安直で、意味のない経済学

ポール・クルーグマン

The New York Times 4月12日   Easy Useless Economics – NYTimes.com

数日前、経済分野の先導的雑誌であるアメリカン・エコノミック・レビュー誌でこんな偉そうな論文を読んだ。なんでもアメリカの高い失業率は構造的な原因に深く根ざしている、だから簡単に解決できるものではないと、その論文はくどくど説明していた。執筆者の診断だと、アメリカ経済はちょっと柔軟でなかったので、急激な技術革新についていけなかったのだという。とりわけ非難がむけられている選挙公約は失業保険だ。失業保険のせいで、労働者は実際に損害をこうむるという。なんでも失業保険は労働者から順応しようとする意欲を削いでしまうからだそうだ。

閑話休題、まだ話していないことがあった。問題の雑誌だけど、発行されたのは1939年6月である。第二次世界大戦が勃発してからわずか数ヶ月後のことで、合衆国自体はまだ参戦していなかった。でも軍備増強を大がかりにすすめ、しまいには不況対策と匹敵する規模で財政を刺激することになった。そして雇用をすぐに産むことは不可能だとする記事から2年後、アメリカの非農業従事者数は20パーセント上昇した。これは現代だと2600万人の雇用に等しい数字である。

そして今、私たちは更なる不況の渦中にある。大恐慌ほどではないけれど、それでも十分ひどいものだ。もう一度、冒頭の偉そうな論文の主張に戻ってみると、問題は「構造的」なものだから簡単に治せないってことになる。長期的な観点にたって考えてみよう。こうした論者が言うように、それが責任ある行動だと信じてだ。でも現実は、そうした論者こそ非常に無責任なのである。

失業者問題には構造的なものがあるって、どんなことなんだろう。いつものバージョンで説明すれば、アメリカの労働者は時代遅れの産業とミスマッチな技術にしばりつけられているからだってことになるだろう。よく誉められているシカゴ大学のラグラム・ラヤンの最近の論文では、問題は「膨張した」保護策、財政、政府部門から労働者を動かす必要性なんだそうだ。

実際、数十年にわたって有効求人倍率はほぼ水平状態であるが、心配しなくても大丈夫。要点は、こうした話の内容とは反対だから。経済危機が始まってからの雇用削減は、バブルで著しく大きくなった産業だけではない。むしろ経済はすべての分野から仕事をうばい、あらゆる部門や職業から仕事をうばっている。そう、1930年代の大不況時のように。さらに多くの労働者がミスマッチな技術しかなく、時代遅れの職場にいることが問題なら、労働者にマッチした技術をもたせ、時代にあった職場に連れて行けば、賃金は大幅に上昇するはずだ。だが現実には、どの労働者も勝者にはなれない。

こうしたことから強調されることだが、苦しみの原因となるのは歯が生えてくるときの痛みのように、構造が自然に移り変わっていく過程での初期の苦労ではない。むしろ雇用全般にわたって需要が十分にないことが原因なのだ。これは政府が支出増加の案をだせばすぐに解決できる問題だし、また案をだして解決すべきものなのだ。

では、何に取りつかれてしまって、「構造的」な問題だと宣言しているのだろう。そう、取りつかれている。反対の証拠があがっているというのに、経済学者ときたら数年間にわたって論争しているし、構造学者たちも答えを何も見つけられないでいる。

取りつかれてしまっている理由は、問題は根が深いものだとする考え方にあるのだろう。構造主義者たちはそう主張することで、失業状態という苦境を楽にしようとする行動を何もおこさないし、何もしようとしないことへの言い訳にする。

むろん構造主義者にすれば、言い訳なんかしていないということになる。大切なことはすぐに雇用を回復することではなく、長期にわたって考えることだと言う。けれど長期的な話は、たいていの場合、明確さからほど遠いものだし、長期的な政策なんて労働者と貧乏人に苦痛を与えるものになるだろう。

とにかくジョン・メイナード・ケインズは、80年も前から、こう言い逃れする連中のことを認識していた。「こうした長期的な考えは」と、ケインスは書いた。「直面している問題への間違った取り組み方だ。長い目で見れば、私たちはみんな死ぬのだから。動乱の季節だというのに、そのうち嵐がおさまり海はふたたび凪ぐと言っているようであれば、経済学者とは実に安直で、意味のない仕事をしていることになる。」

一言つけ加えるなら、目の前の失業問題について策を講じないことへの弁明は、情けに欠けた行為であり、かつ無意味な行為であるだけではない。それはまたひどい長期政策だともいえるだろう。高い失業率には腐食効果があって、これからの数年間にわたって経済に陰をなげかけるという証拠が明らかになりつつある。傲慢な政治家や評論家は赤字のせいで将来の世代の重荷が増えるって言っているけれど、そのたびに思い出して欲しい。今日、アメリカの青年が直面している最大の問題は、負債という将来の重荷ではない。たしかに重荷であることは事実だが、それは早まりすぎた歳出削減のせいで悪化したものだ。歳出削減は事態を好転してはいない。それよりむしろ仕事がないせいで、大学を卒業した若者の多くが職業人生のスタートをきれないでいるのだ。

結局、構造的失業問題についてのこうした論議はすべて、真の問題には向き合っていないことになる。すなわち問題を隠してしまい、安直で、無意味な解決方法をとることになるのだ。もう、そんな議論には終止符をうつべき時だろう。

(Lady DADA訳)

 

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