再訳 サキ「耐えがたきバシントン」№20

 コーモスは、叔父のお気に入りではなかった。

 フランチェスカは自分の書き物机にむかうと、息子にあてた手紙を急いで書き、新しく入ってくる少年について手紙にしたため、ひ弱な体のことも、内気な資質についても、そうしたことから生じる特徴についても伝えて、面倒をみるようにと頼んだ。彼女が手紙に封をして印をおすと、ヘンリーは遅ればせながら注意をした。

 「おそらく、その少年のことはコーモスに言わないでおいた方が賢明だ。あれときたら、いつも言いつけにはしたがわないから」

 フランチェスカもわかっていた。それに兄の言うことにも半分以上は納得していた。だが奇麗な、未使用の一ペニー切手を犠牲にできる女は、いまだ誕生した試しはない。

Comus was not a favourite with his uncle.

Francesca had turned to her writing cabinet and was hastily scribbling a letter to her son in which the delicate health, timid disposition and other inevitable attributes of the new boy were brought to his notice, and commanded to his care.  When she had sealed and stamped the envelope Henry uttered a belated caution.

“Perhaps on the whole it would be wiser to say nothing about the boy to Comus.  He doesn’t always respond to directions you know.”

Francesca did know, and already was more than half of her brother’s opinion; but the woman who can sacrifice a clean unspoiled penny stamp is probably yet unborn.


PDF
カテゴリー: サキ, 再検討「耐えがたきバシントン」 | コメントする

再訳 サキ「耐えがたきバシントン」№19

フランチェスカは、結婚という思いつきによろこんだ。「女子相続人の知り合いはいないけど」フランチェスカは熟慮しつつ言った。「もちろんエメリーン・チェトロフもそうね。女子相続人とまでは言えないかもしれないけれど、あの娘には、ささやかながら気持ちよく暮らせるだけの、自分の財産からの収入があります。あの娘には、おばあ様から受けつぐものも少しあるでしょう。それから、当然のことながら、あの娘が結婚すれば、この家をもらうことになっているわ」

 「そうれは都合がいい」ヘンリーは言いながら、妹がこれまでに何百回とたどってきた思考の流れをたどろうとした。「あの娘とコーモスは仲良くしているのか」

 「そうね、男女としてはまずまずよ」フランチェスカは言った。「わたしが一働きして、ふたりがお互いをもっと知る機会を近々もうけないといけないわ。ところで、あの娘がとても可愛がっている弟のランスローが、今学期からタルビーに入るの。コーモスに手紙を書いて、とりわけ彼に親切にするように伝えるわ。それがエメリーンの心をとらえる確実な手になるでしょうから。コーモスはこれまでだって完璧にやりおおせてきたわ。不思議なくらい」

 「目立つのは、ブリッジのときくらいだろう」ヘンリーは鼻をならした。「その話題はこのくらいにして、確実なことをするべきだろう」

Francesca brightened at the matrimonial suggestion.  “I don’t know about an heiress,” she said reflectively.  “There’s Emmeline Chetrof of course. One could hardly call her an heiress, but she’s got a comfortable little income of her own and I suppose something more will come to her from her grandmother.  Then, of course, you know this house goes to her when she marries.”

“That would be very convenient,” said Henry, probably following a line of thought that his sister had trodden many hundreds of times before him.  “Do she and Comus hit it off at all well together?”

“Oh, well enough in boy and girl fashion,” said Francesca.  “I must arrange for them to see more of each other in future.  By the way, that little brother of hers that she dotes on, Lancelot, goes to Thaleby this term.  I’ll write and tell Comus to be specially kind to him; that will be a sure way to Emmeline’s heart.  Comus has been made a prefect, you know. Heaven knows why.”

“It can only be for prominence in games,” sniffed Henry; “I think we may safely leave work and conduct out of the question.”


