2018.12 隙間読書 山田風太郎「誰にも出来る殺人」

アパートには普通ない四号室があるという間取り、あやしい職業の女をみても外見で気がつかないという不自然さ、手すりの不自然さ……など、ミステリとしては少し甘い箇所はあるような気がしなくもない。

でも、読んでいるうちにそういうことが些細な疑問に思えてきてしまう。怪しい人たち、不思議な人たちが暮らす「人間荘」は、人生の意外さにみちた奥深い空間。だから単なるトリックを楽しむだけで終わらない余韻が尾を引くのではないだろうか。

聖女と思われている女を描く最後の「淫らな死神」はあっけなく、また驚きもない。むしろ「まぼろしの人妻」に出てくるありふれた人々が、聖なる姿に見えてくることの方に驚き、そこに山田風太郎の圧倒的な筆力の魅力を感じて引き寄せられてしまう。

山田風太郎が描きたかったのは、「聖女と思われていた女性が……」という意外性ではなく、聖なるものから縁遠く生きている人々が聖なる光につつまれる一瞬なのではないだろうか……と納得してしまう筆力である。また、平凡な人々のそうした意外さが、中程に何気なくはさまれているという作品の配置に思わず驚きを感じてしまう。


小さなエロ雑誌社につとめる「あたし」だが、そんな女性の心にもあこがれはひそむ。山田風太郎の文は切なく、あこがれないではいられない心をえがく。

「あたしは、あたしなりに、この世の恐ろしさを経験したつもりでした。それにもかかわらず、あたしが何かを「待つ」くせはなくなりませんでした」(山田風太郎「誰にも出来る殺人」)


エロ雑誌社につとめる「あたし」だが、その眼にうつる風景は詩人の心にうつる風景そのもの、口ずさむヴェルレーヌの詩の風景のなかの人のよう……という意外さにまず驚く。

くるときは、美しく晴れたおだやかな空だったのに、かえるときは、すさまじい風が、青い麦や樹々を海のように波うたせていました。黄塵が薄暮の空にこんこんと渦巻いて遠くの森も林も、黄色い煙のなかに、死の国の風景みたいにかすんでみえました。

「寒くさびしき古庭に、ふたりの恋人通りけり。まなこおとろえ口ゆるみ、ささやく話もとぎれとぎれ。……」

あたしは大好きなヴェルレエンの詩を口ずさんであるいていきました。

「お前はたのしい昔のことをおぼえておいでか。

なぜおぼえていろとおっしゃるのです。

ああ、ふたり唇と唇をあわせた昔、

あやうい幸福の美しいその日。

そうでしたねえ」

風が耳に鳴りました。

「昔の空は青かった。昔の望みは大きかった。

けれど、その望みは破れて、暗い空にときえました」

涙がこぼれるようで、そして恐ろしい詩でした。

(山田風太郎「誰にも出来る殺人」)


いつも打ちひしがれて妻と子をさがして歩く椎名さんの姿も、「あたし」の眼には、何かと戦っているような、何かにとりつかれているような妖しいものに見えるという意外さ。

椎名さんの姿は、アパートにいるときより、広い野中のせいか、いっそう見すぼらしくみえました。ヨレヨレの背広に、あの、やや凄味のある美しい顔も、埃にまみれて、病んでいるようにみえます。が、ふしぎなのはそれではありません。この眼もあけられないような黄塵の中—――ゆく人はみな帽子か腕でひたいを覆い、前かがみにあるいているのに、椎名さんだけは、あたまをあげ、必死に何かをさがしもとめているようなのです。砂の霧のなかに、その眼は大きくひらかれて、妖しい光をはなっているのでした。

(山田風太郎「誰にも出来る殺人」)


妻と子をさがして歩く椎名だが、彼の語る母子像の美しさにも驚きがある。

「あのふたりは、まるで蒼い天から下りてきたような母子でした。じぶんの妻、じぶんの娘でありながら、ぼくは純化されるようでした。ぼくは、自分の人生に、これほど幸福な時期がこようとは、それまで夢にも考えたことはなかったのです。ぼくはしばしば、娘を乳母車にのせて、町へ買物に出かけてゆくふたりの背なかに、透明な翼が生えているようにながめたものでした……」

(山田風太郎「誰にも出来る殺人」)


なかば気がくるいかけている管理人の娘の娘のあこがれにみちた言葉の美しさ、雨音のむこうに待っていたものの声を聞くという場面の美しさ。

「くるわ……くるわ……きっと」

 ブツブツと、娘さんはつぶやいていました。

「あたし、こうして待っているのだもの……きっと、くるわ」

「ねえ、何がくるんですの?」

と、そっと傍によりそって、志賀さんがささやきました。

「何だかわかんない。……」

依然として暗い雨の往来をみながら、娘さんはケロリとしてこたえました。

「けれど、きっとあたしのところへやってくるの……」

 それから小首をかたむけて、

「あ……きこえた……きこえたわ……」

「何が?」

「あたしをよぶ声が-ーー」

 何もきこえません。きこえるのは蕭条たる雨の音ばかりです。が、娘さんはなお夢みるような表情で、眼をかがやかせて、依然として耳をすませているのでした。」

(山田風太郎「誰にも出来る殺人」)


 トリックという点で見れば、どうなのだろうか……とも思うけど、聖なる者の俗、そして俗な者の聖なる部分を書いて驚かせた……という点で素晴らしい作品だと思う。

2018.12.17読了

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