再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№55

 レディ・キャロラインは、政治的には社会主義者を自称していた。もっぱらそう信じられていたのは、彼女が当時のほとんどの自由主義者、すべての保守主義者社会主義者とこうして意見を食い違わせることができたからである。しかしながら、彼女は自分の社会主義が階下の召使い部屋に浸透することは認めなかった。彼女の調理人や執事は個人主義者になるようにという叱咤激励をあらゆる面でうけた。鋭敏で、知的な食事の批評家であるフランチェスカは、女中頭の台所と食料庫について何の疑念もいだかなかった。それでも宴席における人間という添え料理のなかには、彼女の心にさらなる不安の種をまく者もあった。たとえば、コートニー・ヨールときたら見事なまでに黙り込むだろうし、彼女の兄のヘンリーはきっとその逆だろう。

Lady Caroline was a professed Socialist in politics, chiefly, it was believed, because she was thus enabled to disagree with most of the Liberals and Conservatives, and all the Socialists of the day.  She did not permit her Socialism, however, to penetrate below stairs; her cook and butler had every encouragement to be Individualists. Francesca, who was a keen and intelligent food critic, harboured no misgivings as to her hostess’s kitchen and cellar departments; some of the human side-dishes at the feast gave her more ground for uneasiness.  Courtenay Youghal, for instance, would probably be brilliantly silent; her brother Henry would almost certainly be the reverse.


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