2018.07 隙間読書 ノヴァーリス『ザイスの学徒』山室静訳

「幻想小説神髄」(ちくま文庫)収録


ノヴァーリスは1772年に生まれ、1791年にライプチヒ大学で法学、哲学、数学を修め、1793年にはヴィッテンベルク大学へ移り、司法試験に合格。

12歳の少女ゾフィーに出会い、婚約するも、1796年に彼女は病で亡くなる。その年、ノヴァーリスは鉱山学校に入学。鉱山学、地質学、鉱物学、化学を学んでいる。ノヴァーリスが亡くなったのは1801年、まだ27歳の若さであった。

『ザイスの学徒』には、ノヴァーリスのこうした自然への憧れが丁寧に書き記されている感がある。

しかしいやしくも自然に対して心からのあこがれを感じる者、彼女の中にすべてを求め、言わば自然の神秘な営みの多感な道具たろうとする者は、彼女については崇敬と信仰をもって語って、その言葉には真の福音、真の霊感を告げるしるしたる、模しがたい不思議な透徹性と緊密性がある人をのみ、おのれの師として、自然の友として認めるでしょう

理系の人らしい文の書き方!と思えば、あいだにはさまれている「ヒアシンスと花薔薇の童話」はメルヘンの世界である。

ヒアシンスという名前の若者、ヒアシンスが夢中になる花薔薇という少女。ふたりの仲のよさをからかう菫、飼い猫、小鼠、すぐり、蜥蜴の子たちの会話。ヒアシンスの心を虜にした魔法使いの老人の出現。なんとも不思議な登場人物たちである。

魔法使いがヒアシンスに渡した誰にも読めない本とは?森に住んでいるお婆さんによって、その本を燃やされたヒアシンスは「万物の母であるヴェールをした処女のところへ行く」と急に旅立つ。

ヒアシンスはたずね歩いた末に、探し求めた家を見つける。目の前に立つ天女のヴェールをかかげると、そこにいたのは花薔薇だった。二人は末永く幸せに暮らす。

…このような内容である。ノヴァーリスの、そして訳者山室静が名づけた可愛らしい名前のものたちにも、不思議な出来事にも、隠された意味があるだろうに…でも分からないと己の無知を悲しく思いながら本を閉じる。

読了日:2018年7月5日

 

 

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2018.07 隙間読書 近松門左衛門『出世景清』

貞享2年、1685年、近松門左衛門が32歳のときの作品。近松と竹本義太夫が最初に提携した記念すべき作品。

だが1685年の初演以来上演されることなく、昭和60年(1985年)に国立劇場で一部の段が上演されたのみ。今回、ながと近松文楽ですべての段を上演、ただし詞章は二時間におさまるようにまとめられているようである。

国立劇場文化デジタルライブラリによれば、『出世景清』は日本で初めての長編悲劇とのこと。

でも現代の視点で読んでしまうと、どの登場人物の行動もチグハグ感があり、いかにも文楽の登場人物らしい唐突感のある行動には首をかしげてしまう。この違和感は、長門での観劇後に消えるものだろうか?

元の妻、阿古屋の密告のせいで牢に捕らえられた景清が、後悔の念にかられる阿古屋を罵り、子供達にまで「お前たちも、あの女から産まれたかと思うと憎い」と罵りの言葉をあびせる激しさ。

阿古屋の揺れる心情は理解できなくもないが、ただ最後に父親に憎まれては生きる甲斐もないだろうと、子供たちを父親の前で刺し殺し、自らも死んでしまう激しさ。

激しい行動にかられる登場人物たちに呆然としたまま、共感する余地を見出せない…というのが正直な読後感である。

ただ場面場面の視覚に訴えるようなグロテスクさ、妖しさは強烈に感じられた。景清の今の妻、小野姫をとらえて河原で水責め、火責めにする残酷さ、景清を牢にとじこめ首には仙人掌を三個もつるさげる残酷さ、最後には景清は頼朝に復讐をしないように自ら目をくりぬいてしまう。

