アメリア・B・エドワーズ

「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」

 

これから話す出来事に遭遇したのは今から十八年ほど前のことで、当時、わたしは視学官として女王陛下に仕えていた。今でも地方の視学官はひっきりなしに移動するものだが、わたしはまだ若く、常に移動する生活を楽しんでいた。
ただ、あまり心地よくない地域も実に多く、そうした地にいると、無給の司祭は喜びとなるものを蔑むようになり、骨の折れる日々を送ろうとするのかもしれない。辺鄙な地では余所者はめずらしく、年に一度の視学官の訪問は大切な出来事である。だから長い一日の仕事を終え、田舎のパブで静かな時を過ごしたくても、たいていの場合、司祭や名士から客として迎えられる予定になっている。こうした機会を利用するかは視学官次第だ。もし心地よく感じたなら厚誼をむすび、英国の家庭生活のもっとも魅力的な面にふれることになる。そして時折、ありふれたことばかりが多い昨今でさえ、運に恵まれて意外な出来事に出会うこともある。
最初の任地は英国の西の地方で、友人や知り合いが大勢住んでいた。そのせいで後に困惑する羽目になったのだが、二年にわたる快適な勤務を終えると、政治家が「新開地」とよく言っていた北の地に赴くことになった。不運にも、わたしの新開地は草が生い茂り、住んでいる者もあまりなく、広さは千八百平方マイルに満たない土地であった。それでも前の赴任地の三倍はあり、広さに比例して御し難くなった。不毛の丘ふたつが直角にまじわり、鉄道の主要路線からもかなり遠かったので、その地方には思いつく限りの、あらゆる不便さが結集していた。村と村のあいだは離れ、しばしばムーアのせいで分断されていた。列車のあたたかなコンパートメントや点在するマナーハウスのかわりに、当時、わたしは貸し馬車や人気のないパブで時をなかばやり過ごした。

三ヶ月ほどのあいだ、わたしはこの地域で任務につくことになった。やがて冬も間近にせまる頃、ピット・エンドへと初めて視察に赴いた。ピット・エンドは辺境にある小さな村で、私の任地のなかでも最北の地に位置し、最寄りの駅からはちょうど二十二マイルのところにあった。ドラムリーと呼ばれているところで一晩眠り、午前中にドラムリーの学校を視察すると、わたしはピット・エンドを目指した。鉄道で十四マイルほど進み、小さな丘陵のつづく道を二十二マイル行ったところに、わたしの旅の終着点はあった。とうぜんのことながら、出発するまえに、できるかぎり全てのことを照会しておいた。だがドラムリーの校長にしても、ドラムリーの地主「フェザーズ」にしても、ピット・エンドについては名前以上のことは知っていなかった。前任者は見たところ、他の道からピット・エンドにむかうようにしていたようである。その道は遠回りになるけれど、あまり丘陵地帯を通らない道であった。その地には自慢のパブがあることはたしかであったが、それにしても有名というには程遠く、わたしをもてなしてくれたフェザーズ家の人たちにしても知識は皆無であった。居心地が快適なのか、よくないのかは不明ながら、そのパブに泊まるしかなかった。

わずかな知識をたよりに、わたしは出発した。十四マイルほどの鉄道の旅は、ほどなくしてブラムスフォード・ロードという名の駅で終わりになった。そこから乗客たちは乗り合い馬車にゆられて、ブラムズフォード・マーケットという名の、寂れた、小さな街にたどり着いた。そこで待ち受けていたのは、わたしを目的地へと運んでくれる一頭の馬と小さな馬車であった。その馬ときたら骨格がわかるほど痩せこけて駱駝のような有様、馬車も今にもがたがきそうな、一頭でひくだけの二輪のギグ馬車で、おそらく若いときには商用の旅に使われてきたものなのだろう。ブラムズフォード・マーケットからの道が目指すのは丘陵地帯で、そこは不毛の、高所の台地であった。曇天の、肌寒い十一月なかばの午後、一層どんよりと、ひえびえとしてきて、日の光も力なく、東から突き刺すように風が吹いてきた。「ここから、どのくらい離れているのかい?」御者にそう訊ね、わたしが馬車をおりたのは丘陵地帯の上り口で、かつて通り過ぎてきた場所よりも、山がどこまでもつづき、手ごわそうであった。

御者は麦わらを口にふくみ、「四か五マイル」というような意味の言葉をつぶやいた。

それから、その言葉をたしかめるために、御者が「トウルド・トウラス」といっていた地点でおりた。フットパスをたどって原野を横切れば、かなりの近道になるだろう。そこで残りの道も歩くことにした。かなりの速さで歩いたので、あっという間に御者も、馬車も後方に引き離した。丘の頂までくると馬車の姿はもう見えなかった。やがて道ばたに小さな廃墟がみえーー昔の税金の徴収所跡だとすぐにわかったーー、迷うことなくフットパスを見つけた。

フットパスは岩がむきだしの、石垣がめぐらされた傾斜地へとのびていた。そこには崩れた小屋が散見され、高さのある鉱柱や、黒ずんだ灰の山が、ひとけのない鉱山の風景のなかに残されていた。かすかな霧が東の方からたちこめてきたのも束の間、すぐに闇が深くなった。さて、こんな場所で、こんな時間に道を見失えば、途方にくれるのは間違いない。フットパスは、踏み跡も消えかけているから、もう十分もすれば、識別できなくなるだろう。不安にかられて先のことを考えつつも、どこかに家らしい影が見えるかもしれないという期待をいだき、次々に石を蹴飛ばして急ぎ歩くうちに、屋敷の庭をかこんでいる柵にぶつかった。柵ぞいにすすむうちに、頭上には葉をおとした枝が広がり、足もとでは枯れ葉が乾いた音をたてた。ほどなくして小道が分かれている地点にきた。片方の道は柵ぞいにつづき、もう片方の道は出入り自由な牧草地のほうへとのびていた。

どの道をすすめばいい?

柵ぞいに歩いていけば、門番の小屋がきっとあるだろうから、そこでピット・エンドへの道を尋ねることができるだろう。でも、この屋敷の庭がどのくらい広いのか見当もつかないから、ずいぶん歩いた挙げ句、ようやく一番近い門番の小屋に着くことになるかもしれない。では、草地の小道はどうかと考え直してみたが、この道もピット・エンドへは行かないで、まったく正反対の方向にむかうことになるかもしれない。だが、躊躇している時間はなかった。そこで牧草地の道を選んだが、その道のむこうは、白くぼんやりとした霧のなかに消えていた。