アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.10

学校の建物は真北を向いていた。そしてわたしたちは背中を太陽のほうにむけたまま建物の裏側に立っていた。その建物は壁に飾りもなければ、庇もなく、それでいて高さのある建物だったので、足もとから伸びたわたしたちの影は、くっきりと映しだされていた。

「もうひとつの……もうひとつの影?」彼は口ごもった。「そんなはずはない」

 半マイル以内のところには藪もなければ、木もない。空には雲一つない。なにもない。影をおとしそうなものは、なにひとつなかった。たしかにありえないとわたしも認めた。夢をみたにちがいない。そこで校庭の問題に戻った。「ミスター・ウォルテンホルムに会うべきでしょう」わたしは言った。「わたしのことも伝えてくださってかまいませんよ。望ましい改善だとわたしが言っていたことも」

「それは有難うございます、サー。感謝にたえません」彼はいったが、すべての言葉にへつらいがにじみ出ていた。「ですが、でも、あなた様のお力にすがることができればと思うのですが」

「あそこを見て」わたしは遮った。「あれは幻なのか?」

わたしたちは少年たちの教室の真下、飾りのない壁の下にいた。この壁のうえに、まばゆい陽光をうけて伸びているのはわたしたちの影で、わたしの影と校長の影が映しだされていた。さらにそこには、それほど長くはない影が、 彼の影とわたしの影のあいだに、 でもすこし離れたところに見えていた。あたかも侵入者が奥にいるかのように、くっきりと映しだされ、舞台背景にスポットライトがあてられたかのようだった。一瞬だけれど、もう一度はっきりと第三の影を見た。わたしは声をあげ、ふりかえった。だが、それは消えていた。

The schools faced due north, and we were standing immediately behind the buildings, with our backs to the sun. The place was bare, and open, and high; and our shadows, sharply defined, lay stretched before our feet.

‘A-a shadow?’ he faltered. ‘Impossible.’

There was not a bush or a tree within half a mile. There was not a cloud in the sky. There was nothing, absolutely nothing, that could have cast a shadow.

I admitted that it was impossible, and that I must have fancied it; and so went back to the matter of the playground..‘Should you see Mr Wolstenholme,’ I said, ‘you are at liberty to say that I thought it a desirable improvement.’

‘I am much obliged to you, sir. Thank you-thank you very much,’ he said, cringing at every word. ‘But-but I had hoped that you might perhaps use your influence’-‘Look there!’ I interrupted. ‘Is that fancy?’

We were now close under the blank wall of the boys’ schoolroom. On this wall, lying to the full sunlight, our shadows-mine and the schoolmaster’s-were projected. And there, too-no longer between his and mine, but a little way apart, as if the intruder were standing back-there, as sharply defined as if cast by lime-light on a prepared background, I again distinctly saw, though but for a moment, that third shadow. As I spoke, as I looked round, it was gone!


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2019.01 隙間読書 泡坂妻夫「死者の輪舞」

1985年、泡坂妻夫53歳のときの作品。ミステリの輪舞を楽しませてくれるスピーディな展開と同時に、作者・泡坂妻夫の優しい心根を感じる作品だと思う。

作者は自分を反映させている登場人物をひとりくらいそっと忍び込ませているものだと聞く。

「死者の輪舞」で作者・泡坂妻夫の姿が反映させているとしたら、それはどの登場人物だろうか?

わたしは「尾久フサ」ではなかろうかと思う。看護師の手伝いをし、入院患者たちの話に耳を傾けていた優しい老女「尾久フサ」。

そうした優しい視点があればこそ、「死者の輪舞」犯行の動機を考えたのではなかろうか。ただ、その動機に思いをよせると、あまりに切なく暗澹たる思いにかられそうになる。

暗くなりかけた思いを吹き飛ばしてくれるのが、下品で、図々しく鋭い海方刑事のまきおこす笑いである。

切ない動機を語るには泡坂妻夫は心優しく、冷徹に動機を語りつくしていない感もあるが……。犯罪者にあたたかい目をむける……という点は、泡坂妻夫の強みであり、魅力である反面、もしかしたら弱さであるのかもという気もした。

ちなみに同時並行して読んでいる近松門左衛門「冥途の飛脚」でも、「一度は思案二度は不思案三度飛脚。戻れば合せて六道の冥途の飛脚」と犯罪人になろうとする忠兵衛のゆれる心を見事に描いて、上巻が終わりになる。

つづく下巻では「えいえい烏がな烏がな。浮気烏が月夜も闇も。首尾を求めて逢おう逢おうとさ」と何とも不気味にはじまり、「なにかいいことないか」と郭にきた忠兵衛はうわついた他の男と同じだと近松は語る。さらに冷たく「逢おう」を烏の鳴き声「阿呆・アホウ」に引っかけ、幻の夜烏に「阿呆阿呆」と犯罪者になりかけている主人公・忠兵衛を罵らせるという冷淡さ。

