初訳 「耐えがたきバシントン」

耐えがたきバシントン

 

作者の覚え書き

 

この物語に教訓はありません。

もし悪を指摘したとしても、救済策は何も示していません。

 

一章

 

 フランチェスカ・バシントンは、ウェスト・エンドのブルー・ストリートにある自分の家の居間に座り、尊敬すべき兄ヘンリーと一緒に中国茶を飲みながらクレソンをはさんだ小さなサンドイッチを堪能していた。料理は洗練された分量であったため、小腹をみたしたいというその時の欲求をみたしながらも、満ち足りた昼食会を思い出しては幸せを感じることのできる量であり、また幸いにも、このあとの晩餐を心待ちにできるほどの量である。

 若い頃、フランチェスカは美貌のグリーチ嬢として知られていたが、四十歳になった今、元々の美貌はかなり残っているものの、あくまでもフランチェスカ・バシントンの奥さまにすぎなかった。彼女にむかって「いとしい人」と呼びかけなんて、誰も思いもよらなかっただろう。だから彼女のことをあまり知らない人の大多数は、「奥様」ときちんと言い添えた。

 敵にしても率直な気分のときに聞かれたら、彼女がすらりと美しく、服の着こなしも知っていることを認めただろう。だが敵にしたところで、友達にしたところで意見が一致するのは、彼女には魂がないということであった。友と敵がなんらかのことで意見の一致をみるとき、たいていの場合、彼らには誤りがある。フランチェスカはおそらく、自分の魂について語ろうとするひとのせいで、無防備な瞬間にさらされるときには、自分の応接間のことを語るだろう。身近なものを凝視することで明らかな特徴がみえてくるように、そして特徴が隠された場所がみえてくるようにと願った人々が、応接間の特徴を心に刻みつけていると考えたわけではない。だが応接間は自分の魂そのものだと、彼女はぼんやりと考えたのである。

フランチェスカは、運命の神が最上のことを考えてくれたのに、神の意志が実行されない類の女性だった。それでも裁量が自由になる強みのせいで、女性の幸せとしては平均以上のものを意のままにしていると思われていた。だから女の人生で、怒りや失望、落胆のもとになるものの大半が人生から取り除かれ、幸せなグリーチ嬢としてみなされていた。後には、運のいいフランチェスカ・バシントンとしてみなされていた。また偏屈者ではなかったので、魂のロックガーデンを作り上げることもなければ、自分のまわりにあるからと言って、ロックガーデンの中に石のような悲しみを引きずり込むこともなければ、望んでもない揉め事をわざわざ持ってくることもしなかった。フランチェスカが愛していたのは、平坦な道と気持ちのよい場所のある人生だった。人生の明るい面を好んでいるだけでなく、その明るい面に住むことを好み、そこに滞在することを好んだ。物事が一度か二度うまくいかなくなり、早い時期に幻想を幾分奪われたという事実があるせいで、彼女は自分に残された資産にしがみつき、今や人生も穏やかな時期にさしかかったように思えた。鑑識力のない友人たちから、彼女はやや自己中心的な女性をよそおっているとみられていた。しかし、その自己中心性とは人生の浮き沈みを経験したひとのものであり、自分に残された運をとことん楽しもうとするひとのものであった。富の浮き沈みのせいで彼女が辛辣になることはなかったけれど、そのせいで心は狭まり、彼女が共感するものとは手軽に喜んだり、楽しんだりすることができるものになり、かつての楽しくも、うまくいっていた出来事を思い出しては永遠に反芻するのだった。そして中でも彼女の居間こそが、過去のものにしても、現在のものにしても、幸せの記念物や記念品をおさめている場所であった。

心地よく古風な角部屋にはいると、壁をはしる柱やアルコーブが目に入り、さながら港にはいるときのように、貴重な個人の持ち物や戦利品が視界にはいってくるが、それらの品は、乱気流もあれば嵐もありで、あまり平穏ではなかった結婚生活を生き抜いてきた品であった。どこに彼女が目を向けても、自分の成功や財政状況、運のよさ、やりくり上手で趣味もよいことがあらわれていた。戦争のときには少なからず逆境におかれることもあったが、彼女は自分の持ち物を運ぶ輸送隊をなんとか守り、今、自己満足にみちた凝視をむけていくのは、勝利の略奪品であり、名誉ある敗北をして沈んだ船から引き上げられた品だった。マントルピースの上に飾られた、甘美なブロンズ製のフルミエの像は、昔の競馬の賞金が転じたものであり、考慮に値する価値のあるドレスデンの彫刻の一群は、思慮深い崇拝者から彼女に遺贈されたものであり、その崇拝者は他にも親切にはしてくれたけれど、死ぬことで更に親切を重ねてくれたわけだ。他の一群は、彼女が自ら賭けでもらった品で、その品を獲得したのは田舎の邸宅で九日間にわたってひらかれたブリッジでのことであり、その思い出は祝福にみちた、忘れがたいものであった。ペルシャとブハラの古い敷物に、鮮やかな色彩のウースターの茶器セットもあれば、さらに本来の価値にくわえて、歴史と思い出がひめられた、年代物の銀製品もあった。いにしえの職人や匠が、遠く離れた場所で、はるか昔に鋳造したり、精をだしたり、織りあげたりして、つくりあげた美しく素晴らしいものが、経緯をへて自分の所有になったことに思いをはせて楽しむのであった。中世イタリアや近代パリの工房の職人の作品もあれば、バグダッドや中央アジアの市場で売られていたものもあり、また、かつての英国の工作場やドイツの工場でつくられたものもあった。奥まった奇妙な角部屋にはあらゆるものがあり、工芸品の秘密が油断なく守られ、そこには名もなく記憶には残らない職人の作品もあれば、世界的に有名な職人の手による不朽の作品もあった。

そしてとりわけ彼女の宝物のなかでも、この部屋にある品々のなかで抜きんでているものは偉大なファン・デル・メーレンの絵であり、それは持参金の一部として父親の家から持ってきたものだった。象牙細工の小ぶりのキャビネットの上方に、木目込み壁中央にぴったりはめ込まれた様子は、部屋の構成からも、バランスからも、まさにその空間にふさわしかった。どこに座ろうとも、その絵は部屋を圧倒するように見え、せまってくるのであった。心地よい静けさが壮大な闘いの場面にただよい、もったいぶった宮廷の武人たちがまたがる馬は後ろ足で重々しくはねあがり、その色は灰色、茶と白のまだらや月毛であり、すべてがまじめに、真摯に描かれていたが、大がかりに配置された軍事行動では、膨大な人々が真剣にピクニックしているだけだという印象がどうにか伝わってきた。フランチェスカが思い浮かべる自分の居間には、厳かにかかっている荘重な絵がかならずあるものであり、そうしたこの上ないものに補われていない居間を想像することは出来なかった。それは、ブルー・ストリートにあるこの家以外での自分を想像できないようなもので、この家は大事な家庭のものが大切にしまわれていて、さながら万物殿のように混み合っている場所だった。

この場所に芽をだしている王座のひとつに、ダマスク織りのバラの花弁から姿をあらわしているものがあったが、それは状況が異なればフランチェスカの心の平和となったことであろう。ひとの幸せとは過去にあるというよりも、たいていは将来にあるものである。叙情性にあふれた、尊敬すべき権威の品々とはあきらかに異なり、悲しみの王冠をいだいた不幸が、不幸な出来事を憂えつつ待っていると言えるのかもしれない。ブルー・ストリートにある家は、旧友のソフィ・チェトロフから預けられたものである。だがソフィの姪のエメリーン・チェトロフが結婚すれば、そのときには結婚の贈り物として、エメリーンにあたえられることになる。エメリーンは今十七歳、かなりの器量よしであり、独身女性としての期間が安全に見込めるのは、せいぜい四、五年だった。その期間がすぎた後にくるものは混乱だろう。自分の魂になった隠れ家である住処から離れることは、フランチェスカにとって身をよじるような分離なのであった。想像のなかで、彼女が自ら深い谷間に、わずかながら橋をかけたことは事実である。頼みの橋とは、学校にかよっている息子のコーマスで、今は南部地方のどこかで教育をうけている。さらにはっきり言えば、その橋を構成しているのは、コーマスがもしかしたらエメリーンと結婚するかもしれないという可能性だと言った方がいいのかもしれない。もし、そうなった場合には、トライフルをつくって周囲を困らせながらも女主人として支配している自分の姿を見ることになり、ブルー・ストリートの家もまだ支配することになる。ファン・デル・メーレンは名誉れある場所で、不可欠な午後の光をとらえ、フルミエの像も、ドレスデンの彫刻も、ウースターの年代物の茶器セットもひっそりとしたニッチで、ひっそりと過ごしていた。こじんまりとした日本風の奥の間も、エメリーンは手に入れることができるのだ。そこはフランチェスカが夕食後のコーヒーを時々飲んだりする場所であり、居間とはしきりがあるので、自分の持ち物を置いたりもしていた。橋の構造は、細部にいたるまですべて、注意深く考えぬかれていた。ただ、コーマスがすべてのバランスをとる架け橋である点が、唯一の不幸でもあった。

フランチェスカの夫は、奇妙なパガンの名前をその少年につけると主張したが、その名前が適切かどうか、またその意義を判断できるほど、長く生きはしなかった。十七年と数ヶ月のあいだに、息子の性格について見解をいだくだけの十分な機会が、フランチェスカには十分あった。その名前から連想される陽気な精神が、その少年を放縦にしていたのは確かであったが、それは捻れ、気まぐれな性質の陽気さであり、フランチェスカ自身はユーモラスな面をめったに見いだすことは出来なかった。彼女の兄ヘンリーに関して言えば、座ってクレソンのサンドイッチを食べ、そのまじめくさった有様ときたら、大昔の式典について定めている何かの本のようでもあるが、運命はあからさまに彼女に味方した。もしかしたらヘンリーは、どこかの可愛いだけの、資力のない、つまらない女とあっさり結婚してしまい、ノッチング・ヒル・ゲート界隈に住んでいたかもしれず、やがて父親となって、血色が悪くて、ずるくて、役に立たない子供たちが、長い糸のようになってぶら下がっていたかもしれなかった。そうした子供たちは誕生日をむかえても、牛結核を贈られることになる類の病にかかっていたかもしれないし、あるいはサウス・ケンジントン風のやり方で馬鹿げたものを描いては、がらくたのために空間にとどまっている小母に、クリスマスプレゼントとして贈ってきたかもしれなかった。こうした兄らしくない行動に身を委ねるようなことはしなかったが、ただ兄らしくない行動を見ることが家族のあいだでは頻繁だったため、兄らしくない行動をとるということが兄らしいと呼ばれるようになっていたのだ。そのかわりヘンリーは資産と穏やかさの両方を持ち合わせた女性と結婚したうえに、ただひとりの子供ときたら輝かしい徳の持ち主で、両親ですら繰り返し自慢する価値があると思えるようなことは何も言わないのだった。やがて彼は国会にでたが、おそらくは家庭生活が退屈なものにならないようにと考えてのことだろう。とにかく国会のおかげで、彼の人生は無意味から開放された。死ねば、新しいポスターがだされて「選挙により再選出」と書かれる人物が、取るに足らない人物である訳がないからである。要するに、ヘンリーとは、簡潔にいえば当惑させるところがあって、不利な条件におかれているところもあったけれど、どちらかといえば友達であり相談役であることを選び、時として非常用の銀行預金残高であることを選んだのだ。フランチェスカの不公平な接し方は、賢くても怠けがちな女性が頼りがいのある馬鹿に抱きがちなものだが、彼の助言だけを求めるのではなく、しばしば助言にしたがった。さらに都合のつくときには、彼から借りた金を返した。

運命は、ヘンリーを兄として与えてくれるという素晴らしい助けをだしてくれたが、その助けにあらがい、フランチェスカは、コーマスを息子にするという悪意にみちた、わずらわしい運命を切り開いた。その少年は無秩序に生きる、扱いにくい若者のひとりであり、幼稚園、進学準備校、パブリックスクールをとおして遊び戯れたり、いらだったりする有様は、嵐や砂塵、混乱が最大限にやってきたようであり、骨の折れる勉強はまったくする気配はなく、涙を流したりする者やカッサンドラの予言に関する者すべてが弱まるような混乱のなかでも、ともかく笑い声をあげる若者である。時にはそうした若者も、年をとれば落ち着いて退屈なひとになり、自分が大騒ぎしていたことを忘れてしまうこともあるかもしれない。時には、そうした若者に素晴らしい運がむき、広い視野で素晴らしいことを行い、国会や新聞から感謝され、お祭り騒ぎの群衆に迎えられることもあるかもしれない。だが、ほとんどの場合、そうした若者の悲劇が始まるのは、学校を卒業して世の中に放り出されたときであり、世の中が文明化されていて、人も大勢いて、自分の場所を見つけようにもどこにもないときである。そうした若者は実に多い。  ヘンリー・グリーチは小さなサンドイッチを食べるのをやめ、勢いを取り戻した砂塵嵐のように議論をはじめ、その当時流行していた話題のひとつである極貧の防止を論じた。

 

「今のところ、問題となることは、思わせぶりな態度をとられたり、においをかがれたりするということだけだ」彼は観察にもとづいて述べた。「だが遠からず、そうしたことに深刻な注意をはらい、考慮していかなければならない。最初にしなければいけないことは、その問題に接近するときに、中途半端にかじった机上の理論から脱することだ。厳しい現実を集めて、咀嚼しなければならない。すべての理性ある精神に、この問題を訴えていかなくてはいけない。しかしながら、人々に興味を抱いてもらうことは、驚くほど難しい。」

 

 フランチェスカは短い音節で反応した。それは言わばブーブーという鳴き声でありながら同情を示す音であり、ある程度は聞いて評価しているということを示そうとしたのであった。実際、どんな話題であろうとヘンリーが語る事柄に、興味をもつなんて難しいと彼女は考えた。彼の才能は、物事を面白くないものにするという方向に徹底しているから、たとえ皮剥の刑にあった聖バルトロマイの虐殺を目撃したとしても、その事件を語る説明には、おそらく退屈という味わいが吹き込まれることだろう。

「この話題について、ある日、レスターシャーで話したが」ヘンリーは続けた。「考えるのをやめてしまう人が少しいるという事実について、かなり詳しく指摘した。」

フランチェスカは即座に、でも上品に、考えることをやめないという多数に転じた。

「そちらに行かれたときに、バーネット家のどなたかに会ったのでは?」彼女はさえぎった。「エリザ・バーネットは、こうした問題すべてに関わっているから」

社会学を宣伝しようとするなかにいることは、生活と労苦が争う競技場にいるようなものであり、その荒々しい闘いやら競争やらは、型も種類も極めて近いものであった。エリザ・バーネットは、ヘンリー・グリーチと政治的、社会的な考え方を共有していたが、同時に相当細かく指摘したがる好みまで共有していた。かつて競争が厳しい雄弁家の演台で、彼女がかなりの地位をしめていたことがあったが、その集団では、ヘンリー・グリーチはじれったい一人だった。当時の主な話題について、ヘンリーは彼女と意見が一致していたが、彼女の尊敬すべき性質に関した話では、彼はいつまでも心の中でまばたきをしていたので、会話尻をとらえて彼女の名前をほのめかすということは、巧みにルアーを投げ込むようなことであった。どんな話題にしても、彼の雄弁に耳をかたむけなければいけないのであれば、極貧を防止する話題よりは、エリザ・バーネットへの非難のほうが好ましいものに思えたのだ。

「彼女はたしかによく語っていると思う」ヘンリーはいった。「だが自分の人柄をださなければいいのだが。それに国中のあたらしい意見を代弁するのに、自分が必要だと思わないことだ。キャノン・ベスモレーにしたところで、帝国をゆさぶる者や改善しようとする者のことについて話すときには、彼女のことを思い出してはいない」   

 フランチェスカは心から楽しくなって、笑いたい気持ちになった。

「あの方ときたら、お話になることすべてに、とても詳しいのよ」彼女は挑発的な見解をのべた。

 ヘンリーはおそらく、エリザ・バーネットの話題にひきずりだされたことを感じたのだろう、すぐに話題の矛先をもっと身内にむけた。

「この家の雰囲気が全般的に静かであるところからすると、コーマスはタルビーへ戻ったようだが」

「ええ」フランチェスカは言った。「昨日、戻りました。あの子のことはもちろん好きだけれども、別れても我慢できるから大丈夫。あの子がここにいると、家の中に活火山があるようなものだから。どんなに静かな時でも、絶え間なく質問をしては、強いにおいをふりまく火山なの」

 「今だけの、束の間の安らぎだな」ヘンリーは言った。「一、二年もすれば学校を卒業することになるが、そのあとはどうする?」

 フランチェスカは目を閉じたが、その様子は悩ましい将来を視野から閉ざそうとする人のものであった。他人がいるところで、将来について子細に検討することを彼女は好んでなかった。とりわけ将来の幸運が疑わしい時はなおさらであった。

 「さて、そのあとは?」ヘンリーは執拗だった。

 「そのときは、わたしの脛をかじっているでしょうよ」

 「いかにも」

 「そこに座って批判がましい顔をするのはやめて。どんな忠告でも耳を傾けるつもりはあるから」

 「ふつうの若者の場合なら」ヘンリーは言った。「ふさわしい職業につくことについて、たくさん助言もしてあげるのだが。だがコーマスについては知ってのとおり、彼がつこうともしない仕事を見つけたところで、時間の無駄になるだろう。」

 「あの子も何かしないといけませんわ」フランチェスカは言った。

 「それは私にもわかっている。だが、あの子はしない。少なくとも、何事にも誠実に取り組まない。一番期待できそうなことは、財産のある娘と結婚することだ。そうすれば、あの子の問題のなかでも財政上の問題は解決される。おもいどおりになる金が限りなくあれば、どこかの荒野にでも行ってライオンでもしとめるだろう。ライオン狩りに何の価値があるかわからないが、あの社会不適格者の、破壊的なエネルギーをそらすのには役に立つ」

 ヘンリーは鱒より大きくて荒々しいものを殺したことがないため、ライオン狩りの話題に関しては、蔑むように見下していた。

 フランチェスカは、結婚という提案をよろこんだ。「財産のある娘さんかはわかりませんが」フランチェスカは慎重に言った。「エメリーン・チェトロフならいますわ。財産のある娘さんだとはあまり言えないかもしれませんが、あの娘には、ささやかながら気持ちよく暮らせるだけの、自分の資産があります。それに私が思いますには、あの娘には、おばあ様から頂けるものも少しあるでしょう。それから勿論ご存知のように、あの娘が結婚すれば、この家ももらえることになりますわ」

 「そうであるならば、なお都合がいい」ヘンリーは言いながら、妹が何百回と自分のまえで運ぼうとしてきた考えの流れをたどろうとした。「彼女とコーモスは仲良くやれているのか」

 「男の子と女の子としては十分いい方よ」フランチェスカは言った。「ふたりのためにお互いをもっと知る機会を、そのうちにもうけなくてはいけないわ。ところで、あの娘がとても可愛がっている弟のランスローが、今学期からタルビーに入るの。コーマスに手紙を書いて、とりわけ親切にするように伝えるわ。それがエメリーンの心をとらえる確実な手になるでしょうから。コーマスの見かけは完璧だし。神様のおかげだけど」

 「そんなのが重要なのは、遊びだけだろう」ヘンリーは馬鹿にした。「仕事は無難に終わらして、確実な行動をとったほうがいいと思うのだが」

 コーマスは叔父に気に入られていなかった。

 フランチェスカは書き物机にむかうと、急いで息子にあてた手紙を書き、その中で新しく入ってくる少年の健康状態がきわめて敏感なものであり、性格も内気であるということや、生まれついての性格について注意をむけさせると、面倒をみるように頼んだ。彼女が手紙に封をして印をおしたとき、ヘンリーが遅ればせながらの注意をした。

 「おそらく、その少年のことはコーマスに言わないでおいた方が賢明だ。あの子ときたら、いつもお前が望む方向にはすすまないから」

 フランチェスカもわかっていた。それに兄の言うことも半分以上はもっともだった。だが、一ペニー切手がきれいで、汚れていない状態のまま、犠牲にできる女というものは、まだ生まれていないものである。

 

 二章

 

ランスロー・チェトロフは飾りのない廊下のはずれに立ち、落ち着かない様子で自分の時計に目をはしらせては、過去に起きた出来事のせいで、自分が三十分でも年上であればと強く願った。だが不幸なことに、そうした出来事は、これからの未来につづくものであり、さらに恐ろしいことに、その未来とは差し迫ったものであった。学校に慣れていない多くの男の子のように、規則と要求に従うことに関して、彼は不健康な情熱に燃えていた。尊敬に値する二、三のことをしようと急いだあまり、おきまり文句以上の掲示板を見ることを怠ってしまい、そのせいで、新入生に特別に参加するように呼びかけたサッカーの練習に参加しそこねてしまった。年下だけれども長く在籍している連中が、彼の過ちから生じる避けがたい結果について、絵を見るようにを教えてくれた。それはまた未知の世界に結びついた不安であり、とにかく迫り来る運命のせいで消し去られていた。そうは言っても、そのとき、意のままの知識に、心配しながら感謝したわけではなかった。

 

 「椅子に座らされて、うしろから鞭で六回ぶたれるんだ」

 「チョークで体に線を一本描かれるんだ」

 「チョークで線を一本、どういうことなの?」

 「本当だよ。同じ場所を鞭でねらえるようにするためだよ。想像以上に痛いんだ」

 

 ランスローが心に灯そうとした希望の青い灯とは、この不快なまでに現実的な描写には、誇張している要素があるかもしれないということだった。

そうしている間に、廊下の反対側のはずれにある監督生の部屋に、コーマス・バシントンと仲間の監督生が時間どおりに来て座って待っていたが、楽しみを期待する雰囲気がただよっていた。コーマスは、監督生のカーストのなかでは一番下にいる一人だったが、よく知られていないというわけでは決してなく、寮長の談話室の外に出れば、いつもというわけではないが人気もあり、賞賛されて楽しい思いをしたりした。ラグビーをしても、彼は風変わりなところが多々あるため、実際のところ、すばらしい選手にはなれなかったが、相手の選手を地面に吊し上げる行動そのものに、喜びを感じているかのようにタックルしていき、怪我をしたときはかならず、この世のものではないような罵りの言葉をあげるので、その言葉を耳にすることができた運のいい者は、熱心に記憶にその言葉を蓄えようとした。一般的な運動競技で、彼の運動は人目をひくものがあり、監督生の役割には慣れていなかったが、鞭の使い方が巧妙で芸術的であるという評判を確立していた。まさに風変わりな、パガンの名前と似合っていた。その大きな瞳は淡い緑色で、その輝きは永久にきらめくように見え、子鬼がいたずらしているときのようにも、歓楽のよろこびにひたっているときのようにも見え、曲線をえがいた唇は邪悪で、ギリシャ神話の半獣神ファウヌスが笑っているかのようなので、角が生えてきそうで艶やかな黒髪の滑らかさを浸食していくかのように思えた。顎はひきしまっていた。だがハンサムでありながら、短気な印象が相殺して台無しにしてしまい、半ば嘲るような、半ばいらいらした顔をしていた。その不機嫌な性格とともに、コーモスにはどこか創造的で、傲慢なところがあった。運命は気まぐれな魅力を授けてくれたのだが、人生の大きな目的をさしだしてくれてはいなかった。おそらく誰からも愛すべき性格だとは言われたことはなかっただろうが、彼には惚れ惚れするようなところが多くあり、また強く非難すべきところも多くあった。

「鞭でぶつのは、ほんとうは君の番ではない」彼は言った。

 「知っているとも」コーマスは言うと、丈夫そうな鞭を指先でもてあそんだが、優しく鞭を取り扱う様子は、まるで敬虔なヴァイオリン奏者がストラディバリウスをとり扱うときのようだった。「グレイソンにミントのチョコレートを少しあげて、僕が鞭でぶつのか、それともグレイソンがぶつのかコインを投げて賭けることにした。そうしたら僕が勝った。彼にはわりと礼儀正しいところがあって、チョコレートを半分返してくれた」

 

 コーマス・バシントンが会得した滑稽な快活さとは、仲間うちでの人気をはかるものではあったけれど、その快活さをもってしても、学生時代に接した歴代のボスから慕われることにはならなかった。面白がらせ、楽しませた相手とは、ユーモアを思いのままに解することができ、救いのある性質の持ち主ではあったものの、自分の責任の範疇から彼が消えたときに吐息をつき、それは安堵からくる吐息であって、悲しんでの吐息ではなかった。彼について知れば知るほど、また経験を積めば積むほど、自分たちがかかわる必要のある領域の外にいる者だと思うようになった。嵐を扱うように訓練をつみ、嵐の接近を予感しながら、さらに嵐の影響を極力少なくしようとする者ならば、竜巻にあらがおうとすることに躊躇いを感じるとしても、許されるものかもしれない。

 知性には欠けていながら、それとは相対的に自分の力については信じるところが大きい上級生たちは、まだ到着まで時間の猶予がある竜巻にタックルしようと準備していた。

 

 「君の立場にいるなら、生意気なバシントンの気をくじいて意気喪失させるんだが」学級担任の教師が同僚にかつて指摘したことがあるが、それというのも同僚の寄宿舎は、他の学生のなかにコーマスがいるという厄介な特徴をそなえていたからだ。

 「天により、それは禁じられている」同僚はいった。

 「そうだろうか、なぜ」改革論者はたずねた。

 「なぜなら天は、御心の仕業への妨げを嫌われるからだ。それに御しがたい者の意気をくじこうとするなら、自分に大変な責任をおわなければならない」

 「ばからしい。男の子なんて、神があたえたままの存在だ」

 「たいていの男の子はそうなんだが。ただ少数ながら例外もある。たしかにバシントンもそうしたひとりで、学生の段階で、自然によって高い次元にまでつくりあげられている。あたえられた素材を型に入れてつくりあげる私たちは、そうした少数派と関わってもどうすることも出来ない」

 「だが、その少数派が成長したら、何が起きるのだろうか」

 「そうした者は成長することがない」バシントンを預かっている教師はいった。「それがそうした者たちの悲劇だ。バシントンにしたところで、現在の状態を脱して成長することは絶対にあるまい」

 「まるでピーターパンの言葉で話しているようだ」バンシントンの寮監の話を聞いた教員はいった。

 「ピーターパンの流儀で話しているとは思わない」バシントンの寮監はいった。「その作品の筆者に尊敬をこめて言うのだが、子供の心を洞察する力は素晴らしいしものがあるし、繊細に洞察しているけれど、男の子のことについては何も知らないんだ。今、話題にしているこの作品について一つだけ批判するなら、英国の男の子でも、あるいはどこかの国の男の子でもいいけど、狼がいたり、海賊がいたり、落とし戸の上で戸を落とそうとしているインディアンがいたりするのに、子供の遊びに甘んじながら地下の洞窟にとどまる男の子がいるだろうか」

 寮監の相手をしている教員は笑い声をあげた。「君の考えときたら、明らかに、大人になろうとしなかった男の子のことは、男の子になることができなかった大人が書くべきだと考えている。おそらく、それこそが理想郷の意味だろう。おそらく君の非難はあたっている。だが、バシントンについては賛成できない。手に負えない厄介者だということは、関わってきた者なら誰もが知るところだ。だが手が空いているようなら、彼の意気をくじくべきだという意見をおすところだ」

 道理のとおったことをしているという、奪うことの出来ない担任としての特権をふりかざしながら、彼は立ち去った。

 

監督室でコーマスは、床の中央に椅子を正確におくことに余念がなかった。

 「すべて手はずはととのったと思う」彼はいった。

 ルートリィは時計に目をやったが、その様子ときたら円形競技場のローマ人のように優雅であり、期待をあつめたクリスチャンが、待機している虎に紹介されるのを待つかのように、意気消沈していた。

 「あと二分で到着するはずだ」彼は言った。

 「優秀でいらっしゃるから、遅れることはあるまい」コーマスは言った。

 コーマスは、学生になってまもない頃、罵られたり、酷評されたりしたことがしょっちゅうだったので、今、この瞬間も運命の犠牲者が、ドアのむこうでおそらく惨めにうろつきながら、感じているにちがいない恐慌状態を、最後の一滴にいたるまで堪能することができた。つまるところ、そういうことが物事の楽しみであり、どこを探すべきか知っていれば、ほとんどの物事には楽しい側面がある。

 ドアをたたく音がしたので、心から親しみをこめて「はいれ」というと、その命令にしたがってランスローが入ってきた。

 「鞭でうたれるために来ました」息をひそめていうと、「僕の名前はチェトロフです」と名を告げた。

 「その態度にも問題がある。だが、さらに問題にするべきことがある。君は、あきらかに何かを隠している」

 「サッカーの練習に参加しそこないました」ランスローはいった。

 「6回」コーマスはそっけなくいうと、鞭をとった。「掲示板の通知を見なかったものだから。」決死隊として行動するように、ランスローは思い切って言った。

 「毎度のことながら立派な言い訳だ、感激するよ。だから、こちらも鞭の回数を二回ふやすとしよう。さっさとやるぞ」

 それからコーマスは椅子を身ぶりで示したが、その椅子は部屋の真ん中にぽつりと、不気味な様子で置かれていた。ランスローの目に、そのときほど家具が憎むべきものに見えたことはなかった。コーマスも、部屋の中央に突き刺すように置かれた椅子が、自分の目にも、最もおぞましい工芸品に思えた時のことを思い出した。

「チョークを一本くれ」彼は監督生の仲間にいった。

 

 ランスローは悲しいことに、チョークで線をひくという話の真実を理解した。

 コーマスは思いどおりの線を心配になる程の厳密さでひいたが、その線をユークリッドの図式や地図でロシアとペルシアの境界をひくのに使おうとするなら、彼は蔑んだことだろう。

 「少し前にかがめ」彼は犠牲者にいった。「もっとかがむんだ。うれしそうな面をしてみせなくていい。こっちから、お前の面は見えないからな。伝統に背いた言葉かもしれないが、これから痛い思いをするのは俺よりも、お前のほうだからな」

 慎重に考え抜いた沈黙のあとで、ランスローがまざまざと悟ることになったのは、本当に上手な者の手にかかると、どれほど巧みに鞭がふりおろされるかということだった。二発めの鞭をうけ、思わず椅子から離れようとした。

 「おや、回数を忘れたじゃないか」コーマスはいった。「また最初からやり直しだ。元の位置に戻っていただきたいんだが。もし終わりにならないうちにまた動いたら、ルートリィにおさえつけてもらって十二回打つことになる」

 ランスローは椅子に戻り、執行人の好みに身をさらすことになった。なんとかそこにとどまり、鞭で八回ぶたれ、正確かつ苦悶をともなっておろされた鞭は、チョークの線にそって効果的に攻撃した。

 「ところで」苦しみをあたえる刑が終わると、喉をならして喘いでいる犠牲者に、彼は声をかけた。「チェトロフといったな。たしか、お前を可愛がってやるようにと言われていた。まずは俺の勉強部屋を掃除しろ。古い陶磁器の埃をぬぐうときは慎重にやるんだぞ。もし何か壊してみろ、そのときは言いにこなくていいから、とっと出て行って、どこかで溺れ死ぬがいい。そうしなければ、もっと悪い運命が待っているからな」

 「勉強部屋がどこにあるのか知らないんです」チョークのあいまからランスローはいった。

 「見つけるんだ。さもないと、また鞭でぶつぞ。今度は、もっと痛いからな。ほら、チョークをポケットに入れて持って行け。また役に立つだろう。俺がしたことに感謝しなくてもいい、うっとうしいだけだ」

 コーマスは勉強部屋を持っていなかったので、ランスローは熱にうかされたように半時間ほど探し続け、また偶然にもサッカーの練習を逃してしまった。

 「ここではすべてが快適です」ランスローは姉のエメリーンに手紙を書いた。「監督生たちは、気分次第でとても熱くなることもありますが、ほとんどの人は礼儀正しいです。でも中には、獣みたいな人もいます。バシントンは下の学年でいながら監督生です。極限にまで達した獣です。少なくとも、僕はそう考えています」

 無口な男子生徒は、それ以上語らなかった。しかしエメリーンはその行間を、女性らしい卓越した想像力でおぎなって埋めてみた。フランチェスカの橋は、亀裂が入ろうとしていた。

三章

ある11月の午後、以前であれば年代記にのせられてもいいような出来事から二年が経過し、フランチェスカ・バシントンは、友人のセレナ・ゴラークリィの部屋に大勢集まった人々の舵をとり、顔をだすときには曖昧に見知った様子でうなずいたが、その目は特定の一人に焦点をおいていた。国会は秋の開会のためにエネルギーをあわせ、両方の政党とも群衆のなかで代表を立派につとめていた。セレナは悪意のないやり方で、多少なりとも名のしられた男や女を大勢招待したが、その望むところとは、長い間、そうした人々を一緒にしておけば、「サロン」を形成するかもしれないということだった。それと同じ本能の追求から、サリー州に余儀なく引き下がることになった別荘にボーダーガーデンをつくり、いろいろな球根をうえては、その結果をオランダ風庭園と呼んだ。不幸なことに輝かしい話し手を家に招いたからといって、相手がいつも輝かしく話してくれる訳ではないし、まったく話さないということもある。さらに悪いことに、言わないでおいた方がいいようなことまで含めて、馬鹿がすべての話題に首を突っ込んで、ムクドリのような声をだすことは規制出来ない。フランチェスカが横を通り過ぎた或る集団は、スペインの画家について論じていたが、四十三歳で、若い頃には、カンバスに数千枚におよぶ大量の四角を描いていたこの画家について、ロンドンでは誰も数ヶ月前まで聞いた者はいなかった。今、ムクドリのような声は、どんな些細なことでも知らないといけないと心を決めたかのように思えた。三人の女性は、その画家の名前の読みを知っていたし、ある女性はその画家の絵を見るたびに、森に行って、祈りを捧げなければいけないと常に感じていた。別の女性は、のちの絵の構成には、ザクロが常に置かれるようになることに気がついていた。弁護の余地がないカラーをつけた男は、ザクロが「意味する」ものを知っていた。「この画家のすばらしいところは」肉づきのいい女性が挑戦的な、大きな声でいった。「芸術学会が賛意をしめすものを全部保ちながら、学会に挑んでいくやり方にあるわ」「たしかに。でも、こんなことを考えたことはーーー」ひどいカラーの男がさえぎるなかで、フランチェスカは一心不乱に突き進みながら、耳が聞こえないという苦痛のなかで、人々は何に苛立っているのだろうと怪訝に思った。

彼女の前進をしばらくひきとめたのは一組の男女だが、彼らが熱心かつ雄弁に論じていたのは、今日の問題をいぶりだそうとしてであった。男は痩せており、眼鏡をかけ、額が後退しており、進歩的な意見をしばしば展開しては、眼鏡をかけた若い女に話しかけていたが、その女の額も同じような様子であり、しかも非常にだらしない髪をしていた。ロシアの女子学生に間違えられるということが、その娘の人生における野心であり、そのためにサモワールのどこに茶葉をいれるのか正確に突きとめようとして、数週間にわたって根気強く調査をつづけていた。かつて彼女は、オデッサ出身のユダヤ娘に紹介されたことがあり、そのユダヤ娘はその次の週に肺炎で亡くなってしまったものの、その僅かな経験のせいで、目と目のあいだがくっついている若い娘は、ロシアに関する全ての権威を引き受けていた。「話すことは役に立つことであり、また話すということは必要とされていることである」その若い男は話していた。「だが、為すべきは御しがたい話し合いという溝から問題をひきあげ、現実的な話し合いをする脱穀場へと持ち出すことだ」その若い娘はこの修辞的な終止符を利用すると、すでに舌先で整理してあった意見をたたきつけた。「貧困という奴隷を解放するとき、注意をはらって避けるようにしなければいけないことは、農奴を自由にしたときにロシアの官僚がおかした過ちをおかさないようにすることよ」彼女は自分の番になると、雄弁術の効果をねらって一呼吸おいたが、息づかいが元に戻ると、その若い男と同じレベルの言葉をつかって話し始め、その男も一歩先をいって次の文へと口火をきっていた。「ふたりとも出だしは上々ね」フランチェスカは考えた。「意見を戦わせているのは、極貧の防止のようだけど。もし平凡を予防するための運動を始めたら、ここにいる善良な人たちはどうなってしまうかしら」

もう少し小さな部屋の中ほどをぬけ、人目をさける姿を探し求めていたそのとき、見知った姿を見つけ、渋い表情が彼女の顔に陰をおとした。微細なものながら、彼女の不機嫌がむけられた対象とはコートニー・ヨール、政治的に突出した成功をおさめた勝者であり、政治家小ピットの話を聞いたこともないような世代にすれば、信じがたいほど若々しく見える者だった。現代の政治家の生活の陰鬱さに、ディズレーリのダンディズムを吹き込むことが、彼の野心であり、またおそらくは趣味といってもよかったが、そのダンディズムもアングロ・サクソン好みの正確さのおかげで和らぎ、彼のなかのケルトの血から受け継がれたウィットのきらめきがダンディズムをささえていた。彼の成功とは、その場しのぎの手段にすぎなかった。大衆が彼に見いだせないものとは、上昇中の政治家に自分たちが求める下品な感触だった。栗色に近い金髪の彼は口先巧みに飾りたてるせいで、鋭い警句が火花をちらして永遠のものとなったが、抑え気味のものながら贅をこらした胴着も、ネクタイも実を結ばず、彼の弁舌と同じくらいに空回りしていた。もし、いつも桃色の珊瑚のマウスピースをつかって紙巻きタバコを吸っていたなら、あるいはマッケンジー・タータンのスパッツをはいていれば、寛大な心をもつ有権者も、大げさな言葉で記事を書く記者も、彼に対して容赦しなかっただろう。公の生活を送るための手管のかなりの部分とは、どこまで進み、どこで止めるのかを知ることから成り立っている。

フランチェスカの顔に咎めるような色がうかんだのは、ヨールが政治に関して賢明さに欠けるせいではなかった。原因は、コーマスだった。彼は学生であることをすでにやめており、その時には社会的に物議をかもしていたが、最近になってこの若い政治家ヨールの仲間となり、賛美者に加わったばかりであった。コーマスは政治について何も知りもしなければ、考えることもなく、ただヨールの服装を真似しているだけであり、会話も真似をしようとしたがうまくいかず、フランチェスカはその傾倒ぶりを咎める自分を正当化した。申し分のない程度の身なりで大体の日々を過ごすような女にすれば、毎日、贅をこらした格好の息子がいるということは心配なことなのである。