PDF
カテゴリー: サキ, 再検討「耐えがたきバシントン」 | コメントする

2019.06 隙間読書 丸山健二「真文学の夜明け」

2018年7月25日 柏艪舎刊行

最初、本をひらいたときに三角形の一辺のような各行に少し戸惑いはしたけれど、すぐに言葉が心にしみこむように入ってきた。本来、日本語は各行の先頭は不ぞろいに、心のおもむくままに記していたのではないだろうか? 版木で本が刷られるようになると、版木や紙を節約するために現在の形式に近づき、やがて翻訳物が入ってくるようになると、海外の書物に使われているパラグラフの単位が取り入れられただけで、本来の日本語はこういう形で魅力を発揮してきたのだなというのが第一印象。


縦書きの文を横書きにしてしまったが、ここでも本書の不ぞろいな行頭をできるだけ再現して、『真文学の夜明け』より一際心に残る文を選んで記してみた。

「〈まだ見ぬ書き手〉がきっとどこかに存在するはずだ」という言葉も、「ほとんど手つかずの状態にある文学の鉱脈を掘る」書き手を待つ言葉も、打ち寄せては引いていく波のように幾度も繰り返され、私も「真文学の夜明け」が楽しみになってくる。


丸山氏の語る文学的素質が、あまりに強靭なものであることに驚きつつも、「生まれてきて文句あるか」的な生き方にも、そうした言葉が自然に出てくる丸山氏の人柄にも憧れる(少し怖いけれど)。

しかもなお

  反骨精神に富んでいて

    反権力

       反権威の姿勢が必須条件であり、

「生まれてきてごめんね」タイプとは真逆の

   「生まれてきて文句あるのか」タイプの

      つまり

        頑固者にして嫌われ者であることが必須条件であり

        それでいながら

           悪にも強いが

              善にも強いという

                 その種の極端な矛盾をたくさん抱えた

                    国家や社会とは同調しない者が

                       最適の文学的資質の持ち主

                          ということになる。

(丸山健二『真文学の夜明け』490頁より)


言葉の威力を語る丸山氏の文も、言葉を破壊してしまう経済活動への憎しみも、言葉への純粋な敬意に心うたれる。

ひっきょう

   言葉こそが

     人間を象徴し

        人間を人間たらしめているすべてであり、

       言葉なくして

          人間は人間ではなく

          ほかの動物と大差ない生き物に成り果て、

           どこまでも

           言葉あっての人間というわけで、

それにもかかわらず

   感情や欲望の流れに沿った生き方の優先を煽る経済主義は

      言葉の偉大さを蔑ろにし

      知性や理性の源である言葉を嘲ることによって

         真の意味における人間性を失い、


            (丸山健二『真文学の夜明け』195頁より)


言葉のなかでも、日本語の可能性に寄せる丸山氏のひたむきな思いを読むうちに、氏の作品を読んでみたいと思ってしまう。

因みに

   他に類を見ないほど豊かな表現を可能たらしめる

      漢語と大和言葉の見事な融合としての日本語は

         底なしのポテンシャルによって

            その魅力はまだ万分の一も発揮されずておらず

           (丸山健二「真文学の夜明け」358頁より)


丸山氏は、仙台の高等電波専門学校を卒業した後、勤め人の生活をおくりながら小説を書き、23歳の若さで芥川賞を受賞する。そんな氏の目には、文壇の作家たちも、大手出版社で甘い汁を吸っている社員も、文学を衰退させる存在にしか映らない。

あえて大手出版社から距離をおき、地方でずっと暮らす丸山氏は理想の出版社像をこう記す。

編集者としての高いセンスと

   いい本を世に出したいという情熱と、

   そのためには

      かなりの忍耐力や地味な生き方が必要不可欠であるという

         強靱な覚悟とを

            すべて併せ持っている

               少数の人間が力を合わせてやってゆく、

               そうした原点こそが

                  出版業のそもそもの在り方にほかならず

                (丸山健二『真文学の夜明け』148頁より)


現在、丸山健二全集(百刊予定)と丸山作品の英訳を手がけている柏艪舎は、面識のない丸山氏の方からオファーがあったということだ。柏艪舎が、丸山氏のこうした思いに応える仕事をされていたということであろう。