なんと近松は主人公に冷たいことか。犯罪者になろとする主人公にきわめて冷淡な近松作品を読んでいるせいか、泡坂作品の犯罪者への優しい視点がひときわ心に残った。ミステリで犯罪者を描くときに必要なのは、近松的冷淡さか、それとも泡坂氏のような共感的視点なのだろうか……とも迷う。

実際の泡坂氏はどんな人柄の方だったのか……ご遺族を招いての3月24日荻窪にて開催予定の「死者の輪舞」読書会でうかがえたらと楽しみである。

2019/01/27読了


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アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.9

この男への嫌悪の念は、彼が言葉を発するたびに増大していった。だが、彼にいかなる動機があって、嘘に嘘を積み重ねていったのかということまで考えはしなかった。いかなる意図があろうと、前例のない厚かましさで嘘をついたということだけで十分である。

「視察をつづけよう、ミスター・スケルトン」わたしは蔑みをにじませて声をかけた。

 血の気が彼の顔から一層ひいたようだが、押し黙ったまま頷き、生徒達を順番に呼んだ。

 正直さには欠けるところがあるにせよ、ミスター・エベネザー・スケルトンが素晴らしい校長であることにすぐに気がついた。少年たちへの教育はめずらしく行き届いたものだった。授業を見学したときも、申し分のない有様で、改善したいようなところは残されていなかった。そういうこともあったので、視察が終わる頃、ピット・エンドの少年校に政府の補助金を推薦してもらいたいと言ってきたときには、わたしは即座に同意した。さあ、これでミスター・スケルトンとの一年分の用事をすませたとわたしは思った。しかしながら、ちがっっていた。女子校の建物から出てくると、扉のところには彼の姿があったのである。

過度に謝りながら、五分ほど貴重な時間をさいて頂きたいと彼は申し出た。ささやかな改善点をしめして、彼は訂正しようとした。彼の話によれば、少年たちは中庭での遊びが許されているのだが、そこはとても狭く、いろいろ不都合な点が多いらしい。だが奥の方には空き地が半エーカーほどあって、もし柵で囲めば、見事にその用途を果たすだろう。そう言いながら、彼は建物の裏の方へと進み、わたしも彼についていった。

「この校庭は、だれの土地ですか?」わたしは訊ねた。

「ミスター・ウォルステンホルムのものです、サー」

「それなら、ミスター・ウォルステンホルムに頼んでみてはどうですか? かれが学校の建物を建てたのだから、校庭も同じように喜んでつくってくれますよ」

「いいですか、サー。ミスター・ウォルステンホルムはお戻りになってから、この学校に一度もいらしたことがないのです。訪問の名誉にわたしたちが与る前に、ピット・エンドを去るかもしれません。それに、あの方に手紙をさしあげる自由も、わたしには認められていないのです」

「わたしにしたところで、ミスター・ウォルステンホルムの学校に校庭をつくるために、政府はミスター・ウォルステンホルムから土地を少し購入するべきだとは報告書には書くわけにはいかない」わたしはこたえた。「ただ、べつの状況でなら」

 わたしは立ち止まって周囲を見渡した。

 校長は、わたしの最後の言葉を繰りかえした。

「べつの状況でなら、と言われたようですが。サー」

 わたしはふたたび見渡した。

 「だれかが、ここにいたような気がする」わたしは言った。「第三の人物が、つい今しがたまで」

 「どうしたんです、第三の人物なんて?」

「見えたんだよ、校庭に彼の影が、君の影とわたしの影のあいだに」

My dislike to the man increased with every word he uttered. I did not ask myself with what motive he went on heaping lie upon lie; it was enough that, to serve his own ends, whatever those ends might be, he did lie with unparallelled audacity.

‘We will proceed to the examination, Mr Skelton,’ I said, contemptuously.

He turned, if possible, a shade paler than before, bent his head silently, and called up the scholars in their order.

I soon found that, whatever his shortcomings as to veracity, Mr Ebenezer Skelton was a capital schoolmaster. His boys were uncommonly well taught, and as regarded attendance, good conduct, and the like, left nothing to be desired. When, therefore, at the end of the examination, he said he hoped I would recommend the Pit End Boys’ School for the Government grant, I at once assented. And now I thought I had done with Mr Skelton for, at all events, the space of one year. Not so, however. When I came out from the Girls’ School, I found him waiting at the door.

Profusely apologizing, he begged leave to occupy five minutes of my valuable time. He wished, under correction, to suggest a little improvement. The boys, he said, were allowed to play in the quadrangle, which was too small, and in various ways inconvenient; but round at the back there was a piece of waste land, half an acre of which, if enclosed, would admirably answer the purpose. So saying, he led the way to the back of the building, and I followed him.

‘To whom does this ground belong?’ I asked.

‘To Mr Wolstenholme, sir.’

‘Then why not apply to Mr Wolstenholme? He gave the schools, and I dare say he would be equally willing to give the ground.’

‘I beg your pardon, sir. Mr Wolstenholme has not been over here since his return, and it is quite possible that he may leave Pit End without honouring us with a visit. I could not take the liberty of writing to him, sir.’

