チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第424回

「皆さんに第二の質問をします」ムーンはいかめしく言った。「開廷中の法廷は、類まれなる状況に何らかの光明を投げかけましたか? ピム博士は、我々が男女の関係と呼んでいるものについて興味深い講義をしました。博士がそのなかで語ったのは、スミスは多様な性欲の奴隷だということで、そうした嗜好の持ち主はまずは黒人の女に行き、それからアルビノに行くということです。あるいはまずパタゴニアの大女に行き、それからエスキモーの小女のところに行くこともあるそうです。しかし、そうした多様性の証拠となるものがここにありますか? 物語のなかにパタゴニアの大女の痕跡がありますか? タイピストはエスキモーでしたか? とても人目をひくものですから、気がつかれずにはすみますまい。レディ・ベリントンの洋裁師は黒人の女でしたか? 私の心のなかで答える声がします。「いや」と。レディ・ベリントンは、黒人女はとても人目につくから社会主義者にちかいと考えることでしょう。アルビノについても、いささか道楽めいた思いを抱いていることでしょう。

“I am asking you a second question,” said Moon sternly. “Can the court now sitting throw any light on a truly singular circumstance? Dr. Pym, in his interesting lecture on what are called, I believe, the relations of the sexes, said that Smith was the slave of a lust for variety which would lead a man first to a negress and then to an albino, first to a Patagonian giantess and then to a tiny Eskimo. But is there any evidence of such variety here? Is there any trace of a gigantic Patagonian in the story? Was the typewriter an Eskimo? So picturesque a circumstance would not surely have escaped remark. Was Lady Bullingdon’s dressmaker a negress? A voice in my bosom answers, `No!’ Lady Bullingdon, I am sure, would think a negress so conspicuous as to be almost Socialistic, and would feel something a little rakish even about an albino.

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

2018.09 隙間読書 江戸川乱歩「D坂の殺人事件」

初出1924年(大正13年)新青年増刊号

江戸川乱歩電子全集1より

「D坂の殺人事件」の乱歩先生の第一印象は、決して遠い大先生ではなかった…まるで私の身近にいそうな人物ではないかと親近感がわく。たとえば…


洋食ひと皿注文するでなく、安いコーヒーを二杯も三杯もお代りして、一時間も二時間もじっとしているのだ。


今ではレトロな感じの言い方だけれど、大正の頃は最先端をいく飲み物だったのでは…と乱歩先生の新しい物好きを感じる。

一杯の冷やしコーヒー


舞台が古本屋という設定も、乱歩先生の書物への愛情を見るかのようだ。

みすぼらしい場末の古本屋

それにしても大正の頃から、みすぼらしい古本屋なんてものがあったのだなあと不思議な気もした。


明智小五郎の本で埋もれた下宿の描写に、大正時代から「本の土手くずれ」なんて言葉があって、今も昔もこういう部屋はあるのだなあと驚く。「やわらかそうな本のうえに」と座布団がわりに本をすすめられてもと微笑。

四畳半の座敷が書物で埋まっているのだ。まん中のところに少し畳が見えるだけで、あとは本の山だ。四方の壁や襖にそって、下の方はほとんど部屋いっぱいに、上の方ほど幅が狭くなって天井の近くまで、四方から書物の土手がせまっている。ほかの道具などは何もない。一体彼はこの部屋でどうして寝るのだろうと疑われるほどだ。第一、主客二人のすわるところもない。うっかり身動きしようものなら、たちまち本の土手くずれで、おしつぶされてしまうかもしれない。

「どうも狭くっていけませんが、それに座布団がないのです。すみませんが、やわらかそうな本の上へでもすわってください」


でも、怖がりの乱歩先生はたしかに存在する。

日常の音が聞こえてくるなかで死体と向き合う時、乱歩先生はどちらが怖かったのだろうか…死体か、それともお構いなしに聞こえてくる日常の方か?

声高に話し合って、カラカラと日和下駄を引きずって行くのや、酒に酔って流行歌をどなって行くのや、しごく天下泰平なことだ。そして障子ひとえの家の中には、ひとりの女が惨殺されて横たわっている。なんという皮肉だろう。


だんだん乱歩先生が安いコーヒーでねばる身近な人物から、怖いという感覚が研ぎ澄まされた作家にかわっていく。

相手が透明に思えてくる怖さもこう語っている。

彼は最初から存在しなかったのか、それとも煙のように消えてしまったのか。


「D坂の殺人事件」に出てくる小説名は、とても大正のものとは思えない。乱歩先生がいかに知識欲旺盛だったかがうかがえる。

乱歩先生はこの知識をどう仕入れていたのだろうか。

とくに要となるサドは、当時、まだ翻訳がなかったのでは?当時の読者は読んでも、結末がよく分からなかったということはないだろうか?


