2018.11 隙間読書 シャミッソー「影をなくした男」池内紀訳

この本は、幼い頃、今は亡き父に買ってもらった思い出のある本。子供向けにリライトしたもので、世界少年少女名作文学全集のなかの一冊だったように思う。幼心にも、影をくるくる巻き取る場面や影と再会する場面が面白く、記憶の底に残っていた。

今回、東雅夫氏の文豪ノ怪談精読講座で北原白秋「影」の関連で紹介されて何十年ぶりに読む。

東氏の北原白秋「影」の註によれば、白秋が「影」を執筆した当時、シャミッソーはまだ訳されていなかった。でもドイツ文学に傾倒していた友人の太田正雄(木下杢太郎)を介して、白秋が内容を知っていた可能性があるらしい。

さらに東氏は、太田が白秋たちと共に著した「五足の靴」のキイ・コンセプトである「旅する靴」は、シャミッソー「影をなくした男」の「一歩あるけば七里を行くという魔法の靴」に通じるものがるという指摘を興味深く読む。

池内氏の翻訳で読んでみて、改めて「影をなくした男」は、そういう話だったのかあと長い年月を経て納得する。同時に池内氏の訳文がシャミッソーの不思議な世界を自然に再現していることに驚く。あとがきで池内氏が記されている今までの「影をなくした男」を訳された翻訳者たちの思い出、それぞれの翻訳のすばらしさをしるした文も興味深い。

岩波文庫版で読んだが、本の中に多数はさまれたエミール・プレートリウスの挿絵も楽しく、「影をなくした男」の内容も楽しく童心にかえって読んだ。

「なぜ影をなくして、これほどいたたまれない思いをしたのか?」という疑問もあったが、池内氏の解説にシャミッソーが生きた時代は影絵が大流行した影の時代という解説に納得する。シャミッソーもフランス革命でフランスからドイツへと逃れた貴族の子供であり、ドイツで暮らしてはフランスへ戻り…と根無し草のような生活だったらしい。

シャミッソーが最初考えたのはパロディであり、冒険譚だったかもしれないが、池内氏の言葉によれば「なにげなく書きだしたたわいのない物語が、いつしか作者をこえて当人が思ってもみなかった方向に成長していった」らしい。それだけの魅力をもつ影の力を感じつつ頁を閉じる。

2018.11.10読了

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