チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第198回

「私が訊ねたのは」マイケルは静かに言った。「私たちが学長からの供述を手に入れているからだ。結論をだすためにも、後輩のイングルウッド氏に頼んで、真相についての供述書を読みあげてもらおう。これは学長自身が署名して、真実であると認めた供述書だ」

 アーサー・イングルウッドは、書類を何枚か手にして立ち上がった。彼はいつものことながら幾分上品に、控えめな様子に見えながら、その存在が彼の主任弁護士よりも有能に思える様子に、見ている者たちは驚きを感じた。実際のところ、彼は遠慮がちな男のひとりで、話すように言われるまでは口をひらくこともないのだが、そうしていいと言われると立派に話すことのできる男であった。ムーンは、その逆であった。彼は人知れず自分の図々しさを楽しんでいたが、世間の目のあるところでは微かに当惑もした。自分が話していると、彼は愚かさを感じた。一方、イングルウッドが愚かさを感じるのは、自分が話せないからであった。でも何か言うことがあれば、彼は話すことができた。そこで話せるときには、話すということは極めて自然なことに思えた。ところがマイケル・ムーンにとって、この宇宙の何物も自然には思えなかった。

 

“I only ask,” said Michael quietly, “because we have. To conclude my case I will ask my junior, Mr. Inglewood, to read a statement of the true story—a statement attested as true by the signature of the Warden himself.”

Arthur Inglewood rose with several papers in his hand, and though he looked somewhat refined and self-effacing, as he always did, the spectators were surprised to feel that his presence was, upon the whole, more efficient and sufficing than his leader’s. He was, in truth, one of those modest men who cannot speak until they are told to speak; and then can speak well. Moon was entirely the opposite. His own impudences amused him in private, but they slightly embarrassed him in public; he felt a fool while he was speaking, whereas Inglewood felt a fool only because he could not speak. The moment he had anything to say he could speak; and the moment he could speak, speaking seemed quite natural. Nothing in this universe seemed quite natural to Michael Moon.

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第197回

「第三の質問だ」ムーンは言ったが、その鋭い語調に、誰もが飛びあがった。

「君が手に入れた証拠とは、何発かの銃声を聞いたという副学長からのものだ。銃で撃たれたという学長自身の証拠はどこにあるのか。ブレークスピアの学長は生きている。立派な紳士だ」

「学長からも供述をとろうとはした」ピムはやや神経質に答えた。「だが、それは常軌を逸したものだったから、老紳士を守るためにも、その証言は使わないことにした。あの方は科学に貢献してきた偉大な方なのだから」

 ムーンは身をのりだした。「つまり君たちの判断によれば」彼は言った。「彼の供述は、被告に好意的なものだということか?」

「そう考えることができるだろう」アメリカの医師は答えた。「でも本当に、理解するのは困難だった。だから、その供述書は送り返した」

「ブレークスピアの学長が署名した供述は、もう手元にないと言うのだね」

「ない」

 

“A third question,” said Moon, so sharply that every one jumped.
“You’ve got the evidence of the Sub-Warden who heard some shots;
where’s the evidence of the Warden himself who was shot at?
The Warden of Brakespeare lives, a prosperous gentleman.”

“We did ask for a statement from him,” said Pym a little nervously; “but it was so eccentrically expressed that we suppressed it out of deference to an old gentleman whose past services to science have been great.”

Moon leaned forward. “You mean, I suppose,” he said, “that his statement was favourable to the prisoner.”

“It might be understood so,” replied the American doctor; “but, really, it was difficult to understand at all. In fact, we sent it back to him.”

“You have no longer, then, any statement signed by the Warden of Brakespeare.”

“No.”

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第196回

「二番目の質問にいく」ムーンは続けたが、その声は幾分素っ気なかった。

「君の話によると、被告人が人を殺そうとした他の事例があるということだが。なぜ、その証拠を提出しなかったのか?」

 アメリカ人はふたたびテーブルを指先でたたいた。「あの場合は」彼は堅苦しく言った。「外部の人間からの証拠がなかった。ケンブリッジの場合とはちがう。証拠となるのは実際の被害者たちだけだ」

「なぜ彼らから証拠を集めなかったのか?」

「実際に被害にあった者たちの場合は」ピムは言った。「難しいこともあれば、ためらうこともあるだろうし」

「君が言おうとしているのは」ムーンは訊ねた。「被害者たちは誰一人として出廷しようとはしなかったということなのか?」

「そういう言い方は大げさというものだろう」ピムは言い返した。

 

“A second question,” continued Moon, comparatively curtly.
“You said there were other cases of the accused trying to kill people.
Why have you not got evidence of them?”

