再検討版「耐えがたきバシントン」

この物語は道徳を語るものにあらず。

不幸を語れど、救いはしめさず。

一章

フランチェスカ・バシントンは、ウェスト・エンドのブルー・ストリートにある自分の邸の居間に座って、尊敬する兄ヘンリーと一緒に中国茶とクレソンをはさんだ小さなサンドイッチを味わっていた。食事は上品な量だった。つまり、小腹をみたしながらも、満ち足りた昼食会を思い出しては幸せに浸りつつ、これから待ち受ける手の込んだ晩餐も楽しめるほどの量である。

若い頃、フランチェスカは美貌のグリーチ嬢として知られていた。四十歳の今、元々の美貌はかなり残っているものの、あくまでもフランチェスカ・バシントンの奥さまにすぎなかった。彼女にむかって「いとしい人」と呼びかけようと思う者はさすがに誰もいなかっただろうけれど、彼女をあまり知らない人の大多数は、「奥様」と言い添えるのにも気を遣った。

競争相手にしても、気分のいいときであれば、彼女がすらりと美しく、服の着こなしを知っていることを認めただろう。でも彼女には情熱が欠けているという友人の見解に競争相手も頷いたにちがいない。友人と競争相手が意見の一致をみるとき、たいてい間違っているものである。フランチェスカは、油断しているときに情熱について語るように迫られたものだから、自分の応接間の話をしたのだろう。 緻密に吟味した挙句、目立つ特徴をあきらかにしたのも、わざわざその隠された場所を教えたのも、特徴ある居間が粉々にされることを望んでのことではなかったのだろう。ただ応接間は、自分の情熱そのものだと何となくわかっていたからである。

フランチェスカは、最上の運に恵まれているように見えながら、その運をいかすことができないという女のひとりだった。それでも思いのままに暮らせる強みがあったから、女性の幸せの分け前としては平均以上のものを享受していると思われていたのかもしれない。女の一生において、怒りや失望、落胆につながりかねない原因の大半が人生から取り除かれていたものだから、幸せなグリーチ嬢、後には、運のいいフランチェスカ・バシントンと言われたのかもしれない。また魂のロックガーデンを作り上げては、その中に石のような悲しみを引きこんだり、求められてもいない揉め事をわざわざ起こしたりするような偏屈者でもなかった。フランチェスカが愛していたのは平坦な人生行路であり、人生における心地よい空間であった。物事の明るい面を好むだけではなく、そこに住み、とどまることを好んだ。思うようにならないことも多々あり、早い時期に幻想を幾分奪われたりしたせいで、彼女は自分に残された資産にしがみついてはいたが、今、その人生は平穏なな時期をむかえようとしているように思えた。鑑識力のない友人たちから、やや自己中心的な女性だとみられていたが、その自己中心性とは人生の幸せも、不幸も味わった挙句、自分に残された幸せをとことん楽しもうとするひとのものであった。財産の変遷のせいで彼女が辛辣になることはなかったけれど、関心は狭められ、手軽に喜んだり、楽しんだり、あるいはかつての楽しい成功を思い出してはいつまでも反芻できるものに共感をよせるようになった。中でも彼女の居間こそが、過去の幸せ、そして現在の幸せの記念の品々がおさめられている場所であった。

その心地よいアールヌーヴォー形式の、柱がならんでアルコーブもある角部屋に踏みいれば、さながら港にはいるときのように、貴重な私物や戦利品が視界にはいってきたが、それらの品は、乱気流もあれば嵐もありで、あまり平穏ではなかった結婚生活を生き抜いてきた品であった。どこに目を向けても、彼女の成功も、財政状況も、運もよく、やりくり上手で趣味もよいこともあらわれていた。いさかいのときには一度ならず逆境におかれることもあったが、彼女は自分の品々をなんとか守った。そして今、満足そうな視線が次から次にさすらう品物は勝利という略奪品であったり、名誉ある敗北というかたちでの救出品であったりした。マントルピースの上に飾られた甘美なフレミエのブロンズ像は、ずいぶん昔にステークス競馬で優勝したときのものだった。かなり価値のあるドレスデンの彫刻群は、思慮深い崇拝者が彼女に贈ったものだが、その崇拝者は死をもってさらに親切を重ねたというわけだ。また他の品々は、彼女が自ら授けることになった贈り物で、カントリーハウスのブリッジの催しで九日間優勝し続けるという、祝福にみちた、忘れがたい思い出のなかの獲得品であった。ペルシャとブハラの古い敷物に、鮮やかな色彩のウースターの茶器セットもあれば、年代物の銀製品もあって、本来の価値もさることながら、歴史と思い出もひそんでいた。彼女が時々思い浮かべては楽しみにふけるのは、いにしえの職人や匠が、遠く離れた場所で、はるか昔に鋳造したり、精をだしたり、織りあげたりして、つくりあげた美しく素晴らしい品々がめぐりめぐって自分の所有になっているということであった。中世イタリアや近代パリの工房の職人の作品もあれば、バグダッドや中央アジアの市場で売られていたもの、また、かつて英国の作業場やドイツの工場でつくられたものなど、奥まった奇妙な角部屋にはあらゆるものがあって、工芸品の秘密が用心深く守られていたが、そこには無名の、記憶に残らない者の作品もあれば、世界的に有名な匠の手による不朽の作品もあった。

そしてとりわけ宝物のなかでも、彼女の目にはいる部屋の品々で優れているものは偉大なファン・デル・メーレンの絵で、婚礼のときに持参金の一部として父親の住まいから持ってきたものだった。その絵は象牙でできた幅の狭いキャビネットの上の壁板にぴったりはめ込まれ、部屋の構成から見ても、バランスから見ても、その空間の調和をたもっていた。どこに座ろうとも、絵は周囲を圧するものとして迫ってきた。壮大な戦いを描いた絵には心地よい静けさがたちこめ、厳粛な宮廷武人たちが後ろ足立ちになった灰色、茶と白のまだら、月毛の馬に真摯にまたがっているのだが、その絵から伝わってくる印象とは、彼らの軍事行動が広範囲にわたって荘重にすすめられている屋外の食事会でしかないということであった。フランチェスカには、部屋を最高の状態に補ってくれるこの絵のない応接室を思い描くことはできなかったが、それは万物殿のように混み合っているブルー・ストリートの邸以外での自分を想像できないようなものだった。

そしてこういうわけで棘がひとつ、薇の花弁模様のダマスク織を突き破ってあらわれたのだが、それは状況が異なればフランチェスカの心の平和になったものだろう。ひとの幸せとは、たいてい過去よりも未来にあるものである。抒情的なものではありながら、確実に言えるのは、悲しみのなかでも最大の悲しみが、さらに不幸な出来事が起きるのを待ち受けているということである。ブルー・ストリートにある家は、旧友のソフィ・チェトロフから預けられたものだが、それもソフィの姪のエメリーン・チェトロフが結婚するときまでで、そのときには結婚の贈り物として、エメリーンに受け渡されることになっていた。エメリーンは今十七歳、まずまずの器量よしなので、独身女性としての期間が安全につづくのも、せいぜい四、五年というところだった。そのあとに待ち受けているのは混沌で、彼女の魂ともなっている隠れ家からフランチェスカは切り離されるのである。彼女は想像をめぐらせ、自ら梁間ひとつほどの橋を小峡谷にかけたのは事実である。その橋とは、学校にかよっている息子のコーマスのことであった―今、彼は南部地方のどこかで教育をうけていた―。さらに、コーマスがもしかしたらエメリーンと結婚するかもしれないという偶発的な可能性から成り立っている橋なのであったが、その場合、彼女は少し金銭面で迷惑をかけて周囲を困らせながらも君臨している自分の姿を目にするだろうし、ブルー・ストリートの家もまだ支配することだろう。ファン・デル・メーレンは、名誉れある場所で、不可欠な午後の光をとらえることだろう。フルミエの像も、ドレスデンの彫刻も、ウースターの年代物の茶器セットも、これまでどおり壁龕に、妨げられることなく留まることだろう。エメリーンは、こじんまりとした日本風の奥の間を自分のものにするだろう。そこはフランチェスカが夕食後のコーヒーを時々飲んだりする場所であり、居間とは離れているので、自分の持ち物を置いたりもしていた。細部にいたるまで橋の構造は注意深く考えぬかれていた。ただ、不幸な状況とは、コーマスがすべてのバランスをとる架け橋であったという点だった。

