2017.10 隙間読書 泉鏡花『蛇くひ』

『蛇くひ』

作者:泉鏡花

初出:1898年「新著月刊」三月号

汐文社文豪ノ怪談ジュニア・セレクション

怖い、気持ち悪い…はずの蛇くい乞食集団「應」、でも鏡花が描く彼らは怖く、気持ち悪いだけではない。なんとも格好よく、自由な、放浪の人に思えるから不思議。怖い、気持ち悪い世界と格好よくて、自由なボヘミアンの世界を両立させた鏡花先生は、意外にも過激な人だったのかもしれない。


應というのは、夜中のふくろうの声からきている。ふくろうの声みたいに不気味だということだけど、この名前のつけ方からして格好いい。

愁然たる聲ありておうおうと唸くが如し。されば爰に忌むべく恐るべきを(おう)に譬へて、假に(應)といへる一種


應の描写も、最初はいわゆる乞食のイメージだけれど、後半で「気鋭し」と尋常ではない感じがかもしだされ、「各自一條の杖」というイメージが山伏のような、修験者のようなイメージを重ねてくる。

「應」は普通の乞食と齊しく、見る影もなき貧民なり。頭髮は婦人のごとく長く伸びたるを結ばず、肩より垂れて踵に到る。跣足にて行歩甚だ健なり。容顏隱險の氣を帶び、耳敏く、氣鋭し。各自一條の杖を携へ、續々市街に入込みて、軒毎に食を求め、與へざれば敢て去らず。


食べ物を恵んでくれない家には仕返しに、罵詈雑言をあびせ、蛇を食い散らかす。

渠等は己を拒みたる者の店前に集り、或は戸口に立並び、御繁昌の旦那吝にして食を與へず、餓ゑて食ふものの何なるかを見よ、と叫びて、袂を深ぐれば畝々と這出づる蛇を掴みて、引斷りては舌鼓して咀嚼し、疊とも言はず、敷居ともいはず、吐出しては舐る態は、ちらと見るだに嘔吐を催し、心弱き婦女子は後三日の食を廢して、病を得ざるは寡なし


でも米やら銭やらを恵んでもらうと「お月様幾つ」と叫んで一目散に駆けていく。そして貧しい家の前で、蛇くいをすることはない。ただし貧乏に見せかけて金のある家には容赦しない…なんとも格好いい。

渠等米錢を惠まるゝ時は、「お月樣幾つ」と一齊に叫び連れ、後をも見ずして走り去るなり。ただ貧家を訪ふことなし


誰か一人が「お月様幾つ」と叫べば、他の應たちは「お十三七つ」と答える…あたりも不思議な格好よさがある。

一人榎の下に立ちて、「お月樣幾つ」と叫ぶ時は、幾多の(應)等同音に「お十三七つ」と和して、飛禽の翅か、走獸の脚か、一躍疾走して忽ち見えず。


なぜ鏡花は乞食の世界を書こうと思ったのだろうか?しかも金持ちを憎み、貧しい人々をいたわる、詩情あふれる存在として。そんなふうに乞食の世界をとらえる鏡花は、耽美の作家にとどまらない強い作家としての魅力がある。

東雅夫氏は、この鏡花の短編を幻妖チャレンジと名づけ、ジュニア・セレクション獣の最後にもってきて、原文、訳文の両方をのせている。若い方々に、乞食とされる方々の、実は純粋で、自由な心を描くこの短編をもってきたことに、東氏の若い方々へのメッセージがこめられているように思う。

読了日:2017年10月10日

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