2018.03 隙間読書 ゴーチエ「クラリモンド」芥川龍之介訳

ゴーチエ作 1836年

芥川龍之介訳 1882年

世界幻想文学大全怪奇小説精華


怖ろしい吸血鬼の物語が国から国へ、時を経て翻訳されていくうちに、彼岸と此岸のかけそき橋で結ばれる者たちの可憐な恋の物語に…。ある物語が伝えられていくうちに、翻訳者の思いによって物語のかたちが変わっていく…これも翻訳の大事な過程、少なくともハーンや芥川なら許されることではないだろうか?

ホフマンに影響をうけたゴーチエは”La Morte Amoureuse”(死者の恋)を1836年に書き、それを読んだラフカディオ・ハーンは1882年に ”Clarimonde” という題で英訳、芥川龍之介はハーンの英訳から「クラリモンド」を翻訳。

この「死者の恋」という題から「クラリモンド」という題への変化だけでも、ゴーチエが描いた吸血鬼から少し離れ、ハーンや芥川が恋する哀しい一人の女として吸血鬼を表現しようとしているように思える。


血を吸う場面でも女吸血鬼クラリモンドのいじらしさを芥川は巧みに訳している。

「一滴(ひとしずく)、たった一滴、私の針の先へ紅玉玉(ルビイ)をたった一滴…貴方はまだ私を愛しているのですから、私はまだ死なれません…ああ可哀そうに、私は美しい血を、まっ赤な血を飲まなければならないのね、お休みなさい、私のたった一(ひとつ)の宝物、お眠(やす)みなさい、私の神、私の子供、私は貴方に害をしようとは思ってはいなくてよ。私は唯、貴方の命から、私の命が永久に亡びてしまわない丈の物を頂くのだわ。私は貴方を愛しているのでしょう、だから私は外(ほか)に恋人を拵えて、其人の血管を吸い干す事にした方がいいのだわ。けれど貴方を知ってから、私、外の男は皆嫌になってしまったのですもの…まあ美しい腕ね、何と云う円いのだろう、何と云う白いのだろう、どうして私は此様な青い血管を傷つけることが出来るのだろう。」


ただ残念な気がするのは、クラリモンドの思い出を語り、クラリモンドと神に仕える道のどちらへ進むべきか苦悩する思い出を語る主人公が「わし」と訳されていること。たしかに66歳は当時の芥川にすれば「わし」だったのかもしれないが。今の感覚で読むと、こんな素敵な思い出に生きている主人公に「わし」はないのではなかろうか…と思ってしまう。

2018年3月28日読了

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