最初の頃、近松は詞章よりも、残酷さで人々を惹きつけようとしたのだろうか…とも思いつつ頁をとじた。

読了日:2018年7月1日

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部三章第332回

「それは」私は訊ねました。「どうしてなのでしょうか」

「なぜなら、そうしなければ」彼は言いながら、手にした棒で空を、暗黒の空間をしめしました。「あそこに見えるものを崇拝してしまうだろう」

「なにが言いたいのですか?」私は訊ねました。

「永遠だよ」彼は乾いた声で言いました。「幻影のなかでも一番大きいものさ。神のライバルたちのなかでも最強の存在だ」

「おっしゃりたいのは自然崇拝とか無限とか、そういうことなんですね」私は返答しました。

“`I dare say,’ I said. `What reason?’

“`Because otherwise,’ he said, pointing his pole out at the sky and the abyss, `we might worship that.’

“`What do you mean?’ I demanded.

“`Eternity,’ he said in his harsh voice, `the largest of the idols— the mightiest of the rivals of God.’

“`You mean pantheism and infinity and all that,’ I suggested.

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チェスタトン「マンアライヴ」二部三章第331回

「私の祖母なら言ったことでしょう」私は低い声音で言いました。「私たちは皆、流浪の民であると。そして、この世の家にいるかぎり、休むことも禁じられた、ひどいホームシックを癒やすことはできないと」

彼は長いあいだ黙り込み、一羽の鷲がただよって「緑の指」をこえ、暗がりの闇に吸いこまれていく様子を眺めていました。

それから彼は言いました。「君のおばあさんは正しかったと思うよ」立ち上がると、草のからんだ棒によりかかりました。「それには道理があるにちがいない」彼は言いました。「人間の生はなんと神秘にみちたものか、恍惚に我を忘れるときもあれば、思いが充たされないときもある。けれども、もっと言うべきことがある。神は特別な場所への愛をさずけてくださったのだと。家族の者たちがいる炉辺への愛、そして故郷への愛を。もっともな理由があったからだが」

“`My grandmother,’ I said in a low tone, `would have said that we were all in exile, and that no earthly house could cure the holy home-sickness that forbids us rest.’

“He was silent a long while, and watched a single eagle drift out beyond the Green Finger into the darkening void.

“Then he said, `I think your grandmother was right,’ and stood up leaning on his grassy pole. `I think that must be the reason,’ he said—`the secret of this life of man, so ecstatic and so unappeased. But I think there is more to be said. I think God has given us the love of special places, of a hearth and of a native land, for a good reason.’

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チェスタトン「マンアライヴ」二部三章第330回

「あなたが言わんとするところは、つまり」思わず大きな声で言ってしまいました。「世界を一周してきたということなのですか? あなたは英語を話しているし、それに西の方から来たというのですから」

「でも僕の巡礼の旅は、まだ終わっていないんだよ」彼は悲しそうに答えました。

「僕が巡礼者になったのは、流浪の身である自分を癒やすためなのだから」

「巡礼者」という言葉にある何かのせいで喚起された記憶とは、ひどい経験と共にあるものですが、先祖たちが世界に感じていたものについてであり、私がやってきた場所にまつわるものについてでありました。絵が描かれた小さなランタンをもう一度見てみました。それは、十四年のあいだ目に入らなかったものでした。

“`Do you really mean,’ I cried, `that you have come right round the world?
Your speech is English, yet you are coming from the west.’

“`My pilgrimage is not yet accomplished,’ he replied sadly.
`I have become a pilgrim to cure myself of being an exile.’

“Something in the word `pilgrim’ awoke down in the roots of my ruinous experience memories of what my fathers had felt about the world, and of something from whence I came. I looked again at the little pictured lantern at which I had not looked for fourteen years.