フランチェスカの夫は強く言い張って、その少年に聞いたこともないパガンの名前をつけたけれど、あまり長く生きなかったものだから、少年の名の適切さを……と言うよりも、意義について判断をくださすことはきなかった。十七年と数ヶ月のあいだに、フランチェスカも息子の性格について見解をいだく機会はたっぷりあった。陽気な心が名前から連想されることもあり、たしかにそのせいで少年は放縦なところがあった。だがそれはねじ曲がって我儘なところのある陽気さであったので、フランチェスカにしたところでユーモラスを感じることはめったになかった。彼女の兄ヘンリーの、座って小さなクレソンのサンドイッチを食べる真面目くさった有様は、戒律を記した大昔の聖書がそうせよと命じたかのようであるが、運命はあからさまに彼女に親切であった。もしかしたらヘンリーは、どこかの可愛いけれど、経済的には困窮していてるような取り柄のない女とあっさり結婚してしまい、ノッチング・ヒル・ゲート界隈に住んでいたかもしれなかった。そして父親となって、血色が悪くて、賢いけれど役に立たない子供たちが長い数珠となってまとわりついていたかもしれなかった――子供たちは次から次へと誕生日をむかえ、葡萄瘡をうつすような類の病にかかっていたかもしれない。あるいはサウス・ケンジントン風のやり方で馬鹿げたものを描いてはクリスマスプレゼントとして贈ってきたかもしれないが、彼女の立方体の空間は無用の品々のための場で、置けるものにも限りがあった。こうした親身でない行いをとるかわりに-親身でない行いは家族のあいだでは頻繁に見受けられるため、親しみのあるものと言えるだろう-、ヘンリーが結婚した相手とは、資産とおっとりした気性の両方を兼ね備えた女性であった。さらに彼らの只ひとりの子供ときたら、輝かしい徳の持ち主で、繰り返すに値すると両親が思うようなことは何も言わなかった。 やがて彼は国会の下院議員となったが、おそらくは家庭生活に退屈してしまわないようにと考えてのことだろう。とにかく議員生活のおかげで、彼の人生は意味のない状態から救われた。死ねば、新しいポスターがだされて「選挙により再選出」と書かれる人物が、取るに足らない訳がないからである。 ヘンリーとは、簡潔にいえば当惑させられるところもあるし、障害のあるようなところもあるけれど、どちらかといえば友達であり、相談役であり、時として非常時の銀行預金残高たらんとした。 フランチェスカには彼を偏愛するところがあって-抜け目ないけれども無精な女性が、頼りがいのある馬鹿によくみせる傾向だった-、彼の助言を求めるだけではなく、しばしば助言にしたがってみせた。 さらに都合のつくときには、彼から借りた金を返した。

ヘンリーを兄として与えてくれるという運命の思いやりに、フランチェスカは、コーマスを息子にするという悪意にみちた、わずらわしい人生をさしだしたのかもしれない。 その少年は、無秩序に生きる、扱いにくい若者の一人で、幼稚園、進学準備校、パブリックスクールで遊び戯れたり、いらだったりするその日々は、最大級の嵐や砂塵、混乱に匹敵するもので、骨の折れる学業に取り組む気配は一切ないまま、混乱のさなかでも笑いながら姿をあらわし、その笑いは涙やカッサンドラの予言にすべてがひるむような混乱のなかでも変わらなかった。
時にはそうした若者も、年をとれば落ち着いて退屈なひとになり、自分が大騒ぎしていたことも忘れるかもしれない。時には、そうした若者に素晴らしい運がむいて、広い視野で偉業を行い、国会や新聞から感謝され、お祭り騒ぎの群衆に迎えられることもあるかもしれない。 だが、ほとんどの場合、そうした若者の悲劇が始まるのは、学校を卒業したはいいが、世間に関心がほとんどもてないときで、世間はあまりに文明化され、人も大勢いるのに、意味があるものには思えず、自分の場所を見つけようにもどこにも見つけられないようなときである。そうした若者は実に多い。

ヘンリー・グリーチは小さなサンドイッチに齧りつくのをやめると、勢いを取り戻した砂塵嵐のように議論をはじめ、その当時流行していた話題のひとつである極貧の防止を論じた。

「人々が難癖をつけたり、においをかいだりしている程度の問題だと言えるかもしれない、今のところ」彼は述べた。「だが遠からず、それは深い配慮をはらって、考えていかなければならないことになる。最初に取り組むべきは、中途半端にかじった机上の理論から脱して、その問題に取り組むことだ。厳しい現実を集めて、咀嚼しなければならない。すべての理性ある精神に訴えなくてはいけない話題なんだ。しかしながら知ってのように、人々に興味をもってもらうのは驚くほど難しい。」

フランチェスカは短い音節らしき音をたてて反応したが、それは言わば同情的なブーブーという鳴き声のようなもので、ある程度は聞いている、評価しているということを示そうとするものだった。実際、彼女はしみじみ思うのだが、ヘンリーが語る話題であれば、どんな話題であろうと人々に興味をいだかせるのは難しい、そのことに彼自身もおそらく気がついているだろう。彼の才能は、物事を面白くなく語るという路線に徹底しているから、たとえ皮剥の刑にあった聖バルトロマイの虐殺を目撃したとしても、その事件を語るときには、たぶん退屈という味わいを吹き込むことだろう。

「以前、レスターシャ―で講演したときに、この問題について言及した」ヘンリーは続けた。「そのときにかなりくわしく指摘したのだが、たちどまって考えようとする人は少ししかいない。」

フランチェスカはたちどころに、でも上品に態度を一転し、たちどまって考えようとしない多数の人となった。

「そこに行かれたときに、バーネット家のどなたかに会ったのでは?」彼女はさえぎった。「エリザ・バーネットは、こうした問題すべてに関わっている方だから」

社会学を広める動きのなかにいるということは、生死をかけた舞台にいるようなもので、その荒々しい競争は、よく似た集団のあいだに頻繁に見かけるものである。  エリザ・バーネットは、ヘンリー・グリーチと政治的、社会的な考え方を共有していたが、同時に相当細かく指摘したがる好みまで共有していた。ときどき彼女は、雄弁家の集団に時間がきびしく割り振られている演台でもかなりの時間をとって話したが、ヘンリーにすれば、そうした雄弁家の集団は我慢できない一団であった。当時の主な話題について、ヘンリーは彼女と意見が一致しているかもしれない。だが彼女の尊敬すべき性質に関した話になれば、彼はあきれるほど視野が狭くなった。だからエリザベス・バーネットの名前をほのめかすということは、会話に巧みにルアーを投げ込むようなものであった。 彼の雄弁に耳をかたむけないのなら、極貧を防止する話題よりは、エリザ・バーネットを非難する話題のほうがましだった。

「彼女がよかれと思っていることは確かだ」ヘンリーはいった。「でも、もう少し背景にある自分の人柄というものを保つことができればいいのだが。それに国中の進歩的な意見を代弁するのに、自分が必要だと思わないことだ。キャノン・ベスモレーは彼女のことを念頭において、帝国をゆさぶりに世界にやってくる者や修正案をだす者について話したにちがいない」   

 フランチェスカは偽りのない楽しさで、笑いたい気持ちになった。

「あの方は、お話になるすべての話題にとても詳しいのよ」彼女は挑発的な見解をのべた。

 ヘンリーはおそらく、エリザ・バーネットの話題にひきずりだされたことを感じたのだろう、すぐに話題の矛先をもっと身内にむけた。

「この家の静けさからすると、コーマスはタルビーへ戻ったのだろう」彼はいった。

「ええ」フランチェスカは言った。「昨日、戻りました。もちろん、あの子のことは好きだけれども、別れに耐えるわ。あの子がここにいると、家の中に活火山があるようなものだけれど。火山のように、どんなに静かな時でも絶え間なく質問を発したり、強い臭いを放つから」

「束の間の安らぎというわけか」ヘンリーは言った。「一、二年もすれば学校を卒業するが、そのあとはどうする?」

 フランチェスカは目を閉じ、悩ましい見通しから目をそむけようとする雰囲気をただよわせた。他人がいるところで、将来について子細に検討することは彼女の好むところではなく、とりわけ将来の幸運が疑わしい影につつまれている時はなおさらであった。

 「さて、そのあとは?」ヘンリーはしつこかった。

 「そのときは、わたしの手には負えなくなっているでしょうよ」

 「いかにも」

 「そこに座って批判がましい顔をするのはやめて。もし忠告をしていただけるなら、どんな忠告でも耳を傾けるつもりはあるから」

 「まっとうな若者なら」ヘンリーは言った。「わたしもたくさん助言をして、ふさわしい職業につけるように手助けもするだろう。だがコーマスについては知ってのとおり、我々が仕事をみつけたところで見向きもしないから、時間の無駄というものだろう。」

「あの子も何かしないといけませんわ」フランチェスカは言った。

「それはそうだが、あれは何もしないだろう。とにかく、なにごとにも誠実に取り組みはしない。あれに一番望ましいのは、財産のある娘と結婚させることだ。そうすれば、あれの問題のなかでも財政上の困りごとは解決される。おもいどおりになる金が限りなくあれば、どこかの荒野にでも行って猛獣をしとめるだろう。猛獣狩りがするに値するものかは知らない。でも、あの社会不適格者の、破壊的なエネルギーをそらすのには、きっと役に立つ」

ヘンリーはー彼は鱒よりも大きく、荒々しいものを殺したことがなかったー猛獣狩りの話題に関しては嘲笑的であった。

フランチェスカは、結婚という思いつきによろこんだ。「女子相続人の知り合いはいないけど」フランチェスカは熟慮しつつ言った。「もちろんエメリーン・チェトロフもそうね。女子相続人とまでは言えないかもしれないけれど、あの娘には、ささやかながら気持ちよく暮らせるだけの、自分の財産からの収入があります。あの娘には、おばあ様から受けつぐものも少しあるでしょう。それから、当然のことながら、あの娘が結婚すれば、この家をもらうことになっているわ」