‘Neither could I in my report suggest that the Government should offer to purchase a portion of Mr Wolstenholme’s land for a playground to schools of Mr Wolstenholme’s own building.’ I replied. ‘Under other circumstances’.

I stopped and looked round.

The schoolmaster repeated my last words.

‘You were saying, sir-under other circumstances?’

I looked round again.

‘It seemed to me that there was someone here,’ I said; ‘some third person, not a moment ago.’

‘I beg your pardon, sir-a third person?’

‘I saw his shadow on the ground, between yours and mine.’


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アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.8

その顔には異様なところがあり、血の気は失せ、不安そうな表情がうかんでいた。目つきにも警戒の色がうかんで、おびえているようにもみえる様子に、わたしは妙な不快感におそわれた。

「ええ」わたしは返事をしながら、いつ、どこで彼に会ったのか思い出そうとした。「わたしの名前はフレーザーです。あなたはたしか、そう、ええっとー」そこでわたしはポケットに手をさしこみ、視察の書類をとりだそうとした。

「スケルトンです。スケルトン・エベネザー。最初、男の子たちから話を聴きますか、サー?」

言葉はありふれたものだけれど、男の物腰には用心深いところがあって、敬意の表明のしかたにも不快なところがあった。名前を告げはしたけれど、言わば不承不承であって、さほど重要ではないから言うまでもないという様子であった。

わたしは少年たちから始めようと答えてから移動した。そのときにようやく気がついたのだがーそれまではじっと立っていたので気づかなかったー校長は足が不自由だった。そして、わたしは思い出した。彼は、わたしが霧のなかで出くわした男だった。

「昨日の午後、お会いしましたね、ミスター・スケルトン」学校の応接室に入ると、わたしは声をかけた。

「昨日の午後ですと、サー?」彼は繰りかえした。

「わたしが目に入らなかったようですが」わたしは相手の反応には頓着しないで言った。「あなたに声をかけたのですよ、実際のところ。でも返事はありませんでした」

「そうだとしたら申し訳ありませんが、サー。それは他の者にちがいありません」校長はいった。「昨日の午後は外出しませんでしたから」

どうしても、この言葉は嘘にしか思えないだろう。顔だけならば、わたしも間違えることもあるだろう。相手が異様な顔をしていたとしても、そしてわたしがその顔をじっくり見ていたとしてもだ。でも、不自由な足を間違えることがあるだろうか? そのうえ、足首を骨折したような、妙な右足の引きずり方には尋常ではない不自由さがあった。

わたしが猜疑心にかられた顔をしたのだろう。彼は急いで言い足した。「たとえ視察のために少年たちに用意をさせていなかったとしてもですよ、サー。昨日の午後は、外出しなかったでしょう。じめじめとした霧の多い日でしたから。わたしは用心しないといけないのですよ、胸が弱い質なので」

It was a singular face, very pallid and anxious-looking. The eyes, too, had a watchful, almost a startled, look in them, which struck me as peculiarly unpleasant.

‘Yes,’ I replied, still wondering where and when I had seen him. ‘My name is Frazer. Yours, I believe, is-is-,’ and I put my hand into my pocket for my examination papers.

‘Skelton-Ebenezer Skelton. Will you please to take the boys first, sir?’

The words were commonplace enough, but the man’s manner was studiously, disagreeably deferential; his very name being given, as it were, under protest, as if too insignificant to be mentioned.

I said I would begin with the boys; and so moved on. Then, for we had stood still till now, I saw that the schoolmaster was lame. In that moment I remembered him. He was the man I met in the fog.

‘I met you yesterday afternoon, Mr Skelton,’ I said, as we went into the school-mom.

‘Yesterday afternoon, sir?’ he repeated.

‘You did not seem to observe me,’ I said, carelessly. ‘I spoke to you, in fact; but you did not reply to me.’

‘But-indeed, I beg your pardon, sir-it must have been someone else,’ said the schoolmaster, ‘I did not go out yesterday afternoon.’

How could this be anything but a falsehood? I might have been mistaken as to the man’s face; though it was such a singular face, and I had seen it quite plainly. But how could I be mistaken as to his lameness? Besides, that curious trailing of the right foot, as if the ankle was broken, was not an ordinary lameness.

I suppose I looked incredulous, for he added, hastily:.‘Even if I had not been preparing the boys for inspection, sir, I should not have gone out yesterday afternoon. It was too damp and foggy. I am obliged to be careful-I have a very delicate chest.’


