チェスタトン「マンアライヴ」二部三章第318回

「旦那様の家をみたこともなければ、ほかの家もみたことはありません」私は答えました。

「私はこの寺に住み、神に仕えている者です」

「神を信じているのか?」彼は訊いてきましたが、その目は飢えでぎらつき、犬が飢えているかのようでした。そしてこの問いかけは奇妙な質問のように思えました。神を信じる以外に何をせよと言うつもりなのでしょうか?

「旦那様」私は言った。「空が空っぽだとしても、両手をあげることは正しいことなんですよ。神様たちがいれば、喜ばれるでしょうから。もし神様たちがいらっしゃらないとしても、手をあげることで不快になる方は誰もいないでしょう。空は時には黄金色に、時には斑岩の赤紫に、時には黒檀のいろになりますが、その下にはいつも木が、寺があるのです。偉大なる孔子の教えにこういうものがあります。私たちが手や足でいつも同じことをしていたら、賢い獣や鳥もそうするでしょう。私たちも頭をつかえば、多くのことを考えるかもしれません。そうです、旦那様、たくさんのことを疑ってみなさい。正しい季節に米をあたえるなら、正しいときにランタンに火をともすなら、神がいても、いなくても問題ではないのです。こうしたものは神を慰めるためにあるのではなく、人間を慰めるためにあるのですから」

“`I have not seen your house nor any houses,’ I answered.
`I dwell in this temple and serve the gods.’

“`Do you believe in the gods?’ he asked with hunger in his eyes, like the hunger of dogs. And this seemed to me a strange question to ask, for what should a man do except what men have done?

“`My Lord,’ I said, `it must be good for men to hold up their hands even if the skies are empty. For if there are gods, they will be pleased, and if there are none, then there are none to be displeased. Sometimes the skies are gold and sometimes porphyry and sometimes ebony, but the trees and the temple stand still under it all. So the great Confucius taught us that if we do always the same things with our hands and our feet as do the wise beasts and birds, with our heads we may think many things: yes, my Lord, and doubt many things. So long as men offer rice at the right season, and kindle lanterns at the right hour, it matters little whether there be gods or no. For these things are not to appease gods, but to appease men.’

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