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チェスタトン「マンアライヴ」二部三章第329回

「妻と子供たちの話し声が聞こえたし、部屋を動き回る姿も見えた」彼は続けました。「けれど僕には分かっていた。妻と子供たちが歩き回り、話しているのは、数千マイル離れたところにある別の家で、異なる空の光のもとだということが。そして七つの海のむこうだということを。彼らのことを愛しているよ、熱烈に。遠いところにいるように思えるだけではなく、到達しがたいところにいるように思えるからなんだ。人間がこんなに親しいものに、好ましいものに思えたことがあるだろうか。でも僕ときたら、冷たい幽霊のようなんだ。だから、そうしたつまらない人間と縁を切って宣言したんだ。いや、それだけではない。世界を踏みつけて鼻で笑ったんだよ。すると世界は踏み車のように一回転したではないか」

“`I heard my wife and children talking and saw them moving about the room,’ he continued, `and all the time I knew they were walking and talking in another house thousands of miles away, under the light of different skies, and beyond the series of the seas. I loved them with a devouring love, because they seemed not only distant but unattainable. Never did human creatures seem so dear and so desirable: but I seemed like a cold ghost; therefore I cast off their dust from my feet for a testimony. Nay, I did more. I spurned the world under my feet so that it swung full circle like a treadmill.’

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チェスタトン「マンアライヴ」二部三章第328回

その男は無言で、その方向を熊手で指し示しました。彼が話すよりもまえに、言いいたおことはわかりました。緑色の、巨大な岩のむこうには紫色の空がひろがり、星がひとつ出ていました。

「星がひとつ、東の空に」彼は奇妙な、しゃがれた声で言いましたが、その声は古の鷲のようでした。「賢者たちはあの星にしたがって進み、家を見つけました。けれども私が星にしたがったところで、家を見つけることができるだろうか?」

「おそらく、それは」私は微笑みながら言いました。「あなたが賢い人かどうかによるでしょう」

賢くは見えないと言いたいところでしたが、それはこらえました。

「君のひとり合点なのかもしれないよ」彼は答えました。「僕が自分の家を離れたのは、そこを留守にしていることに耐えられなくなったからだなんて」

「矛盾しているように聞こえる言葉ですが」私は言いました。

“The man silently stretched out his rake in that direction, and before he spoke I knew what he meant. Beyond the great green rock in the purple sky hung a single star.

“`A star in the east,’ he said in a strange hoarse voice like one of our ancient eagles’. `The wise men followed the star and found the house. But if I followed the star, should I find the house?’

“`It depends perhaps,’ I said, smiling, `on whether you are a wise man.’
I refrained from adding that he certainly didn’t look it.

“`You may judge for yourself,’ he answered. `I am a man who left his own house because he could no longer bear to be away from it.’

“`It certainly sounds paradoxical,’ I said.

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2018.06 隙間読書 野尻抱影「三つ星の頃」

北宋社刊行

野尻抱影は、早大英文科時代に小泉八雲から指導をうけ、英国の怪談や幽霊、心霊現象に関する本の翻訳をした。

水野葉舟と共に「日本心霊現象研究会」を創設。お化け道を歩むかと思えば、40歳を過ぎた頃から星の和名収集をはじめ、最後は五島プラネタリウムの理事をつとめ、星に関する本もたくさん書いた。

「三つ星の頃」の初版は大正15年11月25日。本作品以外に十篇が収録されている。野尻自身が、お気に入りの作品を選んだとのこと。

「三つ星の頃」は、野尻自身の病床体験と肉親を失った思い出をからませて、第三者の視点で書いた短編。自身の体験からだろう、病気が回復してくる様子や星の描写が克明に記されている。

十四歳の少年、俊輔が病から奇跡的に回復していくときの感覚の移り変わりも、体験した者ならの説得力である。

しかし、その俊輔にも、あの日から以来、身体に力の復(もど)って来るのが、まざまざと意識されて来た。重湯と牛乳が咽喉を通り始めると、五燭の電球の線がありあり見え出した。昼と夜の区別がはっきり分かって来た。夜が長く、朝の来るのが待遠(まちどお)で堪らなくなった。これまでは目も呉れなかった見舞の黄菊の鉢植や、西洋種の切花が、美しく眺められるようになった。時々交代する看護婦の顔が、珍しく見比べられるようになった。こういう意識は、俊輔にも、さすがに嬉しくてならなかった。