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アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.7

そうだ、思い出した。彼の端正な顔も、贅沢な部屋も、少年じみた浪費癖も、とことん怠惰なところも、それでいて崇拝者たちから盲目的な信頼をよせられていたことも、すっかり思い出した。崇拝者たちは、彼が態度をあらためれば、大学が授与しないといけない全ての名誉を授かるだろうと思い込んでいた。たしかに彼は詩人を讃えるニューディギット賞を授けられた。だが、それが最初で最後の受賞だった。それから彼は大学を去ったが、金をむしりとられないうちになんとか脱したものだと噂された。なんて鮮明にわたしの記憶によみがえってきたことか、かつての大学生活の日々も、大学での友情も、ふたたび戻ることはない甘美なときも。わずか十二年前のことなのに、半世紀前のことのように思えた。そして十二年の月日をへた今、オックスフォード時代のように、ウォルステンホルムとわたしはすぐ近くにいるのだ。彼はずいぶん変化したのだろうか。もし変わったとするなら、よい方にか、それとも悪い方へとだろうか?

気前よく金をつかう彼の衝動癖は、立派な長所へと変貌しただろうか? それとも愚かしいところは、悪徳へと転じたのだろうか?

居場所を彼に伝えようか? それも自分で判断するべきなのか? 明日の朝、挨拶状に一筆書いて、お屋敷に送るのはとても容易なことだろう。しかし、意味のない好奇心を満足させるために、交際を再開したところで意味はあるのだろうか? こんな物思いにふけりながら、わたしは夜遅くまで炉辺の火にあたった。寝床にはいる頃には、忽然と姿を消した男のことも、どこから来たのか判然としない少年のことも、わたしの冒険すべてを忘れてしまった。

翌朝、好きなようにできる時間が存分にあったので、挨拶状に一筆しるして、オックスフォードで同窓だったこと、九時から十一時まではナショナル・スクールを調査していることを伝えた。それから宿屋の息子のひとりに頼んで挨拶状をさっさと届けてもらい、わたしは仕事に出かけた。澄み渡った日だった。風向きは北にかわっていたので、日の光が射していても冷え冷えとしていた。煙が小さな村をよごしていた。それでも炭鉱の出入り口に集まっている寒々とした感じの建物は、一年のいかなる時よりも鮮明に見えた。その村は丘の斜面に築かれていた。教会と学校は丘の頂に、「グレイハウンド」は丘のふもとにあった。前の晩に歩いた道をむなしく探しながら、曲がりくねった道を登っていき、墓地沿いの道を歩いていった。やがて学校の建物にたどりついた。教員の住まいも混ざって建物が、中庭の三方をかこんでいた。残る一面には鉄の柵と門があった。中央の扉のうえには銘刻された板がかかり、「この学校は、フィリップ・ウォルステンホルム様により、18――年に再建築された」と記されていた。

「ミスター・ウォルステンホルムとは、この領地の領主でいらっしゃいますよ、サー」へらへらと、こびへつらう声がした。

わたしは振りかえった。すぐ近く声の主がいた。怒り肩の、血の気の失せた男だった。黒づくめの恰好で、片腕に書き方練習帳の束を抱えていた。

「あなたが校長ですか?」わたしは尋ねてみたものの、彼の名前を思い出せなかった。でも彼の顔には微かに見覚えがあったので当惑した。

「ええ、そうです、サー。ミスター・フレイザーとお見受けいたしましたが」

Yes; I remembered all about him-his handsome face, his luxurious rooms, his boyish prodigality, his utter indolence, and the blind faith of his worshippers, who believed that he had only ‘to pull himself together’ in order to carry off every honour which the University had to bestow. He did take the Newdigate; but it was his first and last achievement, and he left college with the reputation of having narrowly escaped a plucking. How vividly it all came back upon my memory-the old college life, the college friendships, the pleasant time that could never come again! It was but twelve years ago; yet it seemed like half a century. And now, after these twelve years, here were Wolstenholme and I as near neighbours as in our Oxford days! I wondered if he was much changed, and whether, if changed, it were for the better or the worse.

Had his generous impulses developed into sterling virtues, or had his follies hardened into vices?

Should I let him know where I was, and so judge for myself? Nothing would be easier than to pencil a line upon a card tomorrow morning, and send it up to the big house. Yet, merely to satisfy a purposeless curiosity, was it worthwhile to reopen the acquaintanceship? Thus musing, I sat late over the fire, and by the time I went to bed, I had well nigh forgotten my adventure with the man who vanished so mysteriously and the boy who seemed to come from nowhere.

Next morning, finding I had abundant time at my disposal, I did pencil that line upon my card-a mere line, saving that I believed we had known each other at Oxford, and that I should be inspecting the National Schools from nine till about eleven. And then, having dispatched it by one of my landlord’s sons, I went off to my work. The day was brilliantly fine. The wind had shifted round to the north, the sun shone clear and cold, and the smoke-grimed hamlet, and the gaunt buildings clustered at the mouths of the coalpits round about, looked as bright as they could look at any time of the year. The village was built up a long hill-side; the church and schools being at the top, and the ‘Greyhound’ at the bottom. Looking vainly for the lane by which I had come the night before, I climbed the one rambling street, followed a path that skirted the churchyard, and found myself at the schools. These, with the teachers’ dwellings, formed three sides of a quadrangle; the fourth side consisting of an iron railing and a gate. An inscribed tablet over the main entrance-door recorded how ‘These school-houses were re-built by Philip Wolstenholme, Esquire: AD 18-.’