「そうれは都合がいい」ヘンリーは言いながら、妹がこれまでに何百回とたどってきた思考の流れをたどろうとした。「あの娘とコーモスは仲良くしているのか」

「そうね、男女としてはまずまずよ」フランチェスカは言った。「わたしが一働きして、ふたりがお互いをもっと知る機会を近々もうけないといけないわ。ところで、あの娘がとても可愛がっている弟のランスローが、今学期からタルビーに入るの。コーモスに手紙を書いて、とりわけ彼に親切にするように伝えるわ。それがエメリーンの心をとらえる確実な手になるでしょうから。コーモスはこれまでだって完璧にやりおおせてきたわ。不思議なくらい」

「目立つのは、ブリッジのときくらいだろう」ヘンリーは鼻をならした。「その話題はこのくらいにして、確実なことをするべきだろう」

コーモスは、叔父のお気に入りではなかった。

 フランチェスカは自分の書き物机にむかうと、息子にあてた手紙を急いで書き、新しく入ってくる少年について手紙にしたため、ひ弱な体のことも、内気な資質についても、そうしたことから生じる特徴についても伝えて、面倒をみるようにと頼んだ。彼女が手紙に封をして印をおすと、ヘンリーは遅ればせながら注意をした。

 「おそらく、その少年のことはコーモスに言わないでおいた方が賢明だ。あれときたら、いつも言いつけにはしたがわないから」

 フランチェスカもわかっていた。それに兄の言うことにも半分以上は納得していた。だが奇麗な、未使用の一ペニー切手を犠牲にできる女は、いまだ誕生した試しはない。

2章

ランスロット・チェトロフは、長い、がらんとした廊下のはずれに立ち、気もそぞろに腕時計に目をはしらせながら、すでにはるか昔のことになりつつある痛ましい出来事を思い、自分が三十分でもいいから年上であればと強く願った。だが不幸にも、その出来事は未来につづくものであり、さらに恐ろしいことに、その未来は逼迫しつつあった。 学校に慣れていない男の子の例に違わず、彼が不健康な情熱を燃やしてきたのは、規則と要求に従うことで、この方面への熱意が身の破滅を確かなものにしてしまった。二、三の価値あることを一度にしようと急いだあまり、毎日同じとはかぎらない掲示板を見ることを忘れてしまい、そのせいで、新入生に特別に呼びかけたサッカーの練習に参加しそこねてしまった。一学期前から学校にいる年下の仲間が、彼の過ちから生じる避けがたい結果について、絵を見るようにを教えてくれた。その恐怖は未知の世界が付随するもので、迫り来る運命からは何とか消し去られていたが、そのときに大げさに心配され、思いつくままに知識を授けられたことに、彼はあまり感謝の念をいだかなかった。

 「椅子に座らされて、うしろから鞭で六回ぶたれるよ」

 「チョークで体に線を一本描かれるんだ、知っているだろうけど」

 「チョークで線を一本、どういうことなの?」

 「本当だよ。むちでぶつたびに、きっかり同じ場所をねらえるからだよ。すごく痛いんだ」

 ランスローは心に弱々しい希望を育もうとしたが、それはこの不快な、現実的な描写には、誇張している要素があるかもしれないということだった。

 一方、廊下のむこう端にある監督生の部屋には、コーモス・バシントンと監督生が時間どおりに来て座って待ちうけ、そこには楽しみを期待する雰囲気が強くただよっていた。コーモスは、監督生のカーストのなかでは一番年下の一人だったが、よく知られていないというわけでは決してなく、寮長の談話室の外に出れば、ときどき評判になることもあって、ともかく賞賛の言葉を楽しんだ。 サッカーをするとき、彼には風変わりなところが多々あるため、真のすばらしい選手にはなれなかった。だがタックルのときには、相手を地面に逆さにする行動そのものに、つよい喜びを感じているかのようなタックルをした。そしてこの世のものではないような罵りの言葉を、怪我をしたときにはかならず喚いたが、耳にした運のいい者によって、その言葉は心に深く刻まれた。 ありきたりの運動競技のときには、彼は人目をひく競技者だった。そして監督生の役割にはついたばかりだったが、もう鞭さばきが完璧で芸術的だと評判であった。彼の容姿は、風変わりな、パガンの名前とぴったり合っていた。その大きな瞳は淡い緑灰色で、永久にきらめくように見えるその輝きは、子鬼のいたずらにも、どんちゃん騒ぎのよろこびのようにも見えた。曲線をえがいた唇は邪悪で、ギリシャ神話の半獣神ファウヌスが笑っているかのようであった。艶やかな黒髪の波間から小さな角がのぞくのでは……という気すらするほどであった。顎は毅然としていたが、人々が不機嫌で、短気なところを捜そうとしても、ハンサムで、半ば嘲るような、半ば生意気な顔には見当たらなかった。その不機嫌さのせいで、コーモスにはどこか独創的で、傲慢な輩になったのかもしれない。運命は奇妙な魅力を彼に授けてくれたが、人生の大きな目的は用意されないままであった。おそらく誰からも、愛すべき性格だと言われたことはなかっただろう。だが多くの面で、彼には素晴らしいところがあった。同時にあらゆる面で、強く非難されるところも確かにあった。

ラトレーはーそのときの彼の仲間だーは座ってバシントンをながめ、人並の頭脳を奥底から振り絞って、自分はこの男が好きなだろうか、それとも嫌いなのかといぶかった。

「ほんとうは鞭打ちは君の番ではない」彼は言った。

「知っているとも」コーマスは言うと、丈夫そうな鞭を指先でもてあそんだが、優しく鞭を取り扱う様子は、まるで敬虔なヴァイオリン奏者が自分のストラディバリウスをとり扱うときのようだった。「グレイソンにミントのチョコレートを少しあげて、僕が鞭でぶつのか、それともグレイソンがぶつのかコインを投げて賭けることにした。そうしたら僕が勝った。けれど礼儀正しいところがあるやつだから、チョコレートを半分返してくれた」

人を楽しませる愉快な気質のおかげで、コーモス・バシントンは仲間といて楽しめるだけの評判はものにしていたけれど、その快活さをもってしても、学生時代に接した教師たちに好かれる助けにはならなかった。彼のことを面白いと思い、楽しむ教師たちは、ユーモアというつましい美点を思いどおりにあやつる教師だった。だが、そうした教師たちが、自分の責任の範疇から彼が消えたときに吐息をつくとしたら、それは悲しみの吐息といよりも、安堵からくる吐息であった。彼について知れば知るほど、また経験を積めば積むほど、自分たちがかかわらなければいけない領域の外にいる者だと思うようになった。嵐を扱うように訓練をつんだ者ならー近づきつつある嵐を察知するだろうし、嵐から生じる影響を極力少なくしようとするだろうー、竜巻にあらがおうとすることに躊躇いを感じるとしても許されるのかもしれない。

男たちが—知性に欠けた表情をして、それに比例して自分たちの権力に大きな信念をいだいていたー論じようとしているのは、どんちゃん騒ぎを許されている竜巻君のことだった。

「わたしが君の立場なら、あのバシントンの気をくじくんだが」学級担任がそう話しかけた同僚は寮の舎監をしていて、その寮は他の寮生にまじってコーモスがいるという厄介な特徴をそなえていた。

 「神により、それは禁じられている」舎監はいった。

 「そうだろうか、なぜ」改革論者はたずねた。

 「なぜなら造物主は、御心の仕業への妨げを嫌われているからだ。それに明らかに御しがたい者の意気をくじこうとするなら、自分に大変な責任をおわなければならない」

 「ばからしい。男の子は造物主の御手がはいる原料だ」

 「たいていの男の子はそうなんだが。ただ少数ながら例外もいる。バシントンも学生ながら、そうした少数のひとりだ。造作主によって高い次元にまでつくりあげられている。わたしたちは原料を型に入れてつくりあげるだけだ。そうした少数派と関わってみたところで、どうすることも出来ない」

 「だが成長したら、どうなるのだろうか」

 「彼らはけっして成長しない」舎監は言った。「それが悲劇なんだ。バシントンにしたところで、現在の状態から成長することはけっしてないだろう」

「ねえ、ピーターパンの言葉で話しているよ」学級担任はいった。

 「ピーターパンの流儀で考えてはいない」舎監はいった。「その作品の作者に尊敬をこめて言う。作者の子供の心を洞察する力は素晴らしく、優しい。でも男の子のことについて何も知らないんだ。今、話題にしているこの作品について一つだけ批評しよう。英国の男の子でもいいし、あるいはどこか知っている国の男の子でもいいけど、想像できるか? 地下の洞窟ごっこをしているそのときに、引き窓のむこうに狼や海賊、アメリカインディアンを望む男の子がいるかい?」

 学級担任は笑い声をあげた。「君の考えははっきりしている。『大人になろうとしなかった男の子』について書くなら、『男の子になることができなかった大人』が書くべきだと考えている。おそらく、それこそが『ネヴァー・ネヴァー・ランド』の意義だろう。たしかに君の批評は正しい。だが、バシントンに関しては賛成できない。彼は持て余してしまう。接したことのある者なら誰もが知るところだ。だが片方の手が他のことでふさがっていないようなら、彼の意気をくじくべきだという意見は変わらない」

 そして彼は立ち去っていったが、自分は正しいという担任ならではの拭い去ることの出来ない矜持を保ったままであった。

監督室で、コーモスは余念なく、椅子を一脚、中央の正確な位置に置いていた。

 「すべて手筈は整った」彼はいった。

 ルートリィは置き時計に目をはしらせたが、その様子ときたら、円形競技場にいるローマの上品な人さながらであったーーローマ人が物憂げに待ちうけているのは、察するにクリスチャンが待機している虎に引き合わされる場面である。