不快な感じをあたえるヨールの姿をみて彼女の顔には陰りがさしたが、それも太った中年の男性が気がついて歓迎の挨拶をしてくると、つぎの瞬間には自らの成功に満足する微笑みへとかわった。その男性は自分のまわりのやや貧弱な集団に、彼女が入ることを願っているようにみえたからだ。

「私たちが今話していたのは、私の新しい仕事についてなんですが」彼は愛想よくのべると、「私たち」というなかに幾分憂鬱そうな表情の聞き手を含めたが、その聞き手は話し合いの中で、どんな発言にしても何も言っていなかった。「この人たちに話していたばかりなんですが、あなたもお聞きになると面白いと思うのですが」

フランチェスカはスパルタ式の禁欲主義で、機嫌をとるような微笑みをうかべる一方で、耳の聞こえない毒蛇に耳をかまれて話を聞かなくてもよくなれば、この瞬間、その蛇は美しいものに見えると考えた。

ジュリアン・ジュル卿は下院の一員であるが、下院を特徴づける高い基準とは情報につうじた平凡さであるため、卿は環境によくとけこみ、議会の進行を注意深く見守る者でさえも、下院のどちら側の席に卿が座ったのか思い出すことはほぼ無理であっただろう。与党によって卿にあたえられた男爵の地位は、少なくともそうした曖昧さをとりのぞいてくれた。数週間後、彼は西インド保護領のどこかの総督になった。準男爵の地位を受けいれた報酬としてなのか、それとも西インド諸島の人たちが、自分たちにふさわしい総督をむかえるという考えを実践した結果としてなのか、それは何とも言い難いことである。ジュリアン卿にとって、その地位は確かに、重要なことの一つであった。彼が総督をしている期間に、もしかしたら皇室の人々が訪れることがあるかもしれないし、あるいは地震が起きることもあるかもしれない。どちらにしても彼の名前は新聞にのることになるだろう。でも一般の人にすれば、こうしたことはまったく関心がもてないことであった。「彼は誰なのか、どこの話なのか」という問いかけが、事件について個人的な、あるいは地理学的な面についての一般的な情報を正確に要約しただろう。

フランチェスカはしかしながら、任命されるという可能性を聞いたときから、ジュリアン卿に深く、はっきりとした関心を抱いてきた。国会の下院議員としては彼女の人生における、せっぱつまった社会的な必要を充たしはしなかった。滅多にあることではないが国会のテラスでお茶をするとき、挨拶する範囲以内に卿が近づいてくるときはいつでも、彼女はセント・トーマス病院について深い瞑想にふけるのを常としていた。だが島の総督になったからにはもちろん、彼は秘書を欲しがるだろうし、ヘンリー・グリーチの友達であり仲間でもあり、ヘンリーが金を貸して些細なものながらも政治上の多くの決議を支援してきたからには(彼らはかつて一緒に改正案を起草したことがあるのだが、その改正案は不適切なものだった)、ヘンリーの甥のコーマスを選択しても、それは極めて自然で適切なことではないだろうか。ヘンリーとフランチェスカが卓越したものであり、望ましいものであると意見が完全に一致していたのは、迷惑この上ない若い獣を移住させてしまうことであり、セント・ジェームズ教会を中心とした閉ざされた、人目につきやすい場所から、英国が支配する外国の、霧の深い果てへと移住させてしまうことだった。兄と妹が共謀して、入念かつ手の込んだ昼食会をジュリアン卿のために催したのは、卿の任命が公に明らかにされたまさに日のことであったから、秘書の問題が話題にあがり、機会があることに勤勉に話題をむけられたので、ついには問題に決着をつけるのに必要なことは、総督閣下とコーマスの面接だということになった。ただ、この青年は最初から、国外追放となる見通しにほとんど満足をしめさなかった。遠く離れ、鮫にかこまれた島で暮らすということは、とコーマスは表現した。それもジュールの家族と一緒であり、しかもジュールを大黒柱として暮らし、毎日その存在を暗示するかのようなジュリアン卿の会話を聞いて暮らすということには希望をいだかず、自分たちと同じような熱意をしめさないので、母親も叔父もその試みを行うことは、まだ踏みとどまっていた。すっかり新しい支度をしなくてはいけないというこでさえ、期待されていたような、彼の想像力に訴える力はなかった。だが彼のこの計画への同意が、どれほど熱意に欠けたものであろうと、フランチェスカとその兄が心にはっきりと決めているのは、手際よくやりぬかなければ、うまくいくことも危険にさらしてしまうだろうということだった。翌日の昼食でコーマスに会ってもらう約束をジュリアン卿に思い出してもらい、そして秘書の問題について明確に処理してもらうために、フランチェスカはこうして耐え、大英帝国の資産としての西インド諸島の価値に関する長々とした叱責をうけるという辛い体験を忍んでいるのであった。他の聞き手は一人、また一人と巧みに離れていったが、フランチェスカの忍耐はジュリアン卿の陳腐な文句の洪水にももちこたえ、やがて彼女の貢献は、昼食の約束を交わすことになって、その目的について新たに意識することで報いられた。彼女は群衆をかきわけて進み出したが、人々はムクドリのような声でおしゃべりに興じ、そのおしゃべりは勝利を勝ち取ったという思いで一層強化されていた。

 

フランチェスカは早起きをする方ではなかったので、明くる朝、ザ・タイム紙が兄の家から特別な使いの者によって届けられ、彼女の部屋に運ばれてきたとき、朝食はまだ食卓にのせられ始めたところであった。青で囲まれた余白たっぷりの広告が彼女の目をひきつけたが、そこには目立つような活字体の書簡形式の広告で、上の方には「ジュリアン・ジュル総督閣下」と当てこすりたっぷりに宛名が記されていた。その広告とは、最近、ジュリアン卿が支持者におこなった演説についてのものであり、馬鹿げていて、忘れられていたような演説を残酷にもばらばらにして広告に埋めこんだものであるが、演説のなかでも植民地を所有するということについて、とりわけ西インド諸島を所有するということについて、尊大な態度をとりながら無知と驚くほど安っぽいユーモアを織り交ぜて卿は非難していた。渡された演説からの抽出物は、それだけを読んでみても十分に愚かしく、また馬鹿らしく思えるものだったが、広告の書き手はさらに自分の意見を記し、それは皮肉の輝きで火花を散らし、セルバンテスのように洗練された残酷さがあった。昨夜の試練を思い出しながら、フランチェスカは自分でも思わず楽しさを感じながら、昼食会の約束をしたばかりの総督閣下がおわされた無慈悲な傷に目をとおした。だが広告の末尾の署名のころまでくると、彼女の目から笑いが消えた。「コーマス・バシントン」という署名が彼女を見つめ、それはヘンリー・グリーチの震える手によってくっきり引かれた青い線から浮かび上がっていた。

 

コーマスならこの広告記事に工夫して書くことができず、英国国教会が地区の聖職者に説明するかのように書いただろう。その手紙は明らかにコートニー・ヨールの手によるものであり、コーマスははっきりとした自分の目的のために彼をおだてて、巧みに政治的な嘲りをいれた広告を自分の名で書くという矜持を控えてもらい、そのかわりに記事内容を提供してもらったのだ。向こう見ずな一打であったが、成功に関しては間違いなく、秘書の地位も、遠く離れた鮫に囲まれた島も、不可能という地平線のむこうに消えてしまった。フランチェスカは、立場やら状況やらを選択するように注意深く考えてから、敵意と相対するという戦略の黄金則を忘れてしまい、浴室の扉に直進したが、扉のむこうからは、にぎやかな喧しい音がしあがり、水しぶきをたてている様なので、コーマスは入浴をはじめたところのようだった。

 

「なんて悪い子なの、どういうことよ?」彼女は非難がましく叫んだ。

「からだゴシゴシ」陽気な声がかえってきた。「耳もゴシゴシ、そのまま胸もゴシゴシ、胸もゴシゴシしたから今度はどこをゴシゴシ」

「将来が台無しになってしまった。ザ・タイムに、おまえの署名がはいった悲惨な広告記事がのってしまったから」

大きな歓声を喜びのあまりあげながら浴槽からでてきた。「なんだって、かあさん。見せてくれよ」

手足が水をはねる音がしたかと思うと、水滴をぽたぽたたらしながら浴槽から急いで出てくるような音がした。フランチェスカは逃げた。身体がぬれバスタオルを一枚まいただけの、湯煙をあげているような19歳の青年をうまく叱ることができる人なんているだろうか。

 

別の使いがきたとき、フランチェスカは朝食を終えていなかった。今度の使いはジュリアン卿からの手紙をもってきたが、その手紙には昼食会の約束を辞退する旨が書かれていた。

Ⅳ章

フランチェスカは、他のひとの視点から物事をながめる自分に誇りを抱いていた。つまり、それは常に、様々な面から自分の見方をみることができるということであった。コーマスに関していえば、彼のふるまいについても、あるはしなかったことについても、そのとき、彼女の心に占める割合は大きくなっていた。彼の人生の見とおしがどうあるべきか明確に思い描きすぎているあまり、その心の動きを理解することにも、また心の動きを支配する衝動を理解することにも、まったく適していなかった。結婚相手は、彼女に息子をひとり授けたが、息子への寄付には制限をもうけ、唯一の子孫に節度をみせたが、そのことをフランチェスカはありがたく思い、また感謝しながら、友達のひとりが、半ダースいる息子と娘二、三人への贈与を経験して生き生きと満足しているのをみては、自分の子供はたったひとりコーマスであると指摘してみせるのであった。だが彼の場合、子供の数としては節度があっても、性格の無節制さのせいで釣り合いがとれるものになっていた。

フランチェスカが心の中で、自分の息子と比較してみるのは、まわりで見かける幾百の他の青年であったが、彼らがしっかりと、さらに明らかに幸せそうに没頭しているのは、自分自身を好青年から有益な市民に変えていくことであった。そのほとんどが職業をもっているか、あるいはそうした類のものに自分が向くようにとに熱心に励んでいた。暇なときには、程々の値段の巻きタバコを吸い、ミュージック・ホールの出来るだけ安い席に行き、たまには関心も露わにローズ試合場でクリケットの試合を観戦したり、映写機を媒体にして世界の華々しい出来事を見たりして、別れに際して「元気で」という挨拶を交わすのに慣れていた。ボンドストリートからも、ピカデリー通りから枝分かれした道の多くからも、当世ロンドンの顔が一掃されなかったのは、彼らが毎日の生活に必要とするものがあたえられていたからである。彼らは知人としては退屈であったが、息子としては大いに安らぎをあたえてくれただろう。苛立ちをつのらせながら、フランチェスカはこうした財政の援助を受けるに値する青年と、自分の御し難い息子を比較しては、運命はなぜ自分を選び出して、このいらだたしいまでに心地よさとも望ましさとも無縁の子の親にしたのだろうかと思った。報酬を得るということに関して言えば、コーマスは危険なまでの貞節さをもって、野の百合の無関心さを真似した。母親と同じように、彼も物足りなそうな眼差しで、当世の若者によってもたらされた例を見るのであった。そして彼が注意をむける知人とは、より裕福な層であり、ボタンホールにさすカーネーションを買うくらいの気安さで、車やポロ用のポニーを買い、まるでブライトンでの週末を考えるかのように何の困難もなく、財政上の無理もなく、カイロやチグリス流域へと旅する者たちであった。

学生時代も、その後、再度生じることになった休暇のあいだも、陽気さと美貌のおかげでコーマスはうまくやり、全体的には愉快な男だった。同じような長所のおかげで、今でも彼は自分の人生を前進していた。しかし、そうしたことがいつでも、わざわざやってくると当てに出来ないことに気がつき、それは冷静さを失わせてしまう体験であった。動物の世界では、しかも競争心の強い動物の世界で必要とされていることとは、野の百合のような、装飾的ともいえる放縦さではなかった。それこそがコーマスが自分に与えようともしなければ、また与えることができないものでもあった。その何かが欠けているせいで、彼は運命をひがみ、勝利の人生を妨げたものを、あるいはせめて邪魔されない人生を妨げたものを恨むのであった。

フランチェスカは、彼女なりの方法で、世界の誰よりもコーマスに愛情を注いでいたので、もし彼がスエズの東のどこかで日焼して茶色の肌になっていたなら、彼女は毎晩ベッドへはいる前に、本物の愛情をいだいて、彼の写真に接吻しただろうし、コレラの不安がおきたり、新聞のコラムに書かれている現地の噂を聞いたりすれば、不安にかられ、動揺しもしただろうが、それでも心の中で国家の必要を守るために、最愛の子を犠牲にするスパルタの母親に自分をなぞらえたのだろう。しかし自分の家の屋根の下に最愛の息子が居座って、不適切なまでの三次元空間を占め、その代わりとなるものは与えないのに毎日の犠牲を要求してくるうちに、彼女の心は愛情というよりも苛立ちをおびてきた。他の大陸で犯した悪事なら重大なものでも彼女は許しただろうが、チドリの卵が五つ入った皿から彼が三つ取っていったにちがいないという事実を見過ごす訳にはいかなかった。いない者も常に悪いのかもしれないが、それでも配慮に欠けた態度はあまりとらないものである。

こうして母親と息子のあいだにある氷の壁はだんだんと厚みを増していき、その壁ごしに話はできるのだが、その壁は軽い言葉のきらめきにも冬の寒さをあたえるのだった。その若者は、ある方向に自分自身を発揮することを選んでは楽しんでしまうという才能があり、食事の席では長いこと不機嫌にしていたり、言い争ったりしては、急流のような速さで世間話をしたり、醜聞をひろめたり、悪意にみちた話をするのだが、そうした話は真実であることもあるけれど、たいていの場合はつくり話であったのだが、それでもフランチェスカはその話を楽しみつつも味わい、嫌々ながら聞かされるというよりも、むしろ喜んで聞いているのであった。

「尊敬すべき人たちから友達を選んだりしたら、ぜったいに面白くないよ。だから、こうしているほうが利点があるし、埋め合わせができるってものだ」

ある日の昼食の席で、こうした指摘を聞いたフランチェスカが鼻白んだのも、自由奔放な微笑みに裏切られてきているからであり、その微笑みは彼女がとるコーマスへの態度を考えると許し難いものであった。

「今夜、きちんとした集まりに行くんだ」コーマスは満足げな笑いで答えた。

「かあさんとヘンリーおじさん、それから束になった退屈な信仰心のあつい連中と夕食をとる」

 

フランチェスカは驚きと当惑のあまり息をのんだ。

 

「まさかキャロラインが今夜、おまえを夕食に招いたということなの」彼女はいった。「しかも私に相談もなく。彼女がやりそうなことだこと」

 

レディ・キャロライン・ベナレスクは、人々の繊細な感情も、尊重されるべき嫌悪感も無視して発言したり、行動したりすることができる年齢になっていた。今の年齢に達するのを待って、そうした行動へとすすんだのではない。彼女の家系とは、揺りかごから墓場まで、機転と機知を発揮して生きていくように出来ているからであり、それはまるで込み合った浴場におけるサボテンの生け垣のようなものだった。彼女の一家が外の世界でなく、身内で言い争うのはせめてもの慈悲であった。よく知られている宗教と政治の多様性や陰などあらゆることに対して、彼女の一族は人生の重要な要素から、アイルランド自治獲得運動のような危険が生じる可能性を避けるようにして動き、さらには地方自治の分裂、関税の大改革、婦人参政権論の女性との聖戦などの予測できない出来事は、ありがたいことにも、更なる不一致を生じて散り散りになるための、飾りのような機会として理解されていた。レディ・キャロラインが楽しみにしている好みの計画とは、身近な人に軋みと相反する要素をもたらすことであり、無情にも互いを争わせることであった。「こうした状況のほうが結果がよくなるものよ」彼女は意見をよくのべた。「互いに会いたいと願う人たちよりは。それに敵を失望させることくらい、誰も友達の心に深く残る話し方はできないものだから」

彼女も認めざるをえないが、もし議会で論議すれば、その理論はかなりもろい代物であった。だが晩餐の食卓では、その理論の成功はたいていの場合、意気揚々と証明された。

「どなたが来るのかしら」フランチェスカはたずねると、至極当然な疑問をはさんだ。

「コートニー・ヨール。たぶん母さんの隣に座ることになるから、沈没させてしまうような意見を考えて用意しておいた方がいい。それからエレイン・ド・フレイ」

「その方のことを聞いたことはないと思うけど。どんな方なの」

「どうってことのない女性だけど、まじめな人からすれば可愛い方、それに不作法なくらいの金持ちだ」

「彼女と結婚しなさい」助言がフランチェスカの唇へむかってほとばしりでかけたが、塩漬けのアーモンドと共にその言葉をこらえたのは、言葉のせいで目的が台無しになることもあるという事実をすばらしくよく理解していたからだ。

「キャロラインもトビーとか甥の息子のために、おそらく自分の基準を下げたのね」彼女は口がすべってしまった。「小金があれば、そういうときには役に立つものね」

コーマスは、彼女のお気に入りの喧嘩好きな表情で下唇をゆがめた。

彼が有益な結婚に取り組むべきだということは明らかであったが、まじめに考えるとは彼女は敢えて思わないことにした。もし魅力もあって利益をもたらす娘といちゃつくことになれば、性格にかなりつむじ曲りなところがあるせいで、彼は強く求愛をすることになるかもしれないが、それは純粋に夢中になっている他の求婚者を押し倒したいという欲望にすぎないからかもしれない。はかない希望であった。余りにはかない希望であるために大嫌いなコートニー・ヨールの慈悲にすがって、コーマスにおよぼしている影響に便乗する考えが彼女の脳裏にうかび、大急ぎで思いついた計画をすすめようとした。なにはともあれ晩餐会は、彼女がもともと期待していたものよりも、更に興味深いものになることが約束されていた。

レディ・キャロラインは、政治上の社会主義者を公言していたが、もっぱらそれが信じられていたのは、彼女がこのようにして可能にしたこととは、当時の自由主義者、保守主義者のほとんどと意見を違え、そして社会主義者のすべてと意見を違えることだったからである。彼女はしかしながら、自分の社会主義が階下の召使い部屋に浸透することを認めなかったので、調理人や執事は独立したひとになるようにという叱咤激励をあらゆる面でうけた。フランチェスカは熱心かつ知的な食事の批評家でありながら、彼女をもてなしてくれる女主人の台所と食料庫には何の疑念もいだかなかったが、それでも宴席における人間の姿をした添え料理のせいで、彼女の心はさらなる不安にふくらむのだった。たとえばコートニー・ヨールは見事なまでに黙り込んでいるだろうし、彼女の兄のヘンリーはきっとその逆だろう。

晩餐会は盛大なものであったが、フランチェスカが遅く到着したため、客の名前を確認するための時間もなく、テーブルの端の彼女の席のむかいには「ミス・ドゥ・フレイ」と名前が記されたカードがおかれ、一方の相続人女性をさししめしていた。フランチェスカの癖なのだが、まずメニューを注意深く端から端まで目をとおしてから、それと同じようにして向かいの席の娘についても注意深く、でも目立たないように詮索したが、取り立てて言うほどの娘でもないが、それでも彼女の収入はすべて望ましいものだった。彼女はたしなみのある栗色の服装で可愛らしく、表情はまじめで思慮深く穏やかであり、考え込んで取り乱すような気質を隠していた。態度は非難めいて言うなら、かなりぞんざいであった。だが素晴らしいルビーを身につけた様子は、家にはもっとあるけれど、間に合わせることが出来なくてというような説明しがたい雰囲気があった。

「むかいの女性に関心があるようだが」コートニー・ヨールがいった。

「以前、お会いしたことがあるような気がするもので」フランチェスカはいった。「お顔に覚えがあるのです」

「ルーヴルの狭い回廊で見かけたとでも、ダ・ヴィンチの絵が飾られている回廊で」ヨールはいった。

「きっとそうですわ」フランチェスカは答えたが、その女性への表現しがたい印象からくる満足を感じる一方で、ヨールが自分の救いになったことに困惑して、心は入り乱れていた。レディ・キャロラインのテーブルの端から、ヘンリー・グリーチの痛ましいまでに目立つ声があがると、当惑の色あいはますます強まって彼女を支配した。

 

「昨日、トルダム家を訪ねたのだが」彼はいった。「ご存知のように、その日は銀婚式だった。銀のプレゼントがたくさんあって、これ見よがしだった。もちろん複製のものもたくさんあるが、それでもプレゼントされるのは素敵なことだ。あんなにたくさんもらって嬉しかったことだろうよ」

「プレゼントを見せられたからといって羨ましく思う必要はないわ、二十五年の結婚生活のあとなのだから。どんな雲にも光は射すということなのね」レディ・キャロラインが穏やかにいった。

居合わせた客のうち三分の一の者がトルダム家と縁があった。

「レディ・キャロラインときたら、最初からとばしている」コートニー・ヨールはつぶやいた。

「二十五年間の結婚生活を曇り空よばわりするなんて、私にはとてもできないが」ヘンリー・グリーチは気弱にいった。

「結婚生活についての話しはおやめなさい」といったのは威厳のある女性で、その外見は現代画家が思い描く古代ローマの戦争の女神ベローナのようだった。「不運なことに、私が永遠に書くのは夫、妻、それからその変化形だわ。読者が私にそう望むから。新聞記者が羨ましくて仕方ないわ。伝染病にストライキ、無政府主義者のひそかな計画、そして他にも楽しいことを書くことができるもの、黴臭い昔の話題に縛りつけられなくていいのよ」

「あの女性はどなた、何を書いているのかしら?」フランチェスカはヨールにたずねた。ぼんやりと記憶にあるのだが、セレナ・ゴーラクリィの集まりで見かけたとき、彼女は賛美者の小宮廷に囲まれていた。

「名前は忘れたが、サン・レモかメントーネだかの別荘地に別荘があってブリッジがとても上手い女性だ。それに君と同じ女性にしては、ワインの素晴らしい鑑定家だ」

「でも何を書いているのかしら」

「やや堅苦しさに欠ける小説をいくつか書いている。最近の小説では、『その女がそう望んだのは水曜日のこと』というのがあるが、これはすべての図書館で禁止になった。君も読んだようだが」

「なぜそう思われるのかわからないわ」

「昨日、コーマスがあなたの本を貸してくれたものでね」ヨールはいった。彼は形のいい頭をのけぞらせながら、からかって楽しむような横目で彼女をながめた。コーマスと親しくしていることを彼女が嫌っていることを知っていたが、その青年に及ぼしている自分の影響を内心ひそかに誇っていた。たとえ、その影響が浅はかなものであり、報われることのないものだと知っていたとしても。彼にすれば求められていない親しさであり、真面目に指導者の役目を引き受けたとき、おそらく粉々になってしまうだろう。若い政治家の目に好奇心が宿っているのは、もっぱら、コーマスの母親がふたりの友情を認めていないことにあった。

フランチェスカは、テーブルの端にいる兄に注意をむけた。ヘンリー・グリーチはこの招待に乗じて嬉々として結婚生活について話題をふりまき、現代政治についても直に同じように使い古した話題をふりまいてきた。彼は公の集まりで求められるような人物でもなければ、議会が望んで時代の話題について意見を聞きたがるような人物でもなく、むしろ議会が逆を望んでいることがわかるような人物だった。そのため機会が到来すれば、蓄積された政治的叡智を明らかにして楽になろうとするところがあり、時には知性そのものは肉眼ではほとんど確認できなということに思い知らせるのであった。

「敵はどうしようもなく困難な闘いで戦っているし、連中もそのことをわかっている」彼はさえずるように話した。「狂気にとりつかれている有様ときたら、むこうみずなガダラの豚のように全軍団でー」

「たしかにガダラの豚は転げ落ちているわ」レディ・キャロラインが穏やかだけど詮索好きな声をあげた。

ヘンリー・グリーチはあわてて微笑みを引っ込めると、陳腐な言葉に加え、もう少し安全な事実に頼ることにした。フランチェスカは、政治的手腕に関する兄の考えについては、福音に照らすこともなければ、驚くべき事実だと考えることもなく、かつてコーマスが指摘したように、その考えはたいてい退去を告げられていた。今の段階で彼女が見いだした気晴らしとは、むかいの娘について新たに詮索することであるが、その娘は節度を守りながらも、席の両側で苦心してかわされている会話に関心をもっていた。コーマスは非の打ち所がない姿をして、最善の話をしながらテーブルの片方の端に座っていたが、フランチェスカが素早く察知したところでは、コーマスのいる方向へと娘の視線はむかいがちだった。一度か二度、若者たちの視線がぶつかると、喜びがみるみる溢れ出し、理解していると言わんばかりの微笑みが相続人の顔にうかんだ。直観という昔からの女の才能に頼らなくても、好ましい貯金高をもつ娘をかなり惹きつけているのが若いパガンであり、その気になれば、パガンには賞賛をあつめる技があった。何か月もかけてようやくフランチェスカは、薔薇色の背景にうかぶ息子の将来を見いだし、意識しないうちに「不作法なくらいに金持ち」という意味ありげな表現は、正確には、どのくらいの合計になるのかと考えはじめていた。妻に莫大な富があり、その富に比例して人柄にも、野心にも生まれつきの資質というものが備わっていれば、おそらくコーマスに元々備わる、隠されたエネルギーを楽しいものにかえてくれるだろうが、そのエネルギーとは出世に結びつかず、少なくとも仕事にはならないものであり、おまけに向かいの真面目な顔の娘は特徴もなく、活気にも欠けているようにみえた。フランチェスカは個人的なことにお思いをめぐらした。想像力がもてあそぶ申し出は満ちたりたものであり、今の手頃な取り決めが終わりとなって、フランチェスカとヴァン・デール・ムーレンが新しい場所を探さなければいけないようなときには、信じられないような金額が、ブルーストリートの家についての虚言に捧げられ、あの家を手に入れることになるかもしれない。

用心深く、抑えた声音だがコートニー・ヨールのむかいから、女性の声が聞こえてきて、ブリッジの札を積み上げてつくった建物をくずした。

「お金をたくさん持っているし、見苦しくもない。これからの若い政治家にぴったりの妻よ。行動にでなさい。金持ちの花嫁をねらっている誰かさんに奪われる前に、あの娘を勝ちとるのよ」

 ヨールと世の知恵にたけた指導教官はテーブルのむこうを見つめ、真面目で思慮深い瞳をした、静かにしていることに過敏になりすぎた様子の、レオナルド・ダ・ヴィンチの娘を見つめた。フランチェスカは縁結びをしようとしている隣人に怒りがこみあげてきて、そのせいで動悸がはやくなりながらも、「どうしてなんだろう」と自らに問いかけ、「自分でつくす志もなければ、目的もないような女たちときたら、まあ、ひと様の恋にただおせっかいを焼くのが好きな女は別として、こうした類の企みや悪らくらみに手をかすのかしら、そこにはひとりの幸せがかかっていると言うのに」さらにはっきりと彼女が理解したのは、自分がコートニー・ヨールを嫌っているということだった。彼のことを忌々しい影響をおよぼす者として嫌っているのは、息子の前でこれ見よがしの野心の手本を示すけれど、その野心に息子が全然ついていかないせいでもあり、また金遣いのあらいお洒落のお手本をしめしたところで、息子には自信がありすぎて真似をしないせいでもあった。

ヨールと世の知恵にたけた指導教官はテーブルのむこうを見つめ、真面目で思慮深い瞳をした、静かにしていることに過敏になりすぎた様子の、レオナルド・ダ・ヴィンチの娘を見つめた。フランチェスカは縁結びをしようとしている隣人に怒りがこみあげてきて、そのせいで動悸がはやくなりながらも、「どうしてなんだろう」と自らに問いかけ、「自分でつくす志もなければ、目的もないような女たちときたら、まあ、ひと様の恋にただおせっかいを焼くのが好きな女は別として、こうした類の企みや悪らくらみに手をかすのかしら、そこにはひとりの幸せがかかっていると言うのに」さらにはっきりと彼女が理解したのは、自分がコートニー・ヨールを嫌っているということだった。彼のことを忌々しい影響をおよぼす者として嫌っているのは、息子の前でこれ見よがしの野心の手本を示すけれど、その野心に息子が全然ついていかないせいでもあり、また金遣いのあらいお洒落のお手本をしめしたところで、息子には自信がありすぎて真似をしないせいでもあった。

心の中では、彼女もわかっていたのだが、もしヨールの存在を知らなかったとしても、コーマスがとっただろう現在の方針とは、働きもしないで我儘に行動するものであっただろう。それでも、この青年を自分の息子に忌々しい影響を及ぼす人として見なしたい気持ちがあり、そのせいか彼女が知っている以上に、ヨールは自分のことを正当化しているように思えた。こう見えるのも一生に一度のことだが、コーマスは気を利かして行動し、自分のチャンスをいかそうとしていたが、同時にコートニー・ヨールも、可能性をひめた危険なライバルとして、その場面にあらわれた。コーマスの素敵な容貌や、その場にもたらす気まぐれな魅力にあらがいながら、若い政治家は半ダースもの目もくらむような素質を発揮し、世界中の女性の目に自分を推薦しようとしていたが、理想的な人を追い求める若い娘の目にはなおさらであろう。ヨールもそれなりに容貌のいい男であり、たしかにコーマスほど人目をひく容貌でないにしても、いつも良い身なりで、自信にはみちていても議会での成功をひけらかすことなく、コーマスを前にしても、けっして見くびることのできるライバルではなかった。フランチェスカが自分に苦笑したのは、つい数時間前まで、コーマスの求婚に力をかしてくれるようにコネをもとめようという考えを楽しんでいたからである。少なくとも彼女が自分で見つけた慰めとは、もしヨールが割り込んできて、求婚しようとして友達のコーマスをおしだそうとしたところで、コーマスの方が有利な出発点にたっているということだった。コーマスは、その日の昼食会で、ミス・ド・フレイについて、さりげなく、しかも冷静に言及していた。もし夕食会の客の話題があがらなければ、おそらく彼女について言及することはなかっただろう。だが、二人はがとても仲の良い友達であることは明らかだった。ブルー・ストリートの家が緊張状態にある原因とは、フランチェスカが夕食会の客を淘汰していくうちに思いがけず、この非常に興味をひかれる相続人を知るようになったからであった。

レディ・キャロラインの声が彼女の思考をさまたげたが、それはいかにも満足げな声で、長々とした夕食の食卓に響きわたるような、そっとする特徴をそなえていた。

「愛すべき聖堂の助祭長ときたら、心がここにないものだから。ある日曜の最初のレッスンで読まれたのは、家族の大切さでもなく、約束の地カナンに入ったイスラエルの多くの民のことでもなくて、なんとオペラのバルコニー席をもっている人達の一覧だったのよ。幸いなことに、誰も間違いに気がつかなかったけど」

 

Ⅴ章

リージェントパークにあるロンドン動物園の北の雉飼い場に面した、都合よく奥まったベンチに腰かけて、コートニー・ヨールは大人の恋の戯れに夢中になっていた。相手の女性は、たしかに外見は若いけれど、四、五歳はコートニーより年上だった。コートニーが十六歳の学生だった頃、モリー・マククェードが個人的に動物園に案内してくれた後で、ソーホーにある外国料理のケトナーズ・レストランでご馳走してくれた。それ以来、昔の祝祭日を祝う記念日に町にいることがあれば、信心深くも、この日程をそのまま繰り返した。夕食の献立も、可能なかぎり、そのときと近いものにした。学生らしいはにかみで遠慮しながらも、元気あふれる学生が数年前に選んだ食料やワインが、こうした機会にヨールに対峙する有様は、まるで溺れかけている男の過去の人生が、意識のある最後の時に立ちあがって歩き回るようにと言われているようだった。

戯れに恋をしながら昔の関係へと何度も戻りつつと、恋の寿命が長いのは、ヨールが自分の立場から感傷をそそろうと努力しているというより、ミス・マククェードの積極性に富んだ気づかいにあった。モーリー・マククェードは小さな狩りの仲間のあいだで、乗馬好きの、月並みだが型にはまらない女として知られ、「愛想のいい女」だと分類されていた。近所のひとの庭や子供たち、一般的に人気のある猟犬について、いささかなりとも真価がわかるときに、彼女は十分に愛想がよく、自分の不健康なところについて十分に黙っていた。ほとんどの男は彼女を好んだが、彼女を嫌う女の割合は厄介なくらいに高かった。そのうちにと思われていたことだが、彼女はビール製造業者かオッター・ハウンド犬の飼い主と結婚してから、後に、モールバーンとか、それと似たような学問や商業の中心地で、男の子一人か二人の母親になるだろう。彼女の本質である熱情的な側面は、田舎では推し測れないものであった。

彼女の恋愛はほぼ途切れることのないものであったが、まとらなまいまま過ぎていき、日々の熱情に苦しんだ。彼女は愛情にみちた関心を数人の若者にむけ、そうした若者を恋して、心に思い描く有様は、あっけらかんとしていた。若者数名の存在を隠そうともしなければ、互いを競わせるようなこともしなかった。だが、夫を漁る狩猟家だとは言えなかった。それというのも彼女はどのような男と結婚するつもりなのか心に決めていたからだが、その予測は地元の知り合いが考えているものとはかなり異なっていた。やがて結婚生活が失敗だということが判明することになるとしても、少なくとも節度を保ちながら、彼女は結婚に期待していた。だから恋愛は結婚と異なる基礎にあるのだが、それでも明らかに人生において彼女を夢中にさせる要素がった。幸せに組み合わされた彼女の性格には、男だろうと女だろうと、二つの職務を可能にするものがあり、又その性格は一つの籠に卵をたくさん詰め込みすぎないように予防する措置でもあった。彼女の要求は正確なものではなかったが、若くて、ハンサムで、少なくとも適度に面白い男性であることが必要だった。相手が変わることなく忠実であることも好んだが、自分が体験してきた例から、かなりの確率で、そうした種類の男ではないだろうという心積りをしていた。

コートニー・ヨールは創造主から、熱烈な、あるいは献身的な恋人の役割を果たすように設計されていなかったので、創造主がさだめた限界を良心的にも尊重していた。しかしながらモリーにたいしては、たしかに敏感な愛情をいだいていた。彼女が慕ってくれていることは明らかだったが、それでいながら稚拙なご機嫌取りで責めたてることもなかった。戯れの恋が何年もの試用期間に耐えた基本的な理由とは、間隔も都合よく、恋が高じて活動的な存在になるという事実のせいであった。今は電話のせいで人々のプライバシーという要塞が衰退し、隠遁生活の高潔さがかかっているのは、ボーイのように機転のきいた嘘をつく能力という時代である。ヨールは、自分の美しい女性が一年の大半を費やしているのは、自分を追いかけることではなくて、狐を追いかけることであるという状況を深く理解していた。これも認識されている事実だが、彼女が人間狩りをするときは、一匹以上の獲物を追いかけては、やがて恋と別れをつげることになるのだが、そのことに彼女も相手も当惑することもなければ、仕返しをすることもなかった。青春を楽しむ年頃が過ぎても、彼女も、相手も自分の人生が壊されたと責めたてることはなかった。せいぜい週末が乱れたくらいのものだろう。

モリー・マククェードは鋭く見つめたが、相手は目の前に駆けまわる雉を見つめていた。

「お金もないひとに夢中になっているなんて、そんな虚しいことは言わないでね」彼女は言った。「そんなことには耐えられないわ」

しばらくのあいだ、彼女はコートニーのわがままが思いがけない展開を生じ、そのせいで現在について空想する方へと野心が流されたのではないかと危惧した。もしかしたら議会での出世を犠牲にしてまで、束の間の魅力的な相手にゆったりと、愚かしい時を過ごすのだろうか。彼は機敏にその懸念をはらいのけた。

「その女性には山ほどの資産がある」

モリーは安堵の吐息をもらした。コートニーへの愛情から、最初の問いかけが生じるような不安が生じたのだ。次に、自然に嫉妬にかられた。

「若くて、可愛らしい感じの方なのかしら。それとも物腰のいい、目のきれいな方なのかしら。ふつう、お金がたくさんあれば、そうなるものだから」

「若くて、見た目もいいし、他の女性とは違うものがある。美人だという人もいるかもしれない。政治的なもてなしをする女主としては、すばらしい女性だと思う。どちらかと言えば恋しているのだと思う」

「では彼女も、あなたに恋しているのかしら」

ヨールは少し断定するかのように頭をそらしたが、その動作はモリーがよく知っていたものであり、好んでいたものだった。

「よく判断してから行動するような娘だと思う。だから愚かしいまでに好いてはくれないかもしれないが、私にだまされてみるのも悪くはないはずだ。私は若いし、見かけもいい。それに議会で功をなしている。彼女なら朝食のときに、私についての良い記事やら怖ろしい記事やら、新聞を読んでくれるだろう。時々だが、朗らかで楽しい夫になることもできる。だが、私は沈黙の価値を理解しているから、陽気でおしゃべり好きの夫という怖ろしいものになりさがる心配はない。お金もあって社会的な野心もある娘にすれば、私はまんざらでもあるまい。」

恋をしているのは確かなようね、コートニー」モリーはいった。「でも、それは考えたうえでの恋、けっしてうぶな恋ではないわね。すこしうれしい。ほんの少しのあいだでも、あなたが可愛らしい女の人に惚れているなんて嫌だもの。でも自分の気持ちは脇において、あなたには前進、勝つのよと言うことにするわ。お金のある女性と結婚することになった。相手は素敵な女性で、しかも申し分のない女主人になれる。誰にとっても結構な話だわ。私がおくることになる結婚生活よりも、ずっと幸せな結婚生活をおくるでしょうね。でも結婚をすれば、あなたのことだから、他のことに夢中になるでしょうけど。私は庭いじりをしたり、乳しぼりをしたりして、子供部屋には子供たちがいて、貸本屋さんで本を借りて読むのよ。周囲数百マイルの庭や乳搾り場や子供部屋と、ほとんど同じようなものでしょうけど。自分の妻が指の痛みを訴えたところで、あなたはその度に心配したりしないでしょうね。妻に会うのも、家で時々会っていればいいというひとだから。あなたがそれで幸せかどうかなんて心配しないけど。その女の人はおそらくみじめでしょうね。けれど、どんな女の人でも、あなたと結婚すれば、そうなるのね」

