2018.01 隙間読書 織田作之助 『夫婦善哉』

『夫婦善哉』

作者: 織田作之助

初出: 1939年(昭和14年)

『雨』の翌年に発表された作品で、『雨』と同じように大阪の昭和14年当時のざわめきが聞こえてくる作品。またこの作品でも浄瑠璃が大事な小道具として使われ、大阪の生活には浄瑠璃がとけこんでいた…ということが分かるので読んでいて楽しい。

芸者の媟子は、妻子のいる柳吉と駆け落ちをする。やがて二人で理容関係の品物を商う店を始めるが、その合間に柳吉は浄瑠璃を習い始める。その情けない練習ぶりを織田作之助はユーモアたっぷりに描く。

退屈しのぎに、昼の間の一時間か二時間浄瑠璃を稽古しに行きたいと柳吉は言い出したが、とめる気も起らなかった。これまでぶらぶらしている時にはいつでも行けたのに、さすがに憚って、商売をするようになってから稽古したいという。その気持を、ひとは知らず蝶子は哀れに思った。柳吉は近くの下寺町の竹本組昇に月謝五円で弟子入りし二ツ井戸の天牛書店で稽古本の古いのを漁って、毎日ぶらりと出掛けた。商売に身をいれるといっても、客が来なければ仕様がないといった顔で、店番をするときも稽古本をひらいて、ぼそぼそうなる、その声がいかにも情けなく、上達したと褒めるのもなんとなく気が引けるくらいであった。


いろいろあった二人だが、最後は仲睦まじくぜんざいを食べに行く。店の様子がありありと描かれているが、モデルとなった店があるのでは?

法善寺境内の「めおとぜんざい」へ行った。道頓堀からの通路と千日前からの通路の角に当っているところに古びた阿多福人形が据えられ、その前に「めおとぜんざい」と書いた赤い大提灯がぶら下っているのを見ると、しみじみと夫婦で行く店らしかった。

ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よるか知ってるか、知らんやろ。こら昔何とか大夫ちう浄瑠璃のお師匠はんがひらいた店でな、一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯にする方が沢山はいってるように見えるやろ、そこをうまいこと考えよったのや。

織田の周囲には、ぜんざい屋をやっていた浄瑠璃の師匠がいたのではないだろうか…と思わせるくらいにリアリティがある文である。リアリティがありながら、どこかほのぼのした気持ちになるのが織田作之助の魅力のように思う。


蝶子と柳吉はやがて浄瑠璃に凝り出した。二ツ井戸天牛書店の二階広間で開かれた素義大会で、柳吉は蝶子の三味線で「太十」を語り、二等賞を貰った。景品の大きな座蒲団は蝶子が毎日使った。

夫婦善哉の最後である。いろいろあった二人だが、仲睦まじく義太夫大会に出る。場所は「雨」にも出てきた天牛書店の二階広間。古本屋の二階で義太夫大会がひらかれていた時代を思い、やはり今度もほのぼのしてしまった。「雨」では義太夫大会の景品は湯呑み、夫婦善哉では座布団…景品にも、当時の浄瑠璃が庶民的なものだったことがうかがえる。

織田作之助は、どうして作品に浄瑠璃を書いたのだろうか? それだけ浄瑠璃が大阪の人に親しまれていたということなのだろうか?

読了日:2018年1月11日

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