谷崎潤一郎「途上」

ああした犯罪はまず発見されることはありませんよ。もっとも、あの小説では、探偵が発見したことになってますけれど、あれは作者のすばらしい想像力がつくりだした

 


ポー「モルグ街の殺人」


ドイル「スペックルド・バンド」 「レジデント・ペーシェント」


ルルー「黄色の部屋」


ミュンターベルヒ「心理学と犯罪」


マルキ・ド・サド

一杯のコーヒーでねばる乱歩先生は身近に思えたけれど、書物の知識は大乱歩先生ならではのもの…やはり遥かな存在だった。でも大正の頃とは違い、翻訳物も出版されている世だから、せめて私もこの作品に出てくる本を読もうと反省しつつ頁をとじる。

2018/09/27読了

 

カテゴリー: 2018年, 読書日記 | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第423回

「見当たらないですねえ」ピムは穏やかに微笑みながら異をとなえた。「科学の過程をこれほど無視している例は。科学者たちは、正気で考えた事実だと納得してから、これまの過程にもとづいて推論するのでしょうから」

「もし、この娘たちが」グールドはいらいらとして言った。「もし、この娘たちがみんな生きているとしたら(ああ、みんな生きているとすれば)、5ポンドかけてもいい」

「5ポンドを失うことになるだろう」マイケルは、暗闇から重々しく話しかけてきた。「素晴らしいレディたちは生きているのだから。彼女たちは生きているとも。スミスと接触したのだから。みんな生きているけれど、生まれたのはその中の一人なんだ」

「それを信じるようにと言うのですか」ピム博士は言いかけた。

“There could hardly,” interposed Pym with a quiet smile, “be a better instance of the neglect of true scientific process. The scientist, when once convinced of the fact of vitality and consciousness, would infer from these the previous process of generation.”

“If these gals,” said Gould impatiently—”if these gals were all alive (all alive O!) I’d chance a fiver they were all born.”

“You’d lose your fiver,” said Michael, speaking gravely out of the gloom. “All those admirable ladies were alive. They were more alive for having come into contact with Smith. They were all quite definitely alive, but only one of them was ever born.”

“Are you asking us to believe—” began Dr. Pym.

 

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第422回

レディ・ベリントンは、小塔から見おろしているのです。その塔は、昔ながらの石鹸製造の金をつかってホートンから購入したものです。ウルスターの成功していない男との結婚に飛びついたときのことですよ。レディ・ベリントンは、この小塔から外を眺めているのです。でも、ほんとうに見つめているものは、グリーンと描写できるものだけでした。ハンベリー・エンド・ブートルのトリップ氏のところにいたのは、スミスと結婚したタイピストでした。ミス・グリッドレーは理想主義者でもあり、根っからの正直者でもあるのです。彼女が住まいを提供し、食べ物をあたえ、教えた若い女性こそが、スミスにおびきだされた女性なのです。こうした女性たちがほんとうに生きていたことは認めます。それでもまだ疑問に思ってしまうのですが、彼女たちはこの世にほんとうに生まれていたのだろうかと。

「これはなんと!」モーゼス・グールドは言うと、面白さをこらえました。

Lady Bullingdon, looking from her turrets, which she bought from the Whartons with the old soap-boiler’s money when she jumped at marrying an unsuccessful gentleman from Ulster—Lady Bullingdon, looking out from those turrets, did really see an object which she describes as Green. Mr. Trip, of Hanbury and Bootle, really did have a typewriter betrothed to Smith. Miss Gridley, though idealistic, is absolutely honest. She did house, feed, and teach a young woman whom Smith succeeded in decoying away. We admit that all these women really lived. But we still ask whether they were ever born?”

“Oh, crikey!” said Moses Gould, stifled with amusement.

