2019.04 隙間読書 北原尚彦「首吊少女亭」

「 眷属」 一冊の本が時を動かす……という発想にも、いきなりシャーロック・ホームズが出現して名刺を渡すというタイム・スリップに驚く。またホームズの時代のロンドンの描写も馬糞をブラシで掃除する少年、あたたかいショウガ味クッキーを売る少年など興味深い。

「下水道」 下水道のどぶを浚って古釘とか古ロープを拾い歩く「浚い屋」。テムズ河河岸で泥を浚い金目の物を探し出す「泥ひばり」。ロンドンの労働者の暮らしが浮かぶようで味わいがあるが、この結末は怖い。


「新人審査」 女優を夢見てロンドンに上京するも訛りがあるために娼婦へと転落したヒロインが、ある劇団の新人審査に合格する。 だがラストには悲しみと同時に期待が共存。審査に合格したヒロインが、どんな劇団であれ、そこで活躍する続きが読みたい。それにこの日本版があれば……とも思う。気がついたら道頓堀の芝居小屋の舞台に立っていた……なんて半タイムトリップ短篇があればいいな。

「人造令嬢」 人造人間の物語から吸血鬼の物語へと展開していく。人造令嬢であることを証明するために怪力をつかう場面はユーモラス。白い肌に走る赤い縫い目も美しく感じられ、周囲の男性によって守られて罪を意識することなく過ごす姿は可憐。長編で読んでみたい。

「貯金箱」 こんなに怖い猿短篇があるとは……と吃驚。無駄遣い癖を治すべく貯金箱を与えられたアンドリュー少年。貯金箱に立つ猿の人形の手にお金をのせると、横の美少年が踊る。その仕掛け見たさに、少年が猿に売り渡したもの……が悲劇と共に心に深く残る。

「凶刀」 切り裂きジャックの顔が浮かんでくるような短篇。ラスト4行にはあっと驚いた。

「活人画」 活人画とは時々見かける言葉だったが、こんなエロチックなものだったとは。出演者はぴったりした肌色のタイツを着て「ヴィーナスの誕生」とか名画の場面を再現、ヌードに対して厳しい当時の状況をくぐり抜ける楽しみが活人画にあるとは知らなかった。当時の劇場の息遣いを伝えてくれる作品。

「火星人秘録」 もう一つのウェルズ「宇宙戦争」なんて斬新なアイディア。鳥の巣売りという職業も、卵入り鳥の巣を飾るという当時の英国の風俗も初めて知る。スズメの巣は1ペニー、ツバメの巣は6ペンス……鳥ごとに違う巣の値段をどうやって調べたのだろうか?

「遺棄船」 解説によれば1872年、マリー・セレスト号は船員が忽然と消えたような状況で発見されたとか。実際に起きた海洋奇談をSF風にアレンジした作品で主人公に同情しつつ読む。


「怪人撥条足男」 撥条(ばね)足男なんて初めて知った。ロンドンには怪しげな者たちが跋扈していたのだなあと実感。ラストはじわじわとくる怖さ。

「愛書家倶楽部」 こんなふうにして愛する書物と一体化できるのもイギリスならでは。日本ではたぶん無理、いや紙魚になれば一体化できるか。


「首吊少女亭」 お酒を一滴も飲まない私には理解できない心境に達した短篇なのが残念。でもシングル・モルトの薀蓄を楽しく読む。一連の短篇をとおして、マニア度がだんだん高まって最後に爆発したような感が……短篇配置の妙も楽し……。


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