Mr Wolstenholme, sir, is the Lord of the Manor,’ said a soft, obsequious voice.

I turned, and found the speaker at my elbow, a square-built, sallow man, all in black, with a bundle of copy-books under his arm.

‘You are the-the schoolmaster?’ I said; unable to remember his name, and puzzled by a vague recollection of his face.

‘Just so, sir. I conclude I have the honour of addressing Mr Frazer?’


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アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.6

「グレイハウンド」は、こぢんまりとした宿屋だった。小さなパーラーには小農場主と思われる二人連れと若い男がひとりいて、その男はソーレイの家畜の餌場を旅していると紹介してきた。そのパーラーでわたしは夕食をとって、手紙を何通か書き、あいまに宿の主とおしゃべりをしながら、行く手に伝わる地元のうわさをあつめた。

どうやらピット・エンドには、そこに住んでいる司祭はいないようだった。現在の司祭は三つの小さな村から聖禄を得て、輪番の副牧師に助けてもらい、気楽に任務をはたしていた。ピット・エンドは、いちばん小さな、辺鄙なところにある村なので、毎週日曜日に礼拝をあげるだけで、ほとんど副牧師に任されていた。地主は不在地主で、司祭よりも不在期間が長かった。彼はおもにパリに住み、ピット・エンドの炭田で得た富を海外でつかっていた。

だが、たまたま地主は丁度そのとき帰郷していた。宿屋の主の話によれば、五年間も留守にしていたらしい。だが来週になれば、ふたたび旅立つことになる。そうなれば、もう五年間経過しないと、ブラックウォーター・チェイスに彼の姿を見ることはない。

ブラックウォーター・チェイス! その名は初耳ではなかった。だが、どこで聞いたのか思い出せなかった。宿屋の主は話し続けた。長いあいだ留守にはするけれど、ウォルステンホルム氏は人好きのする紳士であり、申し分のない地主だ。ブラックウォーター・チェイスは淋しい、地の果てにあるような土地だから、若い方にすれば田舎に埋もれるようなものだ。そのとき、わたしはベイオル学寮にいたフィル・ウォルステンホルムを即座に思い出した。昔、彼がブラックウォーター・チェイスでの狩猟に招いてくれたことがあった。十二年前、ウォダムカレッジで研究にはげんでいた頃のことだ。ウォルステンホルムは或る学生集団の中心人物でーわたしはその集団には属していなかったがー、ボートを漕いだり、賭け事にいそしんだり、詩を書いたり、ベイオル学寮でワインパーティをひらいたりしていた。

The ‘Greyhound’ was a hostelry of modest pretensions, and I shared its little parlour with a couple of small farmers and a young man who informed me that he ‘travelled in’ Thorley’s Food for Cattle. Here I dined, wrote my letters, chatted awhile with the landlord, and picked up such scraps of local news as fell in my way.

There was, it seemed, no resident parson at Pit End; the incumbent being a pluralist with three small livings, the duties of which, by the help of a rotatory curate, he discharged in a somewhat easy fashion. Pit End, as the smallest and furthest off, came in for but one service each Sunday, and was almost wholly relegated to the curate. The squire was a more confirmed absentee than even the vicar. He lived chiefly in Paris, spending abroad the wealth of his Pit End coal-fields.

He happened to be at home just now, the landlord said, after five years’ absence; but he would be off again next week, and another five years might probably elapse before they should again see him at Blackwater Chase.

Blackwater Chase!-the name was not new to me; yet I could not remember where I had heard it. When, however, mine host went on to say that, despite his absenteeism, Mr Wolstenholme was ‘a pleasant gentleman and a good landlord’, and that, after all, Blackwater Chase was ‘a lonesome sort of world-end place for a young man to bury himself in’, then I at once remembered Phil Wolstenholme of Balliol, who, in his grand way, had once upon a time given me a general invitation to the shooting at Blackwater Chase. That was twelve years ago, when I was reading hard at Wadham, and Wolstenholme-the idol of a clique to which I did not belong-was boating, betting, writing poetry, and giving wine parties at Balliol.


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2019.01.21 隙間読書 平井呈一「真夜中の檻」よりエッセイ&東雅夫氏の解説

* 平井呈一の怪談にまつわるエッセイについて

「真夜中の檻」に収録されている平井呈一の怪談にまつわるエッセイを読む。平井は「読むそばから筋も人物も忘れてしまうほうときているから、解説者にはいちばん不向きな人間」とみずからを語るが、平井のエッセイは古今東西それぞれの作家の魅力、位置づけをわかりやすく語ってくれる。そのなかでも印象に残った箇所を以下にメモ。


