2018.12 隙間読書 平井呈一「真夜中の檻」

平井呈一(明治35年生~昭和51年没)が、中菱一夫という名前で58歳のときに発表した創作で、昭和35年に浪速書房から刊行された。

魔界の異形と人間との妖しい恋物語に魅了されながら、まず不思議に思うのは、なぜ翻訳者であり英米文学研究者の平井呈一が、この作品を書いたのだろうかということ。何が平井呈一を執筆にかりたてたのだろうかとその心中を思ってしまう。

当時、かつての師、永井荷風はあまり作品らしい作品を書くことはなく、浅草ロック座で劇を上演したりする程度だった。師、永井荷風のそうした現状への思いが「真夜中の檻」執筆へとつながったのかもしれないが……。でもドラキュラやカーミラの翻訳をしていくうちに、欧米の怪奇幻想小説のエッセンスが平井に筆をとらせたのかもしれない。


「真夜中の檻」を読んで印象に残るのは、新潟の地元の人々のゆったりとした、雅な趣きのある言葉でのやりとりである。越後の言葉を聞いているうちに、だんだん知らない世界へと誘われていく感じがある。

ただ不思議に思うのは、平塚で生まれ、都内で育った平井呈一にとって、二年間の新潟暮らしを経験していても、ここまで新潟の言葉で記すのは不可能であろう。たぶん新潟暮らしで知り合った知人の協力が、「真夜中の檻」成立の裏にあるのではないだろうか。

「真夜中の檻」刊行から四年後の昭和39年、平井の新潟県立小千谷中学時代の教え子のひとり池田恒雄氏が会長をつとめる恒文社から小泉八雲全集全十二巻が刊行された事実からも、平井を励ます人々の存在が新潟にあったのではないだろうかと推察できるように思う。


「真夜中の檻」は細かいところにまで怪奇小説を愛した平井らしい遊び心がみられて楽しい。妖しい主人公の名前は「珠江」、珠江がはじめてもてなしたときの料理はマタタビの花の塩漬け……というように楽しい。

また「おしゃか屋敷」に到着すると、「わたし」の腕時計がいきなりとまってしまい動かなくなる。屋敷を離れると何でもなかったかのように動きはじめる……という怪奇小説らしいエピソードも印象的である。


「真夜中の檻」は師匠、永井荷風への思い、新潟の人々への思い、愛読した欧米怪奇小説の世界への思いから生まれた創作小説なのではないだろうか。

2018.12.20読了

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