2018.06 隙間読書 山田風太郎・高木彬光「風さん、高木さんの痛快ヨーロッパ紀行」

平成23年7月発行

出版芸術社


ドイツオペラに高い関心を抱いていた高木彬光が雑誌「音楽の友」(1965年4月号)のツアー募集の広告をみて、親友の山田風太郎を誘って参加した。本書は二人の作家によるそのときの旅の思い出の記。

旅の日程は1965年8月3日に横浜港を出港、ナホトカ〜モスクワ〜アムステルダム〜ロンドン〜パリ〜ミュンヘン〜ウィーン〜ザルツブルグ〜バイロイト〜ジュネーヴ〜ミラノ〜ヴェニス〜ローマ〜ナポリ〜アテネ〜8月31日に羽田。約一ヶ月近い旅である。費用は68万9千円(大卒初任給が二万円の時代である)

この旅の思い出を、高木彬光が「ぼくのヨーロッパ飛びある記」として日本文華社より1966年四月に刊行した。本書は「ぼくのヨーロッパ飛びある記」を四十五年ぶりに復刊、一緒に旅した山田風太郎の未公開の旅日記と共に一冊にまとめたものである。


高木彬光の日記を上段、山田風太郎の日記を下段に配置、なるべく同じ日にレイアウトしようとした努力のあとがうかがえる。でも高木彬光は旅行の発案者だからだろうか、非常に雄弁に旅の思い出を語る。いっぽう山田風太郎の記述はシンプル。でも、山田はところどころに食事のイラストメモも残していて楽しい。


高木の行動力は桁外れにエネルギッシュである。

ライカのカメラが壊れたときのこと。修理してもらえるかもわからないし、ドイツ語もわからない。それでも高木はひとりでライカ本社まで、タクシーをとばして往復700キロの道を一日でいく。無事に交渉は成立、その日のうちにカメラを修理してもらうという行動力に目をみはる。

あちらこちらの窓の女の通りめぐりもあっけらかんと記録。そんなにヨーロッパには窓の女スポットがあるものか…と感心。

雄弁かつエネルギッシュな高木だが、念願のオペラを観たあとは、劇場の様子や幕間の観客については仔細に語れど、肝心のオペラの舞台そのものについての言葉はほとんどない。あこがれのオペラを目の当たりにした感動の大きさに言葉を失ったのだろうか…と胸中を想像する。


むしろ山田風太郎の方がオペラを初めて観た感動をこんなふうに素直に語っている。

「余はオペラなんか見るのははじめてである。『さまよえる和蘭陀人』というのは昔どこかで幽霊船だの七年目に一回上陸できる和蘭陀人の話だの、ボンやりきいたおぼえがある。

 客席暗くなり、しわぶきの声ひとつなし。舞台の幕上がらずただオーケストラの音のみ、相当長時間つづく。

 やがて幕あがり、舟の甲板に水夫たちの帆柱の綱をにぎって大合唱。向う側は荒れ狂う暗夜の海。海のさわぐのが照明のはたらきで現実のもののようで、しかし舞台の幽暗凄絶、その色彩の美しさは例える言葉もないほどである。わけはわからないが、その迫力は凄まじいものあり、とくに合唱或いは独唱はマイクも使っていないのに会場を圧倒せんばかりだ。

(途中略)

 余は舞台装置の神秘幽玄なる光と色彩、歌の迫力あるのに感服したが、筋もわからず、歌の上手下手もわからない。第二幕の或る部分では退屈したほどである。

 超谷先生など感激して『もうこれで死んでもいい』などいう。余は冗談に『僕は退屈してもう死んでもいいと思った』などいったが、しかし全体としてそれほど退屈したわけではない。」

オペラの舞台の魅力が素人にも伝わり、「オペラを観にいきたい」と思ってしまう。


本書を読んで高木彬光と山田風太郎が心おきなく物を言い合う仲だということを理解、個性的な二人なのになぜ共同執筆ができたのかということも納得して頁をとじる。

読了日:2018年6月14日

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