このゴシック・ロマンスの正統派であるという点にレ・ファニュのいいところも悪いところもあるのであって、じつはゴシック・ロマンスの伝統をどう踏み切るか、そこが恐怖小説として近代を踏み切るか踏み切らぬかの分かれ目になるところだと思う。ポオはそれを宇宙的概念と幾何学的推理によって、みごとに踏み切った。(途中略)残念ながらレ・ファニュはそうした新しさは持っていないかわりに、正統派としては断然他を圧している、無二の存在であることは否むことができない。


ダーレスはまた、ラヴクラフトの叙述の妙をたたえているが、ポオに匹敵するこうせいえの緊密、語彙の豊富もさることながら、その最も著しい特色は叙述が極めてリアリスティックな点であろうと思う。異次元の世界の恐怖を、かれは克明にリアリスティックに描写する。おなじ異次元の恐怖でも、マッケンなどは恐怖の本体をなるべく暗示するだけにとどめて、読者の無意識の恐怖を誘うやり方で行くが、ラヴクラフトはその異次元の恐怖を明細すぎるほど鮮明に描写して、目のあたり読者の意識的恐怖を強いるのである。


これは「幽霊屋敷」というより「化物屋敷」に属するのかもしれないが、江戸時代の国学者、神道家の平田篤胤に、「雷太郎物語」という戯作があります。これは誰もまだ何も言っていませんが、じつにおもしろいものです。(途中略)あの「玉欅」や「古字解」の著者のきちがい爺さんに、こんなラヴクラフト何するものぞと言いたくなるくらいの奇想天外なー草双紙の陰湿な血なまぐさいファンタジーとはまったく違う、神道家らしいカラッとしたファンタジーがあるのがおもしろくて、わたしは珍重しているが、篤胤にはほかに「天狗かくし」の子供の刻銘な聞き書きなどもあって聞き手がそういう怪異を信じきっているので、じつにおもしろい記録となっています。


*「真夜中の檻」東雅夫氏による解説について

東氏は、平井呈一が早大英文科に入学してから経済的理由で退学する二年間を中心に、大正八年から十三年までの幻想文学の動きを分かりやすく年表にまとめてくれている。さらに大正時代の幻想文学の動向について生き生きと語る東氏の文を読んでいくうちに、こうした本を楽しみにして書店通いをした平井呈一の姿がしぜんと浮かんできた。


芥川龍之介・佐藤春夫・谷崎潤一郎という文壇の麒麟児が競い合うかのように怪奇幻想小説の筆を執る一方、後に怪奇幻想小説の牙城となる「新青年」が呱々の声をあげ、泉鏡花・岡本綺堂・国枝史郎・鈴木泉三郎が江戸伝奇文芸復興の狼煙をあげれば、稲垣足穂や小川未明や宮沢賢治が国産ファンタジーの原点にして頂点ともいうべき著作を世に問う。

またこの時期、西条八十、堀口大學、上田敏、片山廣子(松村みね子)、矢野目源一、日夏耿之介といった学識と文藻を兼ね備えた個性的翻訳家たちが排出し、西欧幻想文学の精華を流麗な訳文で移入しているのも見逃せないところだ。

若き日の呈一は、そんな百花、いや百鬼繚乱の幻想庭園に、無我夢中で飛び込んでいったのだろう。あたかも、ウェールズの古さびた山河に惑溺するルシアン・テイラーさながらに……。(「真夜中の檻」東雅夫氏の解説より)


東氏の解説によれば、平井呈一が佐藤春夫に伴われ、永井荷風宅を初めて訪れたのは昭和10年2月2日のこと。年齢を計算したら、平井呈一32歳、佐藤春夫42歳、永井荷風55歳のときである。この場面には関係ないが、当時、泉鏡花は61歳である。


東氏の解説を乱暴にまとめれば、それから2年もしない昭和12年11月に、平井呈一は「文学」誌上に永井荷風論を発表、「そこに並々ならぬ教養と文学的センスを認めた荷風が、自らの良き理解者として好感を抱き」、両者の蜜月関係は始まり、平井は荷風の代筆などを任されるようになる。

昭和14年に贋作事件が発覚。平井呈一が偽筆した荷風の書や原稿を、猪場毅が売りさばいていたことがわかる。

ただ事件後、荷風は黙認にちかい態度を示していたそうだが、昭和16年の暮れに事態は一変。昭和17年3月7日、両者の関係は完全に途絶えたそうだ。東氏は、このすれ違いに至った原因を平井の金銭賃貸問題や急な転居に不信をつのらせた荷風が引導をわたした……と説明されていたが、はたしてそうだろうかとも思う。


荷風が平井呈一の贋作事件を題材にした「来訪者」についても、東氏は解説でふれている。「来訪者」のなかの言葉「白井は鏡花に私淑してゐるのかね」の箇所に、白井(平井呈一がモデル)の鏡花への傾倒ぶりに焦り、怒って、狼狽える荷風の思いを感じる。

荷風と平井呈一の関係がこじれた昭和16年には、2年前に亡くなってはいるが鏡花の全集刊行が始まっていたということも関係しているるのではないだろうか? 鏡花も、荷風も全集はすでに出ていたが、鏡花の方がそれまでの全集刊行の回数は多い。最初は鏡花を評価し、三田文学に紹介した荷風だけれど、没後も全集が刊行される鏡花に嫉妬をおぼえ、鏡花に私淑する平井呈一との関係が悪化した……ということはないだろうか?

