2017.10 隙間読書 梶井基次郎「交尾」

『交尾』

作者:梶井基次郎

初出:1931年「作品」

汐文社文豪ノ怪談ジュニア・セレクション

結核で衰弱していた梶井基次郎が書いたこの短編は、生への憧れ、生を妨げる死の存在が間接的にさらりと、でも印象深く書かれている。梶井の透明な視点が魅力的な作品である。

夜中になってくると病気の私の身体は火照り出し、そして眼が冴える。ただ妄想という怪獣の餌食となりたくないためばかりに、私はここへ逃げだしてきて、少々身体には毒な夜露に打たれるのである。

「私」がやってきたのは屋根の上にある物干し場であろうか。そこに病んだ身を隠すようにして、外の世界を眺める。肺病病みのする咳に耳を傾け、医師への支払いができない街での肺病病みのことを思っているうちに、セキセイ、組打つ猫達と命あるもの達に気がつき、物干し場から観察する。この物干し場は、外に出たいけど出れない、でも外を見ていたい…実際には病室のベッドからの眺めであったのかもしれないが、ベッドよりも外の世界を感じていたいという梶井の思いが、物干し場という設定をとらせたのではないだろうか?

猫の組打ちを眺めていると夜警があらわれ、「私」は姿を隠す。この夜警は、昼間は葬儀屋をしている男だという設定である。

すると夜警は彼の持っている杖をトン猫の間近で突いて見せた。と、たちまち猫はニ条の放射線となって露地の奥の方へと逃げてしまった。夜警はそれを見送ると、いつものようにつまらなそうに再び杖を鳴らしながら露地を立ち去ってしまった。物干しの上の私には気づかないで。

葬儀屋の男が杖をトンと突く…これは死神が合図しているかのように思える。死神の合図に生あるものの象徴、組打ちをしている猫は逃げ出す。死神が立ち去ったことに安堵する「私」の思いが、「物干しの上の私には気づかないで」という一文に込められているのではないだろうか?

さりげない口調にこめられた深い思い…そんな梶井基次郎の思いをゆっくりたどるのも楽しい作品である。

読了日:2017年10月9日

 

 

 

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