 

一瞬、間があいた。ふたりとも雉の檻をみつめた。ややしてモリーがふたたび口火をきったが、それは機敏で、神経質な将軍が急いで自分の部隊の配置を変え、退却しようとする戦略をとろうとする勢いだった。

「無事に結婚をして、新婚旅行に出かけて楽しんでから、妻を政治上の女主人として試したところで、いつかは議会に席がなくなり、ひとりで戻ってきて一緒に狩りをすることになるでしょうから。そうじゃないかしら。昔のままというわけにはいかないでしょうけど。でも、今風の政治婚について延々と続く記事を読むのが楽しみだわ」

「ずいぶん先のことを考えすぎている」ヨールは笑った。「あの娘さんも、君と同じ見方をするようになって、僕と将来を共有すれば不幸になる可能性があると考えるようになるかもしれない。そうなると僕は、政治家としては困窮のうちに独身時代を過ごすことになり、そんな自分に我慢しなければいけない。とにかく今というときは、私たちと共にある。今夜、ケトナーの店で夕食にしよう、いいね」

「どちらかといえば」モリーはいった。「私についていえば、のどにつまるようなご馳走になりそうだけれど。ヨール夫人の健康を祈って乾杯しないといけないのね。ところでお相手がどなたなのか言わないのもあなたらしいけど、それがどなたなのか聞かないのも私らしい。さあ、聞き分けのいい犬のようになりなさい。急いで立ち去って、私をひとりにして。まだ、あなたにはさようならは言わないけれど、雉の飼育場には別れを告げるつもりよ。面白くて、楽しい話をしたわねえ。あなたと私でこの席に腰かけて、ねえ、そうでしょ。わかっているけど、私が知る限り、それもこれでおしまいになるのね。今夜、八時ね。できるだけ遅れないように」

相手が引きあげていく姿を、彼女は涙にかすむ目で見つめた。彼は陽気で、外見もいい友達だった。楽しい時を過ごしてきた。慣れ親しんだ待ち合わせの場を見わたしたとき、まつ毛にかかる涙のせいでいっそう目がうるんだ。此処でしょっちゅう密会してきたのだ。初めて来たとき、彼はまだ学生で、彼女もその頃は十代であった。しばらくのあいだ、彼女は悲しみに隷属している自分を感じた。

 だが、しばらくすると飛びゆく二十四夜を追い求め、街に暮らす者のみに見受けられる、驚くべき気力を発揮した。彼女は立ち去ると、世界を旅する海軍の崇拝者と一緒に、海軍のクラブでお茶をした。かくのごとく多元論とは、慈悲深い麻薬なのである。

 

Ⅴ章

 

 エレーヌ・ド・フレイは、柳の小枝で編んだ低い椅子に全身をしずめ、くつろいで座っていた。その椅子が置かれているヒマラヤスギの木立は広々とした、荘重な庭の中央にあったが、その庭はまるで公園になろうと心に決めたかのようだった。浅めの石の水盤でできた古風な噴水が、すぐ間近の前景のうち人目につく場所をしめ、噴水の縁では、カワウソが重そうな鮭にのりかかって永久に餌食をとらえていた。周囲に刻まれたラテン語の碑文が、「時は水のように速く流れてしまい、時を利用しようとしては疲れ果てる」と死すべき人間に警告していた。道徳についての考察をジャコビアン様式の小品で真似ていて、恥知らずにも通りすぎる者すべてを惑わして、休んで黙想することをあきらめさせていた。噴水のまわりには天鵞絨のような芝生が広がり、小人のような栗や桑の木立があちらこちらで芝生のうえで茂り、その木立の下には葉や小枝からレース模様のような影がおちていた。芝生は緩やかな傾斜をえがき、そのはずれには小さな湖があり、湖上には白鳥のカルテットが漂っていたが、その動作から悲しく、物憂いものが漂う様子は、自分たちのカーストのうんざりするような威厳のせいで、小さな水鳥の賑やかなざわめきに入らないとでも言うようであった。エレーヌは好んで想像したのだが、白鳥は不幸な少年たちの魂が再び形成されたものであり、その少年たちは親の利益のために、無理やり教会の高僧にさせられたり、早々と尊師にさせられたりしたのであった。石でできた低めの欄干が柵となって湖と岸を分け、欄干の上にテラスの小さな模型をつくり、あたりには薔薇が絢爛に咲いていた。他の薔薇の茂みも注意深く刈り込まれたり、育てられたりして、色彩と香りのオアシスを形成し、安らぎをあたえてくれる芝の緑に囲まれていた。さらに離れたところからでも、目に入ってくるのは、多彩な色にみちたロードデンドロンの生垣であった。こうした好ましい例外はあるが、花を見つけるのが難しいような、よく整った庭だった。ゼラニウムの花壇や花で飾られた道を見つめれば、それは誤った指導をうけているのではないかと思えるほどの権力の行使であり、その道はどこにたどり着くでもなく、ただ郊外に住んで、情熱のない、なじみの園丁にたどり着くだけだった。アマーストの雉はすばらしいから、同じ場所にいる孔雀に挑戦を挑んでも、相手が恥ずかしく思うほどで、エメラルド色の芝生へと向かう有様は、まるでスルタンのような自意識を保障されていた。ここでは、夏はせわしない訪問客なのではなく、部分的な所有者なのであった。

 

ヒマラヤスギの影におかれたエレーヌの椅子のかたわらには、柳の小枝で編まれたテーブルがおかれ、その上にはアフタヌーン・ティーの茶器一式が置かれていた。彼女の足元のクッションには、コートニー・ヨールがもたれかかっていたが、如才なく着飾り、若々しく優雅な姿は装飾的な静けさを象徴しているようで、人目をひくけど落ち着きのないトンボと同じくらいに装飾的であった。コーマスは入ることを許された前庭から、かなり間隔をあけて、フランネルを来たコートニーの姿を楽しんでいた。

 

二人の青年のあいだにある親しさのせいで、沈黙のうちに同じ女性のご機嫌をとるという状況でも、身近にせまる混乱に苦しめられることはなかった。それは趣味や考え方が同じことからきている友情でもなければ、仲間意識でもなく、どちらも相手のことを面白く思い、興味を抱いているという事実にあった。ヨールはしばらく、劇場通いの、ならず者だとコーマスを考えていた頃のように、愉快で、面白い相手だと考える一方で、エレーヌの好意をめぐる競争相手だとみなしていた。コーマスとしては、ヨールと接触を失うことを望んではいなかった。それと言うのも、ヨールにはいろいろと魅力があるが、なかでもコーマスの母親が許さないような長所を持ち合わせているからだった。彼女が、息子の友達の大半を認めていなければ、その付き合いも認めていないことは真実だったが、なかでもこの人物が、永遠につづく苛立ちの根源であるのは、相手が目立つ存在であり、多少なりとも、時流にのって公の生活で成功しているからであった。とりわけ苛立ちを感じるのは、自分の息子に思いつく限りの浪費をけしかけている若者が述べる文を読むときで、それには公の支出が思慮に欠けたものだということを、明晰に、鋭く攻撃していた。実際のところ、ヨールのこの若者への影響は、ごく僅かであった。コーマスは、たとえ世捨て人や貧民街イーストエンドの牧師のような人物と親しく交際するような状況に放り込まれたとしても、そうした人からも軽薄な出費や浮ついた会話を誘うことだろう。しかしながら、フランチェスカが母親の義務を果たして推察したところでは、独身仲間は息子を破滅させようと骨を折るのに熱心であるように思えるのだった。そのため、若い政治家は彼女にしてみれば、あからさまなまでに困惑してしまう原因になるのだった。だが彼女が認めないのと同じ程度に、コーマスも注意深く、彼に親近感をいだいては、その思いを披露してみるのだった。そうした親近感が存在し、むしろ途切れることなく続いていることに、この若い娘がかすかながら当惑するのは、その好意を求めるということは、親密感を急速に解体させる機会になるからであった。

ふたりの求婚者と一緒であり、そのうちのひとりは少なくとも若々しくて魅力的に思え、それでいて機嫌をとろうとしていたのだから、エレーヌには、この世界に満足するだけの理由はあり、とりわけ自分自身に満足するだけの理由はあったのである。幸せは、しかしながらこの幸運な瞬間においても、彼女を支配してはいなかった。その顔の墓穴の静けさが、いつものごとく仮面となって、不安にとりつかれた心を覆い隠していた。善意にあふれた家庭教師がつづき、大勢の伯母たちが父方母方の両方の一族について道徳的な考察をしてきたせいもあり、彼女の心に刻まれているのは、富には大きな責任があるという理論上の事実だった。責任を意識しているせいで、彼女がいつも考えるようになったのは、「管理すること」から解放してくれる適性があるかということではなくて、近づいてくる人々の動機やら利益についてだった。世界には、自分なら買えるものが沢山あるということを知っているせいで、彼女が考えるようになったことは、買う価値のあるものがどれだけあるだろうかということだった。だんだんと、彼女は自分の心をある種の控訴院として見なすようになり、その控訴院が密かに開かれているあいだ、動機や行動について調べたり判断をくだしたりするのだが、とりわけ一般の人々の動機を対象とすることが多かった。学校の教室で学んでいた頃、彼女がまじめに批判していたのは、チャールズやクロムウェル、モンク、ワレンシュタインにサボナローラを導き、誤った方向に導いた動機についてであった。そして今、同じようにして夢中になって調べているのは、外務省で秘書官をしている青年の、政治面での誠意であった。弁舌たくみでありながら、忠実な心をもつ侍女の誠実さがあるか、調子よく甘やかす仲間は無私無欲かということだった。かつてよりも熱心に調べながら、彼女の目に急がなければいけないように思えたのは、自分に好意をいだき、関心をよせている二人の青年の人柄について、分析したり評価したりすることであった。こういう事情で、ずいぶん考えたり、混乱したりしているのであった。たとえばヨールは、もっと人間観察について経験をつんだ者ですら当惑させたことだろう。エレーヌは賢明であったから、相手が気取り屋だというところや自己宣伝をしているところを、ダンディズムと取り違えることはなかった。彼は、鏡にうつる自分の身なりの効果をみては、心地よいものに感じる本物の喜びの感覚から、素晴らしいと思ったが、それは優雅で、手入れの行き届いた、似合いの二頭の馬を見たときにいだく感傷のようなものであった。政治面での生意気な言動や皮肉癖のむこうに、うかつにも本心があらわれてしまい、結局、ほどほどに成功することもなく、見事なまでの失敗におわるのだった。こうしたことを乗り越え、コートニー・ヨールを正しく理解するのは難しいことだが、エレーヌは自分がうけた印象をはっきりと整理分類するのが好きだったため、彼の性格や発言の見かけを細かく調べるのだった。それは美術評論家が疑わしい絵をあたえられ、当惑しながらも、修繕や傷の下にはっきりとした署名をもとめる姿にも似ていた。この若者が彼女に不安をあたえたのは、たいていの者なら好ましい印象をあたえようとするときでも、好感をあたえるような光にあてて自分をみせようとしないという意外な方針にあった。彼は自分の良いところを探してもらうことを好みはしたが、心がけたことと言えば、自分本位なことがらでも、できるだけ空くじをひいた思いをさせないようにするということくらいだった。そうすることが彼の存在の頼みの綱であったので、どうにかして注目されようとしてきたのだが、今回はまったく自己本位な行動をとらないので注目されたというわけだ。支配者として人気があるのはもっともなことだが、夫としてはおそらく我慢ならない男だろう。

コーマスには幾分、人の心をまよわせるところがあり、その点ではヨールとひけをとらなかった。だがエレーヌ自身が彼の不安の原因であり、その不安が彼の人柄をおおう経帷子のように彼女の目にはうつった。彼女は、その若者に一時的な好意以上のものを感じ、いわば、そのままの少年の姿を愛していた。さらに彼女はむこうみずにも彼を見ようとはしないで、本当の彼の姿を評価しようとはしなかった。このようにして心の控訴院は、人柄に関する証人を調べることに忙しかったが、ほとんどの者があっけなく失敗するのは、好意的な評価をささえるために、控訴院が手に入れようとしている証拠をしめすことだった。この世のあり方や欠点について、もう少し経験をつんだ女なら、恋する気持ちのほうが相手を嫌に思う気持ちに勝るということを、なんの不満もなく受けいれることだろう。エレーヌは真剣に考えすぎて、簡単で、都合のよい見地から問題を考えることができなかった。コーマスに半ば恋しているため、彼が愛すべき魂の持ち主だと発見することがとても重要であった。だがコーマスは、本当のところをいえば、こうした発見をうながすようなことを何もしなかった。

「とにかく彼は正直なひとだわ」彼が自らの不道徳な行為の数々を白状すると、彼女はそう考えた。だが、彼が語ってくれた話を思い出しては、気持ちが落ち込むのだった。その話には、正直さというものが著しく欠けていた。彼の率直な行動から正直さを見つけようとしたけれど、聞こえてくるのはおそらく、善悪に関する慣わしを無視しようとする冷笑だけであった。

「今日の午後は、いちだんと考えにふけっているような顔をしているよ」コーマスは彼女にいった。「まるで君がこの夏の日を発明して、改善しようと考えているみたいだ」

「なにかを改善する力があるなら、あなたから改善していくべきだと思うけど」エレーヌはこたえた。

「僕は今のままの方がいいと確信している」コーマスは抗議した。「君はアーガイルにいる僕の親戚みたいだ。その親戚ときたら、時間を費やしてやっていることと言えば、羊や豚や鶏の品種改良だ。言わば全能の神様にむかって、贔屓をしたり、いらいらしたりするようなものだ、歩き回って、優れた手を万物にさしのべて仕上げをしようとすることは」

 エレーヌは賛成しかねるという顔をしたが、直に笑いだし、ついには吐息をちいさく

ついた。

「あなたとまじめに話をするのは簡単ではないわ」彼女は言った。

「なにを手がけるにしても」ヨールはいった。「この庭に改善の手をいれてはいけない。ここは私たちが思い描く天国そのものだから。ユダヤ人はまったく違う形での天国を創り上げてくれたけど。ギリシャ人のかわりに、ユダヤ人を宗教上のユートピアの監督にむかえるなんてひどい話だ」

「ユダヤ人が本当に嫌いなのね」

「私は東ヨーロッパを旅したこともあれば、そこに住んでいたこともあるので」

「問題になっているのは地理のように思えるけど」エレーヌは言った。「英国では、ユダヤ人が嫌いな方はいませんから」

ヨールは首をふった。「私はユダヤ人がどんな人間かということをたくさん見てきた」

召使いが静かに、そして恭しく、柳のテーブルの上に紅茶と茶器を置き、また静かに景色から退いていった。エレーヌは真面目な若い女神のように座り、崇拝者たちに神秘にみちた飲み物をさしだそうとしていた。だが彼女の心は、ユダヤ人の問題について判断しようとすることにとらわれていた。

コーマスが急に立ち上がった。

「お茶にしては熱い」彼はいった。「白鳥に餌をあげてくる」

そしてバターをぬった黒パンがはいった銀の小さな籠を手にして行ってしまった。

エレーヌは静かに笑った。

「いかにもコーマスらしいわ」彼女はいった。「私たちのバターつきのパンを持っていくなんて」

ヨールは、それに応じるように、小さく笑い声をあげた。それは遠回しながら、コーマスをけなすための絶好の機会であった。エレーヌはその批判を聞き漏らすまいとしながら座り、批判されている者を今すぐ判断することは保留した。

 「彼の自己本位なことときたら、まったく徹底しているけど、なんの役にもたたない」ヨールは言った。「それにひきかえ、僕の自己本位なところはありふれているけれど、いつも徹底して実用的なものだし、計算されたものだ。彼は白鳥に贈り物を受け取らせるのにずいぶん苦労するだろうし、おまけにパンとバターがない状態にして、僕たちの憎しみを買うことになるだろう。さらに彼はすごく熱くなるだろう。」

エレーヌはふたたび当惑してしまった。ヨールが今までに冷たいことを言ったことがあったとしても、それは自分についてのことだった。

「もし、いとこのシュゼットがここにいれば」彼女は意地の悪い微笑みを口元にうかべていった。「バターつきのパンをなくしたことに涙にくれたことでしょうし、それに後々まで彼女の心に現れるコーマスの姿は、おぞましくて、滅茶苦茶なことをやっている、憎むべき者でしょうね。本当のところ私にも、この損失にたいして、なぜ抗議しないのかわからないわ」

「理由は二つある」ヨールはいった。「君はかなりコーマスが好きだ。それに僕はバターつきパンがあまり好きではない」

 

「君は本当のところ、欲しがってなんかいない。だから僕がもらう」コーマスはしつこく言い張った。

「頭に血がのぼっている人となんか話し合いにならないわ」エレーヌがいった。

「君の運命の女性は的確に表現する術を心得ている」ヨールは笑い声をあげた。「でも、この論争は望ましいときに持ち越せるし、望ましい温度で話し合うこともできる。僕も外で論じるときがるけれど、君たちより不幸なことに、他のひとの論争を聞いていないといけないこともある。それもまるで病弱な蜥蜴を扱うように、熱心に治療するような雰囲気のなかでだ」

「でもバターつきパンの皿について、論争なんかしたことはないでしょう?」エレーヌはいった。

「主にバターつきのパンについてだ」ヨールはいった。「私たちが第一に取り組むべき仕事は、人々のバターつきパンについてだ。そのパンを稼いだり、つくりだしたりするわけだが、私たちがいそしんでいるのは、どのようにパンを切り分けるかということであったり、切り分けたパンの厚さであったり、あるいはどれ位のバターを、どれ位のパンに塗ることになるかということだ。それが言わば、法律だということになる。どのようにしてバターつきパンを消化すればいいのかということについて規則をつくればいいだけなら、本当に楽だろうなあ」

 

エレーヌが育ってきた環境では、議会とは病気や家族の再会など極めて真面目な事柄について扱うところとして考えられていた。だが7ヨールが、自分が関わる仕事について不真面目なことを話しても、彼女の気持ちが乱されることはなかった。彼が生き生きと効果的に論争をくりひろげるだけではなく、委員会では熱心に働いていることも、彼女は知っていた。彼が自分の働きを軽くみているにしても、軽くみなすような抜け道を誰にもあたえなかった。それに確かに、議会の雰囲気はこの暑い日の午後は心をそそられるようなものではなかった。

「いつ行くのですか?」エレーヌは共感をこめていった。

 

 煙草入れが空になってしまったコーマスは、煙草がきれて、一時的に途方にくれている状態について、いきなり文句を言いはじめた。そこでヨールは自分の煙草入れから、最後に残っている煙草をとりだすと、それを半分に折った。

「友情がふかまることはないだろうが」彼は言いながら、疑わしそうにしつつも充たされた様子のコーマスに煙草を半分あたえ、もう半分は自分で火をつけた。

「玄関ホールにいけばたくさんあるわ」エレーヌはいった。

「ツゥールの聖マルティヌスにならっただけだ」ヨールはいった。「急ぐときに一服するのは嫌だからね。では失礼」

出発しようとしている奴隷船の奴隷は陽の光のなかへと歩み出たが、その様子は明るく、自信に満ち溢れていた。数分後エレーヌは、ロードデンドロンの茂みを通り過ぎていく彼の白い車を、一瞬だがとらえた。彼は最高のかたちで求婚をしたのだ。最初に離れ、しかも戦場へと、あるいは戦場の様を帯びている場へと出かけたからだ。

どうしたものか永遠の若さからなるエレーヌの庭は、想像力に照らしてみても、もうぼんやりしたものになっていた。庭を歩く娘の姿はまだはっきりとしていたし、変わってもいなかったが、彼女の連れの方はぼんやりと霞んでしまい、まるで他の絵に重ねられた絵のようであった。

ヨールは町の方へと急ぎながらも、自分に満足していた。明日になれば、と彼は考えた。エレーヌは朝刊で自分の演説を読むだろう。それが満更でもない効果を生じるだろうと、彼は知っていた。笑いや賞賛のどこで区切れをいれたら、人々が湧くのかということを、彼は心得ていた。対峙している冷静な首相にむかって、からかいや論争を投げかけるとき、国会の手先たくみな記者たちが、どのようにして書き留めるのかということも、心得ていた。そして意中の女性がどう判断するだろうかということも、心得ていた。自分自身やその世界について、彼がからかいながら怠惰に、庭で午後を過ごしたとしても。

さらに彼が笑いながら考えたのは、これから数日、彼女が紅茶を飲んで、なじみのない皿にのったバターつきパンを見るたびに、コーマスのことをまざまざと思い出すだろうということだった。

 暑い日の午後四時頃、フランチェスカはピカデリーサーカスに近いボンドストリートにある店の玄関から出てくると、マーラ・ブラスリントンに飛びついた。その日の午後は、いちだんと暑くなりそうだった。マーラは人間の姿をした蠅で、混み合った通りや市場、暑い気候のもとでぶんぶん音をたてていた。レディ・キャロライン・ベナレスクがかつて予言して、自分は別の世界に適応するために、新聞という特別な蠅を一匹飼っていると言ったことがあった。しかしながら中には、彼女が将来、不思議なことに力を増すだろうと考える者もいた。そこでマーラ・ブラスリントンは4箇所以上、功に準じて、いつまでもひっきりなしに地獄におちた魂をまわっていたのだ。

 

「さあ、着いたわ」彼女は嬉しそうに、熱心にぶんぶん音をたてながら言った。「兎のように出たり入ったりね。もっとも兎なら、こんなに広い範囲で店に出たり入ったりしないけど」

 

たしかにアオバエのような一日だった。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                

「ボンドストリートが好きじゃないの?」彼女はまくしたてた。「この通りには、他とは違って独特のものがある。他の通りには、どこにもこうしたところがないわ。こうした通りのイコンや絵画がヨーロッパのあちらこちらにばらまかれて、いわば聖ルカやザキアスという類の人たちの手によるもののように、描かれたり、彫られたりしたのよ。私はいつも思うけど、この時代の高貴な人たちがボンドストリートをつくったよ。たぶん聖パウロよ。だって随分と旅をしているから」

 

「ミドルエセックスには来ていなかったと思うけど」フランチェスカはいった。

 

「わからないわ」マーラは言い張った。「あちらこちらさすらっていると、混乱してきて、どこに行ったのかわからなくなるもの。私も自分がチロルに二回行ったのかサンモリッツに一度行ったのか、それとも逆なのか思い出せないわ。いつも女中に聞いている有様よ。ボンドストリートという名前にも、聖パウロを示唆するものがあるわ。縛り(ボンド)と自由について、たくさん書いていたじゃない?」

 

「ヘブライ語かギリシャ語で書いていたと思うけど」フランチェスカは反論した。「言葉はまったく似ていないわよ」

「そうね、そうした奇妙な言葉でパンフレットをだすなんて、まったく意味のないことよね」マーラは不平をいった。「誰の目にも分かりやすくしようとするなら。そうした言葉にはっきりとした説明をつけようとしても、大切な単語のなかにも、もともとの意味が他にも十五あるくらいだから。閣僚や政治家も、ラテン語やエスペラント語を理解する犬を採用して、演説を届けさせればいいのに。そうすれば次に続く説明を省くことができるのに。でもボンドストリートに戻りましょうね、ボンドストリートから立ち去るのではなく」

「残念だけど、もう立ち去らないといけないわ」フランチェスカは言いながら、グラフトン・ストリートの方にむかった。「さようなら」

「行かなければいけないのかしら?一緒にお茶をしていきましょうよ。邪魔をされないで話しができる、気持ちのいい場所を知っているわ」

フランチェスカは身震いしたいのをこらえ、急用ができたからと告げた。

 

「どこに行くつもりなのか知っているわ」マーラは言ったが、その口調は、窓ガラスの冷たい、不合理な抵抗に邪魔されたアオバエが腹をたててぶんぶん音をたてているようなものだった。「セレナ・ゴーラクリーのところでブリッジをするつもりでしょう。彼女ときたら、ブリッジ・パーティに私を誘ってくれないのよ」

フランチェスカは、今度はあからさまに身震いをした。マーラの声がとどく場所でブリッジをしなければいけないという予想のせいで、いつものように心穏やかに考えることができなくなった。

 

「ここで失礼するわ」彼女はきっぱり言うと、展覧会の機械部門から離れるときのように、音のする範囲から離れた。彼女の目的地について、マーラがくだした判断は正しかった。フランチェスカは暑い通りをすすみ、バークレー・スクェアのむかいにあるセレナ・ゴーラクリーの家の方向へむかった。ブリッジの試合をみつけることになるということは有り難いことに確実だけれども、興味深く、事態をはっきりさせてくれるような知らせの断片も聞けるかもしれないという可能性をくわえた。個人的に興味をつよくもっていたせいもあり、彼女は特定の話題に関しての啓蒙をうけることを必要としていた。最近のコーマスは、自分の行動やふるまいについて、挑むかのように押し黙っていた。彼の性分が挑発的にできているせいでもあり、お金をめぐる毎日の口論のせいで、他の会話もだんだん息苦しいものになってきていたからでもあった。フランチェスカは、一度か二度喜ばしいことに、彼が公園でエレーヌ・ド・フレイと一緒にいるところを見かけ、時々、あちらこちらの家で彼らがダンスをしているという話を耳にはさんでいた。一方で、その女子相続人の名前がコートニー・ヨールと結びつけられているという証拠も同じように耳にしていた。こうした気をもませる情報が限られており、また相容れないものであるため、現在の状況についての彼女の知識は深まっていかなかった。もし、若者のうちどちらかが優位にたっているのであれば、わざわざ遠回りをしてその話題をふったり、自分の無知をむやみやたらと暴き立てなくても、噂をたっぷり仕入れたセレナの友人は狡猾にほのめかしたり、感想をひけらかしたりすることだろう。そして高い得点を競って穏やかにブリッジのゲームをしていれば、都合のいいことに無口になりがちなことへの言い訳となった。もし質問が探求的な物になりすぎてまごつかせるなら、守備のスペードに避難すればいい。

 

その日の午後はあまりに暑く、ブリッジをしても、いつものように安い気分転換にはならなかった。それにセレナの集まりは比較的小さいものだった。その集まりにフランチェスカが姿をあらわしたときには、人数が集まっていないテーブルがひとつだけあった。そのテーブルにセレナが腰をおろしてアーダ・スペルベクシーとむかいあった。彼女がいつも「チェーシャー スペルベクシー」の一人として説明される様子は、他の多様性には我慢ならないとでもいうようだった。アーダは成長の見込みがない精神の持ち主で、「気配」とよばれるものに多大なる喜びを感じていた。「私は多くのことを学んできましたが、それは貧しい人々から教わりました」という台詞が彼女の好みだった。貧しい人々が彼女に教えようとしたこととは、台所や病室というところは、彼女の講演用ホールとはちがって、全然思いどおりにはならないということだったが、彼女は全然消化していなかった。彼女の助言はきりがなく、戸口から狼をいれないようにするにはどうするべきか助言をつづけた。だが、そのかわりに東風や砂塵嵐の入り込もうとする力を求めては強制した。彼女は自分より豊かな知り合いを訪問したが、それは広範囲にわたる積極的なものでありながら、田舎の邸宅の集まりで歓迎されることはなかった。せいいっぱいの歓迎をうけて彼女が実践してみせたのは、余暇や贅沢という悪について説教をして楽になることであった。だが、そうしたからといって他の客に慕われることはなかった。招いた女主人は彼女のことを哲学的にとらえ、だれもが体験しなくてはいけない社会的な包虫の形態として見なしていた。

 

ブリッジの三人目の参加者は、とフランチェスカは冷ややかに考えた。それはレディ・キャロライン・ベナレスクだった。レディ・キャロラインはブリッジがとても上手だというわけではなかったが、情け容赦なく自分がついたテーブルを支配し、なんとか勝とうとした。独裁的なブリッジのプレーヤーは、相手に大きな損害をあたえ、やる気を失わせた。レディ・キャロラインのやり方は、味方にしても敵にしても同様に苦しめ、やる気を失わせた。

「ずいぶん弱いのね」彼女は穏やかな声で言って、相手をもてなす女主人の役をおりた。「百点に賭けるのは五シリングだけにした方がよさそうよ」

フランチェスカは、その老女がかけ金への課税をほどほどにしたのをいぶかった。相手が高めのゲームを好んでいるし、カードをもっているときは運がいいことを知っていたからだ。

「ゲームのことで心配なんかしていませんから」アーダ・スペルベクシーは言いい、優雅なまでの冷淡さをみせびらかしたが、実際のところはレディ・キャロラインが申し出てきた金額がもっともな額だったので、心の中で安堵して喜んでいた。もし高い掛け金が示されたら、おそらく反対したことだろう。彼女はブリッジのゲームをしてもうまくいかないことが多いので、カードで金を失うことが常に身を切るような死別となっていた。

 

「そういうことで気になさらないのなら、百点につき十シリングを賭けるとしましょう」とレディ・キャロラインは言ったが、その顔には嬉しそうな笑いがうかび、まるで鳥を見かけて網をひろげている人のようでも、あるいは自惚れを逆手にとって攻撃をしかけている人のようでもあった。

 

フランチェスカの方から不注意にも見えるカードは、退屈なラバーの連続なので、テーブルの運は反対の方にむくだだろうということを証明していた。彼女はブリッジには熱心だったから、ゲームがはじまると没頭するのが常だったが、その日は気が散ってしまい、リードやカードを捨て、ビットをだす束の間の重要性と競り合うようだった。彼女が用心深く注意をむけているのは、カードをあつかうあいまにこぼれてくる話の山であり、カードをあつかう手の両方であった。

 

「たしかに、今日の午後の集まりはこじんまりしたものね」いっけん打ち解けた風なフランチェスカの指摘に、セレナは相槌をうった。「それにブリッジをしない方も二、三人いるなんて、水曜日らしくない。キャノン・ベズモレーも、あなたが到着する少し前まで、ここにいたのよ。ご存知でしょうけど、大柄な伝道師よ」

「あの方が人間のことを叱りつけるのを、一度か二度、聞いたことがあるわ」フランチェスカは言った。

「とても強いメッセージを伝える強い方なの」アーダ・スペルベクシーは、きっぱりと断定的な調子で言った。

「大衆受けのする説教坊主の類で、自分の時代の悪について叩いておきながら、後にその悪とお茶をするような輩よ」とレディ・キャロラインはいった。

「あのひとについても、その仕事についても、公正に要約しているとは思えないわ」とアーダは抗議した。気落ちしたり、失望したりしたときに、彼の話を何回もきいたことがあるけど、あの言葉から受けた印象について説明することはできないし・・・」

「でも、どうトランプで戦うつもりなのか説明はできるわよね」レディ・キャロラインが穏やかに割り込んだ。

「ダイヤモンドで」あわてた様子で手持ちの札を見てから、アーダはいった。

「ダブル」レディ・キャロラインはますます落ち着きはらった様子で言うと、数分後には自分の点数に鉛筆で24点を書き加えていた。

「去年の五月、ヒアフォードシャーで、彼の支持者とご一緒したけど」とアーダはいって、教会法に関するまだ終わっていないテーマに戻った。「うるわしい田舎の避難所よ。神経を楽にしてくれるし、癒してくれる場所だったわ。本当の田園風景で、いたるところに林檎の花が咲いているの」

「たしかに林檎の木しかないわね

 アーダ・スペルベクシーは教会法に書かれた家庭生活の装飾を再現しようとすることをあきらめ、敵がハートのビットをあきらかにしたところでオッド・トリックを数えるという、ささやかだけれど現実的な慰めにふけった。

 

「9のかわりに一番大きな数字ではじめるなら、ごまかしをするべきではなかったわね」レディ・キャロラインは相手に指摘したが、その口調は冷ややかで、穏やかなものながら相手を叱責していた。「隠しても無駄よ」もたもたと謝罪するセレナに、彼女は続けた。「テーブルでブリッジをしているときに、他のテーブルで何が起きているのか見たり聞いたりしても無駄なことだわ」

「いっぺんに複数のことをできるものだから」セレナは軽率にいった。「私は二重の頭脳をもっているにちがいないわ」

「節約して、本物の頭脳だけを持っていた方がいいと思うわ」レディ・キャロラインは感想をのべた。

「憂いなき麗しの貴女よ、そなたが言葉のトリックをあやつることにかけて、なかなか隅におけないこと常のごとし」別のテーブルでブリッジをしている者が礼儀正しく、抑えた口調でいってきた。

「サー・エドワード・ローンが、今度の私の夜会にくる話をしたかしら」セレナはいったが、一見、もう元気を取り戻していた。

「お気の毒に、サー・エドワードもひとがいいから。あなたのブリッジはどうなったかしら?」レディ・キャロラインは一気に聞いた。

「クラブ」とフランチェスカは答えた「それからお祈りをささげたわ。ところで、その同情にみちた形容詞はどういうことなのかしら」

フランチェスカは家族の利益をまもり、忠誠をつくす政府与党支持者だったので、そこで示された、外務省長官に投げつけられた軽蔑と戦いたい気持ちにかられた。

「彼はとても楽しませてくれるわ」レディ・キャロラインは満足げな様子をしめした。その楽しむ様子は狩りをする猫のものであり、あたかも猫が有益なスェーデン体操と鼠の注意深くて考えぬいた動きを注視しているかのようであった。

 

「そうかしら?外務省では輝かしい成功をおさめている方なのに、あなたもご存知だと思うけど」フランチェスカはいった。

「彼を見ていると、サーカスの象を思い出すわ。指示をしている人間より、はるかに知的なのに、言われるがまま、足をあげたり下げたりすることに満足しているの。行く途中でメレンゲを踏もうが、スズメバチの巣を踏もうが全然気にしないのよ」

「どうしてそんなことを言うのかしら」フランチェスカは抗議した。

「私が言ったわけではないわ」レディ・キャロラインは言った。「ゆうべ、コートニー・ヨールが国会でそう言ったのよ。討議を読んでいないの?調子よく議論していたわよ。もちろん、彼の見方に全面的に賛成というわけではないわ。でも話していることは裏づけのある真実で、気が利いているだけの意見ではないの。たとえば厄介な植民地帝国に対する政府の態度について、こんなふうに物言いたげな台詞でまとめている。『地理のない国はしあわせである』って」

「なんて馬鹿馬鹿しいくらいに偏ったことを言うのかしら」フランチェスカはさえぎった。「与党のなかには、そうした態度をとっていたひともいることは認めるわ。でも、みんなが知っているように、サー・エドワードは、心のなかでは健全な帝国主義者なのよ」

「そう言うなら、ほとんどの政治家が心のなかでは、となるでしょうね。でも、政治家の心をあてにするような無分別なひとはいないわ。仕事中の政治家の心なら尚更よ」

「とにかく野党の指導者が、なぜそうしたことについて議論するのかがわからない」フランチェスカはいった。

レディ・キャロラインは、この家の女主人が政治面では反対の政党を支持していることを思い出した。

フランチェスカとその相方は、クラブで四枚の有利な札をだした。ゲームは24点で、どちらが有利ともいえない状況だった。

「(バイロンが)アテネの女中にあたえた叙情的な素晴らしい助言にしたがっていたなら、さらに私の心を正気にもどしてくれたなら、もう二回ゲームをしたけれど」レディ・キャロラインが相方にいった。

「ヨールは最近、よく活躍しているようね」フランチェスカは手札をとりながら指摘した。青年政治家の名前が会話にあがってきたので、この機会を逃すまいと、その話題をとりあげ、彼の近況について話題をむけたのだ。

「彼は業績を積み上げてきていると思う」セレナはいった。「彼が演説をするときは、議会はいつも満員よ。いい兆候ね。それに若くて、人柄にも魅力がある。政治の世界では常に大事なことよ」

「でも、お金がない点は不利よ。お金持ちの奥さんを見つけるか、財産をたんまり残して死んでくれるように誰かを説得できればいいけど」とフランチェスカはいった。「下院は給料がでるけれど、以前より期待される金額も、要求される金額も増えているから」

「そうね、平民の議会は、入会資格に関して言えば、天国とは反対ね」レディ・キャロラインはいった。

「ヨールなら、金持ちの娘と結婚するのも難しくないでしょうよ」セレナがいった。「期待されているから、社会的に野心のある女にとって素晴らしい夫になるもの」

それから彼女はため息をついた。まるで、それ以前にした結婚のとりきめのせいで競争から疎外されていると言いたげだった。

フランチェスカは無関心なふりをよそおって、レディ・キャロラインを注意ふかくながめ、ヨールのミス・フレイへの求婚について公表されていない事実を知っているのではないかと探った。

 

「誰を結婚させようとしているのかな?」

そう問いかけてきたのはジョージ・サン・ミッシェルで、耳に届いた小話の断片にひきよせられて、近くのテーブルから迷い込んできたのだ。サン・ミッシェルは敏捷で、鳥ではないかと錯覚をおこさせるほど活動的な男であり、人々の記憶にあるその姿は初老の男であった。短く刈り込んだ尖った顎鬚が威厳をあたえていたが、それは彼がもっている他の特徴や外見からはいつも上手に貸すことを拒否されてしまうものであった。彼の職業は、もし職業についていたとしたらの話だが、趣味におおいかくされていた。その趣味とは、自分のまわりの社会で差し迫っていた些細な出来事やこれから起こりそうな事柄、あるいはそう見える話題について宣伝してまわることであった。噂話や情報から紛れ込んできた話、とりわけたまたま耳にした結婚話について情報を仕入れ、その噂を仔細に語ることに満足を感じ、その満足はいつまでも続くものであり、衰えを知らないものであった。婚約が公にされ、話のおおよその概観がみえてくると、彼は細部にわたり、その情報を正確さでみたし、とにかく根拠をもとめては、みずからの想像力に溺れ、相反する噂話の数々に浸るのだった。モーニング・ポストも近く発表されそうな婚約記事にみちているが、サン・ミッシェルが息をこらして小さな声で話す内容は、婚約した二人のなれそめは鮭釣りがきっかけであり、なぜガード・チャペルを使おうとしないのか、なぜ女性の伯母であるマリー伯母さんがふたりに反対しようとしたのか、生まれてくる子供たちの宗教教育の問題はどのようにして解決したかということなどであり、関心のある者にはもちろん、関心のない多くの者にまで話した。情報収集の特別網をとおして熱心にあつめた優れた情報のなかでも、彼がもっとも注目していたのは、主として周辺諸州で一番背が高く、痩せているとされる妻をもつことだった。この二つの要素をもつ女性は時々、サン・ミッシェルとオール・アングルという名前でとおっている社交界で見かけた。