昭和9年9月16日の断腸亭日常に、人から聞いた話として「泉鏡花氏は先師紅葉山人の遺品は落語家のものとは同列に陳列しがたしとして、出品を拒絶せしと云ふ。鏡花氏の褊狭寧笑ふべし」と書いているくらいだから、荷風は鏡花にあまりいい感情をもっていなかったのでは……?と思う。

優秀な愛弟子・平井呈一が、自分とはあまり歳がかわらないけど、自分よりも世間に評価されている鏡花に私淑している……という事実に荷風はショックをうけたのでは? 当時、刊行されていた鏡花全集の話題がでたときに平井の鏡花への傾倒に気がつき、荷風としては非常に頭にきたのでは? でもそんな心の狭い時分を世間にみせるのはさすがに恥ずかしいから、もっともな贋作事件で平井呈一を攻撃した……という気がするのだが、事実はどうなのやら?


「断腸亭日常」昭和10年4月17日には、こう記されている。

此日午後電話にて神田の一誠堂に注文し、和訳ハアン全集を購ふ 金八十円 余が少年時代の日本の風景と人情とはハアンとロチ二家の著書中に細写せられたり。老後この二大家の文をよみて余は既往の時代を追懐せむことを欲するなり

荷風が平井呈一と初めて出会った昭和10年2月2日から二カ月もたっていない此の日、当時の大卒初任給に匹敵するほどのハーン全集を買ったのは偶然だったのだろうか? 荷風がハーン全集を買ったのも、平井呈一がハーン全集を訳したのも、ふたりの楽しいひとときがあったからでは……と答えのでない想像をめぐらして頁をとじる。

2019.1.21読了


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アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.5

彼はどうなったんだ? それから、あの若者は何者だろう。わたしが通ってきたばかりの道をやってくるじゃないか? 若者は長身で、駆けたかと思えば歩いて、釣り竿を一本肩にかついでいる。 誓ってもいいが、あの若者に出くわしたこともなければ、追いこした覚えもなかった。では、若者はどこから来たのか? それに、 話しかけてから三秒もたっていないのに、あの男はどこにいったのか? しかも片足をひきずりながら歩いているのだから、二ヤードも進めないはずではないか? 茫然とするあまり、わたしは立ちつくしたまま、釣り竿をかついだ若者が庭園の塀の影に消えるまで、その姿を見おくった。

わたしは夢をみているのだろうか?

暗闇が、ほどなくして忍びよってきた。夢をみているにせよ、夢をみていないにせよ、前に進まなくてはいけない。そうしなければ行き倒れてしまう。わたしは急いで前方へと歩きだし、日没間際のかすかな日の光に背をむけると、踏み出すことに深くなっていく霧の中へと飛び込んでいった。しかしながら、旅の終わりは近づいていた。フットパスは回転木戸のところで終わっていた。小道の奥ではー小石や轍によろめきながら、私は小道を歩いたー、鍛治場の炉から、歓迎の閃光が見えてきた。

それなら、ここがピット・エンドだ。乗ってきた馬車が、村の宿屋の入口のところにとめられている。灰色のやせ馬は、夜の間、家畜小屋にいれられるのだろう。宿屋の主人がわたしが到着する様子をながめていた。

What had become of him? And what lad was that going up the path by which I had just come-that tall lad, half-running, half-walking, with a fishing-rod over his shoulder? I could have taken my oath that I had neither met nor passed him. Where then had he come from? And where was the man to whom I had spoken not three seconds ago, and who, at his limping pace, could not have made more than a couple of yards in the time? My stupefaction was such that I stood quite still, looking after the lad with the fishing-rod till he disappeared in the gloom under the park-palings.

Was I dreaming?

Darkness, meanwhile, had closed in apace, and, dreaming or not dreaming, I must push on, or find myself benighted. So I hurried forward, turning my back on the last gleam of daylight, and plunging deeper into the fog at every step. I was, however, close upon my journey’s end. The path ended at a turnstile; the turnstile opened upon a steep lane; and at the bottom of the lane, down which I stumbled among stones and ruts, I came in sight of the welcome glare of a blacksmith’s forge.

Here, then, was Pit End. I found my trap standing at the door of the village inn; the rawboned grey stabled for the night; the landlord watching for my arrival.


