2018.07 隙間読書 ホフマン「黄金宝壺」石川道雄訳

「幻想小説神髄」(ちくま文庫)収録

石川道雄訳の漢字とルビの楽しさよ。たぶん日本語訳ならではの楽しさ。このキラキラした漢字とルビの世界が、ホフマンのこの作品に似つかわしい。

「紫丁香花」(ライラック)、「火蛇」(サラマンデル)、「痴呆者」(たわけもの)、「摩訶不思議」(こはいかに)、「濃厚麦酒」(ドツベルビール)、「寛袍」(ガウン)…。


大学生アンゼルムスは美しい蛇に恋をしてしまう。この蛇は、アンゼルムスが働く文書管理官リントホルストの娘であった。

リントホルストの正体は火蛇であったが、その恋の失態ゆえに呪われてしまう。

火蛇の恋、花弁のなかの緑の蛇を奪われてしまう百合の花の悲しみ…なんともうっとりしてしまう件である。

火蛇は傍へ寄って行きました。其の熱い息吹に触れて百合が花弁を開くと、其の中に百合の娘である緑の蛇が微睡(まどろ)んで居るのが見えました。火蛇は此の美しい緑の蛇に燃えるような恋慕の情を覚えて、遂に其れを奪い去ったのです。可愛い娘を奪われて空しく呼び求める百合の匂いは、たとえしもなく悲しく花園全体に拡がるのでした。


火蛇の娘たち…とても蛇とは思えない描写である。なぜ蛇をこんなに美しく書いたのだろうか?

そして蛇の娘に恋した瞬間の青年アンゼルムスの恍惚感がひたひた伝わってくる。

あの火蛇は此れから人間に生れて、貧困な生活の渦中に巻き込まれ、其の艱苦を忍ばねばならぬのだ。(途中略)百合の花蔭にあの緑の蛇を再び見出だし得て、仲良く暮らすうちに三人の娘が生れる。人間の眼には其の娘たちは母に似て蛇の姿に映るのだ。春になると茂った紫丁香花(ライラック)の樹陰に巻き付いて、綺麗な水晶のような声で歌をうたうのだ。丁度其の時、一人の青年があって鬱々として気を腐らして居る折しも此の歌声に耳を傾ける。そうして其の青年を蛇の一匹が何とも云えぬ美しい眼で熟(じ)っと視つめる其の眼差しが、青年の心中に遠い不思議な国、世俗の重荷を放擲さえすれば喜び勇んで入って行く事の出来る国を想い浮かべさせる。


作者のもとへリントホルストから邸にくるように招待をうけ、出かけていく。そこで目にしたのは蛇の娘ゼルペンティーナが黄金の壺をかかえ、壺から百合の花がこぼれる様子だった。

帰宅後の作者の嘆きは、私たちの日々の嘆きでもある。

貧しい生活の色々な惨めな事どもが私の脳中を占拠して、私の眼は幾多の不幸な事物によって恰も濃霧に閉ざされたようになるのだ。到底あの百合の花などは見ることが出来ないだろう。


リントホルストはこう慰める。この慰めの言葉が最後にあるからこそ、平々凡々たる人生を歩んでいる読み手も救われるのかもしれないと思いつつ頁を閉じる。

それにまた貴方だって、彼処に少くとも相当な広さの借地の一つぐらいは心の詩的所有地としてお有ちではないか?

2018年7月16日読了

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