 「あと二分で到着するはずだ」彼は言った。

 「よもや遅れることはあるまい」コーマスは言った。

 コーマスは、入学当初、罵られたり、酷評されたりの経験をたくさん積んできた。だからこそ、この瞬間も彼の運命の犠牲者が、ドアのむこうでおそらく惨めにうろつきながら感じている恐怖を、最後の一滴まで堪能することができた。つまり、それが物事の楽しみの一部分である。だから、どこを探すべきか知っていれば、ほとんどの物事には楽しい側面というものがあるわけだ。

扉をたたく音がした。そして「なかに入れ」という心からの親しみをこめた命令にしたがって、ランスローが入ってきた。

 「ここに来たのは鞭でうたれるためなんです」息を切らしながら、名前をつげた。「僕の名前はチェトロフです」

 「その名前もずいぶんひどい」コーモスはいった。「だが、もっと問題にしたほうがいいことがある。あきらかに、おまえは何か隠し立てをしている」

 「一回、サッカーの練習に参加しそこないました」ランスローはいった。

 「六打ち」コーマスはそっけなく言うと、鞭をとった。

「掲示板の通知を見ていなかったんです」絶望にしずみながら、ランスローは思い切って言った。

 「言い訳をきくたびにうれしくなるよ。だから二打ちふやすとしよう。八打ちになる。さっさとやるぞ」

 それからコーモスは椅子を身ぶりで示したーその椅子は不気味な孤独さをひめ、部屋の真ん中に置かれていた。そのときほど家具が嫌悪の念をもよおされるものとして、ランスローの目にはいってきたことはなかった。コーモスも、部屋の中央に突き刺すように置かれた椅子が、自分の目にも、この世に生産されたもののなかで最もおぞましく見えた時のことを思い出したのかもしれない。

「チョークを一本貸してくれ」彼は監督生の仲間にいった。

 ランスローは、チョークで線をひくという話が真実であることを悲しい気持ちで理解した。

 コーモスは思いどおりの線をひいたが、それは不安になる程の正確さで、その線をユークリッドの図式やロシアとペルシアの境界地図に使おうとするなら、彼は潔しとしないことだろう。

 「もう少し前にかがむんだ」彼は犠牲者にいった。「もっとしっかりと。愛想良い顔をする必要はないぞ。こっちから、お前の面は見えないからな。異端の言葉に聞こえるかもしれないが、お前は俺よりももっと痛い思いをするんだ」

 慎重に間がとられた。それからランスローがまざまざと思い知らされたのは、本当に上手な者の手にかかると、どれほど巧みに鞭がふりおろされるかということだった。二ふりめの鞭に、大慌てで椅子から体を離した。

 「おや、回数を忘れてしまった」コーマスはいった。「また最初からやり直しだ。お願いだから、同じ位置に戻ってくれないか。終わりにならないうちにまた動いたら、ルートリィにおさえつけてもらって、もう十二回打つからな」

ランスローは椅子に戻り、執行人の好みに再度身をゆだねた。なんとかそこにとどまったが、そのあいだコーモスは八回鞭をふりおろし、チョークの線にむかって正確に、そして効果的に苦悶をあたえた。

 「ところで」喉をならして喘いでいる犠牲者に彼が声をかけたのは、刑罰が終わってからのことだった。「おまえはチェトロフといったな。たしか、お前に親切にするようにと頼まれていた。まずは今日の午後、俺の勉強部屋を掃除するんだ。古い陶磁器の埃をぬぐうときのように慎重にやるんだぞ。もし何か壊したときには言いにこなくてもいい。とっと出て行って、どこかで溺れ死ぬがいい。そうすれば、もっと悪い運命から救われることになる」

「先輩の勉強部屋がどこにあるのか知りません」息を押し殺してランスローはいった。

「見つけたほうがいいな。さもないと、また鞭でぶつぞ。今度は、もっと痛いからな。ほら、チョークをポケットに入れて持って行けくがいい。また役に立つだろう。俺がしたことに感謝するのはよせ、うっとうしいだけだ」

 コーモスは勉強部屋を持っていなかったので、ランスローは熱にうかされたように半時間ほど探し続け、またもサッカーの練習を逃してしまった。

 「ここではすべてがにぎやかです」ランスローは姉のエメリーンに手紙を書いた。「監督生たちのなかには、気分次第でとても熱くなる先輩もいますが、ほとんどの人は礼儀正しいです。でも中には、獣みたいな連中もいます。バシントンは監督生だけど、まだ下の学年なんです。獣の極みです。少なくとも、僕はそう考えています」

 男子生徒らしい寡黙さのせいで、それ以上は書かなかったが、エメリーンは、女性らしい卓越した想像力で、その行間をおぎなった。フランチェスカの橋には、亀裂が入ってしまった。

Ⅲ章
ある11月の午後ー以前、年代記に詳しく記した出来事から二年が経過していたー、フランチェスカ・バシントンは、友人のセレナ・ゴラークリィの部屋に大勢集まった人々をかき分けて進み 、うわの空という様子でうなずいていたが、その目はあきらかに特定の人物にくぎづけになっていた。国会は秋の開会にむけて勢いをましていたので、どちらの政党からも群衆のなかに参加者の姿が見受けられた。セレナは無邪気な風をよそおって、多少なりとも名のしられた男や女を自分の邸へと大勢招待したが、そうした人々を長いあいだ一緒にしておけば、「サロン」を形成するだろうと目論んでのことだった。同じ本能にかられて、彼女は週末に隠遁生活を送るサリー州の別荘に、様々な球根を植えてはボーダーガーデンをつくり、その結果をオランダ風庭園と呼んだ。 不幸なことに輝かしい話し手を自分の家に招くことはできるかもしれないが、いつも輝かしく話してもらえる訳ではない。それどころか、まったく話さないということもある。さらに悪いことに、ムクドリのような声をだす鈍重な連中の声を規制することはできない出来ない。そうした連中は、言わないでおいた方がいいようなことまで含めて、全ての話題に口出ししたいように見える。 フランチェスカがある一団の横を通り過ぎたとき、彼らはスペインの画家について論じている最中だったーその画家は四十三歳で、若い頃には、カンバスに数千におよぶ大量の四角を描いていたのだが、ロンドンでその名を知るものは数ヶ月前まで皆無であったーだがムクドリのような声は、どんな些細なことでも其の画家について知らせるべきだと心に決めたかのように思えた。三人の女性は、その画家の名前の発音の仕方を知っていた。別の女性はその画家の絵を見るたびに、森に行って、祈りを捧げなければいけないと常に感じていた。別の女性は、その画家の最近の絵には、ザクロが常にあることに気がついていた。そして弁護の余地がないカラーをつけた男は、ザクロが「意味する」ものを知っていた。「この画家のすばらしいと思うところは」肉づきのいい女性が挑戦的な大声でいった。「芸術上のしきたりをすべて無視していく手法にあるわ。一方で、そうしたしきたりが認めるものが全部残っているのよ」「たしかに。でも、こんなことを考えたことはーーー」ぞっとするカラーの男がさえぎった。フランチェスカは一心不乱に突き進み、ぼんやり訝しみながら進んでいった。耳が聞こえないという苦痛を感じながら、人々は何に苛立っているのだろうか。彼女の歩みは一組の男女のところでしばらくとまったー彼らは熱心かつ雄弁に、今日、くすぶっている問題について論じていた。痩身の、眼鏡をかけた若い男はすでに額が後退しつつあり、進歩的な意見をしばしば展開しては、眼鏡をかけた若い女に話しかけているのだが、その女の額も同じような様子を呈していて、しかも非常にだらしない髪をしていた。ロシアの女子学生に間違えられるということが、その娘の人生における野心であり、そのためにサモワールのどこに茶葉をいれるのかを正確に突きとめようとして、数週間にわたって根気強く調査をつづけていた。かつて彼女は、オデッサ出身のユダヤ娘に紹介されたことがあったが、そのユダヤ娘はその次の週に肺炎で亡くなってしまった。このようなわけで経験は乏しいながら、ロシアに関する全ての大家として任命された若い娘は、間隔があまりあいていない目を輝かせていた。

「むだ話は役に立つし、必要なものなんだ」その若い男は話していた。「だが、わたし達にとって必要なことは、御し難いむだ話の耕地から主題を掘りあげて、現実的な話し合いという脱穀場に置くことだ」

若い娘は大げさな終止符を用いながら突進し、すでに舌先に用意してあった意見をたたきつけた。

「貧困の奴隷を解放するとき、注意深く避けないといけない過ちがあるわ。それは農奴を自由にしたときに、ロシアの官僚がおかした過ちよ」

彼女は自分の番になると、雄弁術の効果をねらって一呼吸おいた。だが呼吸をすばやく落ち着かせると、その若い男と釣り合いのとれた言葉をつかって話し始めたーその男も次なる意見へと口火をきっていた。

「ふたりとも出だしは上々ね」フランチェスカは考えた。「ふたりが攻撃しているのは、極貧の防止のようだけど。もし平凡さをふせぐための聖戦をだれかが始めたら、ここにいる善良な人たちはどうなってしまうのかしら」