この本を読むと、丸山氏の本も、柏艪舎の本ももっと読みたくなり、丸山健二全集を注文した。丸山氏、柏艪舎の協力による本の世界を読むのが楽しみである。

2019.06.03読了


PDF
カテゴリー: 2019年, 読書日記 | コメントする

2019.06 隙間読書 三島由紀夫『百万円煎餅』

1960年『新潮』に発表、三島35歳のとき。

建造、清子の若夫婦は一見したところ倹約家の堅実な夫婦。だが実は浅草で待ち合わせた老婆と示し合わせて、とある有閑マダムの同窓会にエロショーで出演する……という意外な展開。詳しくは下記URLに。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E4%B8%87%E5%86%86%E7%85%8E%E9%A4%85

タイトル「百万年煎餅」にしても、若夫婦の短篇に書かれると少し滑稽なまでの倹約ぶりもー通帳をいくつかに分けてX計画Y計画Z計画という名前をあたえる、見世物の入場料40円について黒鯛の切り身も40円と比較させる—、ハンドバッグにしまおうにもはみ出すくらい大きい「百万円煎餅」も、いたるところに滑稽な要素が散りばめられている。

名前からして清子と、清らかに思える若妻が唇に百万円煎餅の粉をつけている滑稽さ。やがて滑稽さがエロショーへの出演という意外さに転じて、清らかさの裏にある滑稽さ、意外さに驚くが、あまり哀しい気がしないのは、この若夫婦があまり人の気配を感じない、典型的な清らかな若夫婦で書かれているからだろうか?

「憂国」のヒロインは麗子、「ミランダ」の主人公は「清吉」、「百万円煎餅」のヒロインは清子。この名前のつけ方からして、人間を描こうとするよりも、あるステレオタイプの人物像が三島の頭のなかにあるのだろうか……とも思う。

三島由紀夫は「老後はミステリを書きたい」とラジオ放送で語ったことがあるそうだが、こういうネーミングをみると、あまりミステリには向いていないのかも……。

三島由紀夫自選短編集では「憂国」「百万円煎餅」の順である。

でも今回、私が読んだ橋本治編「三島由紀夫 ミランダ」では 「百万円煎餅」 「憂国」 の順である。

同じように若夫婦を題材にとっている両作品だが、読者視点だと悲劇の「憂国」のあとでは滑稽味の強い 「百万円煎餅」 を読みたいが、書き手の視点だと「笑い」から「悲劇」なのだろうか?……と思いつつ頁をとじる。

2019.06.01読了


PDF
カテゴリー: 2019年, 読書日記 | コメントする

2019.05 隙間読書 三島由紀夫「ミランダ」

「ミランダ」は三島由紀夫が書いたバレエの戯曲。明治百年記念芸術祭バレエ特別公演で上演された。

サーカスの娘ミランダ、彼女を妾にしようとする政治家、ミランダと恋仲になり助けようとする魚河岸で働く清吉、清吉たちの味方になる魚河岸仲間、そして悲劇的結末が待ち受ける三島が書いたバレエの台本。109人を超えるダンサーによって1968年に上演された。

昭和大学バレエ情報総合データベースに、そのときの出演メンバーが記されている。
http://ballet.tosei-showa-music.ac.jp/home/event_detail/6358

1968年10月26日18時30分、日生劇場で上演されたときは、玉乗りと花嫁に森下洋子、ミランダに牧阿佐美。

1968年10月27日14時00分、日生劇場で上演されたときには、玉乗りと花嫁に森下洋子、ミランダに谷桃子。

1968年11月17日13時30分、東京文化会館で上演されたときには、玉乗りと花嫁に森下洋子、ミランダに牧麻美。

1968年11月17日18時30分、東京文化会館で上演されたときには、玉乗りと花嫁に森下洋子、ミランダに谷桃子。

音楽は東京フィルハーモニー、出演メンバーは数えたら109人をこえ、名前のない児童バレエ団からの出演もあったことを考えると、とても豪華な舞台だったのだなと思う。 どこかに映像記録があれば見てみたいと思いつつ頁をとじる。

