再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№86

「たしかにあなたは恋をしているわ、コートニー」モリーはいった。「でも、それは老練の恋、うぶな恋とはちがう。だから、うれしくもあるのよ。ほんの少しのあいだでも、あなたが可愛らしい女の人に惚れたりしたら嫌だもの。恋が成就すれば、あなたは幸せになることでしょうね。だから私は自分の気持ちは脇において、あなたには前進して、勝つのよと言うことにするわ。お金のある女性と結婚することになった。相手は素敵な女性で、しかも申し分のない女主人になれる。誰にとっても結構な話だわ。私の結婚生活よりも、ずっと幸せな結婚生活をおくることになるのでしょうね。でも結婚をすれば、あなたのことだから、他のことに夢中になるでしょうけど。私は庭いじりをしたり、乳しぼりをしたりして、子供部屋には子供たちがいて、貸本屋さんで本を借りて読むのよ。周囲数百マイルにある庭や乳搾り場や子供部屋とどこも変わらない暮らしだわ。自分の妻が指の痛みを訴えるたびに、あなたはふだん心配されているほどには心配したりしないでしょうね。妻とは家で時々会っていれば、じゅうぶん嬉しいひとなのだから。あなたがそれで幸せかどうかなんて詮索はしない。その女の人はおそらくみじめでしょうね。けれど、どんな女の人でも、あなたと結婚すればみじめになる」

“You are certainly in love, Courtenay,” said Molly, “but it’s the old love and not a new one.  I’m rather glad. I should have hated to have you head-over-heels in love with a pretty woman, even for a short time.  You’ll be much happier as it is. And I’m going to put all my feelings in the background, and tell you to go in and win.  You’ve got to marry a rich woman, and if she’s nice and will make a good hostess, so much the better for everybody. You’ll be happier in your married life than I shall be in mine, when it comes; you’ll have other interests to absorb you.  I shall just have the garden and dairy and nursery and lending library, as like as two peas to all the gardens and dairies and nurseries for hundreds of miles round. You won’t care for your wife enough to be worried every time she has a finger-ache, and you’ll like her well enough to be pleased to meet her sometimes at your own house.  I shouldn’t wonder if you were quite happy. She will probably be miserable, but any woman who married you would be.”


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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№85

「そして彼女も、あなたに恋しているのかしら?」

ヨールはかすかに断定する動作で頭をそらしたが、その動作はモリーが見慣れたものであり、好んでいるものでもあった。

「よく判断してから行動する娘だと思う。だから馬鹿みたいに好いてはくれないかもしれないが、私に関心をもつのも悪くはないだろう。私は若いし、見かけもいい。それに議会で功をとげつつある。彼女なら、私についてのあらゆる記事を、良い記事から怖ろしい記事まで新聞を、朝食の席でも読むことができるだろう。私にしても、時には朗らかで楽しくも振る舞うこともできる。だが、私は沈黙の価値を理解しているから、陽気でおしゃべり好きの夫という怖ろしいものになりさがる心配はない。お金もあって社会的な野心もある娘にすれば、まんざらでもあるまい。」

“And is she in love with you?”

Youghal threw back his head with the slight assertive movement that Molly knew and liked.

“She’s a girl who I fancy would let judgment influence her a lot.  And without being stupidly conceited, I think I may say she might do worse than throw herself away on me.  I’m young and quite good-looking, and I’m making a name for myself in the House; she’ll be able to read all sorts of nice and horrid things about me in the papers at breakfast-time.  I can be brilliantly amusing at times, and I understand the value of silence; there is no fear that I shall ever degenerate into that fearsome thing—a cheerful talkative husband. For a girl with money and social ambitions I should think I was rather a good thing.”


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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№84

モリーは安堵のあまりブーと息をついた。コートニーへの愛情は不安をうみ、その不安が先ほどの問いかけのもとになっていた。至極当然の嫉妬から、彼女は次の問いかけをした。

「若くて、可愛らしい感じの方なのかしら。それとも物腰のいい、目のきれいな方なのかしら。ふつう、お金がたくさんあれば、そうなるものだから」

「若くて、見た目もいいし、独特の物腰の持ち主でもある。美人だという人もいるかもしれない。政治家の妻としては、すばらしい女性だと思う。どちらかと言えば、彼女に恋していると思う」

Molly gave a grunt of relief.  Her affection for Courtenay had produced the anxiety which underlay her first question; a natural jealousy prompted the next one.

“Is she young and pretty and all that sort of thing, or is she just a good sort with a sympathetic manner and nice eyes?  As a rule that’s the kind that goes with a lot of money.”