「コートニー・ヨールに裕福な妻を見つけようとしているのよ」サン・ミッシェルの問いに答えて、セレナはいった。

「残念ながら少し遅かったようだ」大切なことを暴露しようか決めかねている状態に顔を輝かしながら、彼は指摘した。「残念ながら少し遅かったようだ」繰り返しては、その言葉の効果を確かめる彼の様子は、注意深く栽培しているアスパラガスの苗床の成長を見守る園丁のようだった。「その若い者は、あなた達よりもはやく、裕福な妻を自分で見つけたようだ」

彼は話すときに声を低くしたが、それは自分の話に神秘的な感じを効果的にあたえるためではなく、話が聞こえるところにいる他のテーブルの人々が、暴露話を再び暴露されるという特権を失わないようにと望んでのことである。

「それは・・・」セレナが切りだした。

「ミス・ド・フレイだよ」サン・ミッシェルが急いで口をだす様は、自分がしようとしている暴露話が他のひとの当て推量で妨害されないようにしているかのようであった。「本当に理想的な選択だ。政治の世界で名声をなそうとしている男にはうってつけの妻だ。一年に二十四万ポンド、いやもっとたくさんの収入がある。街から遠くないところに素晴らしい所領がある。政治家の家の女主人にはうってつけの娘だ。才女というわけではないけど頭はある。わかるだろう?正しい選択だよ。もちろん今の段階で、はっきりと宣言するのは早すぎるだろうがーーー」

「どんな札をきろうとしているのか宣言しても、私の相方には早すぎるということはないと思うけど」レディ・キャロラインが悪意のある声でさえぎったので、サン・ミッシェルは大急ぎで自分のテーブルに逃げた。

「おや、私の番だったかしら。ごめんなさい。やりかけだったわね」

「いいえ。トランプのことではないわ」レディ・キャロラインはいった。その手は成功し、ラバーはついに彼女の手におち、しかもオナーカードで心地よい差をつけた。同じ組み合わせで、ふたたびカードをきったが、今度はカードの運はフランチェスカとアーダ・スペルベクシーにくみせず、ラバーの終わりには、どっさり山積みされた点数が二人をまっていた。フランチェスカもわかっていたが、ややむらのある試合運びをしたことが少なからず、このような結果となったのだ。サン・ミッシェルの会話への侵入が、いつもなら強い筈のブリッジの腕前がやや注意散漫になったことは明らかだった。

 アーダ・スペルベクシーは財布の金貨数枚が空になり、それにともなって高慢なところが態度に滲みでた。

「もう、行かないといけない」彼女は言った。「早い時間に夕食をとる予定だから。その後で、家政婦たちに演説をすることになっているのよ」

「なんのために?」レディ・キャロラインは苛々させるような率直さで尋ねたが、それは彼女の恐るべき性格のひとつであった。

「ええ、家政婦たちが聞いたら、きっと喜ぶようなことで話すことがあるのよ」アーダは甲高い声でいった。

彼女の発言は、あらゆることへの深い不信も露わに、無言のまま受けとめられた。

「労働者階級のためにつくしているの」彼女はつけたした。

「そうするように誰も言っていないけど」レディ・キャロラインが指摘した。「でも残念な真実だけれど、貧乏人はいつも私たちを頼りにしている」

 

アーダ・スペルベクシーは出発を急がせた。その逃げ出す有様は美しさを損なうものとして印象に残るものであったが、彼女が不運の頂点に達したトランプの卓は、いちじるしく狼狽した。しかしながら、いちだんと迷惑をかけるおかげで、彼女は家政婦の問題について調べ、機嫌よくなることができた。結局、誰もレディ・キャロラインと午後を過ごしたりしないのだ。

 

フランチェスカは別の卓へとうつると、運がうわむいてきたせいで、勝って損失の大半を取り戻すことに成功した。女主人に別れを告げるときには、満足しているという感覚に明らかに支配されていた。サン・ミッシェルの噂話やその話が語られる有様は、状況の現実についての糸口を彼女にあたえてくれた。それは僅かなものであり、おぼろげながらも、少なくとも望ましい方向を示していた。最初、彼女がひどく怖れていたのは、自分の希望をうちくだくような明確な発表を聞くことであったが、詳しい話はされたけれど、そこにはいつもならサン・ミッシェルが好んで提供しようとする確実だけれど、子細にわたる細かい話がなかったので、頭をはたらかせてだした当てずっぽうの答えにすぎないという結論に彼女はたっした。もしレディ・キャロラインがエレーヌ・ド・フレイとコートニー・ヨールの婚約が本当だと信じているなら、悪意にみちた喜びを感じながら、自信にみちたサン・ミッシェルを励まし、朗読会を聞いているフランチェスカの狼狽を見ようとしたことだろう。話を早々とうち切るという苛々した様子は、事実に反するからであり、すなわち、その老女がつかんだ情報でいえば、独占しているのはコーマスであって、コートニー・ヨールではないということだった。とりわけ、この特別な状況に関して、レディ・キャロラインの情報のほうが、サン・ミッシェルの自信にみちた噂話よりも真実に近いところがあった。

 

フランチェスカはブリッジでうまくいったときには、最初に出会った交差点の掃除夫かマッチ売りに1ペニーやることを常にしていた。小競り合いから解放された今日の午後、嫌な相手に15シリング払うことになったけど、バークレー・スクェアの北西の角にいた掃除夫に、いわば神への感謝の捧げものとして、彼女は2ペニーをあげたのだった。

 

Ⅷ章

 

風がつよくて後悔したくなるような午後だった。その日は、朝からひどく蒸し暑くなったり、激しく雨が降り出したりと、交互に繰り返していた。そして、この午後の天気は、雨とは本当に有り難いものだと愛想良く話したい衝動にかられるようなものだった。人々からすれば、こうした天気の長所とは、主として、中庸のすばらしさについて理解させてくれるものであった。その日はまだ病が治ったばかりで衰弱しているときであり、朝早くから身体をうごかして活動する日でもあった。エレーヌは、いつものように乗馬をしようと無意識のうちに、馬小屋へ行くように指示をだしていた。そこは馬と藁の甘い香りがする聖なるオアシスであり、石油が強い異臭を放つ世界において清潔さをたもっていた。そこから長くのびている田舎の小道へ、彼女は雌馬をきびきびと走らせた。その日の午後は、園遊会にでることになっていたのだが、彼女は反対の方向へと馬を走らせた。最初に到着した場所では、コーマスも、コートニーも姿はなかった。その事実は、その会へ出席するように招いていると思わせる理由を消し去っているようだった。二番目に到着した場所では百人ものひとが集まっていた。だが、ひとの集まりは、彼女がそのときに急いで必要としているものではなかった。家の庭にそびえているヒマラヤスギの木の下で、求婚者たちと最後に出会ってから、自分がとりわけ幸せでもなければ、ひどく不幸だというわけでもないことがエレーヌにはわかっていて、どちらの状態なのか決めかねていた。彼女は足元に広がる世界で、もっとも欲しいと思えるものを持っているように思えたが、思慮深い時を過ごしていると、自分が手をのばして手に入れたいと望んでいるのかどうかがわからなくなるのだった。それはアラビアンナイトかペガンのヘラスの物語のような状況であり、ヴィクトリア時代の秩序正しいキリスト教の書物で育てられた娘を困惑させ、まごつかせるようなものであった。彼女の控訴院は、連日、いつも会議を開いていたが、結論はくだせないでいた。少なくとも彼女が耳をかたむけたいと思うような結論はでなかった。一方で、足どりも軽やかに、速歩で進んでいく小さな雌馬に乗って、人影もなく誰も観ている者がいないところを進み、草いきれのする草が茂る小道をとおって未開の国へとむかう乗馬こそ、彼女がそのときにもっとも欲していたものだった。雌馬は用心深く内気なふりをしたが、それは人目をひく路傍の彫像が苛立たしい尻込みをするかのような、愚か者がするような目立つ神経質さなのではなく、想像上の動物が神経をふるわせているかのように、頭をすばやく動かしたり、瞬時にはねあがったりするのだった。彼女は不朽の名声をあたえられたピーター・ベルの精神的な態度を言いかえて口ずさんだ。

 

木の下には籠がひとつ

わたしにむかってくる黄色の虎が一頭

籠はたいしたことがないのに

 

この道には、驚かせるものがたくさんあった。通り過ぎていく自動車のサイレンやブンブンいう音、あるいは道端の脱穀機の大きな振動音といったものが冷淡に脅かすのだった。

 

道ばたに低木がしげる小道の角をまがって広い通りにでると、エレーヌがながめている広々とした丘の方へとだんだん登り道になっていき、丘は遠いままではなく、彼女の方へと近くなってきて、黄色く塗られた馬車が数台、茶色と白のまだら模様の馬にひかれているのが見えてきた。近づいてくる一行の粋な雰囲気から、移動中の動物のサーカスだということがわかったが、原始的な鮮やかな色彩で飾られたその外見は、子どもの頃の好みを強く反映したものであり、芸術の価値について愚かしいことを学校で教えられる以前のものであった。鍵がかけられていない状態のため、この出会いは明らかに歓迎されざるものであった。雌馬は、鼻孔、両目、優美にたつ両耳と六ヶ所で、すでに詮索をはじめていた。片方の耳は急いで後ろへとたおれ、近づいてくる一行について、高貴な身分で繊細であるとか態度が立派であるということを、エレーヌが言おうとしていることを聞こうとしていた。だが、そのエレーヌですら、象やらラクダやらが行進している状況を説明しかねていた。そうかと言って引き返すことは、やや臆病であるように思えたし、そもそも雌馬は方向転換を怖がって急に駆け出そうとした。半開きになった門のむこうに農家の庭がつづいていたが、それは困難からぬけだすための機会をあたえてくれた。

 

エレーヌがすすんでいくと、道に立っている一人の男に気がついたが、その男は彼女のために門を開けようとしていた。

 

「ありがとうございます。サーカスの動物をよけようとしているところなのよ」彼女は説明した。「私の雌馬は自動車やら牽引機関車やらには寛大だけれど、ラクダの鳴き声には用心したほうがいいから」彼女が言葉をとぎらしたのは、男が昔の知り合いだとわかったからだ。「どこかの農家で部屋を借りて暮らしていると聞いていたけど。こんなところでお会いするなんて思いもよらなかったわ」

 

幼い娘だった頃、といってもそう遠い昔ではないが、トム・ケリウェイは畏敬と羨望の念で見られている人物だった。移動のおおい彼の職業は華々しいものであり、多くの英国人青年の想像力をかきたて、同じようなことをしたいという物欲しげな願望に火をつけた。それは人々が、暖炉に火がたかれた冬の夜、暗い部屋で興じられるゲームについて憧れ、お気に入りの冒険の本について夢みる様子にも似ていた。ウィーンを司令本部に、しかも自分の家のようにして、ニールから中東まで一覧にあげた地をゆっくりと、丹念にさすらう様は、動物の調教師がパリを探索するかのようだった。彼はハンガリーの馬市をふらふらし、人気のないバルカン半島の丘陵で、臆病だけど悪賢い野獣を猟でしとめては、人でよどんでいるかのようなブルガリアの修道院の溜め池に丸石のように自ら飛び込み、人種のモザイクのようなギリシャのサロニカをすすんでいき、ロシアの町では舌鋒するどい編集長の、先端的だけれど浅い意見を面白がって丁寧に耳をかたむけ、たまたま入った居酒屋では仲間から知恵を学び、大勢にさからう男たちを構成する元素や黒海沿岸へ倦むことなく運ばれる商品について知るのだった。はるかかなたまで歩きまわり、かなりの頻度で、ハプスブルク家の華やかな首都でひらかれる舞踏会や夕食会、あるいは劇場に出席したり、お気に入りのカフェやワインの貯蔵室に姿をあらわしたりして、新聞をざっと斜め読みしたり、大使から靴の修繕屋にいたるまで社交上の範疇における旧知の人や親友に挨拶するのだった。彼が自分の旅の話をすることはめったになかったが、旅が彼を語っていると人々はいった。ドイツの外交官がかつてこのような言葉にまとめた雰囲気が、彼にはあった。「狼がにおいをかぎまわる男」

 

しばらくすると二つの出来事がおきたが、それは彼の人生で想定されていないものだった。重い病のせいで生命力が半分、そしてエネルギーがすべてふるい落とされたところにくわえて、莫大な額の金を失ってしまい、彼は赤貧の戸口へと連れていかれた。おそらくは、傷をおった動物が自分の仲間から離れる衝動のようなものにかられたせいだろう、トム・ケリウェイは幸せな思いをたくさん味わってきた古巣を離れ、人里離れた農家の貸間を避難所にして退いた。このように元々、彼はエレーヌにすれば噂の人物であった。サーカスの一団との偶然に出会ったことが、彼の退却場所への門戸をひらいたのだ。

 

「人里離れたところに、なんて素敵な小さな家を手に入れたのかしら」感情をこめて、彼女は反射的に言った。それから周囲をするどくみわたしてから、自分がほんとうのことを言ったのだと理解した。確かに素敵な場所だった。農場の家は強烈なくらいに英国風であり、ノルマンディ以外ではめったに見かけないようなものだった。干し草置き場や畑、離れ家、馬洗い池や果樹園が広がる向こうには、人里離れた農家の庭にふさわしい雰囲気がたちこめ、更にここでは人も、動物も、鳥も、とても早起きをするものだから、他の世界からきた者は今までその姿をとらえたことはないし、これからもとらえることはないだろうとでも言うような、夢のなかにいるような雰囲気がただよっていた。

 

エレーヌが馬から下りると、大きくて寂しい納屋横の南京錠のところまで、ケリウェイが雌馬を連れていった。道のむこうでは、サーカスの一行が通り過ぎていくのが見えた。不格好なバンと大股に歩いていく動物たちを見ていると、沈黙している広大な砂漠に、にぎやかな音やら光景やら匂いやらがあらわれ、ナフサの炎や広告掲示板、ふみつけられたオレンジの皮のようなものを思い出したが、それは終わることなく続いていく町につながる風景だった。

 

「サーカスをやり過ごしてから、道にでたほうがいい」ケリウェイはいった。「動物の臭いのせいで、君の馬は神経質になって家に帰ろうとしなくなる」

それから、鍬をふるって抗うかのように繁茂している雑草を相手に忙しい少年に呼びかけ、この御婦人に牛乳を一杯、それから干しぶどうのパンを一切れ持ってくるように言いつけた。

「これほど魅力ある平和な場所を見たことがあるかしら」エレーヌは言うと、洋梨の木が風変りに幹を曲げたところに、親切にもあつらえられたかのようになっている席によりかかった。

 

「たしかに魅力がある」ケリウェイはいった。「だが、こうした些細な生活にも緊張がはしることがあって、平和であるために闘っているのだ。ここに住むようになってから学んで、いつも思うことなのだが、ぽつんと自分の世界にあるような農家でも、素晴らしい研究対象になるものだ。そこは想像されうるかぎりの、事件と悲劇が混ぜ合わされた場所になる。中世ヨーロッパの年代記のように、規律ある無政府状態がたもたれている。まるで中世の封建制度の権力者と大君主、もしくは城塞都市に描かれた落書き、司教に任命された大修道院長、主教のあいだか、強盗男爵と商人ギルドか選挙侯のあいだのようだ。争いにつぐ争い、そして裏をかく計略、さらには緩く適用されている規則をもちだして、あいまいな規則につけこんで相手を妨げる。ここにいれば自分の目で繰り返しを確かめることになるだろうが、ドイツ字体の黴臭い文字がよみがえるようなものだ。実に小さい世界だが、この農場の鶏の生活に目をむけてごらん。お屋敷の鶏は、元気のない卵を産む機械にすぎず、何オンスの餌を食べたのか、何ペニーの価値のある卵を産んだのか記録をつけられ、こうした農場の鶏のすばらしい生活については教えてくれない。そう、鳥たちの仲の悪さについても、嫉妬深さについても語ることはない。鳥は特権だけを注意深く維持して、絶大なる権力を惜しむことなく行使しては迫害したり、計算ずみの勇気をふるったり、せっせと臆病なところを隠したりと、まるでラインラントや中世イタリアの記録に書かれた人間についての章と同じようなものかもしれない。ところが口論の輪の外に目をむけると、容赦ない敵が森からあらわれ、国境で襲いかかってくる山賊のように、鷹が檻に入ってくるが、いつ銃で急襲されて、ずたずたになるかもしれないと知ったうえでの行動だ。さらにはオゴジョも、茶色の毛皮を数インチほど腹這いになるようにして動かしていき、熱心かつ露わなまでに血を求めて動いている。さらに赤狐は飢えをしのぐ達人で、生け垣の下で鶏が埃まみれになっているあいだ、自分に機会がめぐってくるのを待ちかまえて、午後の大半を過ごす。やがて鶏が夕餉にむかって中庭へと向きをかえたとき、その羽は最後の震えをおび、次の瞬間には死がその体を跳躍している。「君にはわかるだろうか」彼の言葉の続きを聞きながら、エレーヌは干しぶどうのパンを食べ、雌馬にも一口あたえた。「私が今までに目にしてきた文学上のどんな悲劇も、農場の出来事ほどには心に残るものではないということが。その出来事を三つのアルファベットからなる単語でゆっくりと記してみるとこうなる。『わるい狐が赤い鶏をもらった。The bad fox has got the red hen.』この言葉には、完璧なまでに劇的なところがある。狐という悪にみちた存在は、その種ならではの狡さもあって、運命に対峙する雌鶏の恐怖を高めているような気がする。「もらった」という言葉がしめしているのは、傲慢なくらいの悪意だ。武装した田舎のひとが、悪い狐から雌鶏をのがしてあげることはない。時間をかけて作業をする、鈍い観察者だと私は思われているが、それは自分の観察を急がないからだ。私は座って、赤い雌鶏の絵を描き、絶望的にばたばたさせる翼や、恐怖にかられて抗議しながら悲鳴をあげる有様をとらえ、あるいは首のところを襲われて農家の庭に永久に放置された雌鶏が、嘴を無言のまま広く開けて、宙を見つめている様子を描く。若い頃、あちらこちらで、血飛沫がとんだり、おしつぶされたりと屈辱的な敗北を見てきたが、赤い雌鶏は救いようのない悲劇の典型として、私の心に残っている」彼はしばらく沈黙し、子供時代の想像力に残されてきたアルファベット三文字のドラマに思いをめぐらしているかのようであった。「若い頃にご覧になってきたことを話してくださらないかしら」という懇願がエレーヌの口からでかかったが、言いかけたところで彼女は急いでとりやめ、代わりに他のことをいった。

 

 「農場のことをもっと話してくれませんか」

 

そこで彼女に語って聞かせたのは、ここから離れた丘陵地帯にある眠たげな谷のなかの、獣や森の言い伝えにみち、農場を生業とする世界であり、また、そうしたものが混沌と混ざり合った世界であった。時折、魔法との境界線上をさまよいながらも、何も知らない者が調べてまわるような熱心さではなく、多くを見過ぎた者が恐怖のあまり視線をそらすときのようであった。眠りについているものや、気づかれないように歩きまわるものの話を、彼女に語って聞かせたときには闇がたちこめていたが、そのまま話をして、見慣れない猫が狩りをする話、中庭の豚や畜舎のなかの牛の話、詮索好きだけれど他人行儀なままの農場の人々についてまで語った。農場の人々は、考えていることも、怖れていることも、欲望も、悲劇すらも、自分たちが育てている動物や羽のはえた家畜と同じようなものだからだ。エレーヌにすれば、かび臭い匂いのする昔の子どもの本が、蜘蛛の巣がはったガラクタ部屋から落ちてきて、命がよみがえったように見えた。馬小屋近くの小さな放牧地は、丈の高い雑草と伸び放題の草が密に茂り、風雨にうたれて灰色に変色した古い納屋の陰になっている場所で、そこに彼女は腰をおろして魅惑的な物語に耳をかたむけたが、その物語は半分が幻で、残り半分が現であるかのようであり、今ここから数マイル離れたところでは園遊会の最中で、洒落た衣装に身をつつみ、洒落た会話をしている人々が、流行の食べ物を口にしたり、流行の音楽を聞いたりしながら、社交上のいざこざや鼻であしらう行為の背後を熱心にさぐろうとしているとは、とても信じられなかった。ウィーンやバルカン半島の山々、そして黒海は遠く、その存在すら信じることは難しいのではないだろうか、と彼女は考えた。自分の傍らに腰かけている、この素晴らしいお伽の国を見つけ、創りあげたこの男には。現在の出来事が過去の出来事の後味をおしやってしまうのは、運命の真のとりあわせでもあり、人生の慈悲深い申し合わせでもあるのだろうか。ここにいるのは、かつて世を完全に支配していながら、今では全てを失った男であるが、彼は自分が這いつくばっている道沿いにある小さな隅に満足していた。そしてエレーヌは、素晴らしいものを支配下におさめていながら、自分がほどよく幸せなものか決めかねていた。子供時代の英雄だったこの人物を台座からひきずりおろして、もう少し高い場所に連れていくべきなのかどうかもわからなかった。不健康と不運のせいで、かつての恐れを知らぬ放浪者が完璧なまでに従い、服従しているという事実を認めたいというよりも、憤りたいという気持ちでいっぱいだった。

 

雌馬はもう我慢できないとう素振りをかすかにみせていた。放牧場には、意地悪をしてくる虫もいれば、牧草地としてはありきたりの所なので、美味しい飼い葉をもらえる放し飼いの馬屋で気持ちよく過ごせるという期待は見込めなかったからだ。エレーヌはパンのかけらをいじっているのをやめ、鞍に軽やかにまたがった。小道沿いにゆっくり馬をすすめ、ケリウェイが門のところまで見送ってくれた。彼女は周囲をみわたし、つい先ほどまでは絵に描いたような古い農場に思えた、ミツバチの巣箱やタチアオイ、切妻屋根の荷車置き場のある場所をながめた。今や彼女の目には、そこは魔法の街ではあるけれど、その魔法の下には隠された現実があることがわかった。

 

「うらやましいわ」彼女はケリウェイにいった。「おとぎの国をつくりだして、そこに住んでいるのだもの」

 

「うらやましいだと?」

 

彼はふと苦々しい表情をうかべ、畳みかけるように問い返した。彼の方をみると、もの言いたげな苦悩が顔にうかんでいるのが見えた。

 

「むかし」彼はいった。「ドイツの新聞で読んだ短編に、体の不自由な鶴が飼われている話があったが、その鶴は小さな町にある公園で暮らしていた。その話の内容は忘れてしまったが、一行だけ今でも覚えている言葉がある。『体が不自由でした。そういうわけで飼われているのでした』」

 

彼はお伽の国をつくりだしたのだが、たしかにそこで生きているのではなかった。

 

Ⅸ章

 

六月も終わりに近づいたその日は朝から暑く、長くのびた陰が坂道の地面にのびていた。ロトンロウ通りと愛情をこめて呼ばれ、ロードデンドロンの茂みがある砂利道は、行ったり来たりの単調な動きにあふれ、その時と場所に似つかわしく、用心深さからくる不活発な雰囲気が支配していた。健康であることを求めている人もいれば、悪名高いことしようと求めたり、あるいは理解されることを求めたりする人もいて、更には運動をこよなく愛するひとの姿も、全速力で走り去る大地には見うけられた。砂利道や椅子、長椅子の上に見うけられる人々は、変化に富んだその本能と動機のせいで、社交的な目録である紳士淑女名鑑の制作者を途方にくれさせたことだろう。子供たちは親の操縦下にあったり乳母車のなかにいたりするので才能と動機を免除されていた。子供たちは連れてこられたのだから。

 

見物人が大勢いる小道で、平々凡々たる乗り手たちが群れながら馬に歩き方の練習をさせている最中に、とても楽しそうな姿が目にとびこんできた。その楽しげな人物とはコートニー・ヨールであり、粕毛色をした美しい去勢馬、アンヌ・ド・ジョワイユーズにまたがっていた。この優雅に、足をすすめていく動物は、イズドリンで賞をとったこともある馬だが、馬屋番が気に入らなければ、その命を奪いそうになることもあった。なかでも、違いを強く主張しているのは卓越した外見であり、自分に対するうぬぼれであった。ヨールはどうやら、馬と乗り手が完璧なまでに調和していると思いこんでいた。

「少し休んで話をしていきませんか」静かに招く声が向かい側の柵から聞こえてきたので、ヨールは手綱をひくとレディ・ヴーラ・クルーツに挨拶をした。レディ・ヴーラは堅実に商業を営む一族と結婚し、政治の絵空事に手をつけはじめていた。彼女には献身的な夫がいて、よく言いつけを守る子ども達がいるにもかかわらず、その目には言い表しようのない倦怠感がうかんでいた。贅をこらした庭の階段にたって夫の客を出迎える彼女の様子は、まるで動物がミュージックホールの舞台でショーを演じているようだった。

動物がそうしたがっているからといつも言い聞かせながらも、本当はちがうということを人はいつも理解しているものだ。「レディ・ヴーラは、熱烈な自由貿易主義者なんだろう?」昔、レディ・キャロラインに指摘した者がいた。

「不思議に思っているのだけれど」レディ・キャロラインは、穏やかに問いかけるような声でいった。「ドレスはパリで仕立てて、結婚は天国であげるような女ですからね、自由貿易に賛成するのも反対するのも、どちらも偏った見方じゃないかしら」

レディ・ヴーラはあら探しをするように時間をかけながら、ヨールと彼の馬を見た。彼女の声には、からかいたそうな調子と物言いたげな調子が混ざっていた。

「あなた方はどちらも大切な存在だから、両方とも歓迎したいけど。でもジョワイユーズが受け入れてくれるかしら。だから、言葉で歓迎することにするわ。あなたがサー・エドワードを攻撃した件だけど、とても素晴らしいことだと思う。けれども当然のことながら、すべての言葉に賛成するわけにはいかない。サー・エドワードについて、ドイツの馬鹿がいるところに生け垣をつくって遠ざけようとしていると語ったのは、とても大事なことよ。だけど真面目な話、彼のことを内閣の中心人物だと考えているのだけど」。

「私もそう考えています」ヨールはいった。「不運が、彼のカンバスの骨組みをささえているのです。彼が多額の金を使ってしまう危険な存在であるのは、痛ましいまでの堅実さと正直さ故なのです。平均的な英国人であれば、ローアンの外交的な問題に関する処理の仕方について、世界と取引をしているオマールが神にたいして行う行為と同じようなものだと判断するでしょう。彼は好人物であって、もちろん、それはよいことではありますが」

レディ・ヴーラは冷淡な笑いをうかべた。「私の政党は権力をにぎっているから、私は楽観的になるという特権を行使しているけど。でも誰があなたに降参するのかしら?」彼女が話し続けているとき、黒髪をした肥満体質の男がひとり歩いて通り過ぎていった。「最近、彼をよく見かけるわ。一度か二度、私のダンスの相手になったこともある」

「アンドレイ・ドラクロフです」ヨールはいった。「この前書いた戯曲はモスクワで大きな成功をおさめ、ロシア全土で人気がとてもある作家です。最初の三幕ではヒロインは肺結核のため死ぬと思われているのですが、最後の幕で本当は癌で死にかけているということがわかります」

「ロシアの方って、本当に気を滅入らせるような方々じゃないこと?」

「憂鬱な気分を好む人たちではあるが、少なくとも気を滅入らせるような人たちではありません。悲しみを楽しみに変えてしまうだけのことです。そう、私たちが喜びを悲しみに変えると咎められるように。あの恐ろしいクロプシュトックの若者が歩幅をつめて、せかせか歩きまわっているのに気がつきましたか。こっちに近づいてきて、あなたと視線があったからという様子で話をはじめるでしょう」

「ただ顔を知っている程度よ。農業大学か、そんなところで勉強していたような気がするわ」

「そうです。紳士的な農場経営者になるために勉強していると教えてくれました。紳士になるということにしても、農場経営者になるということにしても、必修科目ではないのにと言いたかったのですがやめておきました」

「あなたは本当にひどい方だわ」レディ・ヴーラは言うと、そう言いたげな顔をした。

「忘れないように。天国の神のもとでは、私たちは皆等しいということを」

健全な真実を語る説教師にしては、彼女の声には信念が欠けていた。

「もし私とアーネスト・クロプシュトックが神のもとで本当に等しいとすれば」ヨールは慇懃無礼にいった。「神には、眼科医を受診するようにすすめた方がいいでしょう」 クロプシュトックの若者はぬかるんだ土をはね散らかして、つぶれかけた革製の鞍を馬にのせたまま、柵までドタドタ走ってくると、大きな声で、陽気に挨拶をしてきた。ジョワイユーズは優美とはいえない栗毛色をした、とうもろこしのような耳を後ろにたおし、その傍らには、馬に似つかわしい乗り手だと言うべきなのだろうか、ヨールが立っていた。馬がくだした判断が認められ、承認されているのは、ヨールの冷ややかな視線を見れば明らかであった。

「とても素晴らしい時を過ごして楽しんできました」新参者は騒々しいまでの熱心さで語った。「先月、パリにいたのですが、そこでは苺をたくさん食べましてね。それからロンドンにきて、もっと苺を食べたのですが。さらにハーフォードシャーでも、季節はずれの苺をたくさん食べてきました。今年はたくさん苺を食べてきましたよ」それから笑い声をあげたが、それは運命を受けるに値するとでもいう者のようであった。

「そういう魅力的な話でしたら」ヨールはいった。「どこの家の応接間でも語るにふさわしいですな」 それからレディ・ヴーラから、つばの広い帽子で曲線を描くようにして向きを変え、じりじりしているジョワイユーズを馬と乗馬をする人の流れに戻した。

「あの女性といると、昔、読んだ詩句が思い出される。私はその詩句が好きだったものだ」ヨールがそう思ったとき、ジョワイユーズは歩道のかたわらにたたずむ観察の鋭い人物に気がつき、軽やかな緩い駆け足で駆け出していた。「ああ、今でも覚えている」

そして声にだしてその詩句を引用したが、それは人々が緩い駆け足をさせるときの陽気さだった。

「どれほど貴女のことを愛していたことか

 なかでも哀しいときにうかべてみせる微笑みを

 優しく仄めかしてみせる微笑みを

 太陽と春を仄めかしてみせる微笑みを

 だが、ほかのなによりも

 言葉には言い表せない憂鬱を」

レディ・ヴーラがこの引用に気をとられているあいだに、彼は自分の心から彼女を追い出した。彼女は女らしい気持ちから彼のことを思い、端正な顔立ちや若さ、悪態をつく弁舌のことを考えて午後まで過ごした。

ヨールがロトントウ通りの楡の木の下で、ジョワイユーズの足並みを試しているとき、彼にとって少なからず関心のある小さな劇が、数百ヤードも離れていないところで演じられていた。エレーヌとコーマスが甘いひとときを過ごしていたのは、公園にある席代が二ペニーの椅子であった。その椅子を引っぱってきたのは、くっつくようにして腰かけている人々のところからだが、人々がそうして腰かけている有様は、植物が植えられているようでもあり、また芝生が広がっているようでもあった。コーマスはしばらく好戦的な陽気さにかられ、辛辣な批判をとばしたり、逸話を気前よく語ったりしたが、その矛先となっているのは、個人的な知り合いだったり、顔見知りである散歩をしている人や、逍遙をする人についてであった。エレーヌはいつもより静かであり、レオナルド・ダ・ヴィンチの肖像画の、まじめくさった表情は、今朝ひときわ強ばっていた。 時間をかけた求愛のあいだ、コーマスがもっぱら頼るのは、身体的魅力であり、機知に富んだ冗談をとばし、上機嫌になることであった。こうした愛嬌のおかげで、エレーヌの目にうつる彼の姿は、とても望ましいものであり、どちらかといえば愛すべき存在であった。だが嫌悪を顧みようともしないせいで、彼は常に危険にさらされるが、その嫌悪とは他の人がいだいている関心や願望に赤裸々なまでに無関心なせいであり、ときにはエレーヌにまで無関心なせいであった。そういうわけで彼のことが好きになればなるほど、自分への配慮が欠けていることに彼女は苛立つのだった。エレーヌは自分の望みを法にしたいわけではないが、少なくとも、法律について審議する第二読会さながらの形式を重んじていた。彼が計算にいれていなかった重要な要素とは、他の求婚者の存在だった。その求婚者には推薦されるだけの若さもあれば、機知もあり、身体的な魅力にも欠いていなかった。コーマスは勝利を掌中におさめていると言いたそうに、見知らぬ田舎を傍若無人に歩きまわりながら、その一方で自分のかたわらに無敵の敵がいるのに気がつかないという過ちをおかしてしまった。

今日、エレーヌは口論することもないので、コーマスに共感しあっているように思えた。問題に気がついたとしても、そのほとんどは彼女のせいではなかった。実際、穏やかな見地から考えてみても、大半が彼のせいであった。銀の皿の事件にしても、目新しい魅力には欠けるもので、一連のつながりの中でのことであり、強く結びついた類似点から生み出されたものだった。コーマスが返してくれていない貸しが少しばかりあったが、エレーヌにはその金を惜しむ気にはなれなかった。だが、貸した金の使い方を見ていると、嫌悪の念にかられ不安におちいるのだった。コーマスのなすことから邪悪さを切り離すことは不可能に思えた。借りた金を使い果たす有様は人目をひくものでもあり、何の利益にもならない乱費であり、そのせいで高位聖職者たちに躾けられた彼女は憤りを感じ、彼のことをよく理解できるとも思わなければ、満足を感じることもないのであった。こうした落胆を繰り返すうちに、彼女の愛情がそっと遠ざかっていったのは驚くべきことではなかった。だが、その朝、公園にきたときに胸にひめていた期待とは、穏やかに口説かれていくうちに優しい気持ちになって忘れてしまうだろうというものであり、そのような気持ちになることを強く願うあまり、かえって優しくなれないでいた。コーマスに腹をたてるのももっともなことであり、彼が発揮すべき術を心得ている魅力に頼って、親しくしようとなだめてくることに喜びを感じつつも腹をたてるのであった。この爽やかな五月の午後、こうして木々の下にいるということは、とても楽しいことであった。さらにエレーヌは幸いにも確信していたが、手の届くところにいる女性の誰もが、自分の傍らに腰かけた、整った顔立ちをした陽気な若者とのつきあいのことで羨むだろう。ある種の自己満足を感じながら、いとこのスゼットを観察したことがあるが、スゼットは婚約者から献身的につくされるのを意識しながら、あまり有頂天にはなっていなかった。その婚約者とは、真面目そうな青年で、河の南側で発行されるピープル誌のなにやらを管理していたが、コーマスに言わせれば、その服装は怒りを表現する記者というよりも、いかにもテムズ南岸のサザック製という感じのものだった。人生における喜びのほとんどは支払いを求められるものであり、やがて椅子の切符の売り子がペニーを稼ぎに姿をあらわした。

コーマスは売り子にコインの寄せ集めから支払い、手のひらのうえで残りのコインの重さをはかった。エレーヌはこれから何か不快なことが起きようとしているのを察知したので、頬の赤みが濃くなった。

「なにか?」エレーヌはそっけなく返すと、彼の資金についての話には関心がないという態度をあきらかにした。おそらくは、と彼女は急いで考えた。他の借金のことを切り出すほど、彼も愚かではないだろう。

「トランプの借金ときたら憂鬱になる」コーマスは宿命であるかのように、その話題をつづけた。

「先週、7ポンド買ったわよね」エレーヌは確かめた。「負けの穴埋めをするために、そのお金をとっておかなかったの?」

「4シリング7ペンス半ペニーは、7ポンドから残された守りだよ」コーマスはいった。「残りはいつのまにか減った。もし今日2ポンドあれば、勝ってなんとかなるけどなあ。今、いいカードを持っている。でもクラブに姿をみせないと、もちろん払うことも出来ない。僕が欲しいものがわかるだろう」

エレーヌは、この遠回しな言い方に注意をはらわなかった。控訴院が急いで開かれ新しい証拠について検討していたが、今回の控訴院の動きには、突然、意を決したような速さがあった。

会話はしばらくの間、不吉な話題からそれていたのだが、やがてコーマスがわざわざ危険地帯に戻した。

「数日のあいだ、好意に甘えることができれば、僕はとても助かるけど、エレーヌ」彼はためらわずにいった。「もし甘えさせてもらえなければ、どうしていいのかわからない」

「もしトランプの借金のことが気になるのなら、今日の午後にでも、使いの少年に二ポンドを持って来させましょう。彼女の口調は静かながら、強い決意をひめていた。「でも、今夜、コーナー家の舞踏会には行かないわ」彼女は続けた。「踊るには暑すぎるもの。もう家に戻るわ。わざわざ送ってくださらなくて結構、ひとりになりたい気分だから」彼女が優しい人物だとしても、耐えきれないようなことをしてしまったのだと、コーマスは気がついた。賢明にも、彼女の優しさに無理やり自分を合わせようとはしなかった。彼女の憤りがおさまるまで彼は待とうとした。

すぐそばには無敵の軍がひかえているのを忘れていなかったなら、彼の戦術はうまくいったことだろう。

エレーヌ・ド・フレイは、自分がコーマスに求めるものをはっきりと理解していた。そして自らを欺こうとする努力にさからって、彼にはこうしたものが欠けていることを理解したのだった。好きなこの青年に合うように、道徳の規準を下げることもしてきたが、彼女にはどうしても許すことのできない線があった。彼女の誇りは傷つけられ、そのうえ警戒心が呼びおこされてしまった。

エレーヌがスゼットを見下すのはもっともなことではあるが、それでも、とにかくスゼットには思いやりのある優しい恋人がいた。エレーヌは公園の門の方に歩いていきながら、スゼットが持っている大切なものが、自分を落ち着かなくさせるのだと思った。そのとき門のところで、家路につこうとしているジョワイユーズと粋な恰好の乗り手に出会った。「ジョワイユーズから降りて、どこか昼食に連れて行ってくださらないかしら」エレーヌは誘った。「喜んでご一緒しますとも」ヨールは言った。「コリドールのレストランへ行こう。そこにいる給仕頭はウィーンで知り合った旧友で、よく面倒をみてもらっている。あそこには女性連れて行ったことがないから、きっと後で訊かれるだろうけど。父親らしい気持ちにかられてのことだ。婚約しているのかってね」