小さな部屋のひとつを抜けていく途中でー彼女はひっそりと身を隠している参加者をまだ探し求めていたーようやく見知った姿を見つけたが、そのとき微かに渋面が顔をよこぎった。彼女を少し不機嫌にさせた相手はコートニー・ヨールで、政治的には卓越した成功をおさめた勝者であり、政治家小ピットの話を聞いたこともないような世代にすれば、信じがたいほど若々しく見える者だった。ヨールの野心、あるいは趣味と言ってもいいかもしれないが、それは現代政治の陰鬱さに、ディズレーリのダンディズムを吹き込むということであったが、そのダンディズムもアングロ・サクソン好みの正確さのおかげで適切なものになっていた。そしてダンディズムをささえているのは、彼のケルトの血が受け継ぐウィットのきらめきであった。 ただ彼の成功は不十分なもので、上昇中の政治家に見受けられる図々しさはないながら、栗色にちかい金髪をゆらしながらの派手な弁舌も、にぎやかな火花をちらす警句も、永遠に彼のものであった。だが抑制しながら贅をこらした胴着も、ネクタイも、無駄な努力と言っていいものであった。もし桃色珊瑚のマウスピースをつかって紙巻きタバコを吸う習慣があれば、あるいはマッケンジー・タータンのスパッツをはいていれば、寛大な心をもつ有権者も、大げさな言葉で記事を書く記者も、彼に対して容赦しなかっただろう。公の生活を送るときに必要な策略とは、どこで一休みして、どこまで少しでも遠くに進むべきかを正確に知ることなのである。

ヨールの懸命さに欠けた政治への見識のせいで、フランチェスカの顔に咎めるような色がうかんだのではなかった。原因は、コーマスだった。彼は学生生活からすでに離れ、今では社会的に問題のある人物となっていたが、最近になってこの若い政治家ヨールの仲間となり、賛美者になったばかりであった。コーマスは政治について何も知りもしなければ、考えることもなく、ただヨールの服装を真似しているだけのことで、あまり上手くいかないながら会話まで真似をしようとしていたので、フランチェスカはその傾倒ぶりを咎める自分の感情が正しいと思っていた。着飾って日々を過ごすような女にしても、贅をこらした格好で日々をすごす息子は心配なのである。

不快なヨールの姿に彼女の顔は陰ったが、すぐに会心の微笑みがうかんできたのは、彼女に気づいた肥った中年の男が歓迎の挨拶をしてきたからだー自分のまわりにかき集めた貧弱な一団に、男はどうやら彼女もくわえたいようだった。

「今、わたし達が話していたのは、私の新しい体験についてなんです」彼は愛想よく話しかけてきたが、「私たち」という言葉には幾分憂鬱そうな表情の聞き手たちも含まれていたーだが、その聞き手は話し合いのときも、おそらく何も言ってはいないだろう。「この人たちに話していたところなんですよ。あなたもお聞きになると面白いと思うのですが」

フランチェスカはスパルタ式の禁欲主義を身につけていたので、機嫌をとるような微笑みをうかべ続けたけれど、耳にとぐろをまきながら、それでいて聞こうとしない聾の毒蛇が、このときばかりは美しいものに思えた。

ジュリアン・ジュル卿は、平凡さについては高い基準で知られた下院の一員をつとめてきたので、卿は環境に完璧にとけこみ、議会の進行を注意深く見守る者でさえも、下院のどちら側の席に卿が座ったのか思い出すことは、ほとんどできなかっただろう。与党によって卿にあたえられた男爵の地位は、少なくともそうした問題をとりのぞいてくれた。それから数週間してから彼は西インド保護領にある地の総督になったのだが、それは準男爵の地位を受けいれた報酬としてなのか、それとも西インド諸島の人々が、自分たちにふさわしい総督をむかえるという考えを実践した結果なのかは、何とも言い難かった。ジュリアン卿にすれば、その地位はたしかに、大事の一つであった。彼が総督をしている期間に、もしかしたら王族の人々が訪れるかもしれないし、あるいは地震の災禍に遭遇するかもしれないが、どちらにしても彼の名前が新聞にのるだろう。でも一般の人にすれば、それは関心の領域外であった。「彼は誰なのか、それはどこなのか」と問いかけたならば、彼についても、そして地理学的な面でも、情報の総計がただしく要約されたことだろう。

しかしながらフランチェスカは、総督任命の可能性を聞いた瞬間から、ジュリアン卿に深い、はっきりとした関心を抱いていた。国会の下院議員としての彼は、彼女の人生における、緊急にせまられた社会的必要性を充たしてはいなかった。だから彼女が国会のテラスでたまにお茶をしているときに、挨拶できる範囲に卿が近づいてきても、そのたびに彼女はセント・トーマス病院について深い瞑想にふけるのであった。だが島の総督になるからには、とうぜんのことながら、彼は自分つきの秘書を欲しがるだろう。そこでヘンリー・グリーチの友達として、仲間としてージュリアンはヘンリーに金を借りて、多くの政治活動を支援してきた(彼らはかつて一緒に不適切な改正案を起草したこともあった)ーヘンリーの甥のコーマスを選択しても、それは極めて自然で適切なことではないだろうか。公人が宝物として大切にするような秘書にバシントンがなるかどうかと内心ひそかに危ぶみながらも、 ヘンリーがフランチェスカに同意したのは、この計画がすばらしく、望ましいものであるからで、それはセント・ジェームズ教会を中心とした閉ざされた、人目につきやすい場所から、英国が支配する外国の、霧の深い果てへと、迷惑この上ない若い獣を移住させてしまうというものであった。兄と妹がいっしょになって、入念かつ手の込んだ昼食会をジュリアン卿のために催すことにしたのは、卿の総督任命が公になった其の日であった。秘書の問題が話題にあがり、機会があるたびにまめに話題をふられ続けた結果、ついには決着をつけるために、総督閣下とコーマスが正式に面接することになった。  青年は、最初から、国外追放となる見通しに余り喜びをみせなかった。 遠く離れ、鮫にかこまれて島で暮らすなんてとコーマスは表現した。しかもジュリアン卿の家族と一緒であり、ジュリアン卿を自分の大黒柱として暮らすのである。さらに毎日、ジュリアン卿の会話を聞いて存在を確認しながら生活するという話に、母親や叔父がみせたような熱意をしめさなかったので、結局、母親も、叔父も、まだその試みを実行しないでいた。一から新しい支度を整える必要性でさえ、期待されていたような力をもって、彼の想像力に訴えはしなかった。だが、しかしながら、彼がこの計画にさほど熱意をしめさなくても、フランチェスカとその兄が心に決めていたのは、手際よくやらないと、成功も水の泡となるということだ。翌日の昼食でコーマスに会ってもらうという約束をジュリアン卿に思い出してもらい、そして秘書の件を落着させるために、フランチェスカはこうして耐え、大英帝国の資産としての西インド諸島の価値について延々叱責をうけるという辛い体験を忍んでいるのであった。 聞き手は一人、また一人とうまく離れていったが、フランチェスカの忍耐はジュリアン卿の凡庸な言葉の嵐にも耐えた。このようにして彼女は貢献したのだが、昼食の約束や目的について新たな情報をえることで十分に報いられた。  彼女は、ムクドリのような声でおしゃべりに興じる人々をかきわけて進んだが、そのおしゃべりを強めているのは勝利を勝ち取ったという思いであった。セリーナの馬鹿げたサロンは、結局のところ、役に立っているのだ。

フランチェスカは早起きをする方ではないから、次の日の朝、朝食がブレックファーストテーブルに運び込まれる頃、兄の家からの特別な使いが届けたザ・タイム紙が、彼女の部屋に運ばれてきた。物憂い青の細密画に引き寄せられて見てみれば、目立つ印刷文字で「ジュリアン・ジュル総督閣下」という皮肉たっぷりの見出しがあった。そこに記されていたのは残酷な暴露記事で、どこか馬鹿げたところがあって忘れられているような類の、ジュリアン卿が支持者におこなった演説についての記事で、それほど昔の話ではなかった。その演説で、植民地、なかでも西インド諸島を所有する意義について卿は語り、無知と驚くほど安っぽいユーモアを盛大に織り交ぜながら非難していた。演説の抜粋は説得力にとぼしく、また馬鹿らしい内容であったが、記事の書き手はさらに自分の感想も書き足していて、そこで火花を散らしているのは皮肉めいた輝きで、セルバンテスのように洗練された残酷さがあった。 昨夜の試練のときを思い出して、フランチェスカは思わず楽しさを感じながら、情け容赦ない中傷記事ー中傷されているのは昼食会の約束をしたばかりの総督閣下だったーを読んだが、記事の最後の署名のところで、彼女の目から笑いが消えた。「コーマス・バシントン」という署名が記され、その下にはヘンリー・グリーチが震える手で何本も青い線を引いていたからだ。

   コーマスなら、こうした記事に仕立てられないことは、教区付き英国国教会の聖職者にむけて教区について書いたときの文でもあきらかである。その記事は明らかにコートニー・ヨールの手によるものであった。そしてコーマスには、はっきりとした目的があったから、彼を口車にのせて、政治的なからかいにみちた、巧みな記事の書き手だという誇りを捨ててもらい、そのかわりにコーマスを記事の名付け親にしてもらったのだ。それは大胆なおだてではあったが、成功に関しては疑いようもなく、秘書の地位も、遠く離れた、鮫に囲まれた島も消え去り、不可能という地平線がひらけるのみであった。フランチェスカは戦略の黄金則を忘れてしまいーそれは状況を注意深く選択してから戦争にのぞむというものだー、浴室の扉に直進したが、扉のむこうからは、水しぶきをあげる、にぎやかな音がしていて、コーマスはどうやら身支度をはじめたようだった。