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アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.4

それまで、わたしは生きている人間に合うことなく、道を訊くこともできなかった。だからこそ、霧のむこうから一人の男があらわれ、小道をやってくるのに気がついたときには、心の底から安堵した。たがいの距離が縮まるにつれて―急ぎ足のわたしとはちがい、彼の歩みは遅々したものだった-、相手の左足が不自由で、足をひきずって歩いていることに気がついた。しかしながら周囲は暗く、霧がたちこめていたので、たがいに十二ヤードの距離に近づくまで、彼が黒い服を着ていることにも、英国国教会のフェルトの帽子のようなものを被っていることにも気づかず、それでいて英国国教に異議を唱える牧師のような何かに見えることにも気づかなかった。声が届く距離まで近づくとすぐに、彼に声をかけた。

「道を訊きたいんですが」わたしはいった。「ピット・エンドはこの方向で大丈夫ですか? あとどのくらい歩かないといけませんか?」

まっすぐ前方をみつめたまま、彼は進んだ。だが、わたしの問いかけには何の反応もしめさなかった。わたしの言葉が耳に届いていないことは疑う余地もない。

「すみません」わたしは声をはりあげた。「この道を行けば、ピット・エンドにつきますか? もし、そうなら-」

彼は通り過ぎたが、足をとめることもなく、一顧だにしなかった。気がついていないといってもいいだろう。

言いかけた言葉をのみこんで、わたしは立ちどまった。それから後ろをふりかえって、彼を追いかけようとした。

だが追いかけるかわりに、わたしは呆気にとられて立ちつくした。

 

Up to this moment I had not met a living soul of whom to ask my way; it was, therefore, with no little sense of relief that I saw a man emerging from the fog and coming along the path. As we neared each other-I advancing rapidly; he slowly-I observed that he dragged the left foot, limping as he walked. It was, however, so dark and so misty, thatt not till we were within half a dozen yards of each other could I see hat he wore a dark suit and an Anglican felt hat, and looked something like a dissenting minister. As soon as we were within speaking distance, I addressed him.

‘Can you tell me’, I said, ‘if I am right for Pit End, and how far I have to go?’

He came on, looking straight before him; taking no notice of my question; apparently not hearing it.

‘I beg your pardon,’ I said, raising my voice; ‘but will this path take me to Pit End, and if so’—He had passed on without pausing; without looking at me; I could almost have believed, without seeing me!

I stopped, with the words on my lips; then turned to look after-perhaps, to follow-him.

But instead of following, I stood bewildered.


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アメリア・B・エドワーズ「あれは幻影だったのか、それとも……? ある司祭の報告」No.3

フットパスは岩がむきだしの、石垣がめぐらされた傾斜地へとのびていた。そこには崩れた小屋が散見され、高さのある鉱柱や、黒ずんだ灰の山が、ひとけのない鉱山の風景のなかに残されていた。かすかな霧が東の方からたちこめてきたのも束の間、すぐに闇が深くなった。さて、こんな場所で、こんな時間に道を見失えば、途方にくれるのは間違いない。フットパスは、踏み跡も消えかけているから、もう十分もすれば、識別できなくなるだろう。不安にかられて先のことを考えつつも、どこかに家らしい影が見えるかもしれないという期待をいだき、次々に石を蹴飛ばして急ぎ歩くうちに、屋敷の庭をかこんでいる柵にぶつかった。柵ぞいにすすむうちに、頭上には葉をおとした枝が広がり、足もとでは枯れ葉が乾いた音をたてた。ほどなくして小道が分かれている地点にきた。片方の道は柵ぞいにつづき、もう片方の道は出入り自由な牧草地のほうへとのびていた。

どの道をすすめばいい?

柵ぞいに歩いていけば、門番の小屋がきっとあるだろうから、そこでピット・エンドへの道を尋ねることができるだろう。でも、この屋敷の庭がどのくらい広いのか見当もつかないから、ずいぶん歩いた挙げ句、ようやく一番近い門番の小屋に着くことになるかもしれない。では、草地の小道はどうかと考え直してみたが、この道もピット・エンドへは行かないで、まったく正反対の方向にむかうことになるかもしれない。だが、躊躇している時間はなかった。そこで牧草地の道を選んだが、その道のむこうは、白くぼんやりとした霧のなかに消えていた。

It led me across a barren slope divided by stone fences, with here and there a group of shattered sheds, a tall chimney, and a blackened cinder-mound, marking the site of a deserted mine. A light fog, meanwhile, was creeping up from the east, and the dusk was gathering fast.

Now, to lose one’s way in such a place and at such an hour would be disagreeable enough, and the footpath-a trodden track already half obliterated-would be indistinguishable in the course of another ten minutes. Looking anxiously ahead, therefore, in the hope of seeing some sign of habitation, I hastened on, scaling one stone stile after another, till I all at once found myself skirting a line of park-palings. Following these, with bare boughs branching out overhead and dead leaves rustling underfoot, I came presently to a point where the path divided; here continuing to skirt the enclosure, and striking off yonder across a space of open meadow.

Which should I take?

By following the fence, I should be sure to arrive at a lodge where I could enquire my way to Pit End; but then the park might be of any extent, and I might have a long distance to go before I came to the nearest lodge. Again, the meadow-path, instead of leading to Pit End, might take me in a totally opposite direction. But there was no time to be lost in hesitation; so I chose the meadow, the further end of which was lost to sight in a fleecy bank of fog.


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