2019/05/31読了


PDF
カテゴリー: 2019年, 読書日記 | コメントする

再訳 サキ「耐えがたきバシントン」№18

「あの子も何かしないといけませんわ」フランチェスカは言った。

「それはそうだが、あれは何もしないだろう。とにかく、なにごとにも誠実に取り組みはしない。あれに一番望ましいのは、財産のある娘と結婚させることだ。そうすれば、あれの問題のなかでも財政上の困りごとは解決される。おもいどおりになる金が限りなくあれば、どこかの荒野にでも行って猛獣をしとめるだろう。猛獣狩りがするに値するものかは知らない。でも、あの社会不適格者の、破壊的なエネルギーをそらすのには、きっと役に立つ」

 ヘンリーはー彼は鱒よりも大きく、荒々しいものを殺したことがなかったー猛獣狩りの話題に関しては嘲笑的であった。

“He must do something,” said Francesca.

“I know he must; but he never will.  At least, he’ll never stick to anything.  The most hopeful thing to do with him will be to marry him to an heiress.  That would solve the financial side of his problem. If he had unlimited money at his disposal, he might go into the wilds somewhere and shoot big game.  I never know what the big game have done to deserve it, but they do help to deflect the destructive energies of some of our social misfits.”

Henry, who never killed anything larger or fiercer than a trout, was scornfully superior on the subject of big game shooting.


PDF
カテゴリー: サキ, 再検討「耐えがたきバシントン」 | コメントする

再訳 サキ「耐えがたきバシントン」№17

「束の間の安らぎというわけか」ヘンリーは言った。「一、二年もすれば学校を卒業するが、そのあとはどうする?」

 フランチェスカは目を閉じ、悩ましい見通しから目をそむけようとする雰囲気をただよわせた。他人がいるところで、将来について子細に検討することは彼女の好むところではなく、とりわけ将来の幸運が疑わしい影につつまれている時はなおさらであった。

 「さて、そのあとは?」ヘンリーはしつこかった。

 「そのときは、わたしの手には負えなくなっているでしょうよ」

 「いかにも」

 「そこに座って批判がましい顔をするのはやめて。もし忠告をしていただけるなら、どんな忠告でも耳を傾けるつもりはあるから」

 「まっとうな若者なら」ヘンリーは言った。「わたしもたくさん助言をして、ふさわしい職業につけるように手助けもするだろう。だがコーマスについては知ってのとおり、我々が仕事をみつけたところで見向きもしないから、時間の無駄というものだろう。」

“It is only a temporary respite,” said Henry; “in a year or two he will be leaving school, and then what?”

Francesca closed her eyes with the air of one who seeks to shut out a distressing vision.  She was not fond of looking intimately at the future in the presence of another person, especially when the future was draped in doubtfully auspicious colours.

“And then what?” persisted Henry.

“Then I suppose he will be upon my hands.”

“Exactly.”

“Don’t sit there looking judicial.  I’m quite ready to listen to suggestions if you’ve any to make.”

“In the case of any ordinary boy,” said Henry, “I might make lots of suggestions as to the finding of suitable employment.  From what we know of Comus it would be rather a waste of time for either of us to look for jobs which he wouldn’t look at when we’d got them for him.”


PDF
カテゴリー: サキ, 再検討「耐えがたきバシントン」 | コメントする

再訳 サキ「耐えがたきバシントン」№16

「彼女がよかれと思っていることは確かだ」ヘンリーはいった。「でも、もう少し背景にある自分の人柄というものを保つことができればいいのだが。それに国中の進歩的な意見を代弁するのに、自分が必要だと思わないことだ。キャノン・ベスモレーは彼女のことを念頭において、帝国をゆさぶりに世界にやってくる者や修正案をだす者について話したにちがいない」   

 フランチェスカは偽りのない楽しさで、笑いたい気持ちになった。

「あの方は、お話になるすべての話題にとても詳しいのよ」彼女は挑発的な見解をのべた。

 ヘンリーはおそらく、エリザ・バーネットの話題にひきずりだされたことを感じたのだろう、すぐに話題の矛先をもっと身内にむけた。

「この家の静けさからすると、コーマスはタルビーへ戻ったのだろう」彼はいった。

「ええ」フランチェスカは言った。「昨日、戻りました。もちろん、あの子のことは好きだけれども、別れに耐えるわ。あの子がここにいると、家の中に活火山があるようなものだけれど。火山のように、どんなに静かな時でも絶え間なく質問を発したり、強い臭いを放つから」

“I’ve no doubt she means well,” said Henry, “but it would be a good thing if she could be induced to keep her own personality a little more in the background, and not to imagine that she is the necessary mouthpiece of all the progressive thought in the countryside.  I fancy Canon Besomley must have had her in his mind when he said that some people came into the world to shake empires and others to move amendments.”