The American planted the points of his fingers on the table again. “In those cases,” he said precisely, “there was no evidence from outsiders, as in the Cambridge case, but only the evidence of the actual victims.”

“Why didn’t you get their evidence?”

“In the case of the actual victims,” said Pym, “there was some difficulty and reluctance, and—”

“Do you mean,” asked Moon, “that none of the actual victims would appear against the prisoner?”

“That would be exaggerative,” began the other.

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第195回

「たしか君の言葉では」ムーンはうわの空で話した。「被告人の弾はどれも博士にあたらなかったそうじゃないか」

「科学の力のおかげで」満足げなピム博士は堂々と応じた。「幸いにも当たらなかった」

「そうだけれど数フィート離れたところから発砲したんじゃないか」

「たしかに。数フィートのところからだ」

「それなのに一発も学長に命中しなかった。すぐ近くで発砲したのに?」ムーンは訊ねた。

「そういうことになる」証人は重々しく言った。

「僕の記憶では」ムーンはあくびをかみ殺しながら言った。「副学長の手紙には、スミスの銃撃の腕は大学では記録を保持しているほどだとあったようだけど」

「それがどうしたんだ? 」ピムは一瞬沈黙したのち、反論しかけた。

 

“I think you said,” observed Moon absently, “that none of the prisoner’s shots really hit the doctor.”

“For the cause of science,” cried the complacent Pym, “fortunately not.”

“Yet they were fired from a few feet away.”

“Yes; about four feet.”

“And no shots hit the Warden, though they were fired quite close to him too?” asked Moon.

“That is so,” said the witness gravely.

“I think,” said Moon, suppressing a slight yawn, “that your Sub-Warden mentioned that Smith was one of the University’s record men for shooting.”

“Why, as to that—” began Pym, after an instant of stillness.

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第194回

イングルウッドは、その言葉が公平なものであることに、幾分当惑しながらも俯いたが、ムーンはまだ夢みるような様子で自分の敵を見つめた。「弁護だと?」彼はぼんやりと言った。「まだ始めてないよ」

「たしかに君は始めていないね」ピムが優しく言うと、彼と同じ弁護側のグールドが賞賛の呟きをもらした。そのせいで、対する尋問側は返事をかえすことができなかった。「おそらく、君がなんらかの弁護をうけているにしても、それは最初から疑わしいものだ」

「君が立っているあいだに」ムーンは、同じく眠そうな様子で言った。「たぶん君にひとつ質問するよ」

「質問だって? たしかに」ピムは頑なに言った。「はっきりと取り決められているけど。証人を厳しく追及しないように、たがいに相手の身になって細かに調べないといけないと。そうした取り調べをしないといけない立場にいるわけだ」

 

Inglewood looked down in some embarrassment, as if shaken by the evident fairness of this, but Moon still gazed at his opponent in a dreamy way. “The defence?” he said vaguely—”oh, I haven’t begun that yet.”

“You certainly have not,” said Pym warmly, amid a murmur of applause from his side, which the other side found it impossible to answer. “Perhaps, if you have any defence, which has been doubtful from the very beginning—”

“While you’re standing up,” said Moon, in the same almost sleepy style, “perhaps I might ask you a question.”

“A question? Certainly,” said Pym stiffly. “It was distinctly arranged between us that as we could not cross-examine the witnesses, we might vicariously cross-examine each other. We are in a position to invite all such inquiry.”

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第193回

「紳士淑女のみなさん」彼は腹をたててわめいた。「仲間が話したように、我々は喜んで被告側にも自由をあたえます。もし被告側がいればの話ですが。と言うのも、ムーン氏がそこにいるのは、冗談をいうためのように思えるからです。とても面白い冗談だと、あえて言っておきましょう。ですが、弁護依頼人を手伝おうとはまったくしません。彼はあらさがしをするのです。沈黙していることにも。私に依頼してくる人物の社会的人気にも。私が文をかくときのスタイルにも。彼の格調高いヨ-ロッパの趣味とは異なるものですから。でも、こうしてあらさがしをしたところで、この問題にどう影響するのでしょうか。スミスは、私の依頼人の帽子に二か所、穴をあけました。もし、もう一インチずれていたら、弾があたって彼の頭に穴が二か所あいていたことでしょう。世界中のどんな冗談も、こうした穴をこじあけることはないでしょうし、弁護側の役にたつことはないでしょう」