昼食はすべてが首尾よくいった。楽団さながらの努力をすることにより、会話に夢中になりながらも、会話に溺れることはなかった。それというのも、ヨールは思慮深くて、すばらしい相手であったからだ。戸口が開いていたので、読書室を兼ねた喫茶室がエレーヌの目に入ってきたが、その喫茶室には人目をひくやり方で、ノイエ・フライエ新聞、ベルリン日報、その他にも異国の新聞が壁の書架にならんでいた。自分のむかいに腰かけている青年を見やったが、その青年が人々にあたえてきた印象といえば、頭脳をつかって真剣に努力していることは身なりと食べ物だろうというものだった。だが、そこで彼女が思い出したのは、最近の演説について新聞が書いたもので、喜ばしい指摘だった。

「あなたはうぬぼれたりしないのかしら、コートニー」彼女はたずねた。「壁のところに置いてある新聞をみれば、そのほとんどが、あなたのペルシャいついての演説をとりあげているのに」

ヨールは笑った。

「そこにある新聞のいくつかに、自分の写真がのっていると考えると、気持ちがひきしまって、自分が矯正されるような気がする。たとえばマタン紙に大急ぎで印刷された自分の肖像を見たなら、残りの人生は、ヴェールをかぶったトルコの女のように過ごしたいと思うだろう。

それからヨールは手近なところにある鏡にうつる自分の姿を、長いこと時間をかけ、入念に見つめたが、その様子は写真が展示され、名声がただよう部屋で、できるだけ謙虚になろうとしているかのようであった。エレーヌはこの青年に甘美な満足をおぼえた。それというのも、中東の知識においては質疑や論争のときに大臣たちを狼狽させるほどの知識を持った青年が、自分の台所について好き嫌いについても、同じようによく知っているからだ。もしスゼットがこの場に立ち会ってくれたら、いっそうエレーヌは幸せを感じただろう。

「給仕頭から婚約したかと訊かれたのかしら」コートニーが勘定を払ってくると、エレーヌはたずね、従順な従者の手から、日よけの傘や手袋、他の手荷物をあつめおえた。

「ああ」ヨールはいった。「でも、ぼくが『婚約してないよ』と言ったら意気消沈したようだった」

「あれほど気をつかってもらったのに、がっかりさせるなんて感じが悪いわ」エレーヌはいった。「婚約したと言って」

 

Ⅹ章

 

ラトランドギャラリーが混んでいることと言えば、近隣のお茶会のなかでも群をぬいていて、芸術の保護者たちが流行の群れをなして、マーヴィン・ケントックが描いた紳士淑女の肖像画を収集した展示物を吟味していた。ケントックは若い芸術家で、その才能は批評家からは正当に評価されていた。だが、その評価が過度になりすぎないのは、彼が大切にしていることが、もし謙遜して才能をブッシュル升に隠すなら、才能を隠すブッシュル升を正確に描いてすべての人に示すことに心を砕くということだからだ。世の人から認められるには、二つの場合がある。ひとつは死後だいぶたってから発見され、孫たちが新聞に関係を書くような場合だ。もうひとつは赤ん坊のモーゼのように、人生の最初の段階で発見されるような場合だ。マーヴィン・ケントックが選んだのは後者であり、より幸せな生き方だった。大志をいだく若者の多くが自らの作品を宣伝しようと努めるのは、奇妙な弱さを知らせることに頼るような時代にあって、ケントックがだした作品は、愉快なものでありながら、繊細かつ節度のあるものであり、それでも自分の作品を告げようと、風変りなファンファーレを鳴らしては、そうしなければ自分のアトリエから逸れてしまうだろう注目を引き寄せるのだった。彼の外見は、ふつうの身綺麗な英国紳士であったが、ただ異なるのは両目であり、千夜一夜物語の図書館版をほのめかしているかのような眼差しであった。服装も外見にあっていて、田園都市やカルチェラタンのブルジョワが、芸術と思想の血縁関係を宣言しようとするときに着るような服装ではなかった。つまり、仕立て屋の秩序をみだすかのような、汚れのついた服装ではなかった。彼の風変りなところは、当時、ひろがりつつある社会的な流れをあえて無視するかたちをとっているところにあり、しかもそれは反動思想家としてであって、改革者としてではなかった。流行りをおいかける集まりにおいて、彼があっと息をのむような驚きをうみだしているのは、女優を描くことを拒否したからであるが、ただし、もちろん、デブレット貴族年鑑の表装本にでてくるような、合法的なものとはいえ葛藤劇の最中にある人々を描いていた。好きな州の出身でなければ、アメリカ人の肖像画を描こうとは決してしなかった。彼の「水彩画の線」は、ニューヨークの新聞の言葉を借りれば、怒れる批評であり、大西洋を横断する依頼なのであった。そして批評も、依頼も、ケントックがもっとも欲しがっているものであった。

 

「もちろん彼がぜったい正しいわ」レディ・キャロライン・ベナレスクはいうと、キャビアのサンドイッチが山盛りされた皿をひきよせて、その皿に簡単に手が届く場所に席をとっている令嬢たち三人組からキャビアのサンドイッチを救い出した。「芸術とは」彼女は言葉をつづけながら、ポルテイモール・ヴァードン師に語りかけた。「土地にむすびついて栄えてきた。たしかにロンドンはどの視点から考えても、ヴェニスよりも大切かもしれない。でも肖像画という芸術は市長とは関わり合いをもたないものなのに、ドジェスの足もとで卑屈にうずくまっているじゃない。社会主義者として、アビニョンのようにロンドン西自治区の権利を認めざるをえないけど、このふたつを美術館に同じように並べるわけにいかないわ」

「その土地に根づくということは」ポルティモール師はいった。「芸術を救うものなのです。芸術に欠けるということは、信仰から転落しているということを証明するようなものですから。私と同じく牧師をしている者が熱心に説いてまわったことですが、宗派はともかくとしてキリスト教には、改心者を引き寄せてしまうような隠された危険があり、読むこともない旅行案内の批評でしか耳にしないような、あらゆる人種や種族からの改心者を引き寄せてしまうと言うのです。この世界に住んでいる人がまばらであれば、それもよいでしょう。しかし人がいっぱいいる今日でも、数百万もの改心者が精神的に低い発達状態にあり、特定の宗教の教えだけを受け入れているというのに、その事実に心をうたれる者が誰もいないのです。真実だと信じるようにして育てられてきたものが、ブリヤート族やらサモエード族、あるいはカナカ人に好意的であるということを耳にすれば、たしかに熱意も冷め、信念もゆらぐものです」

 ポルティモール師はかつてヴォルテールとのあいだに類似点を見いだしたことがあり、それからはヴォルテールに似るようにして生きていた。

 

「現代においては、どのような異教徒も、あるいはどのような流行も」彼は語りつづけた。「統計的データに基づいた考察にもとづく、好ましい影響をうけているのではありません。帽子の型や外套の仕立てを採り入れるときに、拠り所になるのは好みなのです。それというのも、そうした品々はランカシャーとかミッドランドで広く織られているものだからです。また、あるブランドのシャンパンを好むという嗜好がありますが、それはそうしたシャンパンが、夏にドイツのリゾート地で広く好まれているからです。こうした誤った方向にむかっているのですから、この国で宗教がすたれるのも不思議ではありません。」

「もし望むのであれば、異教徒が改宗をしてくるのは防ぎようがないとおっしゃるのね」

「拒もうと思えば、そうすることも可能です」ポルティモール師がいった。「ベルギー人がコンゴで痛ましい出来事をおこしたように。でも、それよりも一歩進んだことをしていきましょう。この国で弱まりつつあるキリスト教への熱意を刺激するために、そうした熱意を抱ける者は少数の限られた特権階級だという位置づけをするのです。たとえばペルムの公爵夫人をこう断言させてごらんなさい。グレートブリテン島に関していえば、そこは彼女のものであり、その下で働くペルンビーの二人の園丁のものであり、はっきりとはしませんが、おそらくディーンの大聖堂主任司祭のものであると。そうすれば宗教にいだく信念も、宗教を守ろうとする思いも勢いのあるものとなり、即座に新しい形をとるでしょう。キリスト教の教会にいるほうが、アスコット競馬場の芝生にいるよりも流行の先端をいっているのだという考えを一度ひろめてごらんなさい。そうすれば、見たこともないような宗教生活の胎動を、この世代は経験することになるでしょう。でも聖職者や宗教組織が、「私たちを信じなさい。数百万の人々がそうしているのですから」という台詞で教義を宣伝するならば、期待できるものは無関心だけだし、信頼も弱まっていくことになるのです」

「時代というものが、かたちをかえて流行を追いかけているにすぎませんけど、芸術作品とおなじように」レディ・キャロラインはいった。

「どのようにかえてでしょうか」ポルティモール師はたずねた。

「宗教についてのそうしたご冗談ですけど、90年代のはじめの頃なら、気が利いたものにも、また進歩的なものにも聞こえたでしょうよ。でも今日では、ひどく陳腐な味がしてくるわ。進歩的だと自称する風刺作家の戯言にすぎない。二十年ものあいだ、心地よく腰かけたまま、自分たちの時代について挑戦的なことをいったり、驚くようなことをいったりしているとでも思っているのね。でも、どんな欠点があるにしても、時代はじっと静止したりはしないものよ。支離滅裂な芝居を演じるシェラード・ブロー派でも、私の心に語りかけてくるものは、巡業中のサーカスのなかにでてくる初期ヴィクトリア朝の家具よ。それでも、過去の物真似がうまいマネシツグミの鳴き声を聞くために、人々を郊外から追い立てて、何か新しくて変革を引き起こすようなことをする先駆者だと考えるのだから」

「サンドイッチのお皿をとっていただけないかしら」空腹に励まされ、令嬢三人組のひとりが頼んだ。

「もちろんですとも」レディ・キャロラインはいうと、ほとんど空になりかけたバターつきパンの皿を手際よくまわした。

「キャヴィアのサンドイッチのお皿をお願いしたのですけど。ご面倒をお願いして申し訳なかったかしら」その令嬢は抗議した。

しかしながら令嬢の願いは、聞き入れてもらえなかった。レディ・キャロラインは新たに到着した客に注意をむけてしまったのだ。

 「とても興味深い展示会ですわ」アーダ・スペルベクシーは言いかけた。「技法も申し分ないわ。技法について判断したかぎりですけど。ポーズのとり方にも素晴らしいものがありますわ。でも、彼の芸術がとても動物的なものであることに気がつかれましたか? 肖像画から魂をぬきとったようなものですわ。あのウィニィフレッドが、ただの健康的な金髪美人として描かれているのを見て、あやうく涙をこぼすところだったくらい」

 「見ておけばよかったのにと思うわね」レディ・キャロラインがいった。「世間をわかせたルトランド・ギャラリーの招待公演で、強くて勇敢な女性が涙をながす場面を。ドロリー・レーン劇場でもその次の公演で、きっと上演されただろうけど。でも私は運が悪かった。評判のその公演を見逃したのでね。知ってのように、虫垂炎になってね。ルル・ブラミンガードが、七年もの仲たがいのあとで、ウィンザー城での昼食会で、夫を許す劇的な場面だけど。歳老いた女王はそのことに怒り狂った。そうしたことを、そうした場で言うのは料理人に対して無礼だと言ってね」

レディ・キャロラインの記憶のなかでも、ヴィクトリア女王の裁判所で起きなかったような些細な出来事については記憶が鮮明であり、悪名が高いくらいだった。広まりつつある恐怖のひとつに、ある日、彼女が回想録を書いてしまい、あまねく尊敬されることになるのではないかということがあった。

 「レディ・ブリックフィールドの全身を描いた絵について言えば」アイーダは続けて、レディ・キャロラインの回想録を無視しようとした。「すべての表現が意図的に足に集中したかのように見えます。たしかに間違いなく美しい足です。でも、それがはっきりとした人の体であるとはとても言えないのです」

「人間を描いておきながら、まちがった方向に描くとは、ずいぶん変わっていること。きっと分別に欠けているのだろうね」レディ・キャロラインはいった。

 

肖像画のなかには、一時的とはいえない関心をひきよせている絵があったが、それはフランチェスカ・バシントンの衣装を描いた習作だった。フランチェスカは、ある若い芸術家を贔屓にしていて、その見返りとして、並々ならぬ想像力をそそいだ独創的な作品で、自分の私物をおさめたパンテオンを豊かにしてもらっていた。その絵に描かれた彼女の姿は、偉大なルイ王朝のもっとも輝かしい時代の衣装に身をつつみ、背景となっているとは言い難い構成ではあるが、一応タペストリーのまえに座っていた。その織物の生地に描かれているのは、マルメロ、ザクロ、トケイソウ、巨大な三色昼顔、藤色の大輪のバラ、アルカディアの平和をかき乱す上機嫌のキューピッドがおしつぶしている葡萄など、異国情緒にあふれ、目をひくような花や果物であった。花で飾られた淑女の絹のガウンにも、淑女が腰かけているソファをおおうザクロの金襴模様にも、それと同じ様な特徴があった。その芸術家はみずからの絵画を「レコルト(収穫物)」と呼んだ。構成という名に値する果物や花、葉の細部がすべて人々の目をとらえ、左隅の広々とした開き窓のむこうにひろがる風景が目にはいってきた。それは冬にわしづかみにされた風景で、むきだしの、荒涼とした、黒く凍てついた景色だった。もし絵が収穫を象徴しているとしても、わざと生育させたものを収穫しているのであった。

「ずいぶん想像に任せて描いているわね」レディ・キャロラインの舌鋒の範囲から遠ざかっていたアーダ・スペルベクシーがいった。

「でも、とにかく誰を描いているのかわかるもの」セレナ・ゴーラクリィはいった。

「フランチェスカをよく描いた絵だこと」アーダも認めた。「もちろん彼女も喜んでいるでしょうね」

「それが肖像画の目につく欠点でもあるけど」セレナはいった。「結局、後世のひとが何世紀ものあいだ、その肖像画をみつめるというなら、実物の最高の姿を描くよりも、ましに見える姿を描く方が親切だし、理にかなうことになるから」

「でも、この画家の描き方はひどく不適切よ」アーダはつづけたが、まるで画家にたいして立腹しているかのようであった。「彼の描く大半の絵には、魂が欠落しているわ。ウィニィフレッドときたら人がいいから、私の収集品が年配の女性のためのものでも、上手に感情をこめて語るけど、ここに描かれている彼女は、ごく普通の乳搾りをしている金髪娘よ。でもフランチェスカときたら、これまで会ってきた女性のなかでも知性が一番欠けた女よ。彼が彼女にそえたのはーーー」           

「しっ」セレナはいった。「バシントン家の息子があなたのうしろにいるわよ」

コーマスは母親の肖像画をながめながら立っていたが、その胸中には、なじみのない環境で、かつては親しくしていたけれど、なかば忘れかけた人に遭遇したような思いがあふれていた。肖像画が優れた作品であることはあきらかだったが、画家がとらえたフランチェスカの目の表情は人々が目にしたことのないようなものだった。その表情は束の間ながら、金の苦労や社交上のつきあいなど、人生の気苦労や騒ぎに心をうばわれることを忘れた女のものであり、なかばものほしげで、親しみをこめた表情を同情的な仲間にむけて過ごす女の表情であった。コーマスが思い出す母の目にうかぶその表情とは、二、三年前のことだが、突然うかんでは、いつのまにか消えていくものであり、彼女の世界がこうした会議室でのやりとりになる以前のものだった。ほぼ再発見にちかいかたちで思い出したのだが、彼女は少年の心には「少しはましなひと」ということで異彩をはなっていた。いたずらをしても骨をおって叱責するより、笑うことのできる部分を見つけようとするからだった。親しかった仲間とのあいだにかつてあった感情が撲滅したのは、大半が自分のせいだということもわかっていた。そしてかつての親しさが、まだ物事の水面下にはあり、もし自分が望めば再びあらわれるだろうということもわかっていた。だが近頃では、敵よりも友達の方が彼にたいしてケチになっていた。長らく親しくしてきた者が悩ましげな様子をしている絵をながめるうちに、コーマスが心にきめたことがあった。それは自分の望みとは状況を昔に戻すことであり、画家がとらえた母の顔の表情で、つかの間の軽快なうごきが永久のものとして描かれている表情を、もう一度見たいということであった。今くわだてているエレーヌとの結婚が実現すればと、彼は自分の行動の不始末にもかかわらず、その企みを確かなものだとみなしていたので、母親と自分のあいだに生じている仲違いの原因の大半は消え去るだろうと考えていた。とにかく容易に消し去ることのできるものだと考えていた。みずからの背後にエレーヌの金の力があるなら、難なく何らかの仕事をみつけ、浪費家とか怠け者だという非難をぬぐい去ることができるだろう。職業はたくさんあると彼は自分に言い聞かせた。財政的な背景があって縁者にめぐまれている男には、職業はひらかれているのだ。これから待ち受けているのは心躍る時であり、しみったれた唇のうすいヘンリー・グリーチやコーマスのことを非難する他の連中の不快な表情が視界から消え、言葉も耳に入らなくなるだろう。このようにして、細部まで調べるかのように絵を鑑賞しながらも、実は物言いたげで、親しみのこもった微笑みだけをながめ、コーマスはすでに闘いがはじまり、しかも負けてしまった争いのために用意万端の手筈をととのえようと計画をめぐらした。

 

画廊は混みあい、これが客車内ならひどく憤るであろう超満員の状態にも、人々は陽気に耐えていた。玄関付近ではマーヴィン・ケントックがセレーヌ妃殿下に話しかけていた。妃殿下は、ひときわ目立つ有益な人生をおくられていて、「けっこうです」と言ってしまうような気だてのよさと、無能さの影響をうけている方だった。「あの方が、ご自分でやっているバザールの大半が、品物に欠いているのは明白だ」ふざけた口ぶりで、前閣僚がかつていったことがある。そのとき、彼女は気まぐれに後悔していた。

「悪意のない若い人たちの軍団だけど、芸術の課程で上達したご褒美に賞品をくばったばかりだから、画廊に顔をだすことはやめましょう。それというのも、いつも心に思い浮かべているのだけど、あの世で私がうける罰とは、誤った方向に続々とすすんでいく若者のたちのために、永久に鉛筆を削ったり、パレットをきれいにすることではないかしら。間違った信念をいだくように、故意に私がしむけたようなものですからね」

「私たちは全員、この世でしたことのせいで、あの世でなんらかの罰をうけることになるとでも考えていらっしゃるのですか」クェントックがたずねた。

「無分別がひきおこす罪とは些細なものですけど。それでも無分別から不都合の大半が生じますし、とんでもないもめ事をひきおこすものです。確信しているけど、クリストファー・コロンブスは、アメリカ人の旅行者の集団に発見されたら、終わりのない苦痛を経験することになるでしょう。あの世のことをおそれたり、その不自由さをおそれたりする私は、時代遅れにみえるでしょうけれど。さあ、もう行かないといけませんわ。とある場所の公立図書館を訪れないといけないものですから。これからの予定はご存知よね。カーライルの半身像の正体をあばき、ラスキンの詩についてスピーチをしたりするのよ。たくさんの人がやってきて、「ラビッド・ラルフよ、彼女にかみつくべきだったのでは」を読むことになるわ。覚えておいてね。太ったキューッピッドが日時計に腰かけているメダルをとるつもりでいるから。それから一言だけいわせていただくわ。ほんとうはお願いするべきではないのだろうけど。でも、とても親切そうな目を信じて、厚かましくもお願いすることにするわ。この栗とレバーの、美味しいサンドイッチのレシピを送っていただけないかしら。もちろん何から構成されているのかは見当がつくけど、大事なのは割合なの。チェストナッツがいくらなのか、レバーがいくらなのか、赤胡椒やその他のものがいくら入っているかという割合なの。どうもありがとう。もう、おいとましなくては」

かすかな笑みをあやふやにうかべたまま、会釈できる範囲にいる人々すべてに一瞥をなげかけ、セレーヌ妃殿下は彼女らしい特徴のある様子で退出をした。その様子は、レディ・キャロラインの表現を借りれば、トーストからスクランブルエッグが滑り落ちていく様子をいつも思い出させるものだった。玄関のところで、彼女は到着したばかりの青年と一言か二言、言葉をかわした。お茶の消費にせっせとはげむ未亡人軍団にかこまれた隅の方からでも、コーマスには、到着した青年がコートニー・ヨールだとわかり、苦労しながらも、その方角へと進もうとした。ヨールはそのとき、コーマスが熱望するような社交生活の持ち主ではなかった。だが少なくとも、ブリッジの試合をする機会を提供してくれる可能性はあった。それこそが、この瞬間においては他をしのぐ欲望であった。その若い政治家はすでに友人知人にとりかこまれ、祝福の喝采をうけていた。おそらく最近、外務省の討論会でおこなった演説のせいだろうとコーマスは結論をだした。だが、ヨールがみずから告げている出来事は、祝福と関連があるようにみえた。はげしい混乱が政府に生じているのだろうかとコーマスは考えた。それから、そばに近寄ったときに偶然聞こえてきたのは、ふたつの名前を結びつけた言葉であり、おかげで彼はその知らせの内容を知ったのであった。

 

Ⅺ章

 

コリドール・レストランでの重要な昼食会のあとで、エレーヌはマンチェスター・スクェアに戻り(そこに彼女はたくさんいる伯母のひとりと滞在していた)、心のなかで拮抗する感情のもつれと向かい合っていた。まず彼女が意識したのは、安堵感が心を支配しているということだった。彼女が性急さにかられて行動したのは、立腹からではないとは決して言い切れなかった。また本当なら、時間をかけて一生懸命考え、真摯に省みても、解決のつかないような問題であるにもかかわらず、彼女はさっさと片づけてしまったのだ。さらに最終的に決断をくだしたときの性急さを恐れる気持ちが少しばかりあったけれど、今では決心の正しさを疑う気持ちは微塵もなかった。実際、求婚者たちが彼女からあけすけに賞賛されて嬉々としているのに、それにたいして長いあいだ疑いの目をむけていたことのほうが驚きであるように思えた。彼女が恋をしていた相手とは、ここ数週間は、想像上のコーマスであった。だが毅然として夢の国から歩みさった今、わかってきたのは、彼にかわって心に訴えかけてきたすべてのことがらが、現実のコーマスの人柄とかけ離れたものであり、あるいは重なるとしても、それは気まぐれに支配されるものだった。そして自分の感情をむける第一の対象をヨールと決めた今、彼女の目にうつる彼のすがたは、きわめて優れた資質を急速に獲得しているかのように思えるのだった。買い物をした者にはありがちなことだが、彼女にはしあわせな、女性らしい傾向があって、品物を手に入れるとすぐに、それが価値あるものであるかのように誇張するのであった。さらにコートニー・ヨールからうける思いとは、自分は賢明な選択をしたのだとみずからを正当化する感情だった。時として自己中心的であり、皮肉めいたところのある彼が、いつも礼儀正しくて優しくしてくれることに、ひときわ喜びを覚えるのだった。こうした状況であれば、どんな男性を判断するにしても、影響をうけてしまうだろう。この場合、もうひとりの求婚者の行動と比べてみることで、その価値が著しく高まるのだった。さらに彼女の目にうつるヨールの姿は、言葉で戦うときであろうと、黒幕として策略をめぐらすときであろうと、論戦の魔術を敵にあびせるという強みがあった。彼が最前列にいる戦いとは、実は陰であやつられているものであり、彼特有の不誠実さにみち、計算された英雄気取りにおおわれて何かを引き起こそうとするものであったが、それでも国の発展と世界の歴史に何らかの価値があることをしていた。鋭い洞察力で議会を観察する者なら、彼女に警告しただろうが、政治の世界において、ヨールは現在よりも高い地位につくことはないだろう。野党の自由な論客として華々しく活躍し、先頭にたって政府の退屈かつ目的のない外交政策を攻撃はするが、その政策は攻撃するほどのものでもなければ、外交関係の手腕について祝辞をのべるというほどのものではなかった。若い政治家には人柄にも、信念にも強固なところがなかったので、戦いの最前線にたち、自らの助言にすぐれた価値をあたえることはなかった。だが、その一方で不誠実さもさほどのものではなかったので、人々の指導者として、政治的な運動をかたちづくる者として、故意に、うまく立ち回ることはできなかった。それでもつかの間であれ、公の場における彼の立場は注目をあびるものであり、群衆としてではなく個人として尊重される世界に、安全な地盤をあたえてくれるものであった。その妻になろうとしている彼女も、意志と手腕があれば、重要人物となる機会をつかむだろう。この考えにエレーヌはなぐさめられたが、それでもコーマスから軽蔑の視線をむけられ、困ったときに金を引き出せる都合のいい存在だとみられたことで生じた立腹を抹消するには不十分だった。前途洋々たる自分の将来を入念に思い描くことに幾ばくかの満足を覚えながら、いろいろ出来事の多い日ではあったが、金を借りたいという申し出にたいする使いの者を早めにだした。だが、悔いの念にとりつかれた。そして公正な立場から思いだしたのが、敗北した求婚者の耳に知らせがとびこまないうちに、できるだけ親しみをこめて手紙をかいて知らせを伝えようということだった。かれらが多少なりとも諍いの言葉で別れたということは事実であった。だが双方ともに、別れという形で終わりがくるだろうとも、仲違いをしたまま永遠につづいていくとも予感していなかった。今でもコーマスはなかば許されたものだと考えているだろう。それなのに事実を悟らせるのは、やや酷だというものだろう。しかしながら手紙は、簡単には書けないものであることが判明した。手紙を書くことが難しいということが露呈しただけではなく、説明や別れの文言を書くよりも楽しいことをしていたいという欲望のせめぎあいに苦しんだせいである。 いつになくエレーヌがかられているのは、いとこのシュゼット・ブランクリーを訪れたいという強い願いだった。どちらかの家で会うことはたまにあったが、よそで会うことはまずなかった。またエレーヌの方でも、彼女とつきあうときに適切さに欠けているという自覚に乏しかった。シュゼットは恩着せがましい関係にあわせていたが、それはいわば程よく裕福で、極端なまでに面白くない娘が、資産家であり頭もいいと思われている知り合いに対してとろうとする関係だった。それに返すようにして、エレーヌがとった武装とは、見せかけの謙虚さという優れた烙印だったが、それは適切にもちいれば当惑させるものなのだろう。なにかを述べて口論になるようなことは、ふたりのあいだにはなかったし、論理的に考えても敵として語られることもないのだが、相手を前にして武装解除することはなかった。相手にふりかかった不運に同情することはほとんどなく、また相手の些細な挫折をみて満足にちかい感情がわきあがった。人間は本質的に、つじつまの会わない不和をたくさん抱えているものであり、それらの不和は人種や政治、宗教や経済的理由から生じて栄えていき、盲目的なひどい愛他主義者に手がかりをあたえてしまう。そうした愛他主義者にとって憎悪とは、慈悲と同じように、この世に占め、目的をなしているものなのである。

 

エレーヌはいまだに直接シュッゼットと会って祝福をしてはいなかったが、シュゼットはすでに正式に婚約を発表しており、その相手とは、洋服の仕立てについて他のひととは異なる見解をもっているような青年だった。出かけていって祝福したい衝動が、コーマスに説明しなければという心よりまさっていた。手紙はまだ空白のまま書かれていない状態であり、頭で考えている文はまとまらないまま続いていたが、それでも彼女は車をだすように命令すると、急いで、でも熟慮したうえで午後の身仕度にかかり、一番贅をこらしているけれど落ち着いた装いをした。シユゼットは、と確信をもって考えた。おそらく、その日の朝、パークで着ていた服のままだろうが、それは細部にいたるまで念入りにつくろうとしたものだが、あまりに手が込みすぎているあまり、かえって失敗していた。

シュゼットの母親は、あきらかに満足そうな様子で、思いがけない客を歓迎した。娘の婚約は、と彼女は語った。シュゼットほどの魅力と有利さをそなえた娘が望むものとしては、社会は輝かしいものとはみないだろうが、エグバートはすべからく立派で頼もしい青年であり、まもなく州議会の一員になることだろう。

「そこから、もっと高いところへと道がひらかれると思っていますわ」

「そうですわね」エレーヌは答えた。「参事会員になるかもしれませんね」

「ふたりが一緒に写っている写真はご覧になったかしら」ブランクレー夫人はたずね、エグバートの将来の地位についての話題は避けた。

「いいえ、ぜひ見せてくださらないかしら」エレーヌはこたえ、まんざらでもない関心をしめした。「そうした類のものは見たことがありませんから。昔、婚約したカップルがいっしょに写真をとることが流行っていましたけど」

「今でも、とても流行っていますわ」ブランクレー夫人は断定したが、その声から自己満足な響きは幾分、取り除かれていた。そのときシュゼットが部屋に入ってきたが、やはり、その日の午前中にパークで着ていた服装のままだった。

 

「母から婚約のことは聞いたでしょう」彼女は歓声をあげ、真面目にその話題にとりくんで母と同じことを言おうとした。

「出会いはグリンデルバルトだった。彼は私のことを氷の乙女と呼んでいるけど、それはスケート場で会ったからよ。とてもロマンチックでしょう?ある日のこと、私たちはお茶に彼を誘って、それから親しくなったのよ。やがて彼がプロポーズしてきたの」

「シュゼットに魅了されたのは彼だけではないけど」ブランクレー夫人が急いで割り込んできたのは、エグバートの思いのままになっているとエレーヌが考えるのを恐れてのことだった。「アメリカの大金持ちも、古い家柄のポーランドの伯爵も、この子に魅せられていたの。私たちのお茶会にいらしたら、きっと緊張するわよ」

ブランクレー夫人が、旅行をしない友人たちが多く集まるつきあいで、グリンデルバルトについて流してきた風評とは、意地の悪いものながら魅惑するものであり、そこでは生まれもよくて財産のある傲慢なひとたちが、無礼な暴力をはたらきそうになりながら、成り行き任せではあるにしても、なんとか行儀よくしている場所なのだと語ってきていた。

「エグバートとの結婚は、もちろん、人生の範囲を遠くにまで広げてくれるものになるわ」シュゼットは続けた。

「そうでしょうね」エレーヌはいった。彼女の目は、情け容赦なく従妹の身なりを細部に至るまでとらえていた。相手を打ち負かすことのない勝利ほど悲しいものはない。シュゼットが、双方の悲劇が、自分にこの上ない満足をあたえてくれている創造物に集中していると思いはじめたのは、エレーヌが登場してからだった。

「女性でも、自分で業績を築こうとしている男性のことを、社会的な意味で助けることができるわ。共通する考えがたくさんあることを発見して、とても嬉しいの。百冊の良書を選んで一覧表にしたけど、その多くが同じだったのよ」

「本が好きそうな方ね」エレーヌは言いながら、批判的な視線を写真にはしらせた。

「本の虫なんかじゃないわよ」シュゼットはすばやく言い返した。「とてもよく読んでいるひとだけど。行動をおこすひとなのよ」

「狩りはするの?」エレーヌはたずねた。

「もちろん趣味の問題ね」シュゼットは頑なに言いはった。「それに馬に乗るのが好きな男のひとは、たいてい頭脳には恵まれていないでしょう?」

「ほんとうの馬術家と、馬乗りを気取っているだけのひとは違うわ。身だしなみのいい男性と、服装にお金をかけているだけのひとが違うように」エレーヌは裁判官のような口調でいった。「それにご存知だと思うけど、服装にお金をかけているだけの女性が、着こなしを知っていることはほとんどないわ。あるとき、知り合いの年配の女性にいわれたことだけど、たしかに生まれついて着こなしを知っているひとはいる。でも、それ以外のひとは着こなし方を学んでいかないといけないし、その服装は押しつけられているようにみえるわ」

 

レディ・キャロラインの言葉の引用はもっともなものだったが、いとこのドレスから目をそらしてしまう思いがけない感覚は、完全に彼女の考えからくるものだった。

 

「エグバートがきたわ」控えめながら勝利をただよわせてシュゼットは告げた。それは少なくとも、この場で、自分の魅力の捕虜となった者を、活きのいい、良い状態で紹介しているという満足だった。エレーヌは喜びながらも、批判的な眼差しをむけていた。でも目の前の恋人の方が、遠く離れたところに望ましい夫として存在する、着飾って、背筋をのばした馬上にいる幾多の者たちを圧倒していた。

「いいえ、彼には馬に乗る時間も、機会もなかったから」

「まあ、お気の毒ね」エレーヌは感想をのべた。「乗馬が好きではない男性と結婚するなんて想像できないわ」

 

「母から婚約のことは聞いたでしょう」彼女は歓声をあげ、真面目にその話題にとりくんで母と同じことを言おうとした。

「出会いはグリンデルバルトだった。彼は私のことを氷の乙女と呼んでいるけど、それはスケート場で会ったからよ。とてもロマンチックでしょう?ある日のこと、私たちはお茶に彼を誘って、それから親しくなったのよ。やがて彼がプロポーズしてきたの」

「シュゼットに魅了されたのは彼だけではないけど」ブランクレー夫人が急いで割り込んできたのは、エグバートの思いのままになっているとエレーヌが考えるのを恐れてのことだった。「アメリカの大金持ちも、古い家柄のポーランドの伯爵も、この子に魅せられていたの。私たちのお茶会にいらしたら、きっと緊張するわよ」

ブランクレー夫人が、旅行をしない友人たちが多く集まるつきあいで、グリンデルバルトについて流してきた風評とは、意地の悪いものながら魅惑するものであり、そこでは生まれもよくて財産のある傲慢なひとたちが、無礼な暴力をはたらきそうになりながら、成り行き任せではあるにしても、なんとか行儀よくしている場所なのだと語ってきていた。

「エグバートとの結婚は、もちろん、人生の範囲を遠くにまで広げてくれるものになるわ」シュゼットは続けた。

「そうでしょうね」エレーヌはいった。彼女の目は、情け容赦なく従妹の身なりを細部に至るまでとらえていた。相手を打ち負かすことのない勝利ほど悲しいものはない。シュゼットが、双方の悲劇が、自分にこの上ない満足をあたえてくれている創造物に集中していると思いはじめたのは、エレーヌが登場してからだった。

「女性でも、自分で業績を築こうとしている男性のことを、社会的な意味で助けることができるわ。共通する考えがたくさんあることを発見して、とても嬉しいの。百冊の良書を選んで一覧表にしたけど、その多くが同じだったのよ」

「本が好きそうな方ね」エレーヌは言いながら、批判的な視線を写真にはしらせた。

「本の虫なんかじゃないわよ」シュゼットはすばやく言い返した。「とてもよく読んでいるひとだけど。行動をおこすひとなのよ」

「狩りはするの?」エレーヌはたずねた。

「いいえ、彼には馬に乗る時間も、機会もなかったから」

「まあ、お気の毒ね」エレーヌは感想をのべた。「乗馬が好きではない男性と結婚するなんて想像できないわ」

 

「もちろん趣味の問題ね」シュゼットは頑なに言いはった。「それに馬に乗るのが好きな男のひとは、たいてい頭脳には恵まれていないでしょう?」

「ほんとうの馬術家と、馬乗りを気取っているだけのひとは違うわ。身だしなみのいい男性と、服装にお金をかけているだけのひとが違うように」エレーヌは裁判官のような口調でいった。「それにご存知だと思うけど、服装にお金をかけているだけの女性が、着こなしを知っていることはほとんどないわ。あるとき、知り合いの年配の女性にいわれたことだけど、たしかに生まれついて着こなしを知っているひとはいる。でも、それ以外のひとは着こなし方を学んでいかないといけないし、その服装は押しつけられているようにみえるわ」

 

レディ・キャロラインの言葉の引用はもっともなものだったが、いとこのドレスから目をそらしてしまう思いがけない感覚は、完全に彼女の考えからくるものだった。

 

「エグバートがきたわ」控えめながら勝利をただよわせてシュゼットは告げた。それは少なくとも、この場で、自分の魅力の捕虜となった者を、活きのいい、良い状態で紹介しているという満足だった。エレーヌは喜びながらも、批判的な眼差しをむけていた。でも目の前の恋人の方が、遠く離れたところに望ましい夫として存在する、着飾って、背筋をのばした馬上にいる幾多の者たちを圧倒していた。

 エグバートは、なんの世間話もしないような男のひとりだったが、尽きることのない様々な話題を提供した。どんな集まりにも顔をだし、とりわけ近隣でひらかれる午後のお茶会の席で、聞き手が限られている女性の集まりだとしても、公の場で発言しているかのような印象をあたえ、最後に質問に答えて幸せになるのであった。ガス灯で照らされた大使館の玄関や湿った雨傘について意見したりするが、どこにいても礼儀正しい拍手がついてまわってきた。その他のことについても、彼が自分で表現するところによれば「新しい考え」についての解説者なのであり、ややかび臭い言い回しを大量に利用しているような感じをそえるのであった。おそらく三十年にわたる風変わりな年月において、男からも、女からも、動物からも、彼が注目される存在であったことはなかった。しかし、そこには彼の断固たる意志が働いていて、以前にみいだしたときよりも、世界を良いものへ、さらに幸せで、純粋な場所にしておこうとするのであった。自分がその場面から姿を消したら、また以前の状況へ逆戻りをする危険があるにもかかわらず、彼はむなしく監視をしていた。死すべき人間には連続性は保証されないものだし、エグバートにしたところで人間なのに。

エレーヌには彼がきわめて面白い人物に思えたので、もしそうした行動が必要であれば、きっと相手をひきだそうと努力したことだろう。彼女は悦にいりながら理解し、相手に耳をかたむけたが、それは悲劇の舞台をみるときに人々が、いつでもその災難から、ただ席を立つだけで抜け出してしまうような理解の仕方だった。ついに彼が意見の流れを時計に目をやりながら確認し、もうよそへ行かなければいけないと告げたとき、その宣言に賛成票をいれてしまいそうになり、手をあげて決議に賛成する旨を示すところだった。

 

