2018.11 隙間読書 丸山健二「夏の流れ」
講談社文芸文庫
丸山健二が二十三歳のときの作品。この作品で丸山は最年少の芥川賞受賞者となる。
さぞや難解なのでは…と怖れながら頁をひらく。
切り落とされた無駄のない言葉からヒタヒタ心に沁みこんでくるもの…それは幸せに生きる看守家族の幸せが死刑囚の絶望と無関心ゆえに成立している幸せである事実。そして親切そうにふるまう神父の親切が偽善である事実。
「夏の流れ」は、けっして難解ではなかった。でも私たちのしあわせが、他人の不幸に無関心だから成り立っている事実に辛くなり、やるせない気持ちになる作品である。
看守の妻が、新しく入った死刑囚のことで夫と会話している場面「人間じゃないわね」「人間さ」という簡潔な夫婦のやりとりも、丸山の人間観をあらわしているようで切ない。世の人が「人間じゃない」と考える死刑囚の姿も、丸山にすれば「人間」の一面なのではないだろか?
「この前入った人どうしてるの?」
また、妻がきく。
「誰?」
「親子二人殺した人よ。ほら体の大きい」
「あいつか。おとなしいもんさ」
「そう。きっと平気なのね。子供まで殺したんでしょう、ひどい人ね」
「まあな」
「人間じゃないわね」
「人間さ。出かけるぞ」
丸山健二(「夏の流れ」より)
死刑執行翌日、看守の「私」が妻と子供たちと海水浴に出かけた先で、看守を辞めた同僚について語る場面。妻の神経のなさに驚くと同時に、そうした妻が命を身ごもっているという事実にうちのめされる。
「あの人にはむいていないのよ」妻が言った。
「何が?」
「あなたのお仕事」
「俺はむいているかい?」
「そうね、堀部さんなんかも」
「そうかな」
「そうよ」
「あっ」
妻が
小さく叫んだ。
「どうした?」
「なんでもないわ」と妻は言った。「おなかの赤ちゃんが動いたの」
「そうか」
妻は水平線の遠くを走る、白い漁船の群を見ていた。
「子供たちが大きくなって、俺の職業知ったらどう思うかな?」
「どうして? あなた今までそんな事言ったことないわ」
「そうか」と私は言った。「ただ、思ってみただけだ」
丸山健二(「夏の流れ」より)
蚊帳の色の安心感、死刑囚の運命を暗示しているような指についた魚のにおいの不快さ、看守も看守の妻も吸い込んでいくような海の広がり…簡潔な言葉が五感に訴えてくる作品である。
この作品をスタートにして、近年「会話や地の文によるストーリーの説明が極力排除され、登場人物の濃厚な内面描写が続く」という丸山作品にどう変化していくのか…その過程をじっくり読んでみたい。
2018.11.25読了
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