 

“Ladies and gentlemen,” he cried indignantly, “as my colleague has said, we should be delighted to give any latitude to the defence—if there were a defence. But Mr. Moon seems to think he is there to make jokes— very good jokes I dare say, but not at all adapted to assist his client. He picks holes in science. He picks holes in my client’s social popularity. He picks holes in my literary style, which doesn’t seem to suit his high-toned European taste. But how does this picking of holes affect the issue? This Smith has picked two holes in my client’s hat, and with an inch better aim would have picked two holes in his head. All the jokes in the world won’t unpick those holes or be any use for the defence.”

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第192回

ムーンは激しい感情にかられながら、この大げさな演説をした。だが、さらに激しい感情が、テーブルの向こう側では吐露されていた。ウォーナー博士はモーゼス・グールドの小さな体のむかいでその巨体をかたむけ、ピム博士に興奮した囁き声で話していた。その専門家は何度も頷き、ついには厳めしい様子で立ちあがった。

 

He pronounced this peroration with an appearance of strong emotion. But even stronger emotions were manifesting themselves on the other side of the table. Dr. Warner had leaned his large body quite across the little figure of Moses Gould and was talking in excited whispers to Dr. Pym. That expert nodded a great many times and finally started to his feet with a sincere expression of sternness.

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第191回

「他にも手紙はたくさんある」ムーンはつづけた。「すべての手紙は、優秀なる我が友の証拠とするに耐えうるものだ。だからピム博士は、調査のこうした面を認めるべきだと思う。ピム博士は実に正確に言われたけれど、我々の目の前にあるのは自然の力なんだ。ロンドンの水道が大きな滝となって流れるほうがましじゃないか。誰かに殺されてしまうというウォーナー博士のすごい状況と比べたら。クェーカー教徒の集まりに博士を連れていってごらん。クェーカー教徒はクリスチャンのなかでも、いちばん平和な連中だけれど、すぐにチョコレートの棒で博士を殴り殺してしまうだろう。ニュー・エルサレムの街角に博士を連れていってごらん。宝石を投げつけられて死んでしまうことだろう。環境は美しいし、素晴らしいものかもしれない。ふつうのひとは心躍るのかもしれない。収穫者は黄金色のあごひげをはやしているかもしれない。医者は秘密をあてるかもしれない。滝には虹がかかっているかもしれない。アングロサクソン人の子どもは勇敢な眉をしているかもしれない。だが、こうした素晴らしいものがあっても、ウォーナー博士は殺されるほうへと己の道をあゆみ、ついには幸せに、誇らしく思いながら成功するのだろう」

 

“I have numberless other letters,” continued Moon, “all bearing witness to this widespread feeling about my eminent friend; and I therefore think that Dr. Pym should have admitted this side of the question in his survey. We are in the presence, as Dr. Pym so truly says, of a natural force. As soon stay the cataract of the London water-works as stay the great tendency of Dr. Warner to be assassinated by somebody. Place that man in a Quakers’ meeting, among the most peaceful of Christians, and he will immediately be beaten to death with sticks of chocolate. Place him among the angels of the New Jerusalem, and he will be stoned to death with precious stones. Circumstances may be beautiful and wonderful, the average may be heart-upholding, the harvester may be golden-bearded, the doctor may be secret-guessing, the cataract may be iris-leapt, the Anglo-Saxon infant may be brave-browed, but against and above all these prodigies the grand simple tendency of Dr. Warner to get murdered will still pursue its way until it happily and triumphantly succeeds at last.”

