2019.05 隙間読書 蜂谷涼「曙に咲く」


蜂谷涼「曙に咲く」
2018年11月16日 柏艪舎刊行
装丁 安里英晴

手にとって本を眺めるだけで前向きな気分になる本。「曙に咲く」というタイトルも、北海道の大地を馬でゆく仲睦まじいダン夫妻も、帯の「振り向いてはいけません。前だけ向いて生きなさい」という帯の文句も、主人公「鶴」の辞世の句「玉響の 命なれども 咲き満つる 君と歩みし ひとすじの道」という後ろ側の帯文句も作品の雰囲気をかもしだしている本。

明治6年、明治政府に請われて開拓使として来日したエドウィン・ダンは、北海道における畜産業発展に大きく貢献、のちにアメリカ公使館の書記官に任命される。

そんな北海道の発展にも貢献し、日本史上の大切な場面に絡みのあるエドウィン・ダンが出会い、尊敬の念をささげた津軽の女性「鶴」の、苦労も多く、短命であった生涯なのに、なぜか読後感は林檎の花を思わせる爽やかなものが残る。


冒頭、津軽のねぷた祭りではじまる鶴の子供時代も印象深い。


ヤーヤ、ドー。ヤーヤ、ドー。

確かに、近づいて来る。かけ声も、お囃子も。

それらは、まるで地の底から湧き出て、ひたひたと鶴を包み込もうとしているかのようだった。(蜂谷涼「曙に咲く」より)


聡明であったにもかかわらず家の事情で学業が小学校で終えた鶴。函館の外国人技術者のためのホテルで働くことになった鶴の目にうつる北海道の風景。それは小樽に生まれ、北海道を拠点に執筆活動をおこなう作者ならではの細やかな、美しい描写。


霞と見えたのは、花びらだった。

函館から揺られてきた馬車の中で、津島は「ここから先が官園の果樹園だ。あれは林檎、あっちは梨、向こうにあるのが桃と桜桃。ほかにも、葡萄やら李やら、全部で二千ニ百株近くあるんだと。じきに花盛りだわ」と皺だらけの顔をほころばせた。それらの果樹が、すでに咲ききり、花を散らしているのだ。花吹雪なら薄紅色だが、目の前に舞い散る夥しい花びらは、純白に輝いていた。
(蜂谷涼「曙に咲く」より)


鶴が幼いころ、「南蛮人にせよ、米利堅にせよ、相手のことを知らぬゆえ、怖いと思うだけじゃ。よくよく相手を知れば、その心中とて推し量れる」と語った父も、ダンと結婚したいと告げる鶴に暴力をふるい絶縁する。父が籍から抜こうともしないため、ダンと鶴は九年にわたって正式に結婚できず辛い思いをする。

鶴とダンの子・ヘレンも道を歩けば、「合いの子」と心ない嘲りをうける。鶴は、可愛いヘレンのために辛い決心をする……そんな辛い人生のはずなのに、読後はあくまでも爽やかである。「マミィに会いたくなったら、お空を見上げてね」「ヘレンの強さを信じよう」という健気な鶴の心持ゆえだろうか?

ダンスにも、乗馬にも、海外のマナーにも詳しい鶴が、伊東博文夫人に請われて鹿鳴館幕開けのために、伊東夫人たちにダンスや乗馬を教え、その縁で下田歌子の桃夭女塾」に通い、やがて美子皇后とも交流するようになる……という箇所は、鹿鳴館オープニング前後の様子が生々しく伝わってきて面白い。

ねぷた祭り、北海道の風景、鹿鳴館……と映像でも観たくなるような場面が続いたあと、最後は鶴のしんみりとするような手紙で余韻深く終わる。

「曙に咲く」の映画版ができれば面白いのに……とも、歴史に疎い私のような読者のために年表があればさらに嬉しいかも……とも思いつつ、爽やかな読後感に満足して頁を閉じる。

2019.05.01読了


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