チェスタトン「マンアライヴ」二部三章第304回

「人物調査の次なる文書は」イングルウッドはつづけた。「ロシア平原の中央にあるクラゾークという町から届いたものです。そこには以下のように書かれています」

 「サー、私はパウル・ニコライヴィッチと申します。クラゾーク近くの駅で、駅長をしている者です。車両をつらねた列車は平原を横断して、中国へと人々を運んでいきますが、私が見守るプラットフォームに降りる客はほとんどありません。そのせいで私の暮らしはやや孤独なもので、手持ちの本に逃避することを余儀なくされるのです。ですが隣人たちと本の話をすることはほとんどまったくありません。啓蒙思想はロシアのこうした地域には、他の地域のように普及してはいないのです。このあたりの農夫ときたら、バーナード・ショーの名前も聞いたことがない有様です。

 私は自由主義論者ですので、自由主義思想をひろめようと最善をつくしてきました。ですが革命が失敗してから、自由主義はますます困難なものになりました。革命家たちの行動の多くは、人道主義の純粋な原則に反するものでしたから。そうした行動は、本がないことからきているもので、革命家たちには知識が欠けているからなのです。一連の残酷な行動を容認するわけにはいきません。その行動が、政府の専制政治によるものだとしても容認できません。しかし今では、専制政治を記憶している知識人に非難のほこさきをむける傾向があります。知識人にとっては不幸なことです。

 

“The next document in our dossier,” continued Inglewood, “comes from the town of Crazok, in the central plains of Russia, and runs as follows:—

“Sir,—My name is Paul Nickolaiovitch: I am the stationmaster at the station near Crazok. The great trains go by across the plains taking people to China, but very few people get down at the platform where I have to watch. This makes my life rather lonely, and I am thrown back much upon the books I have. But I cannot discuss these very much with my neighbours, for enlightened ideas have not spread in this part of Russia so much as in other parts. Many of the peasants round here have never heard of Bernard Shaw.

“I am a Liberal, and do my best to spread Liberal ideas; but since the failure of the revolution this has been even more difficult. The revolutionists committed many acts contrary to the pure principles of humanitarianism, with which indeed, owing to the scarcity of books, they were ill acquainted. I did not approve of these cruel acts, though provoked by the tyranny of the government; but now there is a tendency to reproach all Intelligents with the memory of them. This is very unfortunate for Intelligents.

 

 

さりはま の紹介

何かあればsarihama★hotmail.co.jpまでご連絡ください。★は@に変えてください。更新情報はツィッター sarihama_xx で。
カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Time limit is exhausted. Please reload the CAPTCHA.