その青年は人々に急いで別離を強いたが、それでもシュゼットが示した正確な程度の、省くのも、ふみこえてしまうのも不適切な、優しい親密さのおかげで和らげられた。それからエレーヌは、心からの祝福を期待している様子のいとこの方へとむいた。

 

「わたしからみても、まさに彼はあなたにうってつけの夫だと思うわ、シュゼット」

 

その日の午後になってから二度目のことだが、シュゼットは所有しているものへの熱意が冷めるのを感じた。

 

ブランクレー夫人は、訪問客の判決に皮肉めいた祝福のひびきを感じた。

 「彼女にしてみたら、彼は夫という概念には当てはまらないけど、シュゼットには十分だとおっしゃりたいのね」彼女は自分にむかっていうと、見えないように鼻孔をうごかして鼻をならした。それから微笑みをうかべながらも、かなり恩着せがましい態度で、彼女は相手に損害をあたえる反撃にでた。

「ところで、あなたの婚約の話はいつ聞けるのかしら?」

「今、きけるわ」エレーヌは静かにいったが、それは電撃的な効果をともなっていた。「その知らせを伝えようと思って来たのだけど、まずはシュゼットの話から聞こうと思ったの。それに二、三日のうちに、新聞で正式に発表されるだろうから」

「それにしてもお相手はどなた? 今朝、パークでいっしょにいた方かしら?」シュゼットは訊いた。

「あら、今朝、パークでどなたかたとご一緒していたかしら? 浅黒い肌のハンサムな方のことかしら? ちがうわ、コーマス・バシントンじゃないわ。いずれにしても名前だけは知っているけど。たぶん新聞で写真を見たことがあると思うわ」

「飛行機の操縦士かしら」ブランクレー夫人がたずねた。

「コートニー・ヨールよ」エレーヌはいった。

 

 エレーヌが婚約した従妹に祝福をのべにきたときのことを、ブランクレー夫人とシュゼットは心のなかで密かに繰り返すことになった。それは祝福とは程遠いものだった。

 

午後の愉快な訪問から戻ったエレーヌを待っていたのは、使者が急いでもってきた手紙だった。それはコーマスからの手紙で、彼女が貸してくれた金を感謝しつつも、返してきた手紙だった。

 

「君に請うべきではなかったと考えている」彼は書いた。「でも、お金のことに関して、君が真面目なのが面白くて、つい借りてしまいたいという衝動に抗えなかった。でも、たった今、君がコートニーと婚約されたという知らせを聞いた。君たち二人を祝福する。すっからかんの文無しの僕には、結婚祝いの贈り物を買うことができない。だから、パン皿をかえそう。幸いにも、皿には君の紋章がついたままだ。これからの人生で、君とコートニーが、その皿からパンとバターを食べているところを考えて楽しむことにしよう」

 

エレーヌが長々と、優しい言葉で語ろうとした出来事について、語る彼の言葉はこれがすべてであったが、彼女の人生と彼の人生における重要な章がとじられた。その手紙には後悔の跡もなければ、叱責の跡もなかった。彼女が歩み去っていったように、彼もまた突如として、ふたりのお伽の国から歩み去っていった。しかも、どう見てもくよくよ思い悩んでいるようではなかった。その手紙を幾度読んでも、それが敗北にたいして勇気をふるってのからかいなのか、それとも失ったものにコーマスがいだいていた真の価値を表現しているのか、エレーヌは結論をだしかねるのであった。

 

さらに彼女にはわからないだろう。もしコーマスに完璧なまでの天賦の才があるとすれば、運命が厳しく彼を打ちのめすようなときでも、その運命を笑う資質だろう。でもある日、おそらく笑いも嘲りも、彼の唇のうえで静まりかえるだろう。そう、最後に笑う強みをもつのは運命なのである。

 

Ⅻ章

扉がしまると、フランチェスカ・バシントンはこよなく愛する居間にただ一人残された。アフタヌーン・ティー用の小卓で、歓待をうけて楽しんでいた訪問客が帰ったところだった。さしむかいでの話は、フランチェスカの立場にすれば、とにかく楽しいものではなかった。だが少なくとも、それは彼女が探し求めていた情報をもたらしてくれた。臨機応変に距離をとる見物者としての役をはたしているので、とても重要な求婚の進み具合についても、彼女は知らないままでいた。だが、この数時間のあいだに、彼女は僅かな、でも重要な証拠から、満足できそうな期待を捨てて、なにか悪いことが起きたのだと確信した。前の晩、彼女は兄の家ですごした。当然のことながら、コーマスの姿を、彼の好みに合わない場所で見かけることはなかった。翌朝、朝食の席にも彼は出廷してこなかった。彼に会ったのは玄関で、十一時頃のことだった。彼は急いで追いこし、その夜は夕食まで戻らないとだけ告げた。彼はふさぎこんだ調子で話し、その顔には敗北の表情がうかび、抵抗するかのような雰囲気にかすかにおおわれていた。敗れようとしている男の抵抗ではなく、もう敗れてしまった男の抵抗だった。

コーマスとエレーヌ・ド・フレイのあいだでは、関係が悪化したのだというフランチェスカの確信は、日がたつにつれて強いものになっていった。彼女は友達の家で昼食をたべたが、そこは重要な社交情報が手に入りそうな場所ではなかった。切望していた知らせのかわりに、彼女が耳を傾けることになったのは、とるに足らない噂話であり、一連の人々の恋について、その状況や騒動についての推測であったが、そうした人々の結婚予定に彼女がいだく関心は、セント・ジェームズ公園の野禽の卵を採取するのと同じ程度のものであった。

 

「もちろん」相手の女主人は記録者の特権的な口調で話したが、それは十分に、深く印象にのこるように強調をしていた。「家族のなかでも、クレールのことは結婚しそうだと常々考えていたものだから、エミリーがやってきて『私、お知らせしたいことがあるわ』と告げたときには、みんなして言ったのよ『クレールの婚約ね』って。そしたら『まあ、ちがうわよ』とエミリーが言うじゃない。『今回はクレールじゃないの、私のことよ』 そこで、その幸運な男は誰なのか推測することになったわ。『パーミンター大尉のわけがないわよね』私たちはいったわ。『だって彼はジョアンに優しいもの』 そしたらエミリーはいったのーーー」

 

記録係のような声の持ち主が、喉をごろごろ鳴らすようにして、心地よい自己満足をしめしながら操るのは、馬鹿げた指摘の一覧表であり、その話題をとりさげるという希望はまったく示されていなかった。フランチェスカは座りながら、カツレツと平凡なクラレットをご馳走されただけなのに、どうして罰を出し惜しみすることなく受ける羽目になるのかと思った。

 

パークをぬけて帰宅の途についても、フランチェスカの心でもっとも関心をしめている事柄について、なにも啓蒙してくれるものはなかった。さらにまずいことに、その途中でフランチェスカはマーラ・ブラッシントンの声が聞こえてくる範囲から脱出する可能性のない状態に身をおくことになった。まとわりついてきたマーラは、文明の前哨地に出くわした孤独なツエツエバエのように熱心に語った。

「考えてみてごらんなさい」彼女は不規則にぶんぶんうなりあげた。「ケンブリッシャーにいる私のいとこが、人工ふ化器で、32羽のオーピントン種の白いにわとりをふかしたのよ」

「なんの卵をふ化器にいれたの?」

「白いオーピントン種のなかでも、特別な品種のにわとりよ」

「それなら、その結果には驚くようなところがあるようには思えないわ。も

しワニの卵を入れておいて白のオーピントン種がふ化すれば、カントリーライフに書くようなことでしょうけど」

「公園にある緑色の小さな椅子は、おもしろい形だけど、うっとりさせるところがあるわ」マーラはいうと、新しい話題へと転じた。「アールヌーボー風にもみえるし、木のしたに二脚ずつひきよせて、心をうちあけて話をしたり、だれかの噂話をしたりするときにうってつけだわ。この椅子が物語ってくれるといいのに、目にしてきた悲劇や喜劇を。それから恋の戯れやら結婚の申し込みのときのことを」

「椅子に口がついてなくて心から感謝するわ」フランチェスカはいうと、昼食会の席での身震いするような記憶がよみがえってきた。

 

「もちろん椅子の前で、正確には椅子のうえでと言うべきかもしれないけど、話をするときには気をつけているでしょうけど」マーラはしゃべり続けたが、やがて彼女は無防備にもひとりで腰かけている知人に気がついたので、フランチェスカは心から安堵した。その知人が約束してくれるものは、今いっしょにいるのに足早に移動してしまう連れよりも、我慢強く耳をかたむけてくれる聴衆としての役割だった。フランチェスカは解放されると、ブルーストリートにある自分の応接間にもどった。自分が当惑したり、不安になったりしている事柄について、明かりを投げかけてくれるはずの訪問客が到着する旨を告げ、忍耐強くその到着を待ち受けた。やがてジョージ・サン・ミッシェルが、悪い知らせを予言するために到着した。それにもかかわらず彼女は心のこもった歓迎をした。

 

「さてミス・ド・フレイとコートニー・ヨールについてだが、私の聞いた話はそう間違っていないと思う」彼は、腰かける前にするどく言い放った。フランチェスカは、なにも知らない不確かな時期をつむぐのはやめることにした。「おおやけに発表されたよ」彼はつづけた。「明日、モーニングポストにのるだろう。今朝、ディール大佐から聞いた話だが、大佐はヨールから直接きいたそうだ。ああ、砂糖はひとついれて。私は上流の人間ではないものだから」彼は紅茶にいれる砂糖について、少なくとも30年にわたって、同じような意見をつきることなく繰り返してきた。砂糖に関していえば、上流階級の人間はあきらかに変わってきていないということだ。「なんでも聞いたところでは」彼は急いで話をつづけた。「国会のバルコニーで、彼は結婚を申し込んだそうだよ。そのとき採決を知らせる鐘がなったから、返事をもらうだけの時間もないまま、急いで戻ることになった。そこで戻る彼にむかって、彼女は簡潔にいったそうだ。『承諾しました』」サン・ミッシェルは語りの途中で息をつくと、わかると言いたげにかすかに笑ってみせた。

「くだらない話がひろまっているようね」フランチェスカは指摘すると、愚かしいその話を語っている当事者にむかって批判をしたのだという満足感をおぼえた。災難がふりかかってきた今、その重みをひしひしと感じ、悪い知らせを伝えにきた人物に心底嫌悪を感じた。その人物は悦に入り、彼女のお茶菓子をかじりながら腰をおろし、退屈な小話の屑をあしもとにばらまいた。不運を告げ、敗北を伝える使いの者を殺すという東洋の専制君主にありがちな傾向に、彼女は共感したくもあり、少なくとも理解したいような気がした。さらに自分の願いと望みはただ一つ、エレーヌを義理の娘としてむかえる可能性にあるということをサン・ミッシェルは知っているのだ。この下品でつまらない魂の持ち主がきりだそうとして、喉をごろごろ鳴らしている話題の裏には、不吉なものがあることがたやすく理解できた。何度も刺すように繰り返される試練に、礼儀正しい忍耐力をもって彼女はのぞんだのだが、だが幸いなことに、サン・ミッシェルは、その日の午後、せわしくあちらこちらを訪問するために、ヨールとド・フレイの婚約をつげている新聞を買い占めるという勤めをあわただしく、でも徹底的に遂行しようとしているのだった。

「たしかに社交界のこの季節で、最高の美男美女の知的なカップルだなあ」別れ際に彼は大きな声でいった。扉がしまると、フランチェスカ・バシントンはひとりで居間に腰をおろした。

 

自分の希望がうちくだかれ、思い出というほろ苦い贅沢に屈するまえに、嫌な客がおしいってこないように用心して、賢明にも手段をこうじた。サン・ミッシェルの出発をうながすようにして見送ってきた女中を呼びつけ、命令をくだした。「私はレディ・キャロライン・ベナレスクのところで午後のお茶をいただいていますから、家にはいないわ」さらによく考え、思いつく限りの訪問客に面会禁止をひろげてから、社交場にいるコーマスをつかまえようと電話で伝言をつたえ、晩餐のために着がえる時間となる前に、できるだけ早く会いに来るようにといった。それから腰をおろして物思いにしずみ、あれこれ考えているうちに涙があふれてくるのであった。

    

彼女はみずから希望の城を建てていた。だが、それは空中楼閣にひとしいスペインの城であったが、ピレネーのたしかな土地に建てられていた。しっかりとした基礎に建てられる筈の城であった。若いふたりは人前で共に行動し、その結果、結婚の仲をとりもとうとする人々の噂にあがり、ふたりの名前は当然のことながら結びつけて語られた。この状況にさす唯一の影とは、前景においても、背景においても、コートニー・ヨールのしつこい存在だった。そして今、その影は現実として見えるところに忍び寄り、希望の城は廃墟となって、塵や残骸からなる屈辱的な姿をさらし、城のなかの部屋は骨格のみ残し、意図をくじかれた建築家をあざけり笑っていた。コーマスについて、その浪費癖についても、扱いにくい性質についても、フランチェスカは毎日心配していたのだが、好都合な結婚をするかもしれないという見とおしがついたことで、不安も少しずつ静まっていっていた。その結婚をすれば、彼はろくでなしの山師から、裕福な怠け者に変わるだろう。野心にあふれる妻から、そのときどきの影響をうけていけば、彼も人生に明確な目標をいだくようになっただろう。その期待は消え失せ、残酷な悲しみとなった。そして不安がふたたびつきまとうようになったが、かつてよりも執拗な不安だった。彼女の息子は、結婚という市場で好機をつかんだにもかかわらず、それを逃してしまった。今後、もし他の持参金つきの娘に注意をむけたとすれば、財産目当てだと思われるだろう。それは賞賛に値する求婚者まで、遠ざけてしまう障害となるだろう。彼のエレーヌへの好意はあきらかに本物だった。その好意のなかに、更に深い感情をよみとることもできただろう。自分を助けようとする気持ちをたぎらせていたのに、手の届くところある魅力的なひとをかちとるのに失敗してしまったのだ。コーマスの見とおしがくずれた今、フランチェスカは脅威にみちた自分の今後を悟った。現在の住まいはひとの心まかせの財産なので、昔から不安の種ではあったが、ふたたびよく知っている恐怖の念にかられることになった。ある日、と彼女が心にえがいたのは、おそろしいほど近い将来のことだ。ジョージ・サン・ミッシェルが階段をふみならして駆け上がってきて、期待にあえぎながら集めた情報をつげる姿であり、エメリーン・チェトロフが近衛師団の誰かと、あるいは公立記録保管所の誰かと結婚するという知らせを告げる姿であった。そうなればブルーストリートの家からも、隠れ家からも彼女の人生は根こそぎ倒されてしまい、どこかの安くて惨めな住まいへとさまようことになるだろう。そこでは、美しく、素晴らしいものをもてなしている厳かなヴァン・デル・メーレンとその仲間の絵も情けない環境におしこめられてしまい、さながら不遇の日々におかれた礼儀正しい国外移住者ということになるだろう。考えがたいことではあったが、煩わしいことながら考えなくてはいけないことであった。もしコーマスが自分のカードをうまくきって、邪魔者から富を自由にすることができる息子へと変貌していれば、目の前に影をあらわしている悲劇をかわすこともできただろうし、最悪の場合でもなんとか耐えられる程度にまで悲劇を縮小することができた。財力の背後にある金のおかげで、どこに住むべきかという問題は、どこに住みたいのかという簡単な問題になり、裕福な義理の娘の気配りのおかげで、メッカともいうべきシティの中心部を立ち去ることもなければ、荒野に建つ漆喰と煉瓦の家に行く羽目にもおちいることもないだろう。ブルー・ストリートの家のことで和解することがなくても、失われたエデンの園のかわりにフランチェスカを慰めることのできる他の住まいがあった。それなのに嫌悪すべきコートニー・ヨールが踏み入ってきて、黄金色をした希望と計画をひっくりかえした。そうしたことが達成されないせいで、彼女の将来は変更を余儀なくされるだろう。彼女が苦々しい気持ちをいだいていたのも無理はなく、今回の件に関するコーマスの過ちに寛大な見方をしたい気持ちにもなれなかった。ようやく彼が到着したときの彼女のあいさつには、同情の欠片もしめされていなかった。

「資産家の娘をつかまえる機会を逃したんだね」彼女は不愛想に指摘した。その日、彼女はふだんより疲れた心もちであった。

「あの娘とはうまくいっていたと思っていたのに」沈黙のままのコーマスに、彼女は非難をつづけた。

「ぼくたちは仲良くしていたよ」コーマスはいったが、意図的なぶっきらぼうさをつけくわえた。「でも、彼女から借りた金のことを気にしすぎているところがあった。ぼくのことを金目当てだと考えたんだよ」

「彼女からお金を借りたの?」フランチェスカはいった。おまえのことを好意的にみてくれていた娘からお金を借りるなんて、よっぽどの馬鹿だね。背後にいるコートニー・ヨールが、割り込んで追い出そうと待っていたのに」

 

フランチェスカの声は惨めさと怒りにふるえた。思いのままになるかにみえた幸運は強い一撃をうけて、思慮にかけた軽蔑すべき愚かしい振る舞いの数々によって、脇におしやられてしまった。優れた船も、昔ながらの船乗りのせいで失われてしまった。コーマスは、仕立て屋やタバコ屋が熱心に請求してくる支払いにあてるために、求婚している娘にいやいやながら金を出させ、その結果、富が保証され、あらゆる点で望ましい花嫁が保証されている好機を投げ出してしまった。エレーヌ・ド・フレイとその富は、コーマスを幸運に導くものだった。だが彼はいつものように、自分に破滅をもたらすほうへと急いでしまった。このように考えているのだから、彼女が穏やかな表情になるわけがなかった。そのことについて考えれば考えるほど、フランチェスカはますます苛立つのだった。コーマスは低い椅子に身をしずめ、困惑のあともみせなければ、彼女の悔しさに関心をしめす風でもなかった。自分のことをかわいそうに思う彼女の思いを知ることで、おのれの敗北を意識して、苦い思いにとらわれた。いっぽうで彼女はののしり、すくなくとも思いを分かちあっているようにはみえなかった。そこで彼は、相手をからってやろうと心にきめ、自分のために望んでいたことが達成されても、それとも崩壊しても、そのあいだにあるものは些細で、つまらないものでしかないという見解をしめそうとした。

 

「コートニー・ヨールに彼女をさらわれてしまうことも考えて」フランチェスカは苦々しそうにいった。「あの青年と親しくすることはやめたほうがいいと言い続けてきたのよ」

「ぼくが彼と親しくしているから、エレーヌが彼をうけいれたということはないと思う」コーマスはいった。

 

フランチェスカは、これ以上非難しても無駄なことだと悟った。目に怒りの涙をあふれさせながら、自分のむかいに腰かけているハンサムな若者をみつめた。その若者はみずからの不運をあざけってはいたが、自分のおろかさには強情なまでに無関心であり、その結果にも無関心であった。

 

「コーマス」彼女はしずかに、でも疲れた口調でいった。「おまえはパンドラの伝説をひっくりかえしてしまったのよ。おまえには助けになるような魅力も、強みもあるのに。それにもかかわらず、地獄におとすような不幸な贈り物をして絶望におとしいれてくれた」

「ぼくが思うに」コーマスはいった。「誰よりも上手にぼくのことを語るね」

つかの間、母親と息子のあいだに共感と率直な愛情がほとばしった。その瞬間において、親子はこの世でふたりきりのようにみえた。おおよその希望も、計画も瓦解してしまった今、そこにゆらめいているものとは、親子がたがいに手をさしのべ、はるか昔に消えてしまったものながら、たがいに最高のものであり、最強のものであると知っている愛を呼び戻そうとして和解する姿であった。だが絶望からくる苦しみは鋭く、双方ともに怒りがこみあげてきたあまり、和解はつかの間におわり、ゆらめきは虚空に消えてしまった。昔からの破滅にいたる不和が表面化した。

「すんだことをとやかく言っても仕方ないわね」フランチェスカはその言葉の見識とは矛盾するが、もう耐えきれないと言いたげな悲劇的なみぶりでいった。「過ぎたことをくよくよしても無駄だもの。それに現在のことにしても、未来のことにしても、考えなければいけないことがあるわ。この世は愚か者の天国とはいえ、人生から借家をかりたまま漠然とすごすわけにはいかないの」そこで彼女は気をしずめ、こうした状況では胸におさめておくわけにはいかない最終通牒をつきつけた。

「長い経験から知るかぎり、お金についておまえに話をしてみても無駄なことだとはわかっている。でも、これだけは言っておくけど、私はまもなく街を離れなくてはいけないことにある。それから悲しいけど、おまえもすぐさまイングランドを離れることを考えなくてはいけないのよ。この前、ヘンリーが話していたけど、おまえに西アフリカでの仕事の口があるらしい。経済的な観点からみると、もっとましな仕事をする機会があったのに。贅沢をするための些細な金を借りるために、その機会をぶちこわしてしまったのだからね。今や、おまえはある仕事につかなくてはいけないのよ」

「西アフリカだって」コーマスは考えこみながらいった。「それはいわば時代おくれの地下牢のかわりといったところだ。うんざりするような輩を保留しておくのには、都合のいい場所だ。ぼくの大切なヘンリーおじさんはさぞ悲嘆にくれながら、大英帝国の重荷について話したんだろうな。無価値ではあるけれど、ぼくには消費者としての使い道があることに気がついたというわけだ」

「コーマス、落ち着いて。おまえが話しているのは、過去の西アフリカの姿よ。学校でおまえが時間を無駄にしているあいだに、ウェスト・エンドで時間を無駄にするほうがましだったかもしれないけど、ほかのひとたちが熱帯の病の研究に取り組んできているの。それに西アフリカの海岸地帯は急速に変わってきていて、命をうばう部屋から療養所へと変貌しているわ」

 

コーマスは嘲笑した。

「うるわしい話だし、説得力のある話ではあるけど、退屈な話だよ。聞いていると、聖書の中の詩とか会社の設立趣旨書を思い出しそうになる。正直に、ゴムや鉄道の事業計画から撤退したと告白すればいいのに。さて真面目な話をしよう、お母さん。ぼくが生活費をあさらなければいけないにしても、どうして英国のなかでやってみては駄目なのか。たとえばだけど、ビール醸造所をひらくこともできる」

フランチェスカはきっぱり頭をふった。コーマスに安定した仕事を考えてみたが、たしかにロンドンの磁力や競馬大会のささやかな魅力、それと似たようなお祭が手の届くところから合図していてくれるなら、コーマスもそうした仕事をやりとげることができるだろう。だが、そういう事情は別とはべつに、母国での仕事をおこそうとしても、財政的に難しいものがあった。

「ビール醸造所とかそうした類のことは、始めるにはお金が必要となってくるわ。事業をおこせば、給料を払わなくてはいけないし、資本を投資する必要もでてくるわ。今の借金も払うことだってほとんどできないのだから、そんなことを考えてみても無駄よ」

「何か売ればいいじゃないか」コーマスはいった。

 何を犠牲にすべきかについては具体的に示唆しないまま、彼はまっすぐヴァン・デル・ムーレンをみた。

 痛いところをつかれて、しばらくフランチェスカは窒息しそうな感覚をおぼえ、心臓がとまりそうであった。やがて身を乗りだすようにして椅子にこしかけると、気力をふりしぼって話しはじめたが、その有様は獰猛なものがあった。

「わたしが死ねば、わたしの品々も売られて散っていくでしょうけど。生きているあいだは、手元に置いておきたいわ」

 

よりによって彼女の神聖なる場所で、しかも大切に保管している所有物に囲まれている状態で、この恐ろしい提案はなされた。彼女が大切にしているその家の崇拝物は、過去の日々の記念品であったり、思い出の品であったりしたのだが、おそらくオークションにかけても大した金額にはならないものもあれば、なかには明らかに価値があるものもあった。だが彼女にとっては、すべてが貴重な、価値あるものだった。なかでもコーマスが値踏みをするような、無礼な視線をむけているヴァン・デル・ムーレンは、そうした品々のなかでも、もっとも神聖な品であった。フランチェスカが街の住まいを離れ、病のため寝室にこもりっきりのときでも、遠い昔の戦闘場面を厳粛に描いた素晴らしい絵は、戦のときでも威厳をしめそうとする騎士あがりの王がご機嫌うかがいを好むため、その心をくすぐろうとして描いたものであったが、それでもフランチェスカはまず街に戻れば最初に観にきたし、病が快方にむかえば最初に観にきた。もし火災報知器が使われていたとしても、その安全性について彼女は悩んだことだろう。それにもかかわらずコーマスが提案してきたのは、その絵と別れるべきだということであり、しかも鉄道株や他の魂がないようなものを売るときのような言い方をしたのだ。

 

コーマスを叱ってみたところでどうなるかについては、彼女はずいぶん昔に理解していた。そうしてもコーマスに関していえば、時間と労力をむなしく費やすだけだった。だがその夜、彼女が舌鋒をむけたのは、過度の感情をかきたてようとする単なる気分転換のためであった。なんの意見を述べることもないまま、彼は耳を傾けながら腰かけていた。そこで自己防衛や抗議の行動をおこさせようとして、彼女は意図的に言葉をぶつけた。彼女は惜しむことなく告発した。相手を損なう言葉になるほど、議論の余地がないほど真実味をおび、悲劇的な言葉になるほど、その言葉を語っている人物が、彼がこの世で気にかけるただ一人のひとのものなのだと思えてくるのだった。だが彼は黙ったまま、見たところでは平静にその言葉を終わりまで聞いていたが、いっぽうで彼女は応接間の喜劇のために一説ぶつのだった。彼女が発言の権利をふりかざして話しているときに、彼がみせた報復とは、激怒をおしやるような優しい返事をするのではなく、むしろ激怒をあおるかのような的外れの返事をすることだった。

 

「きがえて夕食にしましょう」

 

食事は、最近フランチェスカとコーマスがふたりでとる食事の大半がそうであるように、無言のうちにすすんでいった。これ以上の失敗はないというくらいの大失敗をやらかした今となっては、もはや何も言うべきことはなかった。状況を無視しようとしても、議論するほどのことではない話題にすすんでいこうとしても、どちらもわざわざ経験するほどのことではないだろう。だから夕食はすすんでいったものの、苦々しい深い穴に隔てられたふたりのあいだにある親密さからは疲労感が漂い、陰鬱な雰囲気につつまれていた。そしてふたりの心は互いにたいする怒りがたぎっていた。

 

フランチェスカは、上の部屋にコーヒーをもってくるようにと女中に言いつけたとき、ある種の安堵感をおぼえた。コーマスは黙り込んでいたが、顔には不快感があらわれていた。だが彼女が立ち上がって部屋を出ていこうとしたとき、なかば嘲るような笑い声を小さくあげた。

「そう悲劇的な様子をみせる必要はない」彼はいった。「勝手にすればいい。アフリカ西海岸のみすぼらしい家にいくよ」

 

13章

コーマスはストロー・イクスチェンジ劇場の一等席にある自分の席をみつけると、むきをかえ、著名人もいれば、どこか見覚えのある人々の流れを観察していたが、そうした人々は、社交シーズンが到来した初日に、当然のごとく姿をあらわした人々だった。ピットも、ギャラリーも、どの席もすでに人々でいっぱいになり、緊張しながらも期待と警戒に胸をふくらませた人々が開幕をまつ様は、まるでぐずぐずした飼い主が屋外の活動の支度をととのえる有様をテリアがながめるときのように、とことん根気強いものだった。一等席も、ボックス席も、ゆっくりと躊躇しながらではあるが徐々に観客で満席となっていったが、その観客のなかには、これから観ることになる劇と同じくらいに面白そうな者たちがいた。自分に額面上の価値がない者は、あきらかに注目されている隣席のひとのそばにいることで、ある種の社会的な威厳をひきだそうとしていた。もし会釈をかちえることがなくても、親しいところにいて論争中なのだという悪評がたっていると考えてみては、うっすら悦にいるのであった。

 

「赤褐色の髪に、瞳にやけに好戦的な輝きをうかべた女がいるけど、あれは誰なのか」コーマスの背後に座っている男性がきいた。「彼女ときたら、世界を六日で創り上げ、七日目で破壊したようにみえる」

「名前は忘れたわ」隣の席にいる連れがこたえた。「物書きよ。たしか彼女が書いた本は、『それを欲した女の名はウェンズディ』よね。昔、女の物書きは平凡で、やぼったかったけど、今は極端に走り過ぎて、贅沢に飾りたてているわよね」

よく知った顔に気がついたせいで、ざわめきがピットの中央の席から生じ、それと同時に特権のあたえられていない席に座る人々は鶴のように首をのばした。それはシェラルド・ブローの到着を告げるざわめきであった。シェラルドはみずから発見してきた作家であり、世に自分の発見を惜しむことなく与えてきた作家であった。レディ・キャロラインはボックス席で、会話での猛攻撃にかかっていたが、到着したばかりの相手をしばらく穏やかにみつめ、やがて傍らに腰かけている銀髪の助祭長のほうへむいた。

 

「聞くところによれば、あの可愛そうな男がとりつかれている恐怖とは、自分が総選挙のあいだに死んでしまうことのようよ。もしそうなれば、選挙の結果が場所をとることになるだろうから、彼の死亡記事はずいぶん縮小されるでしょうね。政党政治の弊害とは、あの男の考え方によれば、新聞で場所をたくさんとるということなの」

 

助祭長は寛大な笑みをうかべた。この助祭長はあざやかなまでに世慣れていたので、侯爵夫人が感じ入ってさずけた、聖なる俗人という名前にふさわしかった。さらにその上、彼の生地は本物の聖人のような模様に織られていたので、誰が天国の鍵を所有していようと、すくなくとも彼もその住所への自分の鍵を所有しているように感じられた。

「新聞記事の配置に手を入れたりすることが重要なのではありません」彼はいった。「教会は、私に代表されるように、シェラルド・ブローに同意しています。一方で、彼のことも、彼が言うことも、あなたのような懐疑主義者は支持しないようですね、レディ・キャロライン」

 レディ・キャロラインは目をしばたたいた。「助祭長さま。現代では、どこにも懐疑主義者なんていませんわ。キリスト教の護教論者には、信じることのできないものなんて何もありませんもの」

 助祭長は立ち上がりながら、かすかな笑いに顔をゆるめた。「もうお暇して、ド・ラ・プーレのところに行かなくてはいけません」彼はいうと、指定席の三番目に座っている聖職者の姿を指した。「彼は説教壇から説教して人生を過ごしているような男ですが、その説教ときたら、キリスト教の栄光とは、真実でないにしても、そうした話をつくりあげることが必要だと思われている事実にあるということなんですよ」

ボックス席の扉がひらき、コートニー・ヨールがはいってきたが、その有様ときたら、シャミナードのえも言われぬバレエのようであり、また政治に関する緊張感をみなぎらせていた。もはや政府は、支持層という素晴らしい強みを失っているのに、そうしたことを知らない人々は、重要法案について委員会審議にかけられていることがらが、近々採決にかけられるけれど、きわめて難しい状況になるだろうと予測するのに忙しかった。土曜の夜のことであった。もしこれから月曜の午後までのあいだに、甘言が功を奏さなければ、大臣は敗北にさらされるようにみえた。

「ヨールがここにきた」助祭長がいった。これから四十八時間のあいだに何が起きるか教えてくれるだろう。首相は良心の問題だと言っているらしい。たしかに良心次第で、人は確固たる態度をとることもあれば、ぐらついてしまうこともあるだろう」

彼が期待しているのも、共感しているのも、周知の事実ではあったが、首相の側についていた。

ヨールはレディ・キャロラインにむかって優雅に会釈をすると、ボックス席中央の椅子に優雅にふかぶかと腰かけた。ヨールに気がついた人々は、ゆっくりと劇場にざわめきのさざ波をおこした。

「政府にとって、良心の問題でぐらついてしまうとしたら」彼はいった。「それは安全カミソリで自分のことを切ってしまうようなものだろう」

レディ・キャロラインは穏やかに賛成をしめした。

「たしかに真実ですわ、助祭長さま」

政権を担当している数年間、誰も政府をうまく守ることはできなかった。助祭長は軽い論争に避難した。

「どうやらレディ・キャロラインは、社会主義の偉大な政治家の素質が、君にはあると考えているらしい、ヨール」彼はいった。

「偉大な社会主義はつくられていません、死産したのです」ヨールはこたえた。

 「今夜の芝居は何かしら」これまで会話にくわわっていなかった若い女性がきいてきた。

「さあ、知らないわ」レディ・キャロラインはいった。「退屈な芝居だといいけど。素敵な台詞があると、涙にくれてしまうから」

上の桟敷席の正面で、ムクドリのように落ち着かない声をした女性が論じているのは、現代において人気を博している曲についてであり、もっぱら自分の感情と結びつけて語っていた。そうすることで周囲への関心をひろく証明するとでも、彼女は考えているようだった。

「彼の音楽をきくたびに、山に登って祈りたくなりますわ。この感情をわかっていただけるかしら」

彼女が打ち明けた娘は首をかしげた。

「そうかしら。彼の曲をきいたのはスイスだったから、ずっと山の上だったわ。だから山に登りたくなる感情とは関係ないと思うけど」

「むしろこういったほうがいいわ」彼女はいったが、それは緊急の感情を地理学的状況にあわせているかのようにみえた。「ほとばしる川のかたわらの沈黙した平野にいたくなると」

「わたしが考えているのは、彼の曲のすばらしさについてとーーー」また別のムクドリのような声が、娘たちの列のはずれから聞こえてきた。嵐がくるまえに貪欲に草を食べる羊たちのように、ムクドリのような声がいっそうの努力にかりたてられて囀っているのは、静かにしなければいけない四幕の上演のあいまの幕間だという知識のせいであるようにおもえた。

 

二階の桟敷席のうしろのほうでは、遅れて入ってきた観客がプログラムにあわただしく視線をはしらせてから、心地よい語り口にはいっていった。その語りは、タクシー運転手の一人芝居のつづきであり、劇の流れがふたたび始まろうとしていた。

 

「パーミンター大佐のはずがないと皆がいったわ。大佐はジョアンに気があるもの。それにエミリーの話では」

幕があがり、話し合いにおけるエミリーの貢献は序幕がおわるまで持ち越されることになった。

その芝居は成功が確信できるものだった。作者は、才気あふれる言葉の落とし穴におちいることをさけながらも、面白い芝居に仕立てようとしていた。自分の芝居が喜劇であることを念頭において、楽しい芝居にしようと試みていた。とりわけ作者が心がけていたのは、小道具の慣わしでは、全体よりも部分のほうが優れていても差し支えのないということであり、どちらかといえば望ましいということであった。そのため、他の登場人物よりはっきりとした、人をひきつける優位性を主演女優にあたえることには慎重になり、その結果、他の登場人物が主演女優と仲良くすることは不可能になってしまった。芝居の演技もときおり遅れがちになり、公演時間もいちじるしく延長されることになった。

 

幕が第一幕でおり、拍手も幕間の回数を考慮しながらも励ますかのように鳴り響いた。観客は舞台に背をむけると、新たなものに関心をむけはじめた。「それを望んだ女はウェンズディ」を書いた女流作家がつむじ風のように滑り込んできて、静かに、でも嵐を予感させるようにレディ・キャロラインのボックス席にはいってきた。

 

「席をはなれるときに、辣腕編集者の足をふんでしまったわ」嬉しそうな笑いをあげながら、女流作家は大声で話しかけてきた。「彼は寛大だったけど。お怪我は大丈夫ときいたら、彼はこう言ったのよ。『強引な取引をするには目立たないといけないと、あなたは考えていらっしゃるようですな』子羊を飼っているように従順なんだから」

「子羊の足を踏みつけたことはないから」レディ・キャロラインはいった。「そうした状況で、そんなことをしてどうなるか見当つきかねるけど」

「ねえ、おしえて」女流作家はいうと、ボックス席の中央にきた。劇場を見渡すのにいい場所だということもあったし、おそらく自分を眺めたいという人々のために事を容易くしてあげようという慈悲深い願望からでもあった。「ねえ、おしえて。コートニー・ヨールが婚約した娘はどこに座っているの?」

エレーヌは指でしめされたが、四列目の席に座っていた。コーマスの席があるところはそのむかい側の席だった。かつては幕間に彼が片側の通路にたつと、彼女は気がついて親しみのある会釈をしてきた。だがそのとき、彼が夢中になって眺めていたのはガラス板にうつる自分の姿だった。そこで真面目な茶色の瞳と嘲るような淡い灰色の瞳がからみあい、互いの深い瞳の色をみては最後の姿を確認するのであった。

コーマスにとって公演の第一夜とは、きらびやかな観客があつまってくるものであり、そうした観客が群れて仲間をつくりながら、活気あふれる話をする場であった。たとえ、一方で面白くないおしゃべりをする人々が控えていたとしてでもある。舞台や社交界の雰囲気がひろまり、政治的な騒ぎの裏の意味がつたわっていく。こうしたことすべてが、コーマスが主役となる悲劇をつくりあげてきたのだった。その悲劇こそ、彼が理解し、愛してやまない、そして恩恵に浴している人生であり、さらに別れを告げようとしている人生であった。悲劇そのものは何度も、何度も繰り返し再生されていくだろう。再生を繰り返すのは、舞台によせられた関心であり、社交界によせられた関心であり、おしいってくる外部からの関心なのである。再生を繰り返すことになるのは、同じように生き生きと会話をする群衆によってであり、理解した者がそうでない者に教える事を行おうとする人々によってである。その悲劇は続いていき、生気も火花も楽しみも衰えをみせないだろう。だが、コーマスにとっては、その悲劇は完全に停止してしまったのだ。彼は聞いたこともないような荒野で火ぶくれをつくることになるだろう。荒野では、先住民やら、ごみを漁るパリア犬やら、しゃがれた声でわめく烏やらが、彼の孤独に嘲るような飾りを描くのだ。荒野では、蒸し暑いなかを何マイルも馬に乗っていても、収集家や警察官に遭遇するだけだ。そうした収集家や警察官に親しい存在といえば、次の二種類の人々しか思い浮かばない。そこは容色のおとろえた女性宣教師や役人の妻が、時おりあらわれる程度の女性社会であり、食料と病と家畜に関する知識こそが、心をむけ集中すべき三つの主な課題なのである。彼が予感し、ひどく恐れているのは、そうした荒野での生活であり、そして今から経験しようとしているのは、まさにそうした生活であった。若者にすれば、田舎の司祭館のような退屈さから抜けだして荒野での生活へとふみだすことも、また草花の品評会やクリケットの試合がその年の大きな出来事となるような司祭館近隣の生活からふみだすことも、流罪になったという思いにかられることでもなければ、屈辱を感じるようなことではないのかもしれない。それでも変化と冒険を感じて当惑することだろう。それにコーマスがながく暮らしてきた世界では、開発が遅れた地での生活は沈滞そのものだとみなされていた。さらに若いときの沈滞とは、本能や理性にたいする侮辱として見なされて当然である。沈滞とは誤った方向へとそそのかそうとする嘲りであり、あたかも衰弱した病人に苦痛にみちた世界旅行をさせるようなものであり、またヒョウを狭い檻に閉じこめるようなものである。彼はわきにおいやられたのだ、まるでワインを貯蔵するかのように。だが熟成していくことはなく、劣化するだけだった。若さ、健康、容貌が最高であるときを逸してしまうことになるのだ。その世界では若さ、健康、容貌が大事なものであり、時の流れは失われた所有物を戻してくれないのだ。そして芝居の幕がおりてくるたびに、コーマスは自分に絶望がふりかかり、没収されるように感じた。苦々しく見つめるものは、彼にとって最後の夜となる社交会の陽気さであり、その陽気さがそっと立ち去り、終わりにむかっていく様だった。一時間もしないうちにすべてが終わりとなり、数ヶ月もすれば、夢うつつの記憶となるだろう。

