丸山健二『千日の瑠璃 終結8』より九月十三日「私は拡声器だ」を読む
リゾート開発推進派、反対派が町長選をめぐって罵り合い、「美しい郷土が廃墟と化してもいいのかと がなり立てて止まぬ」旧式のスピーカーが語る。
反対派の青年は、非難するうちに世一が大切に飼っている、でも本当は飼ってはいけない野鳥オオルリのことまでおおっぴらに非難する。
自然保護活動に励む正義の一団が、世一にとって大切な友であるオオルリの存在を非難するという、もっともなんだけどやり切れない人の世。
そんな矛盾を見つめる視線が丸山文学の魅力のひとつなんだと思う。
次にマイクを持った若者
つまり
反対派の筆頭の元大学教授の見解に同ずる
胸に青い鳥のバッジをつけたよそ者が
推進派に属する人々を
いちいち名指しして容赦なくあげつらい、
かれらは馴れ合って善人を騙す
我利我利亡者の権化にほかならず
人間の風上にも置けぬゲスどもであると
そう断じてしまう。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』51ページ)
そんな騒ぎの中にいても、世一は気がつくでもない。
そんな世一は、勝手な自然保護にかられた一団とは違って、純な魂を見せてくれている気がする。
しかしその少年は
オオルリという一語のみに反応しただけで
それ以上のことに理解が及ばず、
従って
事の重大さに気づくまでには至らない。
((丸山健二『千日の瑠璃 終結8』53ページ)