「いまいましい子ね、なんてことをしてくれたの!」彼女は非難がましく喚いた。

「からだゴシゴシ」陽気な声がかえってきた。「首もゴシゴシ、そのまま鎖骨もゴシゴシ、鎖骨から今度はどこをゴシゴシ」

「おまえは自分の将来を台無しにしたのよ。ザ・タイムに、おまえの署名がはいった、ひどい記事がのってしまったのだから」

喜びの歓声が浴室から響いてきた。「なんだって、かあさん。見せてくれ」

手足で水をはねあげながら、急いで浴槽から出てくる音がした。フランチェスカは逃げた。ぬれた身体にバスタオルを一枚、そして湯煙につつまれた19歳の青年をうまく叱ることのできる者はいまい。

別の使いがきたとき、フランチェスカはまだ朝食を終えていなかった。今度の使いはジュリアン卿からの手紙をもってきたのだが、その手紙には、昼食会の約束を辞退する旨が書かれていた。

Ⅳ章

フランチェスカは、他人の立場にたって物事をながめることのできる自分に誇りを抱いていた。つまり、それは常に、様々な面から自分の立場をとらえることができるということであった。コーマスに関していえば、彼が行動したことも、行動にでなかったことも、彼女の頭のなかでだんだん重大事項になりつつあった。彼の人生がこれからどうあるべきなのかを明確に思い描きすぎているあまり、その心の動きを理解することにも、また心の動きを支配する衝動を理解することにも、まったく不向きであった。運命は、彼女に息子をひとり授けた。たった一人の子孫が相続するというように、運命が節度をみせてくれたものだから、フランチェスカはありがたく思い、また感謝しながら、満足そうな友達—半ダースの男子相続人と娘二、三人への贈与を楽しそうに味わっていた—にむかって、自分の子供はたったひとり、コーマスだけであると言うのであった。だが彼の場合、子どもの数に節度があったところで、性格に無節制なところがあるのだから苦労は同じようなものだった。ボンドストリートも、ピカデリーから枝分かれしている多くの道も、毎日の生活に必要な品々の提供を妨げなければ、ロンドン全体の心をとりこにしていたのかもしれなかった。友人の子どもたちは知り合いになるには退屈であったが、息子としてなら、大いに安らぎをあたえてくれたことだろう。フランチェスカは苛立ちをつのらせながら、こうした経済の援助をするに値する青年と、自分の御し難い息子を比較しては、なぜ運命の女神は自分を選び出したのか、このいらだたしい変異体の親にしたのか、心地よさもなければ望ましさもない子の親にしたのかと嘆息した。収益をあげることに関して言えば、コーマスは野の百合の無関心さを真似て、危ういほどの貞節をみせた。母親のように、彼も思い悩み、苛々とした様子で、現代の若者からうみだされる典型に目をむけはしたが、もっぱら注意をむける知人とはより裕福な層で、車やポロ用のポニーを買うのも気安く、ボタンホールにさすカーネーションを買うようなもので、カイロやチグリス流域への旅も、何の困難もなく、財政上の無理もなく、まるでブライトンでの週末を考えるような人々であった。

陽気な気質と美貌はコーマスを大いに助け、それも愉快に、学生時代から切れ目なく続く休みのときを過ごすのを助けてきた。同じ素晴らしい資産が、彼が自分の道をあゆむのに役に立った。だが、そうした長所にすがりついて、どこまでも、いつまでもあゆんでいくわけにはいかないと気づくということは、冷静さを失う体験であった。動物の世界では、しかも競争心の強い動物の世界で必要とされるのは、野の百合の華やかさ、自由奔放さ以上の、なにかであった。そしてそれこそが、コーマスが自分に与えることもできず、また与えようとも思わないようなものでもあった。その何かが欠けているせいで、彼は運命の女神にむかって恨み、期待していた勝利から、もしくは、とにかく何一つ邪魔のはいらない進展から、自分を遠ざけた数々の挫折や障害を難じるのであった。

フランチェスカは、彼女なりに、世界のだれよりもコーマスに愛情を注いでいた。もしスエズの東のあたりで、褐色に日焼けする日々を彼が送っていたなら、毎晩、心からの愛情をこめて、息子の写真に接吻してからベッドにはいっただろうし、コレラの不安が蔓延して、新聞記事に現地の民が反旗をひるがえすという噂があれば、不安にかられ、動揺もしただろう。それでもスパルタの母親に自分をなぞらえ、国の必要品を得んがために、最愛の子を犠牲にしたことだろう。しかし最愛の息子が自分の家の屋根の下に腰をおちつけ、一緒に過ごしているとー息子は理不尽にも空間を占拠し、毎日、犠牲を要求してくるのに、その代わりとなるものは与えてくれなかったー、彼女の心は愛情というよりも、苛立ちをおびてきた。コーマスが重大な悪事を犯したところで、他の大陸でやったのであれば、寛大に許すことはできる。だがチドリの卵が五つ入った皿から、三つ取っていったという事実は見過ごす訳にはいかない。不在にしている者は心に悪いかもしれないが、それでも配慮に欠いた態度をとる立場にあまりないものである。

こうして母親と息子のあいだの氷の壁がだんだんと厚みを増していき、壁ごしに会話はできても、その壁のせいで軽い言葉のきらめきにも冬の寒さがあった。その若者には、そうした方向に自分を発揮しては思わず楽しむ才能があった。食事の席では、長々と不機嫌にしていたり、言い争ったりしては、急流のような速さで世間話や醜聞、悪意にみちた話をした。真実ももあったけれど、たいていの場合はつくり話であったのだが、それでもフランチェスカはその話を楽しみつつ味わい、嫌々ながら聞かされたというよりも、むしろ喜んでいるのであった。

 「友達をえらぶときに、どちらかといえば評判のいい方々から選んだりしても、たしかに面白くないものだわ。でも、埋め合わせをしてくれる利点があるものよ」

 昼食の席でフランチェスカが素っ気なく指摘したのは、自由奔放な微笑みにさんざん裏切られたのちのことなので、コーマスにそうした態度をとるのははきわめて正当なものだと彼女は考えた。

今夜出かける集まりはまあまあだよ」コーマスは上機嫌でくすくす笑った。

「かあさん、ヘンリーおじさん、それから信仰心のあつい、退屈な連中たちと夕食をとるんだから」

 フランチェスカは驚きと当惑のあまり息をのんだ。

 「まさか、キャロラインが、今夜、おまえを夕食に招いたということではないでしょうね」彼女はいった。「しかも私に相談もなく。ずいぶんとやりたい放題ね」

 レディ・キャロライン・ベナレスクは、人々の繊細な感情も、尊重されるべき嫌悪感も無視して発言したり、行動したりすることができる年齢になっていた。今の年齢に達するのを待ってから、そうした行動をとったわけではなく、そもそも彼女の家系とは、ひとりひとりが生涯をとおして、揺りかごから墓場まで、機転と機知を発揮して生きていくように出来ていて、それはまるで込み合った水遊びの天幕をとおるときにサボテンの生け垣があらわれるようなものだった。それを埋め合わせる神の情けが働き、彼女の一家は外の世界と言い争うよりは、身内で言い争うことの方が多かった。よく知られていることだが、宗教や政治の多様性や陰のせいで彼女の一族の利益は行き詰まりをみせたが、人生に欠かせないものについて折り合いをつけることには及び腰だった。アイルランド自治の分裂のような出来事には備えず、関税の大改革や婦人参政権論は、幸いにも必要品を供給する機会として理解し、さらなる紛争をひきおこし、さらに分割をするための機会だと思っていた。レディ・キャロラインお気に入りの、楽しみにしている企てとは、軋み、敵愾心をあおるきっかけを身近な人にあたえては、無情にも互いを争わせることであった。「こうした状況におかれたほうが、よい結果がでるものよ」彼女はよく指摘した。「互いに会いたいと願っている人たちに頼むよりよいものよ。それに上手に話をして、友達の心に残る人なんかいないわ。敵を失望させるために話す方が心に残るものだから」

みずから認めてはいたが、もし議会の論議で用いたならば、彼女の理論はあっけなく崩れ落ちるものであった。だが晩餐の食卓ではたいてい、その理論の成功が誇らかに証明されるのであった。

「今夜の食事会には、どなたがいらっしゃるのかしら」フランチェスカは至極もっとも質問をなげかけた。

「コートニー・ヨール。たぶん母さんの隣に座ることになるから、相手を撃沈するような意見をたくさん考えて、そなえておいた方がいいよ。それからエレイン・ド・フレイ」

「その方のことを聞いたことはないと思うけど。どんな方なの?」

「どうってことはないよ。まじめに言えば可愛いけど。それから、はしたないくらいの金持ちなんだ」

「その娘と結婚しなさい」という助言が口からこぼれそうになったが、フランチェスカがその言葉をこらえ、塩漬けのアーモンドといっしょに呑みこんだのは、言葉にはときどき目的を台無しにしてしまうこともあるという事実をよく認識していたからだ。