Francesca laughed with genuine amusement.

“I suppose she is really wonderfully well up in all the subjects she talks about,” was her provocative comment.

Henry grew possibly conscious of the fact that he was being drawn out on the subject of Eliza Barnet, and he presently turned on to a more personal topic.

“From the general air of tranquillity about the house I presume Comus has gone back to Thaleby,” he observed.

“Yes,” said Francesca, “he went back yesterday.  Of course, I’m very fond of him, but I bear the separation well.  When he’s here it’s rather like having a live volcano in the house, a volcano that in its quietest moments asks incessant questions and uses strong scent.”


PDF
カテゴリー: サキ, 再検討「耐えがたきバシントン」 | コメントする

再訳 サキ「耐えがたきバシントン」№15

「以前、レスターシャ―で講演したときに、この問題について言及した」ヘンリーは続けた。「そのときにかなりくわしく指摘したのだが、たちどまって考えようとする人は少ししかいない。」

フランチェスカはたちどころに、でも上品に態度を一転し、たちどまって考えようとしない多数の人となった。

「そこに行かれたときに、バーネット家のどなたかに会ったのでは?」彼女はさえぎった。「エリザ・バーネットは、こうした問題すべてに関わっている方だから」

社会学を広める動きのなかにいるということは、生死をかけた舞台にいるようなもので、その荒々しい競争は、よく似た集団のあいだに頻繁に見かけるものである。  エリザ・バーネットは、ヘンリー・グリーチと政治的、社会的な考え方を共有していたが、同時に相当細かく指摘したがる好みまで共有していた。ときどき彼女は、雄弁家の集団に時間がきびしく割り振られている演台でもかなりの時間をとって話したが、ヘンリーにすれば、そうした雄弁家の集団は我慢できない一団であった。当時の主な話題について、ヘンリーは彼女と意見が一致しているかもしれない。だが彼女の尊敬すべき性質に関した話になれば、彼はあきれるほど視野が狭くなった。だからエリザベス・バーネットの名前をほのめかすということは、会話に巧みにルアーを投げ込むようなものであった。 彼の雄弁に耳をかたむけないのなら、極貧を防止する話題よりは、エリザ・バーネットを非難する話題のほうがましだった。

“I was speaking down in Leicestershire the other day on this subject,” continued Henry, “and I pointed out at some length a thing that few people ever stop to consider—”

Francesca went over immediately but decorously to the majority that will not stop to consider.

“Did you come across any of the Barnets when you were down there?” she interrupted; “Eliza Barnet is rather taken up with all those subjects.”

In the propagandist movements of Sociology, as in other arenas of life and struggle, the fiercest competition and rivalry is frequently to be found between closely allied types and species.  Eliza Barnet shared many of Henry Greech’s political and social views, but she also shared his fondness for pointing things out at some length; there had been occasions when she had extensively occupied the strictly limited span allotted to the platform oratory of a group of speakers of whom Henry Greech had been an impatient unit.  He might see eye to eye with her on the leading questions of the day, but he persistently wore mental blinkers as far as her estimable qualities were concerned, and the mention of her name was a skilful lure drawn across the trail of his discourse; if Francesca had to listen to his eloquence on any subject she much preferred that it should be a disparagement of Eliza Barnet rather than the prevention of destitution.