三幕目の幕間で、彼がおしゃべりでざわめいている劇場を見わたしていると、誰かが彼の腕をひっぱった。それはレディ・ヴーラ・クルートだった。

「一週間後、あなたは外洋にでているのね」彼女はいった。「お別れの晩餐会には、わたしも伺うつもりよ。お母様に頼まれたからだけど。でも、いつもの馬鹿話をするつもりはないわ。あなたが馬鹿話とかをいくら好きでもね。時々、私は思うのよ。地獄にもいいところがひとつあると。それは他のどこにいるよりも地獄にいた方が、あなたにはずっといいんだと指摘するような無礼を、誰もはたらかないということだわ。さて、この芝居のことはどう思う? もちろん結末は予想がつくわね。きっと、あの女主人公は夫のところに告げにくるの。待ち望んでいた子どもがうまれるって。そうしたら、すべてがうまくおさまるわ。都合のいい話だけど、効果抜群ね。喜劇が悲劇の始まりとなって終わるわけね。それなのに誰もが口ぐちに『幸せな結末でよかった』と言いながら立ち去っていくのよ」

 

レディ・ヴーラは自分の席にもどりながら、口元にうれしそうな微笑みをうかべていたが、その目には計り知れないほど大きな疲労感がただよっていた。

 

幕間も最後の幕間となり、それも終わりに近づきつつあった。劇場はそわそわとした関心を舞台へむけはじめ、舞台では劇の最終場面が展開されようとしていた。フランチェスカはセレナ・ゴーラクリィのボックス席に座り、スプリングフィールド大佐の話に耳を傾けていた。大佐は、インドのプーナにあるヨーロッパ人種居住区の鳩小屋にふりかかった出来事について語っていた。大佐の知り合いは皆、幾度となくその話を聞かされてきた。だがレディ・キャロラインが、その退屈なまでの苦痛をやわらげた。実際、いわば冒険心からともいえる面白さを大佐の話にそえたのだが、それはそのシーズンでもっとも大佐の話を聞いた者に褒美をあたえるというものであった。褒美を競う者たちが大佐の話を理解しようとする様子は名誉に値するものだが、けっして問題の核心へと進んでいくものではなかった。アーダ・スペルベクシーと外務省の青年が、競争者たちの一覧のなかでは、大佐の独奏会に五回参加したということで上位にきていたが、アーダのほうは競争の約束ごとや精神を守っているかどうか疑わしいと思われていた。

 

「そしてそこに残ったのは、御婦人のまえで言いにくいのだが」大佐はしめくくった。「11羽の死んだ鳩だった。オニネズミがどうなったのか知る者は誰もいない」

 

フランチェスカは話をしてくれた大佐に礼をいうと、劇場のプログラムの余白に4という数字を満足そうに記した。それと前後して、ジョージ・サン・ミッシェルのまくしたてる声が聞こえてきたが、その声は情報収集にわくわくしながら、セレナ・ゴーラクリィでも、耳をかたむけている者なら誰でも啓発しようとしていた。フランチェスカはすぐに耳をそばだてた。

 

「エメリン・チェトロフの婚約者はインド外務省につとめている。そうして稼ぐより仕方ない男らしい。だから二人は五年のあいだ結婚できない。馬鹿馬鹿しいほど長い婚約期間だと思わないか? 家長制時代の妻なら、他にやることはあるし、自分の三百年祭を祝うほど長生きするだろうから、七年間待つのもいいだろう。でも今のこの世において、それは馬鹿げた取り決めに思えるというものだ」

 

サン・ミッシェルはほとんど立腹しながら話していた。結婚をくわだてるということは、花嫁につきそう娘の話に新婚旅行の話題、言うことをきかない伯母の話とか、結婚式にまつわる些細な噂話をまとめあげるということであった。だから結婚するまで何年になるのかということが不確かなようでは、彼の目には不適切なことのようにうつるのだった。大統領選か総督の交代のようにはるか彼方の出来事に感じられるようでは、結婚の予定について早めに、特別に知っていたとしても、満足もなければ、重要性も感じられなかった。だがフランチェスカにすれば、エメリン・チェトロフの名前がでてきた途端にびくりと不安にかられたくらいだから、その知らせに怒涛のような安心と感謝をいだいた。女子修道院にはいるという訳でもなければ、独身の誓いをたてた訳でもなかったが、エメリーンのふるまいは願ったりかなったりで、はるか彼方にある未来へむかって結婚を追いやらなくてはいけない恋人へと、その身を結びつけたようなものだった。五年のあいだ、フランチェスカはブルーストリートにある家の所有が妨げられないですむことになった。その後にしても、何が起きるかは誰がわかるだろうか。婚約はいつまでも続くかもしれないし、長すぎる婚約にはよくあることだが、月日が積み重なるうちに無駄な結果になるかもしれない。エメリーンも留守にしている恋人への思いを失い、他の男性と置き換えることもしないかもしれない。現在の住まいを永遠に保有できるかもしれないという黄金色の可能性が、もう一度、フランチェスカの心に漂いはじめた。エメリーンが結婚という市場で予約されていないかぎり、いつか「結婚することになり、じきに式はとりおこなわれるだろう」という怖しい告知が、彼女の名前と結びつけて発表されるかもしれないという可能性に、常に心をかき乱されてきたのだった。だが今や、結婚することにはなったのだが、それもすぐにはおこなわれないのだ。この場合、サン・ミッシェルの情報は正しいものになりそうだった。彼は結婚に関する情報収集をおこなうことができず、自分がひろめたいと願う類の結婚に関する細々とした補足で、その情報をおぎなうことができないだろう。フランチェスカが舞台のほうをむいて第四幕をみようとしたとき、彼女の心は感謝と歓喜の賛歌を歌っていた。神から送られてきた技術者が頑丈な糸をつかって、フランチェスカの頭上につりさげられたダモクレスの剣をつるしているたてがみを補強しているかのようだった。彼女の自分の住まいへの愛情も、住まいに飾られている大切な所有物への愛情も、楽しい社交生活への愛情も、現在の確信のなかでもう一度ふくらんできて、未来の希望を食べ始めた。フランチェスカは四、五年を長い期間として考えるくらいの若さがまだあり、その期間をこえても順調にすすんでいくだろうと考えるくらい、今夜は楽観的だった。四幕は注意深く伏せてはいたが、主役たちは仲よくしていながら今にも一触即発の状態にあることがあきらかであったが、フランチェスカは少しも理解していなかった。だが、結末は幸せなものであると、夢うつつに理解した。明かりがともったので、彼女は周囲を見渡して、三々五々散っていく観客をながめながら、有頂天になりながら親しみを感じた。エレーヌ・ド・フレイとコートニー・ヨールが連れだって劇場を去っていく姿を目にしても、ふたりが入場してきたときに生じた不快感はその十分の一もなかった。セレナからのサヴォイへ出かけて夕食をとろうという誘いは、フランチェスカの陽気な気分にぴったりしていた。幸運に恵まれた夜の締めくくりには、ふさわしく、適切なものだった。家で彼女を待っている冷製チキンと質素なシャブリは、祝祭にふさわしいご馳走にゆずることになるだろう。

 

入口の人ごみでは、個人的な関係であろうと、政治的な関係であろうと、友人も、あるいは敵も、人々は押し合いへし合いしながら腕を組み、一時的に余所余所しい風をよそおいながら、あっという間に逃げていく車をつかまえようとした。レディ・キャロラインが狭苦しいところで、はからずも尊敬すべきヘンリー・グリーチに出くわして味わった喜びとは、帰途についた狩猟家が、残りの薬包をつかうかもしれない場面にでくわしたときのものだった。

 

「政府は妥協するんでしょうね、結局」彼女はいったが、その件について個人的に知った情報のせいで腹立たしさにあふれていた。

 

「政府は、そのようなことはしないと考えますが」議員がそれらしい威厳をたもちながら答えた。「首相から昨夜聞いたのですが、どのような状況においてもーーー」

 

「お言葉をかえすようだけど、グリーチさん」レディ・キャロラインはいった。「首相が真実と結婚されていることは皆知っているわ。でも結婚した他の夫婦のように、別れて暮らすこともあるのよ」

 

彼女にとって、その喜劇はいずれにせよ、幸せな結末で終わったのだった。

 

コーマスは椅子席から離れたが、その足どりは重く、ぐずぐずしていた。あまりにもゆっくりしていたから舞台の照明は消え、巨大な経帷子のようでもあり、塵ふき布のようでもある幕が金メッキの装飾のうえにゆれていた。笑いざわめきながらお喋りに興じ、あるいは退屈そうにあくびをしている人々が、玄関から徐々にながれてきて、劇場から階段をおりてくる集団の最後にとけ込んだ。せっかちな案内係は彼に外套をわたすとクロークルームに鍵をかけた。コーマスはポーチのしたに踏み出した。彼は上演を告げているポスターをながめた。それから上演二百回を告げるポスターはないだろうかとみわたした。上演二百回を迎える日、ストロー・イクスチェンジ劇場は彼にとって彼方にある、非現実的な存在となるだろう。幻想から離れると、劇場の存在を信じることが出来ず、かつて存在していたということすら信じることができないだろう。そして上演二百回目のとき、笑いさざめきながら、ポーチの下をゆきかう人々にとって、コーマスもまた、たとえ彼のことを知っていた人だろうと、同じくらいに非現実的な存在となり、遠く離れた存在となるだろう。「ハンサムなバシントンの坊やはどうしたのかしら? きっと死んだわ。それともゴム農園で働いているか、農場で羊を追いかけているかといったところでしょうね」

 

  14章

 

フランチェスカは息子の旅立ちを祝って、急いで晩餐会をしつらえたのだが、成功するかどうか疑わしい会の開始は脅威にみちたものだった。最初にコーマスはこっそり観察したのだが、彼のことを心配してくれる者はなく、そのかわりに別れを告げようとする人々があふれていた。だが、とりわけ彼が親しくしていた友人たちの姿はなかった。コートニー・ヨールにいたってはもちろん論外だった。そこでフランチェスカは拡大解釈をすることにして、コーマスの知り合いの青年たちを招いたが、それでも彼女には認めることができないような若者たちだった。コーマスにしても、そうした青年たちを招待することには反対した。一方で、ヘンリー・グリーチは、コーマスが旅立つことになる仕事をくれたことだし、さらにはその仕事につくおかげで支度に必要な金を手にすることができたのだから、フランチェスカにすれば、彼とその妻を晩餐会に招待することは義務であるように感じた。人々のなかには、一生をとおして装うかのように鈍感さをぴったり身に着けている者がいるが、グリーチもその鈍感さのおかげで招待をうけることにした。コーマスはそうした状況を聞くと、長々と騒々しい笑い声をあげた。彼の心は、出発のときが近づいているせいで、高揚していることにフランチェスカは気がついた。

 

 他に招待客のなかには、セレナ・ゴーラクリィとレディ・ヴーラの姿があった。レディ・ヴーラは、劇場で初幕のときの話で招かれたのだ。社交界シーズンの最中であり、短い期間で、招待客をよく選んで集めることは容易なことではかった。そこでセレナが、おだやかな女性らしい言い方で、ステファン・トールが熱帯のことも、アフリカのこともよく知っているから連れてきましょうかと提案したときに、フランチェスカは大喜びで受け入れた。だが、その地を旅行して体験してきたといっても、大半の地域を旅してきたという訳でもなく、かなり長い期間にわたるという訳でもなかった。だが海岸沿いの地域に、数日滞在しただけにしても、彼は大陸について語ることができる人々の一人であった。たとえ古生物学者が、たまに見つかる脛の骨を証拠にして、哺乳動物をふたたび組み立てることに近く、また同じくらいに独善的なものだとしてでもある。彼の声は大きくて甲高く、目は鋭くて目をひくものがあり、その目はふつうに話しかけても聞こえていないことをしめしていたが、かわりに目で聞いているにちがいなかった。彼は自慢をしたが、そのせいで必ずしも耐えられない思いにかられることはなく、ただ交際をして時間を過ごさなければいけないということにすぎなかった。彼がいろいろな人から聞いてもらって誉められることを求めても、注目に値する人々がいる場所での活動を広げるためだろうと寛大にみなされるのであった。さらに注意深く耳をかたむけてくれる聞き手を得ようと憧れるあまり、彼は自分が流暢に語ることができ、しかも特別な知識をひけらしながら語ることのできる様々なすばらしい話題にくわわった。だが政治の話題をさけた。立場はよく知られていたし、賛成意見がでてきても明確に否定的見解をのべなければいけないからだ。さらに論争をするということは、彼の気性にむいていなかった。彼が好んだのは、おりにふれて、有益な質問をすることで、部分修正していく論文のような確固たる流れであった。そしてその質問から、冗長な言葉遊びをしていくうちに新しい枝が分岐して、出発点を形づくるものだ。町工場を奨励する話にしても、少年少女が街頭で行商するのをさまたげる話にしても、感化院の収容組織の話にしても、すべての話が彼の手にかかると、飽くことのない解説者が語るように、流暢かつ楽しいものとなったが、けっして説得力のある主張をするわけではなかった。こうした様々な議論の背後にある真の原動力に、彼は密接に関わっているわけではなかった。特別な動きで、現実的な仕事をする基礎工作の労働者にむかいあうと、彼は板金工を連想してうんざりしてしまい、表面を少しなぞるようにして調べる程度だった。だが、自分の進歩ぶりや達成度を宣伝することには、かなりの時をあてることにしていた。ステファン・ソールとは、そうした人物だった。家庭教師よろしく教えているのは、チェルシー育ちの宗教であり、自分の心にある百貨店のショーウインドーさながらの、こなれた飾りつけだった。言うまでもないことだが、多岐にわたる、変遷しがちな知人のあいだでは、彼の人気ははかなく消えていった。たくさん旅行した人物として、社交界における彼の地位は高まる一方で、その経験は古典的なものとなり、それでも名門一族の家にはほとんど行くのであった。しかも二度である。

 

 この特別な晩餐会に客としてステファン・トールがはいっているということは、あまり幸せな方向に励ましてくれなかった。彼はコーマスに恩着せがましい態度をとりたいと思い、その対象はアフリカ大陸にとどまらず、大したことのない知り合いにまで及んだ。長い年月にわたり、あからさまな敵意を甥にいだき、気まずくなっていたヘンリー・グリーチは例外だとしても、人々のあいだには不快な感情がただよっていた。コーマスの表現によれば、黒羊の輸出貿易の話題のせいで、愉快であるべき別れの晩餐会にはそぐわない重々しい雰囲気になっていた。晩餐会は、コーマスの出発を祝ってひらかれたものだが、当のコーマスが成功の原因とはなっていなかった。彼の心は緊張に高ぶっていたけれど、その陽気に騒ぐ様子は、仲間の陽気さにつられて騒ぐというよりも、皮肉をいったり、楽しんだりする見物人さながらの陽気さだった。時々、静かにひとり笑いをすることもあったが、それは陽気でもなければ、腹もたたないような意見をたまに言われたときだった。だがレディ・ヴーラは、彼を仔細に観察してから、結論をだしたのだが、見かけは陽気にしていても、そこには恐怖がまざっていた。一、二度、彼はテーブルのむこうに彼女の視線をとらえ、そのとき、ふたりの間には共感が芽生えたかのように思えた。まるで哀れなところのある喜劇が眼前で演じられ、ふたりで意識しながら、その芝居を観ているかのようであった。

不運な小事件がおきて、食事のはじまりに汚点をつけた。食器棚のうえにかかっていた静物画の糸からぴしっという音が聞こえると、驚かせるような音をガタガタたてながら、物がいっぱいのっている板のうえにずり落ちた。絵はほとんど損傷をうけなかったが、落下していくときにチリンチリンというコップが割れる音が響き、目をむけると揃えることが出来そうもない七客のリキュールグラスのうちの一客が粉々になっていた。フランチェスカは自分の所有物にたいして、まるで母親のような愛情をいだいていたので、その瞬間、困惑や、意気消沈という感情を奇妙なくらいに自覚したが、それでもミセス・グリーチのほうに礼儀正しくむきなおり、四枚のスープ皿がまきこまれた不運について彼女が語る説明に耳をかたむけた。ミセス・グリーチはさほど話好きではなかったので、ステファン・トールのかたわらを迂回していた。彼は二家族が一枚の欠けたスープ皿で食事をすべてすます貧民街の生活について語っていた。

 

「私が瀬戸物の食器をひとりひとりに贈ったときの、その貧しい連中の感謝といったら。感謝するときには目に涙をうかべて、声をふるわしていたけど、その様子は言葉にあらわせないくらいだ」

 

「それはとりあえずお疲れ様なことだったな」コーマスはいった。

その声をききつけ、トールは目をすばやく食卓にはしらせると、この当惑させる発言がどう受けとめられているのかという証拠をあつめにかかった。だがトールの声は途切れることなくつづき、イースト・エンドで感謝されたことを詳細に話し、公平無私な慈善の心だと考える特別な行いについて言及した。その慈善の心こそが感謝の気持ちをよびおこすものであり、また感謝の気持ちを支えるものであるからだ。グリーチ夫人は、割れた瀬戸物の話に関する興味深い後日談は隠した。後日談と言うのは、それからハロッズで、粉々になったスープ皿と同じものを手に入れたということである。輸入植物は原種が矮小化されて見劣りがしたものであれ、よく成長することがしばしばあるが、トールも輸入植物さながらのたくましさで、晩餐会を支配しながら、その本来の目的を脇におしやった。セレナは、絶望的なまでに弁明しているかのように見えた。ようやくシャンペンのグラスがつがれ、本来の意図へと晩餐会をもどす理由があたえられたとき、フランチェスカはかなり安堵した。

「健康を祝して乾杯しましょう」彼女はいった。「私の大切なコーマスのために、安全で幸せな航海ができますように。また皆様方のように繁栄多い人生を過ごすことができますように。やがて時がたてば、安全と幸せが戻りますことを願って乾杯」

だが彼女の手は、グラスをもちあげたときに思わず痙攣してしまい、黄色い気泡をうかべた液体はテーブルクロスに泡立ちながらながれた。たしかにパーティは心地よい、さい先のよいものではなかった。

「大丈夫?おかあさん」コーマスはいった。「午後ずっと飲んでいたせいで、手元がおぼつかないにちがいない」

 彼はあかるく笑ったが、でもそれは明らかにぞんざいな態度であった。だがレディ・ヴーラはふたたび、彼の笑いにおびえたような響きをみつけた。ミセス・グリーチの同情は役にたつもので、フランチェスカにテーブルクロスのワインの汚れをとるのによい方法をふたつ教えてくれた。日々の生活でそうした些細な節約をするようなことは、ミセス・グリーチにとって習得する必要のない枝葉末節であったが、そうしたことがらを注意深く、入念に学ぶ様子は、質素な家にこもりきりの英国のこどもが、世界の主要な山の頂上の測定結果と海抜を暗記することを誓うようであった。女性のなかには、王室のすべての人たちの好みの色やら、花やら、賛美歌やらを暗記しようとする心の者たちがいる。ミセス・グリーチにそうした心もちがあるか試験すれば、不合格になることだろう。それでも彼女はあまりに長いあいだ、倉庫におかれていた人参をどうしたらいいのかということを知っていた。

 

フランチェスカはそれ以上、祝杯の言葉をつづけようとはしなかった。浮かれた気分を演出しようとする努力に水をさすかのように、不快感がたちこめていた。仕方なく彼女は自分のグラスをみたして満足すると、息子の健康を祝して乾杯しただけであった。他の者たちも、彼女にならった。そしてコーマスも、簡潔に「どうもありがとう」と言うと、グラスをからにした。その場には気まずい感じがたちこめていたが、それでも会話のあいまには、いかなる不快な間もあくことはなかった。ヘンリー・グリーチは流暢に話す思索家であり、考えを声にだす方を好む類の思索家であった。コーマスの家の幕がおりるように、彼のうえに沈黙がたちこめるとしたら、それは公の場で制服を着ているようなものであり、私的な生活ではできるだけ沈黙という制服を脱ぎ去るのであった。彼は晩餐会のあいだ、ただの聞き手としてトール氏につきあって座るつもりではなかったが、それでもトール氏は慈悲にあふれた時や経験について語り、現代の政治にたいして一連の風刺的な観察をおこなう機会をはじめてつかんだのであった。レディ・ヴーラは、自分の家のあつまりでも、こうした類の出来事に慣れており、冷製に無関心をよそおって耳をかたむけながら腰かけている有様は、冬のさなかの北極で、雪嵐の発生に遭遇しているエスキモーのようであった。セレナ・ゴーラクリィは、自分がつれてきた客が会話を独占していないという事実に、ある種の安堵を感じていた。だが、客がずっと脇におしやられるように仕向けたのは、よくしゃべる下院議員のせいであった。ヘンリー・グリーチは、自らの嘲りにみちた風刺にくすりと笑うため、しばし休息をした。するとすぐにトールの突き刺すような声が食卓のむこうから響いてきた。

 

「政治家ときたら」彼は嬉々として見下しながら大声をあげた。「いかにして物事をおこなうべきかで戦っている。だが、その結果、なにも出来ないでいる。ユニテリアン派の博労が、イタリアのブリディッシで政治家について話した言葉を教えてもよいのだが」

 

ブリディッシにいたユテリニアン派の博労の話には、思いがけない魅力があった。向かいの席から発せられたヘンリー・グリーチの警句は未完のまま終わることになり、割れたスープ皿について語る妻の話と同じ道をたどった。トールは十分な物語と話題がつづくよう準備していたが、それは主として貧困や浪費、人格の矯正や改善についてであり、彼は晩餐会が終わるまで、途切れることなく話題に口をはさむことになった。

 

 「わたしの望みは、みんなに考えてもらうことだ」彼はそういうと、女主人のほうへ飛び出た目をむけた。「だが、考えさせるということは難しいことだ」

「ともかく考える機会をあたえたじゃないか」コーマスがぽつりといった。

婦人たちが立ち上がって食卓をはなれるとき、コーマスは床に落ちていたレディ・ヴーラの手袋をひろいあげた。

「あなたが犬を飼っているなんて知らなかったわ」レディ・ヴーラはいった。

「飼ってないよ」コーマスはいった。「この家には、犬なんかいないよ」

「誓ってもいいけど、今夜、犬があなたのあとを追いかけてホールを横切ったわ」彼女はいった。

「シッパーキ犬のような、黒くて、小さな犬じゃないか?」コーマスが声をひそめて訊いた。

「ええ、まさにそのとおりだわ」

「ぼくも、今夜、その犬をみた。座っていた椅子の背後を駆けていった。でも、ほかの人には話さないでほしい。母がおびえると思うから」

「前にも見たことがあるの?」レディ・ヴーラはすばやく訊ねた。

「一度、六歳のときにみた。そのとき、犬は父親のあとを追いかけて階段をおりてきたんだ」

 レディ・ヴーラは、何もいわなかった。彼女は、コーマスが六歳のときに父親を亡くしていることを知っていた。客間では、セレナが話し好きの友人に、神経質に退出の言い訳をしていた。

「ほんとうに面白い方ね。なにを話しても、ほんとうに面白い方だわ。居間での集まりだと爆発しかねないし、耳のきこえないご近所さんが集まっているような教会のホールでも注文するような方ね。オルガンの音が鳴り響くような場所をあたえられて、爵位を授けられてから椅子に座るなら、きっと幸せを感じる方にちがいないわ。彼みたいな方が、こんなささやかな晩餐会を、どうやって制圧するのかわからないわ」

「あの方はとてもいい方ですわ」ミセス・グリーチはいった。スープ皿のはなしを途中で邪魔されたことをもう許していた。

 

大半の客は他に約束があったので、晩餐会は早々とおひらきになった。人々はこの会が永久に別れを告げるものであったということを遅ればせながら認め、心地よい、ささやかな別れをコーマスに告げ、いつものように繁栄を祈り、最後には運良く戻ってくるだろうと請けあった。ヘンリー・グリーチでさえ、しばらくのあいだは、この青年への個人的な嫌悪をおしころして、おどけながらも帰国できるだろうと、心をこめてほのめかした。それでも年配の者からすれば、別離はこの上なく好ましいものに思えた。レディ・ヴーラだけが、将来について何の言及もしなかった。彼女はこういっただけだった。「さようなら、コーマス」だが、彼女の声は他の誰よりも優しかったので、彼も感謝の表情でこたえた。彼女が車のクッションにもたれたとき、その両目にうかぶ疲労感はいつになく著しかった。

 

「なんて悲劇的な人生なのかしら」彼女は声にだしていった。

 

 セレナとステファン・トールが最後に立ち去ると、フランチェスカはしばらくのあいだ、階段の最上段にひとりたたずみ、コーマスが談笑しながら客を玄関の扉までみおくる様子をながめていた。迫りくる別離のせいで、氷の壁は溶けだし、別れの晩餐会では、彼女の目にこれほど惚れ惚れとするような淡麗な青年に見えたこともなければ、周囲に伝わっていくような陽気な笑い声をあげ、悪戯好きな明るさを発揮している姿も、他には見かけないようなものであった。彼が怠惰で、浪費と誘惑の多い生活から抜け出してくれることは嬉しかったのだが、しばらくのあいだでも、この明るい息子がいなくなれば、どれほど寂しいことかと思いはじめていた。機嫌のいいときは魅力的でもある息子なのだ。客が帰ったあと、彼女は息子をよんで、両方の腕で抱きしめたいという衝動にかられた。これから旅立つ地での幸せと幸運を幾度も祈り、また離れることになる此の地に、そう遠からず戻ってきてくれたら、心から歓迎するという約束を何度も繰り返すのであった。彼女がみずから忘れたいと願い、彼に忘れてもらいたいと願ったものとは、言い争って怒りにかられた月日であり、激しい口論になり、冷ややかな無関心をよそおった月日であった。逆に覚えていてもらいたいことは只一つ、昔の日々のまま、大切なコーマスなのであり、手におえない悪戯者から、うんざりする問題児になる以前のコーマスのように大切なのだということであった。一方で、彼女は自分がこらえきれなくなるのではないかと怖れ、出発前夜にもかかわらず、明るくのんびりとしている彼の陽気さに、影をおとさないようにと願った。彼が玄関ホールにたち、鏡の前でネクタイを直している姿をしばらく見つめてから、さっと自分の客間へとひきあげた。うまくいったとは言いがたい晩餐会であった。なんとく憂鬱めいたものが残り、彼女に影響していた。

コーマスは、口元にはミュージカルの場面のような溌剌とした雰囲気をただよわせ、でも目には悲哀をうかべ、まもなく去ることになる行きつけの場所を訪ねに出かけた。

 

 15章

エレーヌ・ヨールは、ウィーンの高級ホテルのスパイス・ホールで、昼食の席についていた。「帝国」と刻まれた双頭の鷲が至るところに目につき、国の礎ともなる帝国の威厳をしめしていた。正方形をした中庭が何箇所かあり、そこには黄色い旗が建物の上でたなびき、その方面に詳しい者に、ロシアの皇太子がここに隠されているという事実を暴露していた。紋章の象徴性によって公表されないけれど、存在自体が紋章じみているせいで隠すことができないでいるのは、西洋世界の共和国における数名の市民であった。英国議会のコブデン主義者の一人か二人が実際的な仕事にたずさわり、ウィーンの生活費は法外な天秤に載せられているようなものであり、この地で自分たちは豊穣さを集めているのだから、余り偉ぶらないでさっさと動くものだということを証明してみせた。彼らの勘定の、実際にはありそうもない不当な高値は、国庫をあずかる競争者の命を縮めるものとして、いずれも歓迎された。民主主義の栄光は人々を誤った方向に導きはしたが、けっして追いかけられることはなかった。埃で模様がついたような世界のあちらこちらに、オーストリア陸軍のカーストの代表が着ている高価な制服が照り輝いていた。また明らかに、礼儀正しい距離をとりながらも、怠惰に過ごしてきたヨーロッパの19世紀とは言え、それでも忘れることのできないセム語族のはぐれ組がそこにはいた。

 

 エレーヌは、コートニーといっしょに、ボヘミアングラスでできた高さのあるゴブレットで、念入りにしつらえてある昼食の席についていた。この女主人は、三つの発見をしていた。第一の発見に彼女は失望したのだが、ヨーロッパの高級ホテルによく行くなら、どこの国に滞在することになっても発見することだが、そうしたホテルのあいだには国際的な類似があるということだった。第二の発見に安堵することになるのだが、現代では新婚旅行のあいだも、なまめかしく振る舞うことが求められないということであった。第三の発見とは、彼女にすればやや驚きではあったが、コートニー・ヨールがふたりだけのときに、彼女がはっきりと愛情をしめすことを求めてこないということであった。結婚してから、彼のことを本質的に未婚男子なのだと表現した者がいたが、たしかにふさわしい表現だと彼女は思いはじめていた。

「左側にいるドイツ人は話をやめないつもりかしら」ゲルマン民族の終わりのない小話が、カーペットをはさんだ向こうでまくしたてられ、口論となっていたので、彼女はたずねた。「あの三人の御婦人方ときたら、私たちがここに座ってから、話を少しもやめていないわ」

「ほんの一瞬ですが、やがて話をやめますよ」コートニーはいった。「あなたが注文した料理が運ばれてきたら、隣のテーブルには耐えがたいほどの沈黙がたちこめることでしょう。ドイツ人ときたら、料理が他の席に運ばれてくるのをみると、それが自分たちの料理よりも美味しいご馳走ではないか、自分たちが注文した料理より得な値段ではないかと怖れずにはいられないのです」

元気あふれるゲルマン民族と釣り合いをたもっているのは、部屋の反対側にいるアメリカ人の一行だった。彼らは通過してきた国々の料理について語りながら腰かけていた。

「ロンキン氏が欲しいのは、本物の、濃いチェリー色をしたチェリーパイよ」女性が芝居がかっているが、確信にみちた率直な口調で告げた。

「どうして、そのようなことを。たしかに欲しいものは」問題のロンキン氏らしい紳士が認めた。「本物の、濃いチェリー色をしたチェリーパイだが」

「パリでも同じようなことで困ったものですから」別の女性がこれ見よがしに述べた。「小さなジェロームと女の子たちも、もうクレーム・ランベルセはこれ以上食べたくなくなってしまった。本物のチェリーパイを食べさせることができるなら、何でもあげたのですが」

「本物の、濃いチェリー色をしたチェリーパイだ」ロンキン氏は同意した。

「オハイオへ戻ると、とても美味しいピーチパイをいただいたわ」ロンキンス夫人はいうと、回想の栓をひねって、滝のように流しはじめた。パイの話題は無限にふくらんでいくように思えた。

「あの人たちときたら、食べ物以外のことは考えないのかしら?」エレーヌがたずねたのは、あぶった羊の肉という素晴らしい料理がいきなり真正面に運ばれたときのことだった。アメリカ人たちはやや大げさなまでにその料理を受けとると、そこにはいない筈の、若いジェロームでさえ、その料理を気に入っただろうと引き合いにだした。

「それとは反対ですよ」コートニーはいった。「あの人たちは広範囲にわたって旅をしてきているし、あの男性は高貴な方で、すばらしい肩書きの持ち主です。あんなに料理や食べ物のことを話したり、悲しんだりしているのは、家にいて味わう暇がないせいで、ある種のホームシックにかかっているからですよ。放浪の民ユダヤ人も、朝食のことをいつも話題にするけれど、実際には準備するのに時間がかかるから、彼らには食べる時間はないのにね」

ウェイターがウィンナーの皿を、エレーヌの前に運んできた。それと同時に、魔法のような静けさが、隣の食卓にいた三人のドイツの婦人たちにおり、その目には恐怖がゆらめいた。だが、やがて騒がしいおしゃべりに、再び興じ始めた。コートニーは、頼もしい予言者であることが証明されたわけだ。

昼食の料理がその場に運ばれてきたとほぼ同時に、二人の婦人が近くの卓にやってくると、エレーヌとコートニーにむかって、威厳をたもちながらも、親しみのこもった挨拶をしてきた。その婦人たちは、エレーヌの伯母のなかでも、世慣れて、ひろく旅をしてきている者たちであり、たまたま若いふたりと同じホテルに、短い滞在をすることになった。すこぶる当然な話ながら、婦人たちは理性にしたがい、姪のところに押しかけてきた。新婚生活について考え方がかわったエレーヌにすれば、伯母の訪問は意義深いことであったので、ホテルにいた二人の親戚を心ひそかに歓迎した。数週間前に考えていた以上に、そうしたつきあいが必要なものにも、また望ましいものにも思えてきたので、伯母たちと親しく交わるために、時間をとって機会をもうけることにした。ふたりの伯母のうち、年下の伯母の方が控えめなのでエレーヌは好んだが、それは人々がもったいぶらない海辺の行楽地を好み、また食後に音楽を聞かされるようなことのないレストランを好むようなものだった。本能的に感じられることなのだが、その伯母は室内のどの女性よりも価値のあるダイヤモンドを身につけることはないし、蒸気船の事故やホテルの火災で、ただ一人救い出されるということもないような人間だからだ。子供のころ、年下の伯母は「リンデンで太陽がひくいとき」を完璧に朗読することができたが、そうする理由は何もないのにと思われたものだ。だが年上の伯母であるミセス・ゴールドブロックの方は、休息療法ともいうべき性格を持ち合わせていなかった。ほとんどの人から、もっぱらうるさく思われていたのだが、それは生真面目に、どうでもいいことを質問してくる彼女の習慣のせいであった。くだらない病気にかかったあとで、その病気について尋ねてくる彼女の様子から受ける印象とは、関心があるのは体の不調そのものではなく、不調による運の起伏なのだろうということだった。そして風邪から抜け出しても、郵便用の住所を教えるようにと期待されているようにまで感じるのだった。おそらくその態度は、生まれながらの内気さを防御しようとする姿勢からきているのだろうが、彼女は信頼に値する女性ではなかった。

 

「コートニーにまた電話のようね」ヨールが急いで部屋を横切っていくと、年下の伯母の方が見解をのべた。「どうやらあの若い方にはずいぶんと、電話のシステムが浸透しているようね」

 

「電話のおかげで、結婚から大半の苦痛が奪われるというわけね」年上の伯母がいった。「ペンとインクを使って書いた手紙は、まちがって送られた人に読まれてしまうかもしれないけど、電話なら確実ですものね」

エレーヌの伯母たちは良心的であり、また世慣れてもいた。伯母たちは、何世代にもわたって、丹念なまでに厳格でありつづけた家の末裔にあたるのだ。

 

エレーヌがパンケーキの段階にまで進まないうちに、コートニーが戻ってきた。

 

「長いこと席をはずしていてすまない」彼はいった。「でも今夜、君に少し面白そうな話をもってきた。素敵な仮面舞踏会があるそうだ。電話をして君に衣装を注文しておいたから、大丈夫だ。その衣装は君に似合って綺麗にみえるだろう。わたしは道化師の衣装にすることにした。マダム・ケルニコートは素晴らしい魂の持ち主であられるが、君につきそっているし、いつでも君の望むときに連れて帰ってくれる。わたしは明け方まで残ることになるだろうから」

 

見知らぬ街での仮面舞踏会は、エレーヌにすれば、楽しいという範疇には入らないようには思えた。近隣のひとに知られていない街で、身元を隠して念入りに変装することは意味のないことのように思えた。コートニーといっしょであれば、もちろん事情はちがってくる。彼は至るところに友人や知り合いがいるようにみえた。だが話が進められているので、今さら断ることも無礼な話におもえた。そこでエレーヌはパンケーキを食べ終えると、礼儀正しく自分の衣装に関心をよせた。

 「あなたは何を演じているのかしら?」その夜、外套をぬいで混みあった舞踏場へ入ろうとしているとき、マダム・ケルニコートがたずねた。

「マジョレーヌ・ド・モンフォールを演じているつもりですけれど、どんな女性かは知りませんが」エレーヌはいった。「コートニーが私と結婚したのは、彼の理想であるその女性のようだからだそうですわ」

「でも、何も知らない役を演じるのは間違っていますわ。仮面舞踏会を楽しむには、自分というものを捨てて、あなたが演じる役にならないといけません。晩餐会の途中から、もうコートニーは道化を演じていたけど。彼の目に、道化が踊っているのが見えました。明日の朝の六時頃、彼は眠りにおちて、新婚旅行にきている英国議会の議員として目覚めるのでしょうけど。でも今夜、彼は慎みのない道化師のようね」

 