“Young and quite good-looking in her way, and a distinct style of her own.  Some people would call her beautiful. As a political hostess I should think she’d be splendid.  I imagine I’m rather in love with her.”


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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№83

モリー・マククェードは鋭く相手を見つめたが、彼は目の前で駆けまわる雉に視線をむけたままだった。

「役に立たない相手に夢中になっているなんて言わないで。お金もないひとなんかに」彼女は言った。「そんなことには耐えられないわ」

しばらくのあいだ、彼女はコートニーのわがままが思いもよらない展開を生じたのではないかと怖れた。そこでは、野心が今このときを空想する方へと流されてしまう。もしかしたら議会での出世を犠牲にしてまで、束の間の、魅力的な女を相手にして、愚かしい無為の時を過ごすのだろうか。彼はすばやく彼女の疑念をはらいのけた。

「その女性には、山ほどの資産がある」

Molly McQuade turned sharply to look at her companion, who still fixed his gaze on the pheasant run in front of him.

“Don’t tell me you’re losing your head over somebody useless, someone without money,” she said; “I don’t think I could stand that.”

For the moment she feared that Courtenay’s selfishness might have taken an unexpected turn, in which ambition had given way to the fancy of the hour; he might be going to sacrifice his Parliamentary career for a life of stupid lounging in momentarily attractive company.  He quickly undeceived her.

“She’s got heaps of money.”


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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№82

「わたしだって気も狂いそうよ」ややしてから、モリーは言葉をつづけた。「でも、やがてこうしたことが起きるってわかっていたわ。政界入りしたひとは、もう自分の好きなようにはできないもの。そうしたひとの心は、やはり人間味に欠けた欲望に支配されるのよ。」

「知り合いの大半は、ぼくにはそんな心がないと言ってくれるだろう」ヨールは言った。

「あなたの知り合いに同意したくなることはよくあるけど」モリーは言った。「あなたときたら、しょっちゅう、どこかに本心を隠すものだから」

「隠せればと思うが」ヨールは言った。「それというのも、ぼくが恋におちかけているという事実を、これから君に叩きつけようとしているからなんだ」

“I shall mind horribly,” continued Molly, after a pause, “but, of course, I have always known that something of the sort would have to happen one of these days.  When a man goes into politics he can’t call his soul his own, and I suppose his heart becomes an impersonal possession in the same way.”

“Most people who know me would tell you that I haven’t got a heart,” said Youghal.

“I’ve often felt inclined to agree with them,” said Molly; “and then, now and again, I think you have a heart tucked away somewhere.”

“I hope I have,” said Youghal, “because I’m trying to break to you the fact that I think I’m falling in love with somebody.”


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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№81

ヨールは否定しているかのように無言だった。彼は目の前の鳥かごを凝視したが、その様子は外国種のキジが目下のところ、もっとも集中すべき対象であるかのようだった。事実、彼の心の中心をしめているのは静かな目とレオナルド・ダ・ヴィンチの雰囲気のあるエレーヌ・ド・フレイであった。彼女のことを気にかけているのだろうか、ちっとも恋におちている気にはならないのにと彼は訝しく思っていた。

Youghal said nothing in the way of contradiction; he gazed steadfastly at the aviary in front of him as though exotic pheasants were for the moment the most absorbing study in the world.  As a matter of fact, his mind was centred on the image of Elaine de Frey, with her clear untroubled eyes and her Leonardo da Vinci air. He was wondering whether he was likely to fall into a frame of mind concerning her which would be in the least like falling in love.


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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№80

「たしかに頭角をあらわしつつある」ヨールは、裁判官のようにみとめた。「問題は、いかにしてその場所にとどまるかだ。そのうち経済的な面で何かが起きなければ、どうやって議院にとどまればいいのか分からない。倹約なんて論外だ。そんなことをしたら人々が目を見開くことになる。ぼくがそんな状態にあるなんて少しも知らないのだから。それに収入をこえた暮らしをしているものだから、別々に暮らしているなんて言われるのかもしれない」

「お金持ちの妻をもたないといけないわ」モリーは、ややしてから言った。「成功のなかでも最悪の成功だけど。条件がたくさん必要になるわ。あなたの気配からわかるけど、そっちの方向で考えているのね」

 “I’m coming to the front,” admitted Youghal, judicially; “the problem is, shall I be able to stay there.  Unless something happens in the financial line before long, I don’t see how I’m to stay in Parliament at all.  Economy is out of the question. It would open people’s eyes, I fancy, if they knew how little I exist on as it is.  And I’m living so far beyond my income that we may almost be said to be living apart.”

“It will have to be a rich wife, I suppose,” said Molly, slowly; “that’s the worst of success, it imposes so many conditions.  I rather knew, from something in your manner, that you were drifting that way.”