 

星への俊輔の思いは、野尻自身の思いだろう。

(今年もオリオンが来た、矢張り同じ形で)俊輔はもう一度胸の中に繰返して、その一糸乱れぬ美しい星座を眺めた。

(矢張り同じ形だ。いつでも同じ形だあの三つの星の間隔はいつだって変ったことはない。「何千年経っても人間の眼には変って見えないのだ」と、兄さんは仰有った、人間の世の中は間断(しっきり)無しにかわるのに。僕だって春の時の僕と今の僕とは違う。こうやってひとりぼっちで病院に入って、痩せっこけて、白い寝台に寝ているんだ」


幽霊から星へと興味を転じた野尻抱影、他の十篇も読んでみたいと思いつつ頁をとじる。

2018年6月23日読

 

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2018.06 隙間読書 ジャン.・パウル「天堂より神の不在を告げる死せるキリストの言葉」

池田信雄訳

世界幻想文学大全 幻想小説神髄収録

長編「ジーペンケース」(1796年)の中の一挿話。

本挿話は、神不在の夢をみた「わたし」の悪夢、その夢から目覚めた喜びを描いている。

悪夢で死者がさすらう教会の様子、死者の様子が何とも怖く、不気味である。仔細な描写に読んでいる方も悪夢にうなされてしまいそうである。

だが、生きた人間が入ってきたために、死者は目を覚まし、もう微笑みもしなかった。彼はつらそうに重たい両の瞼を引っぱり開けたが、しかしその中には眼がなかった。そしてこの死者の鼓動する胸には心臓のあるべきところにひとつの傷があった。彼は両手を持ちあげて、祈りの形に組み合わせた。しかし、両腕がつと伸びて身体を離れたかと思うと、その両手は組み合わされたままずい分遠くの方に落ちた。教会の丸天井の天辺には「永遠」の時計の文字盤が取りつけられていたが、そこには数字は記されておらず、その文字盤自体がその時計の指針になっていた。ただ一本の黒い指がその文字盤を指し示しており、死者たちはその盤面から「時間」を読みとろうとするのだった。

 と、その時、過ぎ去ることのない苦痛を湛えた、すらりとした気高い姿の人がこの祭壇に天降った。すると死者たちはいっせいに声を張り上げて言った。『キリストよ!神はいまさぬのでしょうか?」

 その人は答えた。「神はいない」

ジョン・パウルは当時、女性に感情移入した作品を書いたということで女性から人気を博し、フランスのロマン主義に影響を及ぼしていったらしい。だが今日では、どちらかと言えば忘れられた作家である。そうした作品を巻頭にのせ、読者に「読んでみたい」と思わせる…それもアンソロジーの醍醐味なのかもしれない。

読了日:2018年6月22日

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部三章第327回

それから彼はランタンからゆっくりと目を離すと、眼下の道が見えなくなる東の方を眺めました。日没の空は、豪華なベルベットでできたアーチ形天井のようで、その空は藤色となり、銀色となって黒々とした山の際に吸いこまれていき、山々が古の円形劇場のように取り囲んでいました。足下には峡谷が深く入りこみ、「緑の指」と呼ばれている寂しい絶壁が高くそびえていました。それは奇妙な、火山のような色をしていて、判読できない文字のように見えるものが至る処に亀裂をつくっていました。そんなふうにそびえている様子は、あたかも古都バビロンの柱か天秤梁のようでした。

“Then he slowly withdrew his eyes from this and looked out eastward where the road fell away below us. The sunset sky was a vault of rich velvet, fading away into mauve and silver round the edges of the dark mountain amphitheatre; and between us and the ravine below rose up out of the deeps and went up into the heights the straight solitary rock we call Green Finger. Of a queer volcanic colour, and wrinkled all over with what looks undecipherable writing, it hung there like a Babylonian pillar or needle.

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