ぼれをしたヒロインのように細やかさにあふれている。


かの武士左門が愛憐の厚きに涙を流して  かくまで漂客を恵み給ふ  死すとも御心に報いたてまつらんといふ  左門諫めて  ちからなき事をな聞え給ひそ


献身的な介護に感動する赤穴、その弱気を叱る左門、なんだか少女漫画の世界のようでもある。


母なる者常に我孤独を憂ふ


左門と赤穴を見守る母の胸中はいかなるものかと思うけれど、本の虫でひとりぼっちの左門を案じていた母が喜んでいる様子が伝わってくる。


左門いふ  さあらば兄長いつの時にか帰り給ふべき

赤穴いふ  月日は逝きやすし おそくとも此秋は過さじ

左門いふ `秋はいつの日を定めて待つべきや  ねがふは約し給へ

赤穴いふ  重陽の佳節をもて帰り来る日とすべし

左門いふ  兄長必ず此日をあやまり給ふな  一枝の菊花に薄き酒を備へて待ちたてまつらんと


故郷に一時戻る赤穴に、うるさいくらい「いつ帰る?」と尋ねる左門のやりとり。これが男女であれば、さぞうっとうしいだろうと思うが、ボーイズラヴのふたりには、あくまで義兄弟の体裁をとりつくろっているせいか、そうした煩さは感じられない。


九日はいつよりも蚤く起き出でて  草の屋の席をはらひ  黄菊白菊二枝三枝小瓶に挿し 嚢をかたぶけて酒飯の設をす


帰るという約束のあった九日、いそいそと出迎えの用意をする左門。花を飾って料理をこしらえ、弟というよりも新妻のようではないだろうか。


踊りあがる心地して  小弟蚤くより待ちて今にいたりぬる  盟たがはで来り給ふことのうれしさよ


待ちに待った赤穴が帰ってきたときの左門の喜び。兄をむかえる喜びと言うよりも、やはり愛するひとの帰宅を待つ者の喜びである。


俯向につまづき倒れたるままに  声を放ちて大に哭く


兄をなくしたときのあられもない嘆きっぷり。やはり愛する恋人の死を知った嘆きである。


「信義」の話をしているようでいて、実はボーイズラヴと幽霊の話をしている上田秋成。頑張って古典に挑戦して上田秋成の作品を読んでみよう。

読了日:2017年9月13日

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