2018.07 隙間読書 近松門左衛門『出世景清』

貞享2年、1685年、近松門左衛門が32歳のときの作品。近松と竹本義太夫が最初に提携した記念すべき作品。

だが1685年の初演以来上演されることなく、昭和60年(1985年)に国立劇場で一部の段が上演されたのみ。今回、ながと近松文楽ですべての段を上演、ただし詞章は二時間におさまるようにまとめられているようである。

国立劇場文化デジタルライブラリによれば、『出世景清』は日本で初めての長編悲劇とのこと。

でも現代の視点で読んでしまうと、どの登場人物の行動もチグハグ感があり、いかにも文楽の登場人物らしい唐突感のある行動には首をかしげてしまう。この違和感は、長門での観劇後に消えるものだろうか?

元の妻、阿古屋の密告のせいで牢に捕らえられた景清が、後悔の念にかられる阿古屋を罵り、子供達にまで「お前たちも、あの女から産まれたかと思うと憎い」と罵りの言葉をあびせる激しさ。

阿古屋の揺れる心情は理解できなくもないが、ただ最後に父親に憎まれては生きる甲斐もないだろうと、子供たちを父親の前で刺し殺し、自らも死んでしまう激しさ。

激しい行動にかられる登場人物たちに呆然としたまま、共感する余地を見出せない…というのが正直な読後感である。

ただ場面場面の視覚に訴えるようなグロテスクさ、妖しさは強烈に感じられた。景清の今の妻、小野姫をとらえて河原で水責め、火責めにする残酷さ、景清を牢にとじこめ首には仙人掌を三個もつるさげる残酷さ、最後には景清は頼朝に復讐をしないように自ら目をくりぬいてしまう。

最初の頃、近松は詞章よりも、残酷さで人々を惹きつけようとしたのだろうか…とも思いつつ頁をとじた。

読了日:2018年7月1日

 

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