「キャロラインはたぶんトビーのためか、甥の息子のひとりのためになんでしょうけど、彼女に目をつけたのね」彼女が口にしたのは、ついうっかりであった。「いくらかでもお金があれば、そういうときには役に立つものね」

コーマスは下唇をかんだが、そこに浮かんでいる喧嘩好きな表情こそは、彼女が見たいと望んでいたものであった。

打算的な結婚が第一手段であることはあきらかなのだが、まじめにその件を考えてもらおうとは彼女も思ってはいなかった。もし魅力のある(同時に引きつけられている)娘といちゃつくところまでいけば、その娘は相続人なのだから、たしかに好機でもあろう。でも余りにもつむじ曲りな性格のせいで、はっきりとした求愛へと駆り立てられたとしても、それはただ、夢中になっている他の求婚者をわきに押し倒したいという欲望にすぎないためかもしれない。望みのない希望である。余りに望みがないため、彼女の脳裏を横切った考えとは、大嫌いな人間ではあるけれど、コートニー・ヨールに流れをゆだねて、コーマスにおよぼしているように思える影響に便乗しようとするもので、思いついた計画を大急ぎですすめるためであった。なにはともあれ、晩餐会は、彼女が期待していた本来の楽しみよりも、更に興味深いものになることはたしかだった。

 レディ・キャロラインは、政治的には社会主義者を自称していた。もっぱらそう信じられていたのは、彼女が当時のほとんどの自由主義者、すべての保守主義者社会主義者とこうして意見を食い違わせることができたからである。しかしながら、彼女は自分の社会主義が階下の召使い部屋に浸透することは認めなかった。彼女の調理人や執事は個人主義者になるようにという叱咤激励をあらゆる面でうけた。鋭敏で、知的な食事の批評家であるフランチェスカは、女中頭の台所と食料庫について何の疑念もいだかなかった。それでも宴席における人間という添え料理のなかには、彼女の心にさらなる不安の種をまく者もあった。たとえば、コートニー・ヨールときたら見事なまでに黙り込むだろうし、彼女の兄のヘンリーはきっとその逆だろう。

  晩餐のパーティは大きなものであり、フランチェスカが遅く到着したため、客をたしかめる予備の時間もなかった。「ミス・ドゥ・フレイ」と名前が記されたカードが、彼女のすぐ向かいの、テーブルの向こう側におかれ、相続人女性の席をしめしていた。フランチェスカの特徴なのだが、まずメニューを注意深く、端から端まで目をとおした。それから、向かいに座っている娘についても同様の注意深さで、でも目立たないように詮索した。取り立てて言うほどの娘でもないが、それでも彼女の収入は望みうる最善であった。彼女は可愛らしく、慎みのある栗色の服を身につけ、まじめで、思慮深く、穏やかな表情をうかべ、憶測をめぐらすような不安定な気質を隠蔽していた。彼女の態度は、もし酷評したいなら、わざと構わないようなところがあった。彼女が素晴らしいルビーの装身具一式を身につけた様子には、説明しがたい雰囲気があって、家にはもっと宝石があるけれど、間に合わせることが難しかった言わんばかりであった。

「むかいの方に関心があると見える」コートニー・ヨールがいった。

「以前、お会いしたことがあるような」フランチェスカはいった。「お顔に覚えがありますから」

「ルーヴルの狭い回廊でじゃないですか? ダ・ヴィンチの絵が飾られている回廊でね」ヨールはいった。

「たしかに」フランチェスカは相槌をうちながら、その思いは乱れ、漠然とした印象をとらえたことに満足を覚える一方で、ヨールが自分の救世主になったことに困惑もしていた。いっそう困惑が強まったのは、レディ・キャロラインのいるテーブルの方から、ヘンリー・グリーチの声がひどく響いてきたときのことだった。

「昨日、トルダム家を訪ねた」彼はいった。「どうやら夫妻の銀婚式があったらしいけど知っているのでは? 昨日ではなくて、それより前のことらしい。銀の贈り物がたくさんあって、いい目の保養になった。もちろん複製品もたくさんあった。それでも持っているということはいいものだ。あんなにたくさん手にしたら、あの夫妻も嬉しかろう」

「二十五年の結婚生活のあとの贈り物を見せられたからといって、羨ましく思う必要はないわ」レディ・キャロラインが穏やかにいった。「ふたりの不満に銀の裏地をつけたものにすぎないのだから」

そこに居合わせた客のうち三分の一の者が、トルダム家と縁がある者だった。

「レディ・キャロラインの出だしは上々だ」コートニー・ヨールはつぶやいた。

「言いづらいことだ、二十五年間の結婚生活が憂鬱なものだなんて」ヘンリー・グリーチは自信なさそうにいった。

「結婚生活についての話しをとやかく言うのはやめなさい」背が高くて、威厳のある女がいった。彼女は現代画家が思い描く、古代ローマの戦争の女神ベローナのようだった。「わたしも運がない。夫や妻、それからその変わり種の連中のことをいつまでも書いているんだから。わたしの読者がそう望むとはいえ。新聞記者が羨ましくて仕方ない。伝染病にストライキ、無政府主義者のひそかな計画、それから他にも楽しいことを書くことができるもの。腐りかけた、古い話題に縛りつけられないで」

「あの女性はどなた、何を書いているのかしら?」フランチェスカは、ヨールにたずねた。セレナ・ゴーラクリィの集まりで、彼女が賛美者に囲まれていたのをかすかに覚えていた。

「彼女の名前は覚えていないんだが。たしかサン・レモかメントーネか、いかにもというところに別荘があって、ブリッジがとても上手い女性だ。それに女性としては珍しいことだが、ワインの素晴らしい鑑定家だ」

「でも、彼女は何を書いたのかしら」

「ああ、薄い氷をふんでみせるような小説をいくつか書いている。最近の小説では、『そう望んだ女はウェンズディ』というのがあるが、これはすべての図書館で禁止になった。君も読んだだろう」

「なぜそう思うのかしら……わからないわ」彼女は冷ややかにいった。

「昨日、あなたの本をコーマスが貸してくれただけのことですよ」ヨールは言った。形のいい顎をつきだし、からかい、楽しむような目で彼女に視線をやった。彼女がコーマスとの親しい付き合いを嫌がっていることは、彼にも分かっていたが、その青年におよぼす影響をひそかに誇らしく思ってもいた。たとえ、それが浅はかで、効果のないものだと分かっても。彼にすれば、親しい交わりは望むところではなかったから、指導者の役目を真面目に引き受けた瞬間、おそらく、その親しみは粉々になってしまうだろう。コーマスの母親がふたりの友情をあきらかに認めていないという事実に、若い政治家の目には、親しさとともに好奇心がひかった。

フランチェスカは、兄のいる食卓の端の方に注意をむけた。ヘンリー・グリーチは結婚生活の話題はやめるようにという意見には嬉々として応じたが、すぐさまに同じように言い古された話題である現代政治についての話にはいった。彼は公の集まりで求められるような人物ではなかった。そして議会のほうでも、時の話題について、忍耐強く彼の意見を聞こうとはしなかった。むしろ逆の方向へと、議会はいらだちをみせた。そのため彼には、政治についての累積された知識を打ち明けるのは、知識をしめす好機としてとらえているようなところもあったが、ときに、それは肉眼ではほとんど見えないような機会を確かめているようなものでもあった。

「我々の敵は、どうしようもなく困難な闘いに突入している。そして連中も、それは分かっている」彼は甲高い声で、挑発的に話した。「でも連中は取り憑かれてしまったんだ、悪魔に取り憑かれたガダラの豚のように、すべての軍団のー」

「まあ、でもガダラの豚は勢いをなくしたんじゃないかしら」レディ・キャロラインが穏やかに問いかけた。

ヘンリー・グリーチはあわてて微笑みを引っ込めると、陳腐な言葉に加え、もう少し確かな事実に頼ることにした。フランチェスカは、国政に関する兄の考えについて考えるとき、福音に照らすこともなければ、驚くべき事実を暴露していると考えることはなかった。かつてコーマスが指摘したように、その考えはたいてい外に出ていこうとするものであった。今、彼女は、むかいの娘を改めて吟味することに気晴らしを見いだしていた。その娘は節度を守りながらも、自分の両側にる正餐の客たちがかわす会話に関心をしめしていた。コーマスは姿も、話しぶりも申し分ない様子で、食卓の端のほうに座っていた。そしてフランチェスカは、娘の視線がたえずどの方向にそれていくのか、たちどころに気がついた。一度か二度、若い者たちの視線がぶつかると、喜びでさっと頬が紅潮し、気がついていると言わんばかりのかすかな微笑みが相続人である娘の顔にうかんだ。直観という伝統的な女の才能に頼らなくても、フランチェスカには、好ましい貯金口座をもつ娘の心を鷲掴みしているのは、生き生きとした若いパガンであり、その気になれば、パガンには賞賛を獲得する技があるのだと推量することができた。じつに何か月ぶりにようやくフランチェスカは、息子の将来が薔薇色に輝いている光景をみた。そして彼女が無意識のうちに思いめぐらすのは、「不作法なくらいに金持ち」という意味ありげな言い方とは、正確には、どのくらいの総計になるのだろうかということであった。莫大な富をもつ妻なら、しかも、その富に比例するかのように人柄にも、野心にも生まれつきの資質を備えた妻なら、おそらくコーマスの潜在的な力を楽しいものにかえてくれるだろう。その力は経歴に結びつかないかもしれない。少なくとも仕事にはならないだろう。だが向かいの真面目な若い娘の顔には特徴もなければ、野心にも欠けているようにみえた。フランチェスカの考えは、自分を中心にしたものになっていった。彼女が心に思い描いている無尽蔵の財源から、信じられない金額が賃貸物件にそそがれるか、あわよくばブルーストリートの家の獲得にいたるかもしれない。 もし今の都合のいい取り決めが終わりをむかえ、フランチェスカとヴァン・デール・ムーレンが新しい場所を探さなければいけないときがきたとしてもだ。