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第421回

今となっては興味はありません。いつ、どのようにして彼女達が死んだのかということも、生きているのか、それとも死んだのかということにも。それでも、似たような別の疑問には関心があります。すなわち、いつ、どのようにして、彼女達が生まれたのか、そもそも生まれたのかどうかということに関心があります。どうぞ誤解のないように。こうした娘たちの存在について話すつもりはありません。また彼女達のために証言してくれる者がどれほど正確かということも言うつもりはありません。ただ注目すべき事実のみを話します。それは犠牲者のひとりがメードンヘッドに住んでいて、家もあり、両親もいる者だったということです。ほかの娘たちは下宿していたり、渡り鳥のように渡り歩いていたりしている者たちです。すなわち泊まり客や一人暮らしの洋裁師、タイピストをしている独身女性でした。

Now I am not interested in how they died, or when they died, or whether they died. But I am interested in another analogous question—that of how they were born, and when they were born, and whether they were born. Do not misunderstand me. I do not dispute the existence of these women, or the veracity of those who have witnessed to them. I merely remark on the notable fact that only one of these victims, the Maidenhead girl, is described as having any home or parents. All the rest are boarders or birds of passage—a guest, a solitary dressmaker, a bachelor-girl doing typewriting.

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第420回

ムーン氏が最後に立ち上がった頃には暗くなっていて、そのせいで生来の生真面目な表情に混ざっているものが皮肉なのかどうかは判然としなかった。

「この取り調べをとおしてですが」彼は言った。「なかでも、この最後の段階において、起訴側は常にひとつの弁論を根拠にしています。つまり申し上げたい事実とは、スミスがかどわかした不幸な女性たちが、その後どうなったのか誰も知らないということなのです。彼女たちが殺されたという証拠はどこにもありません。ですが、どのようにして彼女たちが死んだのかということについて質問がされるときには、つねにそうした意味が含まれているのです。

“”I think,” said Pym, with a really convincing simplicity and seriousness, “that these letters speak for themselves.”

Mr. Moon rose for the last time in a darkness that gave no hint of whether his native gravity was mixed with his native irony.

“Throughout this inquiry,” he said, “but especially in this its closing phase, the prosecution has perpetually relied upon one argument; I mean the fact that no one knows what has become of all the unhappy women apparently seduced by Smith. There is no sort of proof that they were murdered, but that implication is perpetually made when the question is asked as to how they died.

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第419回

もちろん、無政府状態も一週間か二週間で鎮まりました。そして今では、そのときのことを悪ふざけとして考えるようになりました。ただし一つだけ些細なことながら、興味深いことがございます。皆様にお伝えするのは、探求していくことを大事にしていると仰っているからでございます。そうではありますが皆様方にお願い申し上げたいのは、他のこととは違い、これは内々の話にして頂きたいということでございます。ミス・ブラウンはあらゆる点で素晴らしい娘でしたのに、それから一日か二日ほどのちに、突然、こっそりと私たちのところからいなくなったのです。私は考えたこともございませんでしたが、あの娘の頭は馬鹿馬鹿しい興奮にひっくりかえってしまったのでしょう。信じて頂けますことを願いペンをおきます。かしこ アーダ・グリッドレー

Of course, the anarchy died down in a week or two, and I can think of it now as a joke. There was only one curious detail, which I will tell you, as you say your inquiry is vital; but I should desire you to consider it a little more confidential than the rest. Miss Brown, who was an excellent girl in every way, did quite suddenly and surreptitiously leave us only a day or two afterwards. I should never have thought that her head would be the one to be really turned by so absurd an excitement.—Believe me, yours faithfully, Ada Gridley.

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第418回

ほかの女の先生方の私はこの下劣な男をとめようとしました。でも正直に申し上げると、偶然にもこうして仲裁をしたことで、この男の狂気が爆発してしまったのです。彼はハンマーをふりまわしながら、荒々しく皆の名前を聞き出していきました。そしてミス・ブラウンの番になったときに事は起きたのです。彼女はお若い先生のお一人でしたが、茶色のドレスを着ていました。赤茶色に近いドレスで、彼女の髪の暖かみのある色と実によく合っていて、彼女もそのことはよく分かっておりました。とても素敵な娘でした。素敵な娘たちというものは、そのあたりの色の効果をよく心得ているものなのです。そういうわけで狂気にかられた男は、茶色を身にまとっているミス・ブラウンがいることに気がつくと、男の常識は火薬庫のように吹き飛んでしまい、その場で、すべての女の先生方と少女たちの目の前で、赤茶色のドレスを着たレディに結婚を申し込みました。女子校でそうした場面がいかなる効果をもたらすかはご想像のとおりです。少なくとも、その場面を想像頂けないようでしたら、いくら言葉をつくしても描写することはできません。

The other mistresses and I attempted to stop the wretched man, but I must confess that by an accident this very intercession produced the worst explosion of his insanity. He was waving the hammer, and wildly demanding the names of everybody; and it so happened that Miss Brown, one of the younger teachers, was wearing a brown dress—a reddish-brown dress that went quietly enough with the warmer colour of her hair, as well she knew. She was a nice girl, and nice girls do know about those things. But when our maniac discovered that we really had a Miss Brown who WAS brown, his ~idee fixe~ blew up like a powder magazine, and there, in the presence of all the mistresses and girls, he publicly proposed to the lady in the red-brown dress. You can imagine the effect of such a scene at a girls’ school. At least, if you fail to imagine it, I certainly fail to describe it.