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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№79

ある日の午後のことだが、昔を回想することはやめ、過去数ヶ月にわたる醜聞がもっともらしく語られたが、会話のあいまにはさまれる中断には強い意志が働いているように感じた。モリーはすでに、そうした状況から新しい言葉が生まれるのだろうと見当をつけていた。醜聞はずいぶん前に頂点に達していて、新しい局面は衰退をむかえているようなところがあった。

「あなたときたら頭のまわる野獣なんだから」彼女は愛情にみちた悲しそうな様子で、ふと漏らした。「議院でうまくやっているのは知っているけど。こんなに早く頭角をあらわすなんて思ってもなかったわ」

On this particular afternoon, when old reminiscences had been gone through, and the intervening gossip of past months duly recounted, a lull in the conversation made itself rather obstinately felt.  Molly had already guessed that matters were about to slip into a new phase; the affair had reached maturity long ago, and a new phase must be in the nature of a wane.

“You’re a clever brute,” she said, suddenly, with an air of affectionate regret; “I always knew you’d get on in the House, but I hardly expected you to come to the front so soon.”


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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№78

正直なところ衆目を集める事実なのだが、彼女の人間狩りときたら、一匹以上の獲物を追いかけるので、避けがたい恋の別れというものが訪れるのだが、彼女も、相手も、当惑することもなければ、仕返しをすることもなく、むしろ心待ちにするほどだった。年頃の娘たちを引き寄せるような時が過ぎても、彼女も、相手も、自分の人生が台無しにされたと相手を責めたてることはなかった。せいぜい週末が混乱したという程度のものであったろう。

Also the honestly admitted fact that, in her human hunting, she rode after more than one quarry, made the inevitable break-up of the affair a matter to which both could look forward without a sense of coming embarrassment and recrimination.  When the time for gathering ye rosebuds should be over, neither of them could accuse the other of having wrecked his or her entire life. At the most they would only have disorganised a week-end.


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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№77

彼女の要求は厳格なものではなかった。相手が若ければ、容貌が端麗であればと彼女は求め、少なくとも適度に面白い男性であることを求めた。相手には、いつまでも変わることのない忠実さを期待した。だが自分の前にいる相手をもとに考えてみれば、彼女も心に用心する事態があった。しかも、それはかなりの確率で発生するもので、相手がそうした類の男ではないということであった。「ガーデン・オブ・カーマ(愛欲の園)」の哲学は、彼女が小舟を遠くまで操るための羅針盤で、もし嵐や乱気流に遭遇したとしても、難破や停滞からは逃れることができた。
コートニー・ヨールは創造主から、熱情的な、あるいは献身的な恋人の役割を果たすようにはつくられていなかった。そこで良心的にとでもいうべきだろうか、創造主によってさだめられたその限界を尊重していた。しかしながらモリーにたいしては、たしかに合い響き合う愛情をいだいていた。彼女がいつも慕ってくれていることは明らかだったが、それでいながら見え透いた追従で悩ませることもなかった。戯れの恋だったものが何年もの試練に耐えた根本的な理由は、ほどよい間隔で火花を散らしては、燃えあがだけの関係にすぎなかったからだというところが真相であった。電話が人々のプライバシーという要塞を崩しつつある世の中では、隠遁生活の高潔さを保つのは、キャバレーのボーイのように機転のきいた嘘をつく能力なのである。ヨールはよくわかっていたが、この美しい女性が一年の大半を費やしているのは、狐を追いかけることであって、自分を追いかけることではなかった。

Her demands were not exacting; she required of her affinity that he should be young, good-looking, and at least, moderately amusing; she would have preferred him to be invariably faithful, but, with her own example before her, she was prepared for the probability, bordering on certainty, that he would be nothing of the sort.  The philosophy of the “Garden of Kama” was the compass by which she steered her barque and thus far, if she had encountered some storms and buffeting, she had at least escaped being either shipwrecked or becalmed.
Youghal had not been designed by Nature to fulfil the rôle of an ardent or devoted lover, and he scrupulously respected the limits which Nature had laid down.  For Molly, however, he had a certain responsive affection. She had always obviously admired him, and at the same time she never beset him with crude flattery; the principal reason why the flirtation had stood the test of so many years was the fact that it only flared into active existence at convenient intervals.  In an age when the telephone has undermined almost every fastness of human privacy, and the sanctity of one’s seclusion depends often on the ability for tactful falsehood shown by a club pageboy, Youghal was duly appreciative of the circumstance that his lady fair spent a large part of the year pursuing foxes, in lieu of pursuing him.


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