チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第250回

そこで私が読んだのは、煙についての文であった。煙とはいわば現代都市のようなもので、煙はその都市から出されるのである。いつも疎ましいというわけではないが、常に虚栄にみちている。

現代の英国は、煙のながれのようなものであった。あらゆる色を運ぶことができるけれど、何も残すことはできず、ただ染みが残るだけであった。空に屑をたくさんばらまくのは、私たちの弱さからであって、強さではなかった。空には私たちの虚栄心がつきることなく注がれた。私たちは聖なるつむじ風の輪をつかんでは見おろして、渦巻だと考えるのであった。そしてつむじ風を掃きだめとして使った。つむじ風は、私の心のなかで、まさしく反乱を象徴するものであった。最悪のものだけが、天国に行くことができるのだから。犯罪人だけが、天使のように昇ることができるのだから。

 

“Then I read the writing of the smoke. Smoke was like the modern city that makes it; it is not always dull or ugly, but it is always wicked and vain.

“Modern England was like a cloud of smoke; it could carry all colours, but it could leave nothing but a stain. It was our weakness and not our strength that put a rich refuse in the sky. These were the rivers of our vanity pouring into the void. We had taken the sacred circle of the whirlwind, and looked down on it, and seen it as a whirlpool. And then we had used it as a sink. It was a good symbol of the mutiny in my own mind. Only our worst things were going to heaven. Only our criminals could still ascend like angels.

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