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第417回

そのあとで、年上の少女たちのあいだでくだらない論議となり、スミス氏の提案が困難をきわめるものだということが指摘されました。たとえばミス・ヤングハズバンド(「若い夫」という意味)という少女は、自分にあてられた役割をはたすことが難しいと申し立てました。ミス・マンも同じようなジレンマをかかえていました。性に関する昨今のいかなる考えも、そのジレンマから彼女を脱出させることはできません。それから他のレディたちのなかでも、姓がロー(低い)やカワード(意気地なし)やクレイヴァン(臆病者)である少女たちも、スミス氏のこの考えには猛烈に異議をとなえました。でも、こうしたことはすべて講演後のことでした。これは決定的瞬間ともいえる出来事ですが、講師は鞄から馬蹄をいくつか、大きなハンマーをひとつ取り出して見せると、近隣に鍛治場(スミス)をただちにこしらえるつもりであるという意向を宣言し、同じようにたちあがり、勇ましい改革のために蜂起するように皆に呼びかけました。

In a slight discussion that arose afterwards among the elder girls the difficulties of the proposal were clearly, and even eagerly, pointed out. It was urged, for instance, by Miss Younghusband that it was substantially impossible for her to play the part assigned to her; Miss Mann was in a similar dilemma, from which no modern views on the sexes could apparently extricate her; and some young ladies, whose surnames happened to be Low, Coward, and Craven, were quite enthusiastic against the idea. But all this happened afterwards. What happened at the crucial moment was that the lecturer produced several horseshoes and a large iron hammer from his bag, announced his immediate intention of setting up a smithy in the neighbourhood, and called on every one to rise in the same cause as for a heroic revolution.

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

2018.09 隙間読書 岡本綺堂「明治劇談 ランプの下にて」

初出:1935(昭和10)年 岡倉書房


この本を書いたのは綺堂が亡くなる四年前、63歳のときである。

綺堂の核となる芝居との出会い、通った芝居小屋の風景、観客として見た舞台の記憶が仔細に書かれている。

綺堂が江戸時代の生き残りのような元旗本に芝居の仮名草子を教えてもらい、江戸時代から舞台にたっている歌舞伎俳優を見たり、江戸時代の舞台のことなら何でも知っている新聞記者の同僚から聞いたり…そうした江戸の見聞が綺堂作品をつくっているのだなと思った。


綺堂に芝居の脚本ーいや正本というらしいーを貸してくれた湯屋の番台の男の思い出が、綺堂の原点のように思われ印象深い。

わたしはそれを湯屋の番台にいる金さんから借りて読んだ。金さんは旗本の息子で、わたしが毎日ゆく麹町四丁目の久保田という湯屋の厄介になっていて、その番台に座っていたのである。この時代にはこういおうたぐいの人が多かった。

金さんは人品の好い、おとなしやかな人で、素性が素性だけに、番台にいる間はいつも何かの本を読んでいた。


また綺堂は、子供時代の自分についてこう語っている。

少年時代のわたしは一方にかなりの暴れ者であると同時に、また一方には頗る陰鬱な質で、子供のくせに薄暗いところに隠れて、なにか本でも読んでいる風であったから、金さんから借りた草双紙のなかでも怪談物を好んで読んだ。外国から帰った三番目の叔父をせがんで、西洋のお化けの話や、お化けの芝居の話をきかせてもらうと、叔父はいつでも国王がお化けと問答をする話と、国王の息子が父の幽霊に出逢う話とを繰返して聞かせてくれた。後に思うと、前者はエインス・ウォルスの小説「ウィンゾル・キャストル」で、後者は例の「ハムレット」であったらしい。そんなわけで、わたしの幼稚な頭は芝居と怪談とで埋められてしまった。

綺堂の世界をつくってくれた湯屋の番台の金さんと叔父さんに感謝しつつ頁をとじる。

2018.09.16読了

 

 

カテゴリー: 2018年, 読書日記 | コメントする