2018.06 隙間読書 東雅夫編「山怪実話大全 岳人奇談傑作選」

2017年11月刊行

山と渓谷社


タイトルからは「山怪実話大全」と何やら怖そうな印象をうけるけれど、怖い話をやみくもにあつめた本ではないから、怖いものが苦手の向きも大丈夫。

山の不思議の数々が散りばめられたこの本の頁を繰るうちに、まるで山の交響曲に耳を傾けるかのような思いに…。ぞっと総毛だつ思いがしたかと思えば、ときには笑い、でも最後には山でたどりつくものに思いを寄せてしんみりしたり…山にまつわる様々な思いが見えてくる。


まずは冒頭、夢枕漠「不思議な山」を読んでいると、山での不思議な体験を、敬虔な気持ちで受けとめようと自然に思えてくる。

その岩尾根の内部に、天のどこかに通じる、次元を超えた穴があいていて、水はそこからやってくるーそのように考える方がよほどしっくりする光景だった。

夢枕漠「不思議な山」


そのあと読み進めれば、「灯り」「蜘蛛」「亡き友のケルンの幻」「木曽御岳の人魂」「十字架や亡霊、雪の中での火、雪女など様々な幻影」「凍死した男の幽霊」「山で遭難した友達の顔が宿のおばさんに見えていた」「誰もいないはずの山小屋でなぜか燃えていた蝋燭」…と何処か美しい山の怪談を堪能。


怪談のあとに続くのは雑誌「山」と「山と高原」合併第1号に掲載された読者懇親会の様子「山のおばけ座談会」。どこかユーモラスなオチのある話が多く、しばし心和んで怖さを忘れる。


そのあとは、辻まこと「七不思議」で始まる。

山へいけば不思議なことは七つばかりじゃない。七不思議の七は数ではなく幸運の意味の七だ。とにかく私の遭ったいくつかの不思議とは、こんなものだ。

辻まこと「七不思議」

幸運を呼ぶ七不思議はどこか懐かしくて怪しい存在の者たち。その名前をつぶやくだけで確かに幸せな気持ちになってくる。ほら!

「山男」「大蛇」「黒沢小僧」「小豆ばばさ」「地ころがし」「檜枝岐の山の神とバンデー餅、隠し婆さん、狐憑き」「雪女」「ヒマラヤの怪巨人と雪人」「野槌」「ツチノコ」「ブロッケン妖怪」「怪しの高山病」「アイヌの宝の山ユーラップ岳の怪獣」「鬼の首」「仙人と天狗」「山伏」「山男、山女、山姥」「草でも木でも命があると怒る山の神」


終わりに近づくと、「見知らぬ旅人が立ち寄ると、犬も、子供も怯えた。その旅人とは…」という怪談が少しずつ形を変えた話が収録されている。岡本綺堂「木曽の怪物」、岡本綺堂「炭焼の話」、白銀冴太郎「深夜の客」、杉村顕道「蓮華温泉の怪話」、岡部一彦「一ノ倉の姿無き登山者」。

同じような山の怪談が語られているのはなぜだろう…と思う時、冒頭の夢枕漠の「不思議な山」の一文に戻っていく。

単独行ー

これほど自分の魂を見つめる作業としてふさわしいものはないように思う。

自分の肉体を使って宇宙との交信をしようという作業にも似ている。

はがされてゆくうちに人間ですらなく、獣ですらなく、ただの自分になってゆく。そこをくぐりぬけたあげくに、もう一度、哀しい人間の肉体にたどりつく。

自分は、自分であると同時に、人間の肉体と、人間の精神を持ったものであることがわかる。

結局、哀しい人間にたどりつく。

たぶん、山の頂で、人がたどりつくのは、この人間の哀しみなのだ。

だからこそ、人はその頂から降りることができる。降りてゆくことができるのだ。

街へー

夢枕漠「不思議な山」


どこの山に登ろうとも、たどりつくのは人間の哀しみだから、降りたときに語られる山の怪談には、どこか同じような調べが聞こえるのではなかろうか…と思いつつ頁をとじる。

読了日:2018年6月7日

 

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