PDF
カテゴリー: サキ, 再検討「耐えがたきバシントン」 | コメントする

2019.05 隙間読書 中尾則幸『海わたる聲』

2019年1月に柏艪舎より発行


カバーの見返しには、この本についてこう記されている。

「昭和20年8月22日の朝、前日に樺太から命からがら逃げてきた人々が乗っている引き揚げ船三隻が、相次いでソ連潜水艦の魚雷と艦砲射撃の標的にさらされた。泰東丸と小笠原丸が沈没、第二新興丸は大破し、千七百人を超える引揚げ者が犠牲となった。

彼らは何故、大戦終結直後に命を奪われなくてはならなかったのか。

日本人が忘れてはならない悲劇、「留萌沖三船殉難事件」を元に綴られた感動のドキュメンタリーノベル。」

本書は「留萌沖三船殉難事件」のうち、泰東丸の殉難者に焦点をあてたドキュメンタリー・ノベルである。

泰東丸事件は多くの人が命をおとし、しかも終戦直後におきた不可解な事件だと言うのに、本書「海わたる聲」を読むまで私は泰東丸事件のことも、 留萌沖三船殉難事件のことも知らなかった。北方領土問題でソ連に気を遣う政権のせいで、広く知られることもなく、忘れられつつある事件のことを本にして伝えてくれた作者・中尾則幸氏に、そして柏艪舎にまず感謝したい。



語り手の老人は、三十年前に泰東丸遭難者の無縁仏の記事にかかわった北斗テレビ通信員「鶴川康夫」。三十年前に取材した録音テープをおこして、無縁仏の身元を確認していく。高校生の美咲と翔太のふたりも、いつしか身元さがしに、泰東号事件にと真剣になっていく。


『海わたる聲』を語りすすめていく「鶴川康夫」に、作者は自身の姿を重ねているのだろう。鶴川が事件関係者から収録したテープは実際のものだそうで、胸に迫るものがある。

なかでも泰東丸生存者 林久枝(当時十三歳)が語る沈没時の風景はひときわ強烈に記憶に残る。


「私の母は砲弾を脇腹に受け、目の前で声もあげずに死にました。そのあと、私は海に投げ出され、大きな木の枝につかまりました。知り合いの鎌田さんの家族もいっしょでした。

 大きな波がザブンとくる度に、小さな子どもがこぼれるようにして死んでゆくんです。そうしたら鎌田さんのお兄ちゃん(邦敏 十歳)が、お母さん(鎌田翠に君が代を歌おうって……。

 今、考えても歌う気分じゃないでしょう。でもね、君が代を何人かで歌ったんです。そしてね、鎌田さんとこのお兄ちゃん、今度は『海ゆかば』を歌おうって……。みんなで泣きながら歌いました。お兄ちゃんは最期、小さな子どもを抱きかかえるようにして死んでいきました。」(中尾則幸『海わたる聲』より)


幼い少年が「海ゆかば、水漬(みず)く屍(かばね) 山ゆかば草むす屍)」と歌いつつ、海に沈んでいく姿はあまりに切ない。でも、この少年は終戦直後にたしかに「海ゆかば」を歌いつつ北の海に命を落としたのである。


証言テープは読んでいてあまりに辛い。でも最後、高校生の美咲と翔太が事件に関心をもち、なぜ罪のない子供や母親たちが命を奪われなければならなかったのかを考え、遺体の身元を突き止めようと必死になっていく。その若い行動力が、この作品の救いである。


最後に、泰東丸で沈んだ美少女・美智子と美咲が浴衣を着て、仲良く盆踊りを踊っている幻影を見る場面は悲しくも美しい。

〈そろそろ揃たよ どの子も揃った

そろて歌えば 月が出る

海の上から月が出る ほら月が出る

シャンコ  シャンコ   シャンコ

シャシャンがシャン

手拍子そろえて シャシャンがシャン♪

僕は目を瞑った。十七歳のままの美智子と美咲の浴衣姿が、残照の波間に浮かびあがった。櫓太鼓の音がして、きらめく光の傘の下で二人は立ち止まる。美咲が胸の名札を外してやっている。笑顔が重なり合う。シャンコ、シャンコー。馬橇の鈴の音を美智子は懐かしそうに想い出している。(中尾則幸『海わたる聲』より)


海のかなたに消えた美智子、そしてその他多くの人々の姿を生き生きと、美しく蘇らせてくれた作者・中尾則幸氏に、柏艪舎に敬意を表しつつ頁を閉じる。

(2019/05/24読了)


PDF
カテゴリー: 2019年, 読書日記 | コメントする