 女の声がしたのでーその女はコートニー・ヨールのむかいで、用心深く、抑えた声音で話してたー、彼女のブリッジの山は崩れた。

「お金をたくさん持っているし、とても上品だわ。これから世に出る、若い政治家にうってつけの妻よ。近づいて、あの娘を勝ちとるのよ。そうしないと金持ちの花嫁をねらっている誰かさんに奪われるわよ」

 ヨール、そして彼の世知にたけた世話女は、テーブルのむこうをまっすぐに見つめた。そこにいるのはレオナルド・ダ・ヴィンチの娘で、その瞳は真面目で思慮深く、静かにしようと過敏になりすぎている気配があった。フランチェスカは縁結びをしようとしている隣人に怒りを覚えたせいで動悸がした。「なぜかしら」と彼女は自らに問いかけた。「なんの目的もない女のなかには、ひと様の恋にただおせっかいを焼くことに興味をもつ女がいるんだから。こうした類の企みや悪だくみになると頭をつっこんでくるのよ。そこにはひとり以上のひとの幸せがかかっていると言うのに」これまでにないほど明確に彼女は、自分がコートニー・ヨールを徹底的に嫌っていることを悟った。忌々しい影響をおよぼすからと彼を疎んじたくなるのは、彼があとに従ってはいけない野心の見本であり、また金遣いのあらい洒落者の見本でもあり、そして息子がきっと真似をするにちがいないからである。彼女も心の中では、ヨールの存在を知らなかったとしても、コーマスは現在の生き方、働きもせず、我儘に行動していく生き方を選んだろうとは思っていた。それでも、自分の息子に悪い影響を及ぼす人物としてこの青年をとらえようとした。今や彼は、彼女が知っていたよりも評判をもっともなものにしているようであった。一方、人生において初めてコーマスも賢く行動して、自分のチャンスをいかそうとしてるようであった。そしてそれとほぼ同時にコートニー・ヨールも可能性のある、危険なライバルとして、その場に到着したのだった。コーマスの端麗な容貌にも、その場にもたらす気まぐれな魅力にも挑み、目もくらむ半ダースほどの素質ー世界中の女性に好かれるものだったーに若い政治家は対抗していた。理想的な人を追い求める若い娘の目には、そうしたものは殊に好かれるものであろう。ヨールもそれなりに見ばえのする男であった。たしかにコーマスほど人目をひくことはないにしても、いつも盛装で、機知にとみ、出しゃばるほどではないが、人目につく程度には議会でも成功して自信にみちていた。だがコーマスを前にしたら、コートニー・ヨールも余裕で機をとらえる好敵手かどうかは定かでなかった。フランチェスカが苦々しく笑ったのは、つい数時間前まで、コーマスの求婚に力をかしてくれるように彼に頼むという思いつきを楽しんでいたからであった。これは少なくともひとつの慰めにはなるが、彼女はみずから獲物を見つけたのだ。もしヨールが割り込んできて、ライバルとなって、年下の友人コーマスをおしだそうとしたところで、コーマスの方が有利な出発点にたっていた。コーマスは、その日の昼食会でミス・ド・フレイについて触れていたが、それはさりげなく、しかも冷静であった。もし夕食会の客が話題にしなければ、おそらく彼女について言及することはなかっただろう。だが、二人がすでに互いを気にしていることは明らかだった。ブルー・ストリートの家の事情で、フランチェスカは夕食会の客を選別したのだが、思いがけずして、この非常に興味をひかれる相続人と知り合いになったのだった。

 レディ・キャロラインの声が彼女の思考に割り込んだ。それは穏やかに、のどを慣らす声であった。だが気味の悪い特徴というべきか、夕食の食卓の端にまでその声を響きわたらせることができた。

「聖堂の助祭長さまときたら、ぼんやりとしていて、心がここにあらずなんだから。いつか日曜の最初のおつとめで読みあげたのは、オペラのバルコニー席をもっている人達の一覧だったのよ。家族の大切さでもなく、約束の地カナンに入ったイスラエルの多くの民のことでもなく。運のいいことに、誰も間違いに気がつかなかったけれど」

 都合よく奥まっているベンチに腰かけ、リージェントパークにあるロンドン動物園の北部雉飼い場とむかいあうかたちで、コートニー・ヨールはあるレディと大人の恋の戯れにふけっていた。相手の女性は、たしかに外見は若いけれど、四、五歳はコートニーより年上だった。コートニーが十六歳の学生だった頃、モリー・マククェードは親しげに動物園に案内してくれ、その後でソーホーにある外国料理のケトナーズ・レストランでご馳走してくれた。それ以来、昔の祝祭日を祝う記念日に町にいるときには、ふたりは几帳面にこの日程をそのまま繰り返した。夕食の献立も、可能なかぎり、そのときに近いものにこだわった。食べ物とワインの選択がーそれは学生らしい食欲にあふれたものではあったが、はにかみのせいで幾分遠慮もしながら、ずいぶん前に決めたものだった—こうした再会の折々にヨールにまとわりつく有様は、まるで溺れかけている男の過去の人生が、意識がある最後の瞬間に浮かびあがって映しだされているかのようだった。

戯れてはその度に昔に戻るわけだが、それにしても戯れがかくも長らえたのはミス・マククェードの積極性に富んだ気づかいのおかげで、ヨールからの情にうったえる努力のせいではなかった。モーリー・マククェードの、狩りをする地の人々に知られている姿とは、乗馬好きの、月並みな型にはまらない女というもので、それは無理をしなくても「いい人」の分類にはいる女だった。それというのも彼女は十分に美しく、自分の不快については沈黙を守りながら、いささかなりとも、あるいは十分に鑑識眼のあるものについて、たとえば近所のひとの庭や子供たち、世間に人気のある猟犬について接したからだ。彼女は大半の男性から好かれた。だが一方で彼女を嫌っている女性の割合は、厄介なくらいに高かった。そのうちにと、彼女は思われていた。ビール製造業者か、オッター・ハウンド犬を飼っているような男と結婚するだろうと。そして間隔をあけずして、モールバーンとか、それと似たような学問の中心地で、男の子一人か二人の母親として世間に知られるようになるだろうと。彼女の本質の夢見がちなところは、田舎ではまったく理解されないものであった。

彼女の恋愛はほぼ途切れることなく続いていったが、その行動がずっと支離滅裂なものだったせいで激しく苦しんだ。彼女は愛情にみちた関心を若者たちにむけたが、それはうそ偽りのないものであった。若者ひとりひとりの存在を隠そうともしなければ、互いを競わせるようなこともしなかった。また夫を漁ろうとしている狩猟家であるとも言えなかった。それというのも、彼女はどのような男と結婚するつもりなのか心に決めていたからだ。だが彼女の予定は、地元の知人たちが予想しているものとはあまり差異はなかった。やがて結婚生活が失敗だと判明するとしても、それでも彼女には結婚生活に期待するところがあって、ほどほどの期待を心にいだいていた。だから彼女の数々の恋愛では相手も異なっていて、恋愛が彼女を夢中にさせる人生の要素であることは明らかだった。彼女はうまく構成された性格の持ち主で、それは男だろうと女だろうと二つの職務をまっとうすることも、一つの籠に卵をたくさん詰め込みすぎないように用心することも可能にするものだった。彼女の要求は厳格なものではなかった。相手が若ければ、容貌が端麗であればと彼女は求め、少なくとも適度に面白い男性であることを求めた。相手には、いつまでも変わることのない忠実さを期待した。だが自分の前にいる相手をもとに考えてみれば、彼女も心に用心する事態があった。しかも、それはかなりの確率で発生するもので、相手がそうした類の男ではないということであった。「ガーデン・オブ・カーマ(愛欲の園)」の哲学は、彼女が小舟を遠くまで操るための羅針盤で、もし嵐や乱気流に遭遇したとしても、難破や停滞からは逃れることができた。

コートニー・ヨールは創造主から、熱情的な、あるいは献身的な恋人の役割を果たすようにはつくられていなかった。そこで良心的にとでもいうべきだろうか、創造主によってさだめられたその限界を尊重していた。しかしながらモリーにたいしては、たしかに合い響き合う愛情をいだいていた。彼女がいつも慕ってくれていることは明らかだったが、それでいながら見え透いた追従で悩ませることもなかった。戯れの恋だったものが何年もの試練に耐えた根本的な理由は、ほどよい間隔で火花を散らしては、燃えあがだけの関係にすぎなかったからだというところが真相であった。電話が人々のプライバシーという要塞を崩しつつある世の中では、隠遁生活の高潔さを保つのは、キャバレーのボーイのように機転のきいた嘘をつく能力なのである。ヨールはよくわかっていたが、この美しい女性が一年の大半を費やしているのは、狐を追いかけることであって、自分を追いかけることではなかった。


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