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第190回

学識高い我が友の例にならい、手紙のうち二通だけを読もう。最初は、ハロー・ロードに住んでいる正直で、勤勉な寮母からのものだ」

「サー・ムーン様

ええ、わたしは彼にソースパンを投げました。なぜかって? それしか投げられるものがなかったものですから。柔らかいものは全部どこかに消えていたので。もしウォーナー博士がソースパンを投げつけられたくないと思うのなら、ご婦人の居間では帽子をとるように伝えてください。それからにやにやしたり、冗談をいったりすることも止めるように伝えてください。ハンナ・マイルズ」

「もう一通はダブリンに住む医者からのものだ。その医者といっしょに、ウォーナー博士は医師の協議会で働いていた。彼はこう書いてきた」

「拝啓

 その件について知り、私も誠に遺憾に思わざるをません。ただ説明申し上げることも不可能なのです。私が専門としている医学分野は精神面ではありませんから、精神の専門家の見解をいただけたら嬉しく思います。それは瞬時の出来事で、無意識の行動でもありました。しかしながら、私がウォーナー博士の鼻をひっぱったと言うのは、不正確な表現であり、重要な出来事に思えるのです。彼の鼻にパンチをくらわせたことは、よろこんで認めますし、いささかの悔いも感じてはおりません。ですが「ひっぱる」と言うと、それは正確な目標があり、その目標とは近づけないもののように思えます。これと比較すると、「パンチをくらわせる」という行為は外にむかった行為であり、瞬間的なものであり、自然なふるまいなのです。どうぞ信じていただけたらと思います。バートン・レストランジ」

 

Following the example of my learned friends I will read only two of them. The first is from an honest and laborious matron living off the Harrow Road.

“Mr. Moon, Sir,—Yes, I did throw a sorsepan at him. Wot then? It was all I had to throw, all the soft things being porned, and if your Docter Warner doesn’t like having sorsepans thrown at him, don’t let him wear his hat in a respectable woman’s parler, and tell him to leave orf smiling or tell us the joke.—Yours respectfully, Hannah Miles.

“The other letter is from a physician of some note in Dublin, with whom Dr. Warner was once engaged in consultation. He writes as follows:—

“Dear Sir,—The incident to which you refer is one which I regret, and which, moreover, I have never been able to explain. My own branch of medicine is not mental; and I should be glad to have the view of a mental specialist on my singular momentary and indeed almost automatic action. To say that I `pulled Dr. Warner’s nose,’ is, however, inaccurate in a respect that strikes me as important. That I punched his nose I must cheerfully admit (I need not say with what regret); but pulling seems to me to imply a precision of objective with which I cannot reproach myself. In comparison with this, the act of punching was an outward, instantaneous, and even natural gesture.— Believe me, yours faithfully, Burton Lestrange.

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第189回

「そんな論文に権威なんかがあるのだろうか?」ピム博士は腰をおろしながら問いかけた。

「ああ、権威ですか!」ムーンはあっさり言った。「そんなものは信仰に基づいているものですよ」

 ピム博士は、ふたたび飛び上がった。「私たちの権威が基づいているのは、かなり正確で、詳細に記してあるものなんだ」彼は言った。

「そこで扱われている分野は、論じたり、検証したりすることができるものだ。弁護人も認めるでしょうが、死とは経験からなる事実なのです」

「私の経験からなるものではない」ムーンは陰鬱に答えると、頭をふった。

「そうしたことは、人生で一度も経験したことがない」

「ああ、たしかに」ピム博士は言うと、かさかさ音をたてる書類のあいだに座った。

「そこで思うのだが」ムーンは同じように憂鬱な声で、ふたたび始めた。「ウォーナー博士のような男は、進化の神秘的な過程において、そうした攻撃をうけるように運命づけられているんだ。私の依頼人スミスは猛攻撃をしたと言われているが、そうしたことがあったとしても、めずらしいことではない。ウォーナー博士の複数の知り合いから手紙をもらっているんだ。それによれば、この非凡なる博士は、知り合いにも同じような影響をおよぼしたらしい。

 

“Would it have much authority?” asked Pym, sitting down.

“Oh, authority!” said Moon lightly; “that depends on a fellow’s religion.”

Dr. Pym jumped up again. “Our authority is based on masses of accurate detail,” he said. “It deals with a region in which things can be handled and tested. My opponent will at least admit that death is a fact of experience.”

“Not of mine,” said Moon mournfully, shaking his head.
“I’ve never experienced such a thing in all my life.”

“Well, really,” said Dr. Pym, and sat down sharply amid a crackle of papers.

“So we see,” resumed Moon, in the same melancholy voice, “that a man like Dr. Warner is, in the mysterious workings of evolution, doomed to such attacks. My client’s onslaught, even if it occurred, was not unique. I have in my hand letters from more than one acquaintance of Dr. Warner whom that remarkable man has affected in the same way.

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