エレーヌは舞踏上で、笑いさざめくピエロや騎手、ドレスデン・チャイナの田舎娘、ロシアの農夫の娘などに扮した人々にかこまれていた。見せかけだけでも、本物そっくりの一団は、舞踏場に華やかな雰囲気をかもしだしていた。そうした人々をながめているうちに、彼女には困惑した感情がふくらんでいくように感じられたが、それは主として自分自身についてだった。彼女が居合わせたのは、フランス人の言葉によれば、ヨーロッパでもっとも陽気な都市の、最高に陽気な場面なのであった。それでも周囲の愉快な雰囲気に、ぜったいに左右されないことを彼女は自覚していた。たしかに衣装をながめることも、音楽に耳をかたむけることも興味ふかいことではあった。その程度なら、彼女も楽しめたが、その場の放縦さには心ひかれなかった。それはあたかもルールを知らないゲームを見ているようでもあり、また関心のない事柄を見ているようなものでもあった。エレーヌは、どのくらいのところでマダム・ケルニコートをひっぱりだせば、とても残酷だという罪に問われることがないのだろうかと考えはじめていた。そのときコートニーが人々をかきわけ、彼女の方へやってきたが、晴れやかな笑いをうかべたコートニーは、今までのなかでひと際若く、ハンサムにみえた。今宵の彼には、新進の論説家というところは見当らず、人の多い下院で、政府の外交政策について猛攻撃をしかける人物にはみえなかった。はじまったばかりダンスを踊ろうと彼は誘い、ワルツを踊っている人々の中心へと器用に導いていった。

 

「君は、この世のどんな女性よりも、マジョレーヌらしくみえる」彼は断言した。「でも、マジョレーヌならときおり微笑むよ。でも君ときたら、召使いに紅茶を十分だしてきたかどうか心配しているような雰囲気がある。まあ、僕のからかいは気にしないで。そんなふうに見える君を愛しているのだから。それに僕の道化師がひきたつ。また僕のわがままなところがでてきたようだ。でも退屈したときには、家に帰っていいよ。あの素晴らしいケルニコートなら、冬のあいだずっとダンスをする機会がどっさりあるのだから。だから彼女を犠牲にするのではないかと心配しなくていいよ」

 

その夜しばらくしてから、エレーヌは気がつくとダンスから離れ、ロシア大使館からきた真面目な青年と立っていた。

「コートニー氏は楽しんでいますね」彼がそう言ったのは、若々しい道化師がさっと通り過ぎていったときのことだが、道化師姿のコートニーは豪華な色をした蜻蛉のようで、たえず動きまわっていた。「善良なる神は、なぜ、あなたの国の方々には永遠の若さという恩恵を授けてくださったのでしょうか? でも、一部の人達に若さを授けたのであって、けっしてすべての人に授けたのではありません」

 

エレーヌが思いだす同郷の者の多くは、今、若いわけでもなければ、かつて若かったことがあるわけでもないような者たちだった。だがコートニーに関するかぎり、それは適切な表現だと彼女は考えた。だが、そう認めることで憂鬱な気持ちになってきた。自分が落ち着き、隠遁生活にはいっても、彼はいつまでも若く、陽気なままなのだろうか?彼女は自分の心から、生き生きしているけど扱いにくいコーマスをおいやり、コーマスもひねくれた心のせいで、みずから彼女の心を離れた。そして夫としては、職務を幾つもかかえた、頭のきれる若い男を選んだ。コーマスは求婚のとき、自分の性格のなかでも、自己中心的な面を正直にみせてくれたのだ。だが彼女は心をきめ、他の何よりも大切にしなければいけない立場がある公の男に犠牲をはらうことにした。でも彼の心の奥にながれるものとして現れてきた道化の心にも、犠牲をはらわなければいけないのだろうか。犠牲になるという特別なかたちの考えに慣れたのに、さらにまた別のものの犠牲になることにも立ち向かわないといけないのだろうか。これは宗教を守るために殉教を経験してきた者の多くが、神経痛の殉教者になることから、なんとしてでも逃げようとするようなものだろう。

「だから英国の方々は、大変な動物好きなのですね」若い外交官はつづけた。「自分自身がすばらしい動物だから、動物好きなのですね。あなた方英国の方が活発なのは、活発でいたいからであって、人に見られているからではないのです。ムッシュー・コートニーも、たしかに動物だといえますね。これは大いに讃えるつもりで言っているのですよ」

「私も動物かしら?」エレーヌはたずねた。

「あなたは天使だと言うつもりでいました」ロシア人はややうろたえていった。「でも私には無理なことのようにも思えるのですが。天使と動物が、いっしょにやっていくことはできません。動物といっしょにやっていくためには、あなたにユーモアの感覚が必要なのです。でも、天使に何らかのユーモアの感覚があるとは思えないのです。天使に冗談は聞こえないのですから、ユーモアは役にたたないのです」

「おそらく」エレーヌはいったが、その声には苦い響きがあった。「おそらく私は不活発な人間なのでしょう」

「あなたを見ていると、絵画を思い出すのです」ロシア人はいった。

エレーヌがその直喩を聞くのは初めてのことではなかった。

「そうかもしれないわ」彼女はいった。「レオナルド・ダ・ヴィンチの作品を展示しているルーブル美術館のナロウ・ギャラリーみたいなものかしら」

あきらかに彼女があたえる印象とは、外見そのものを反映していた。

 

コートニーも自分のことをそう見ているのだろうか?他のひとの勝利や悲劇をうつしだす偽の背景となり、飾りたてた背景となるということが、人生における自分の役割であり、立場なのだろうか?どういうわけか今宵は、堂々たる部隊を戦場に派遣しながらも、その部隊をどうにもできないでいる将軍のように思えた。若さもあれば、容姿もすぐれ、相当の資産をもちあわせ、ほとんどのひとが満足できるものだと考える結婚をしたばかりだった。それなのに指導的な役割を演じるように期待されている場所で、傍観者としてわきによっているような気がした。

「このようなことに興味がおありなのですか?」仮面をかぶった者たちの乱舞をさししめしながら、彼女はその若いロシア人にたずねたが、楽しい否定の言葉を耳にするつもりだった。

「ええ、もちろんです」彼は答えた。「衣装に身をつつんでの舞踏会も、派手なものの見本市も、旋律の美しいカフェも、カジノも、現実の生活でないものなら何でも、ロシア人はひきつけられるのです。私たちと共にある現実の生活とは、マキシム・ゴーリキーが扱うものなのです。そうしたものは素晴らしく興味ふかいものなのですが、時々、そこから逃げ出したくなるのです」

マダム・ケルニコートがダンスの相手になりそうな人を連れてきたので、エレーヌは自分のロシアの勅使を別の場所へと遣わせることにして、もう一度踊りを踊ってから、ホテルへと戻った。べつに残念に思うこともなく、お祭り騒ぎから退散した。コートニーにすれば、これこそが人生なのだと考えて楽しんでいた。いっぽうで若いロシア人は、このようなものが人生であるわけがないと確信して、楽しんでいるのだった。

あくる朝、エレーヌは、いつもどおりの時間に、伯母達といっしょに朝食をとった。コートニーは疲れきった動物のように、しあわせな眠りをむさぼっていた。十一時に起こすようにと彼は指示していた。起きてから昼食の席に姿をあらわすまでのあいだ、ヌー・フレイ紙やツァイト紙を読み、身支度をととのえることに彼の関心はむけられた。その場にエレーヌが到着したとき、それほど大勢のひとが朝食をとっていたわけではなかった。だが、実際よりも大勢のひとがその部屋にいるようにみえたのは甲高い声のせいであり、その声はベネチアの標準的な朝食について、小さなジェロームと女の子たちが期待して望んでいた水準に達していなかったと語っていた。

「もし小さなジェロームが合衆国の大統領になれば」エレーヌはいった。「その美食学の好き嫌いについての記事を新聞に書けそうね」

伯母たちは、昨夜の舞踏会でのことについて控えめながら知りたがっていた。

「もしエレーヌが誰かといちゃつけば、いいのに」ゴールドブロック夫人はいった。「そうすれば、コートニーも、自分だけがこの世でただ一人の魅力的な男性ではないのだということを思い出すでしょうから」

しかしながらエレーヌは、伯母たちの期待にはこたえなかった。彼女の無関心な描写ぶりは、家内企業の居間での出し物を語るようであった。舞踏会についての彼女の描写からは、すこし退屈していたのだという告白は見いだしがたかった。その日の午後、コートニーからは、祝祭についての生き生きとした感想を伯母たちは聞かされた。その話を聞くかぎり、彼がとにかく楽しんできたのだということは十分すぎるくらい明白であった。また自分の魅力についてのうぬぼれもゆらいでいなかった。彼はあきらかに上機嫌であった。

「新婚旅行を楽しむ秘訣は」ゴールドブロック夫人は、のちに妹にいった。「あまり多くのことをおこなわないことね」

「それはどういうことかしら?」

「コートニーが楽しませ、幸せにしようとしているのは、ただ自分ひとり。でも彼はすっかり成功しているわ」

「エレーヌが幸せになるとは、とても思えないわね」年下の伯母はいった。「でも少なくともコートニーのおかげで、バシントン家の若者と結婚するという大きな過ちから、彼女はのがれたわ」

「それから彼のおかげで」ゴールドブロック夫人はいった。「彼女は人生最大の過ちをおかしたわ。そう、コートニー・ヨールとの結婚という過ちだけど」

16章

それは午後おそく、激流がほとばしる土手のかたわらでのことであった。暑さのせいで水面に靄がたちこめている川は、澱んだ潟が湯気をたてているかのようであったが、前の方へと渦をまいている様子は、生への永遠の決意が熱心に、そして無慈悲にこめられていて、前途に横たわる障害物にむかって獰猛にとびかかっていた。その流れが約束するものとは、危険であった。岸辺の木陰も暑く、微風もなく、刺すように浸透してくる匂いを生じていたが、その匂いとは回帰線のいたるところでたちこめているものであり、ぞっとするような黴臭いその匂いは、大きなお屋敷にある酒類蒸留室でハーブやスパイスが砕かれてから蒸留され、そのあとで数百年にわたって貯蔵されるときの匂いだ。その風景をあきらかに牛耳っているのは目もくらむ暑さであり、その暑さのなかでは、昆虫も、鳥も、不自然なまでに生き生きと活発にみえ、陽の光をうけて、その陽気な色は軽やかに動き、乾燥した塵のやまに群がって、自分たちの勤めを追い求めた。蠅は何をしているのか見当のつかないことを行い、ヒタキは蠅を捕まえるのに忙しかった。獣にしても、人間にしても、気温に関して違いはなかった。太陽は沈んでくわけだが、そのとき地球は回復をむかえるのにふさわしい舞台となってはいないだろう。道端にある休憩所の一階部分が雨宿りの場となり、ハンモックをかつぐ先住民たちの一団が、真昼の長い休憩時間のあいだ眠り、あるいはうとうとしながらおしゃべりをしていた。彼らの主であるヨーロッパ人は上の部屋にひとりで座り、窓のあいだから先住民の村をながめていた。その村は、まわりに植物を植えた貧相な小屋が密集してひろがっていた。広大な蟻塚のように思え、今のところ群がっている人々の生活で賑わっているようであり、最後の一歩を踏み出した太陽の神が、不注意に蹴ってしまったせいで目が覚めたようでもあった。眺めているうちにコーマスは、宵がおとずれて目覚めだしたのだと理解した。女たちは、自分たちの小屋の前にすわり、夜の食事となる米やトウモロコシを粉々にたたき始めた。娘たちは川へ歩きだす前に水瓶を集めていた。積極性に富む山羊は、壊れた柵のあいまから略奪にでかけ、近所のやぶれたフェンスから畑へと侵入した。だが急いで退散した様子から、ここでは誰かが監視して寝ずの番をしていることが見てとれた。急な丘陵に建てられた一軒の小屋の裏では、休憩所はその小屋の裏に向かいわせていたが、二人の少年が木を切っていたが、だらだらとした勤勉さで作業していた。道のはずれでは、犬の群れがかっとなりながら喧嘩して吠えていた。あちらこちらで、顔つきの悪い豚たちが歩き回り、不快にもごみためを横切って採集の小旅行にいそしんでいた。村を区切る木々には、鉄の喉をもつカラスがとまり、ぞっとするような、悪意にみちた鳴き声で、疲れを知ることもなく、大きな声で不平をまくしたてていた。

コーマスは座って、その風景の一部始終を眺めているうちに、胸をしめつけるような、憂鬱な思いが増してくるのを感じた。彼の目にうつるその光景は平凡の極みであり、関心のもてないものであるのだが、それでも現実で、真面目なものであり、いつまでも続いていくという執念深いものでもあった。その光景が絶え間なく再生産されていくということを考えると、彼の心は疲れてきた。その光景は脈々と受けつがれ、そして激しく渦をえがいてほとばしる川のかたわらで、今も受けつがれている。大地を耕し、農作物を植え、それから収穫、市場への出荷、倉庫での保存をへて宴の場へ。そこでは呪物への崇拝、求愛、葬式がおこなわれ、やがて結婚の申し込みがあって子どもが生まれ、その子どもを育てる。すべてがこのように、ちりちりと水膨れをつくりそうな昼の暑さのなかで、そして生暖かいような夜の暑さのなかで、受けつがれてきた。彼が学校に通う子どもであった頃、アフリカについてぼんやりと知っていたことは、そこは地球の表面を分割した地だということであり、眠たげな知り合いをもつということは望ましいということであった。

その光景は、若い日の彼の父が、祖父が学校にかよう子どもであった頃から、はげしい暑さのなか、くだらない細部にいたるまで脈々と受けつがれてきたのであった。コーマスや彼の同世代がこの世を去ったあといつまでも、この光景は熱心に受けつがれていくことだろう。はるかかなた英国の庭園にあるマルベリーの木のしたで、影が長くのびてきて、やがては闇にとけこみ、鉛のカワウソが鉛の鮭を捕えて、いつまでも食べている石の噴水を包み込んでしまうように。

コーマスは苛立って席をたつと、退屈しのぎに歩き、小屋を横切ってもう片方の窓へと行ったが、その窓からは川の広々とした眺めが見下ろせた。どこか人を怯ませ、落胆させるところがあったが、それは地球の外観が変わらないかぎり、慌ただしくいつまでも前方へと流れていく川にたいしてであり、大量の水がいつまでも激しく流れていく川にたいしてでもあった。岸のむこうには、ところどころ家があつまった村がひろがっているのが見え、そのまわりには耕した土地と開拓された牧草地が広がり、動いている点々は牛や山羊、犬、子どもたちであった。そして上流にいくと、川は両岸の森のあいだに消え、さらに多くの村が隠されていた。その土地に人々は群れをなして住み、仕事や交易をおこない、口論をすることもあれば、礼拝をすることもあり、病にかかって死んでいくのであった。そのかたわらで川はいつまでも渦まき、水面には光が反射して光っていた。古の原始の人々が、自分たちが住む岸辺を流れていく大いなる川の神をなだめようと、生贄をささげてきたことも理解できた。時と川こそが、この地では重要なことのように思える二つの力だった。

もうひとつの窓からの景色に戻って、これから本格的に目覚めようとしている村の生活を観察することになったのだが、そこには安堵にちかいものがあった。水くみに出かける人々の列は、おしゃべりに興じる長い列となって、川の方へとのびていた。コーマスはふと、最初の村があらわれてから、これまでに幾万回、この列ができたことだろうかと思った。彼が学校のクリケット場でクリケットをしているときも、パリでクリスマス休暇を過ごしているときも、劇場からダンス、晩餐会にトランプの集まりと注意散漫にはしごをしているときも、今そうしているように、人々は行列をつくって並んできたのだ。コーマス・バシントンのことを覚えている者が誰もいなくなっても、人々は行列をつくっていることだろう。こうした思いが何度も、何度も、コーマスの胸にわきあがってきたが、それは苦痛にみちた永続性をともない、孤独感から生じる病的な昂ぶりをともなっていた。

コーマスは無言のまま、暑さに苦しみながら勤勉に働く人間の蟻塚を眺めながら、伝導にきた狂信者たちが、この地が、暑さで水膨れができそうな荒野であり、熱のせいで鞭をうたれているかのような地であり、人々がまき餌のように暮らして、蝿のように死んでいく地であるとしても、自分たちの宗教を移すという仕事に希望をもってのぞみ、思いやりはあるけれど偏狭な善行を現地にあわせて成長させていったということに驚嘆していた。悪霊なら、ここの人たちも信じるだろう。たとえ健全な検査をすれば、ひっかかるような想像力であるにしても。だが心優しい全能の神のことは、決して信じはしまい。英国の西の地方に、薔薇で息苦しい司祭館に暮らす伯父がコーマスにはいたが、その伯父が教えているものは「子羊よ、だれが汝をつくりしか?」という精神であらわされるような、健全で、おだやかな信条であり、サキソン・ヨーロッパ人の、美しくて、素朴な幼子キリストという思いを忠実に再現したものだった。この西アフリカの地からだと、なんて遠く離れたところに、非現実のお伽の物語があるかのように思えることだろうか。この地では、人々の体は、大河の油をひいたような水面にただよう泡のように取るに足らないものであり、不死の魂を肉体にあたえるために、自由奔放だけれど無駄な想像力を必要としているのだ。これまでの生活で、コーマスが慣れていたのは実際にいる人として個人を考えることであり、その人をとりまく境遇に感銘をのこすことであった。うまくやることもあれば、しくじることもあったが、たいていの場合は平凡におわり、批判されることもあれば、賞賛されることもあり、責められたり、妨害されたりすることもある一方で、黙認されることもあったが、交代の憂き目にあうこともあった。単調であろうと目立っていようと、いずれの場合にしても、多少なりとも大切にしている自分の領域というものが人々にはあった。能力や機会に応じて朝食の食卓で采配をふるったり、政府を執拗に悩ませたり、ただの苛立たしいマンネリズムを発揮したりするのだった。この地では、数えられないほどの住民がいるなかの、ただの一個人なのであり、おおざっぱにまとめられた死亡者名簿の辻褄のあわない点にすぎなかった。現地の黒人よりも、あからさまに高められている白人男性としての立場にはあったが、それでも最初の熱病体験のせいで放り込まれた憂鬱な虚無感から逃れることはできなかった。この無頓着な世界で、彼は道を見失った、魂のない肉体だった。もし死んだとしても、他の者がその立場につくことだろう。そしてほとんどない財産の目録がつくられ、海岸へ送られてしまうと、彼が残してきた紅茶やウィスキーは飲まれてしまうだろう。それでおしまいだ。

食事をとることになる次の停留地へと出発する時であった。正確には、とりあえず何かにありつく地へと言った方がよいのかもしれなかった。だが熱病が残していった疲労感が残る今、終わりのない森の細い道をいく単調な旅は、できるだけ引きのばしたくもあり、退屈なものでもあった。運搬人夫たちも、もう30分休み、こうして過ごすことは嫌なことではなかった。そこでコーマスは、ジャケットのポケットから古びた表紙の小説をひっぱりだした。まったく面白くもないふたりの、複雑にいりくんだ恋愛を扱った小説だった。でも本のない状態では、退屈な行程の残り1/3をすすむことはできなかった。だが本の表紙をめくると現れるのは、数項の広告だった。こうした国外を追放された者たちがむさぼるようにして目を通すのは、恋愛小説では決してあたえることができないようなものだった。店の名前や通りの名前、レストランの住所が苦い思い出の品となり、失ってしまった世界をよびおこし、論争や画策をしながら黒幕として動き、政治上の戦いをくりひろげて解決した世界を思い出させることになるのだが、そうした名前は社会から見放されて森の細い道を進み、湯気のあがる沼地をいく放浪者とも、熱病に悩まされて横たわる放浪者とも無縁のものであった。コーマスは広告にある数行の文言を何度も、何度も読み返したが、その様子はストロー・チェンジ・シアター初演の夜の、くしゃくしゃになったプログラムを高く評価するようなものであった。もうすでに陰り、はるか彼方の思い出となった過去が、現実のことだったように少し思えるのだった。つかの間ながら、自分が愛して追求したものの中にいるのだという感情にとらわれた。やがて彼は周囲をみわたすと、退屈してその本をおしのけた。湯気をたてる暑さ、森、ほとばしる川が彼のまわりを囲んでいた。

丸太を割っていた二人の少年は手をやすめ、背中をのばした。突然、二人のうち背の低い方が鋭い音をたてながら、手にしていた木片で相手の少年を強く打つと、笑い声をあげ、怖がっているふりをしながら斜面をかけていった。背の高い方が勢いよく追いかけた。やぶの茂る急な坂をのぼったり下ったりしながら、ふたりは追いかけあい、体をねじって身をかわし、闘っている子猫のように転がると、ふたたび振り切って逃げ、あらたに挑発しては追いかけるのだった。ときどき彼らは横たわると、体力を消耗したあまり、これが最後かと思える状態になって息をきらした。だが、やがて興奮して逃げ出そうとしては、その黒い体で茂みのあいだを軽々と動き、いきなり現れたかと思えば、また同じように忽然と消えていった。ほどなくして彼ら位の年ごろの少女がふたり、水汲みから戻ってきていたのだが、待ち伏せしていた場所からいきなり飛び出してきた。それから四人は楽しくふざけはじめたので、甲高い声がこだまし、飛び跳ねる腕白小僧たちがちらりと現れて、斜面をあかるくした。コーマスは座って眺めていたが、最初のうちは楽しい興味からだったが、やがて失意と心の痛みが戻ってきた。この未開の、ひとの姿をした子猫たちは人生の喜びそのものだった。彼は外部の者であり、孤独な異邦人であって、加わることのできない何かをながめているのであって、それは彼とは一切関係のない幸せなのであった。やがて彼は村を通り過ぎ、彼の運搬夫たちの足跡が砂塵にくぼみを残す。それが彼の永遠の記念物となり、この小さなオアシスに群がっている暮らしに、永遠に残ることになるだろう。いっぽうで相対する暮らしでは、その中で彼は自分の参加が必要だという自信にみちた感覚で動いていたのだが、そこからは完璧なまでに消え去っていた。笑いさざめく人々にかこまれての、カードのパーティや競馬大会、カントリーハウスでの集まりでは、彼は名前だけの存在にすぎなかった。記憶されていようと、忘れ去られていようと、「コーマス・バシントン、ここから立ち去った若者」でしかなかった。彼は自分をこよなく愛していたのが、自分を心から愛してくれるかどうかで大きなもめ事をおこしたりはしなかった。そして今、彼は自分の人生で大切なものを理解した。それと同時に、もし再び機会が到来することがあったとしても、それを放り出してしまい、ただ逆らおうとすることがわかっていた。運命にいかさまのサイコロで弄ばれ、彼はいつも敗北することになるのだ。

この世にひとりだけ、記憶にあるかぎり、彼のことを心にかけてくれるひとがいた。おそらく思っていた以上に、心にかけてくれたひとがいた。おそらく今も、そのひとは心にかけてくれている。だが氷の壁がふたりのあいだに立ちはだかり、壁のむこうからは、愛情を冷たくさましてしまうような風が、愛情を殺してしまうような冷たい風がふいていた。

よく知られている昔の歌詞が、敗れた理由についてもの言いたげに泣く歌詞だが、頭に鳴り響き、しつこく嘲った。

「もっと愛されるというのに、それでもあなたはもう戻ってこないの?」

連れ戻してもらうことも可能な愛情をいだく仲なのに、彼は永遠に国外追放の身でいなければいけない。彼を思い出す人々がつぶやく墓碑銘は、「コーマス・バシントン、二度と戻ってくることのなかった若者」なのだ。

言いようのない孤独感におそわれ、彼は頭をかかえた。そうすれば向こうの丘でくりひろげられている、陽気な奪い合いの騒動を見ないですむのだ。

17章

 

十二月のとある灰色の日、荒涼とした土がセント・ジェームズ・パークにむき出しになっていた。その神聖な場所には芝生がひろがり、木がはえ、小さな池があり、ブルジョアの革新者が何度も、何度も大胆にあらわれては、特権者の皮靴をぬがなくてはいけないことに気づくのだった。それは足元の大地が、霊場だからだ。

 

労働者たちが仕事にもどり、遊んで暮らす人たちも再び集うことがめったにない寂しい昼下がりに、フランチェスカ・バシントンは落ち着かない様子で、景色をいろどる水面沿いの砂利道をすすんだ。おしつぶされそうな不幸が彼女の心にひろがり、思考を停止させていたが、その不幸はまわりの風景と呼応する響きを見いだしていた。古い公園や庭園にはいつまでもつきまとう悲しみがあり、それは忙しい通りには流れる余裕のないものだった。死者は、ホワイトホールかコンコルド広場に、自分の屍を葬らなければいけない。だが、それよりも更に静かな場所で、死者は生者と会合の約束をしてもよいし、忘れられかけた数世代についての、過去をめぐる自分の記憶に入り込んでもよいのだ。観光客にふみあらされたベルサイユ宮殿でも、悲劇のせいで荒んでしまった様子は死に絶えることはなく、段々になった庭園や噴水に、洗い流されることのない血痕のようにつきまとっていた。ワルシャワのサクソンガーデンでは、はるか昔に亡くなった死者の記憶が反芻されるのであった。それは散歩道に影をおとしている壮麗な木々と同じ時代をすごした死者なのであり、池で泳いでいる鯉と同じ時代をすごした死者なのであった。「リーヴァー・オーガスティン」が生きているひとであり、永遠の対句にはまだなっていない時代から、その鯉は間違いなくそこで泳いでいた。そして芝生と散歩道がひろがり、水鳥がいるセント・ジェームズ公園は、かつては男女に縁のある隠れ場であったところで、男女の幸せと悲しみがその歴史に織り込まれている場所だった。かつてその公園は明るく輝いていたけれど、古いタペストリーの生地の模様が消えてしまうように、今ではぼんやりと灰色にくすんでしまっていた。無為のまま待つことに耐えられなくなって家から出てきたときに、フランチェスカが向かったのがこの公園だった。彼女は最悪の知らせを待っていた。だが、その知らせが希望を殺すことはなかった。なぜなら殺すものは何もないからだ。この落ち着かない状態が終わりになるだけだ。先ほどの便りによれば、コーマスは病にかかっているとあった。それは重要なことであったのかもしれないし、あるいは些細なことだったのかもしれなかった。その日の朝しばらくしてから、また、ただひとつのことを告げている電報が届いた。その電報は、二、三時間もすれば最後の知らせをうけとることになると告げ、最後の知らせをあらかじめ伝える予言者ともいうべき電報だった待ち受けている便りが告げるだろう内容を、彼女はすでに知っていた。もうコーマスに会うことはないこともわかっていた。それからこの世のどんなものを見せられても、自分が彼を愛していることを、今ようやく悟った。同情や良心の呵責に突然おそわれて、判断がにぶり、思い出を美しく飾り立てることはなかった。ありのままの彼の姿を思い描いていた。彼女が心に描くその姿は、美しく、わがままで、笑っている若者で、やんちゃで、腹立たしいところもあり、どうしようもないほど愚かであり、ひねくれていて、自分自身に対しても容赦しない残酷な若者だった。そして彼は今でも、昔からそうであったように、運命によって愛するように意図されてきた存在であることであった。彼の死をしめすことになる地へと送りだしたことについて、彼女は自らを責め、あるいは許そうとして歩みをとめることはなかった。彼が職業につくために、そこに行ったことは明らかに正しく、もっともなことであった。他の幾百もの男達も、職業をもとめて出ていったのだから。怖れているのは、彼が戻ってこないことだった。昔からの残酷なまでに絶望的な状態なのだが、彼女が誇りと喜びを見いだしていたのとは、彼の端正な容貌、朗らかさ、そして気まぐれで魅力なやり方であり、そのせいで最後に決定的な一撃をうけた。彼は数千マイル離れたところで死にかけており、回復の見込みもなく、慰めてくれる愛情の言葉をかけてもらうこともなく、その最後のときについて聞こうと彼女が身構えているのに、そこには希望も、幾ばくかの慰めの言葉もないのだ。最後のときがきて、おそろしい最後の知らせが届くとき、彼の人生にも、彼女の人生にも「永久の別れ」という言葉が記されるのだ。

通りの雑踏はいきいきとしていたので、彼女にすれば耐え難い拷問だった。クリスマスがあと2日にせまり、それがおしつけられた行事であろうと、心からの行事であろうと関係なく、その季節の陽気さが至るところで鳴り響いていた。クリスマスの買い物客は気遣いのせいで不安にかられ、買い物に熱中するあまり自己中心的になりながら、ウェストエンドをおおいつくしていたので、そこを感じよい態度で通り抜けることはほとんどできなかった。得意げな親たちは荷物を満載した一団となりながら、若いひとたちに付き添われ、自分たちの子孫の外見と特徴について意見をかわし、それからふさわしい贈り物をみんなに選ぼうとして経験する困難や成功について、慌ただしい様子で、これ見よがしに話し合っていた。こうした品々をどこで選ぼうかと叫ぶ声が、クリスマスをいわう声の一斉投下と混ざっていた。孤独な臨終の床にある者を目に思い浮かべながら、祝祭のしあわせのなかを通り抜けるフランチェスカには、自分の孤独を冷淡にあざけられているように思えた。この世のよろこびにあふれた日に、磔にされている者もいるということを思い出すこともできないのだろうか。彼女が追いこしていく母親は皆、元気がよくて、手足がすらりとした学校にかよう子どもを連れていて、その風景に彼女の心はあらたな打撃をうけた。通りの店には、フランチェスカ親子の苦い思い出がつまっていた。コーマスといっしょによくお茶をのんだ紅茶店もあった。そして仲たがいをしていたときは、そこで別々の席で、別々の友達と席についたものだった。また別の店では、浪費の勘定書を背負い込んで、非難をやりあう場面が頻繁にあらわれる原因となった。そして植民地の装身具商の店では、気まぐれな嘲りでコーマスが言い出したのだが、生前に自分の埋葬の支度をするのだと経帷子を買ったのだった。「地下牢だ!」国外追放の身を運命づけられた彼が悪態をついて、そのような憤りと苛立ちのあだ名をつけたことを彼女は思い出した。かの地ではどう見ても厳しい状況に彼はあり、その過酷さは運命の意図をこえていた。フランチェスカが生きているかぎり、仕えてくれる頭脳が彼女にあるかぎり、けっして忘れることはできないことだろう。そう、麻酔をかけてもらうことはないのだ。無慈悲で、情け容赦のない記憶がつねにまとわりつき、悲劇の日々の最後を思い出させるのだった。すでに彼女の心は、総毛立つような、あの別れの晩餐会の細々としたことにあり、晩餐会をいろどった不吉な出来事をひとつずつ思い出していた。七人で席についた食卓。粉々に砕けてしまった七客あるうちの一客のリキュールグラス。コーマスの無事の帰還を祈ろうと唇にあてたときに、手から滑り落ちていった自分のグラス。レディ・ヴーラが「さようなら」といったときの、奇妙なまでに静かな絶望感。そのときの背筋が凍るような怖い思いを、あらためて彼女は思い返していた。

公園はふたたび散策する人々でいっぱいになり、人々は浮遊する群れとなっていた。フランチェスカの足は、家の方にむかっていた。待っていた便りが届き、ホールの卓上に置かれていると告げる声がどこからか聞こえてきたのだ。彼女の兄から午後一番に訪問するとの知らせがあったのだが、今朝の悪い知らせを何も知らないから、もう今頃、行ってしまったことだろう。こっそり立ち去る傷ついた動物の本能にかりたてられて、できるだけ彼から自分の悲しみを遠ざけようするのだった。それに彼が訪問しても、彼女が在宅している必要はなかった。彼が連れてくるオーストラリアの友人は、フランコ・フランドル派の絵画をまとめていて、ヴァン・デル・ムーレンの絵を調べにくるのだ。ヘンリー・グリーチは、本の挿し絵として、その絵がつかわれないかと期待していた。昼食後ほどなくして、彼らは到着する予定になっていた。そこでフランチェスカは、ほかで急用ができたのでとわびるメモを残して、家をでた。彼女がモールを横切ってグリーンパークにむかっていると、歩道のわきに停めた車から、穏やかな声が彼女をよびとめた。レディ・キャロライン・ベナレスクが、ヴィクトリア・メモリアルによそよそしく、長々とした凝視をむけ、拝謁していたところだった。

 

「原始時代は」彼女は指摘した。「偉大なリーダーや統治者たちは、しきたりで、親戚や召使いを大勢殺しては、一緒に埋葬していた。ところが啓蒙化がすすんだ今の時代になって、偉大な君主をみなで惜しむための、別の方法を見いだしたのね。ところでフランチェスカ」彼女はふと言葉をきって、相手の目にうかぶ苦悩をとらえた。「どうしたの? なにか悪い知らせでもあったの?」

「とても悪い知らせを待っているところなんです」フランチェスカがいうと、レディ・キャロラインはなにが起きたのか理解した。

「なんといえばよいものやら、言葉がみつからない」レディ・キャロラインは嫌な声でうめいたが、それは今まで聞いたことのない声だった。

フランチェスカはモールを横切り、車は走りだした。

「天よ、あの哀れな女を救いたまえ」レディ・キャロラインはいったが、彼女にしては驚くほどの、心からの祈りの文句だった。

フランチェスカは玄関ホールにはいると、卓上にすばやく視線をはしらせた。そこには包みがいくつかあり、早めのクリスマスプレゼントだと一目でわかる包みの山があった。それから手紙が二、三通あった。盆のうえには、彼女が待っていた電報があった。見るからに彼女を待ち受けていた女中が、盆をもってきた。召使いたちは全員、起きつつあるおそろしい出来事のことをよく知っていたので、女中の顔にも、声にも同情があらわれていた。

 

「十分前にこちらが届きました、奥様。それからグリーチ様が、もうお一方の紳士と一緒にいらっしゃいましたが、奥様がいらっしゃらなかったので残念がっていらっしゃいました。グリーチ様は、三十分ほどしてから、もう一度いらっしゃるとのことでした」

 

フランチェスカは居間に電報をもっていくと、しばらく腰をおろして考えた。もう読む必要はなかった。そこに何が書かれているのか知っていたからだ。みじめなくらいに僅かなあいだでも、最後のむごい知らせに目をとおすことを引きのばしていたら、コーマスが奪われないという気がしてならないからだ。彼女は立ち上がると、窓辺へと近寄ってブラインドをおろし、陰りはじめた十二月の陽ざしを遮ってから、ふたたび座った。影のような薄明りのなかにいるうちに、おそらく彼女の体が勝手に動いて、いつの間にか座り、愛する息子の顔に刻まれた最後の時をみていた。もう二度と触れることもできないし、あの笑いや怒りっぽい声を聞くこともできないのだ。そう、たしかに自分が見ているものとは、死んだ者なのだ。餓死してしまいそうな目でとらえたものは、魂をもたない、憎むべき物にすぎず、ブロンズや銀、陶器でできたそうした物をまわりに置いて、神として崇拝してきた。身のまわりのものを飾ってあるその場所をながめたところで、冷ややかに家を支配している女神は、死んだ若者の代わりにはならなかった。彼はその場所に踏み入れ、そしてそこから出ていったのだ。ぬくもりがあって、生き生きとした、息をしている彼は、自分が愛すべきものだったのに。それなのに若々しくて、端正なその姿から目をそらし、はるか昔に亡くなった職人が描いた、黴臭い記念物である二フィートほどの画布を崇拝していたのだ。もう今や彼は視界から消え、手の届かないところに行ってしまい、その声を耳にすることは永遠にないのだ。自分が生きなければいけない物憂い年月のことも、画布やら顔料やら手の込んだ金属製品と共にとどまることになることも、そうした思いがふたりのあいだにうかぶことはなかった。その品々は自分の魂だった。だが魂を大切にするあまり、心臓を苦痛のせいで止めてしまうとしたら、何が残るというのだろうか。

かたわらの小卓には、マーヴィン・ケントックの描いた彼女の肖像画があった。それは彼女の悲劇を予言する象徴の品だ。富める死者が刈りとっているのは、この世のものではなく、非現実的なものであり、終わることのない冬の、暗澹とした荒んだ景色だった。冬の世界では、あらゆるものが死にたえ、ふたたび目覚めることはないのだ。

 

フランチェスカは、ドレスのポケットにいれた小さな封筒に目をむけた。のろのろと彼女は封をあけ、短い伝言を読んだ。すると心が麻痺してしまい、長いあいだ腰をおろしていた。長く思えたが、もしかしたら数分にすぎないのかもしれなかった。玄関ホールから、彼女をさがすヘンリー・グリーチの声がひびいてきた。あわてて彼女は紙片をくしゃくしゃにして隠した。もちろん、彼にも言わなくてはいけないだろう。だが、その苦しみがあまりに辛すぎるので、その思いを露わにすることができなかった。「コーマス シス」という一文は、彼女から話す力をうばってしまうものだった。

「おまえに悪い知らせをもってきた、フランチェスカ、残念な知らせだ」ヘンリーはつげた。彼も聞いたのだろうか?

「ヘンエベルクがここに来て、あの絵を見ていった」彼はつづけながら、彼女のかたわらに腰かけた。「芸術作品として非常に賞賛してくれたが、なんとも嫌なことながら驚いたことに、ヴァン・デル・ムーレンの本物ではないと言うんだ。贋作としては優れたものだが、それでも残念なことに贋作にすぎない」

ヘンリーは一呼吸おくと妹をながめ、この喜ばしくない知らせをどう受けとめているか確かめた。薄明りのなかでも、彼女の両目にうかんだ苦悶はみてとれた。

「元気をだして、フランチェスカ」彼はなだめるように言うと、愛情をこめて彼女の腕に手をそえた。「さぞ落胆したことだとは思う、常にこの絵を重んじてきたお前にすれば。だが気に病む必要はない。こうした不快な発見は、絵画の愛好家や収集家であれば、ほとんどの者が経験することなのだから。それにルーヴルにある巨匠の作品のうち二十パーセントが贋作だとされているじゃないか。だから、この国でも同じようなものだろう。レディ・

ダヴコートがいつか言っていたが、コロンビーのヴァン・ダイクをあえて確かめないのは、嬉しくないことが発見されることを怖れてのことだそうだ。それにお前の絵は贋作だとおしても、きわめて優れたものだから、価値がないわけでは決してないんだよ。この失望をのりこえれば、お前もそう思うようになるだろうし、このことについて冷静に考えることができるようにも・・・」

傷心のフランチェスカが沈黙のうちにすわって、電報を折りたたんだ紙をきつくにぎりしめながらいぶかっていたのは、この甲高くて、陽気ながら、情け容赦なく、ぞっとするような嘲りで慰めてくる声がいつになれば止むのだろうかということであった。

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